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2章 スティルド王国編

第59話 手合わせ

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 昨日の夕飯で体を動かす際に使用していい場所は聞いてあった。

 この屋敷には広い庭があり、そこでなら体を動かしても大丈夫と了承を得ていた。

 十分に体を動かせる広さの庭へ琉海とエアリスは向かっていた。

 目的の場所に着くと、先客がいた。

 剣の素振りをしているアンジュだった。

 単調ながら、一振り一振りが鋭く、型を確かめているのがわかる。

 近づく琉海たちにアンジュは気づき、剣を下ろした。

「おはようございます。早いですね」

 アンジュは近くに置いてあるタオルで汗を拭く。

「おはようございます。それはアンジュさんもでしょ」

「私はこれが日課なので、特別早いわけではありませんよ。それにしても、こちらに来るなんてどうされたのですか?」

「ちょっと体を動かしたいと思ったので」

「なるほど、そうでしたか。でしたら、私が手伝いましょうか」

「手伝いですか?」

「はい。私でよければ、お相手になりますよ」

 アンジュの提案に琉海はちょうどいいと思った。

 ティニアの様子から、アンジュの力量はかなり高いものなのだろうと琉海は予想していた。

 そんなアンジュが手合わせしてくれると言うのだ。

 王国内上位の力量がどのぐらいなのか確認することができるいい機会だ。

    ***

「お願いします」

「わかりました。私はもう準備運動は済ませてあるので、あなたが良いときで構いませんよ」

「じゃあ、さっそく始めましょうか」

「本気ですか?」

 琉海の言葉にアンジュは目を細める。

「ええ、はじめましょう」

 琉海とアンジュは五メートルほど距離を取り、向かい合う。

 琉海は無手の状態で構えた。

「武器はいいのですか?」

 何も持たない琉海に確認するアンジュ。

「ええ、必要ありません」

 琉海の返答にアンジュは訝しむ。

 ベアウルフと戦っていたときは、剣を持っていたはず。

 剣で戦う必要はないということなのか。

「そうですか」

 アンジュは剣を静かに構えて臨戦態勢を取るが、内心では闘志に火が点いていた。

 ベアウルフの群れを倒せるほどの威力のある技を持っているのだろう。

 しかし、それは相手が魔物だったからという風にも考えられる。

 知性の高い魔物もいるが、ベアウルフはそこまで高くない。

 いくら強い攻撃でも当たらなければ何の意味もない。

 知性がそれほど高くないベアウルフと同じ攻撃が人間の自分に当たるのだろうか。

 そして、一番アンジュの癇に障ったのは、武器を持たないことだった。

 すなわち、手加減をするということだろう。

 アンジュは本気を出させてやると殺気のある視線を放つ。

 エアリスが二人の間に立ち、「準備はいいわね」と二人に聞く。

 二人が頷くとエアリスは手を上げ、勢いよく振り下ろした。

「はじめ!」

 エアリスの合図で先に動きだしたのは、琉海だった。

 予備動作なしの急接近。

(はやいッ!)

 初動の速さにアンジュは驚かされ、その隙に琉海は一気に距離を詰めてきた。

「くッ!?」

 アンジュは剣の間合いに入ってきた琉海に牽制の一振りを放つ。

 これで一旦距離を取らせようとする。

 避けるなら、後ろか上に飛ぶしかない。

 後ろに下がるなら、とりあえず牽制は成功。

 それとは別に上に飛ばれた場合のことも考えアンジュは警戒した。

 だが、琉海が取った行動は違った。

 琉海は速度をさらに上げて前進。

 剣が琉海に届く前にアンジュの手首を掴んだ。

 そこからは早業だった。

 微かに手首をひねられ、アンジュの手から剣が零れる。

「――ッ!?」

 すると、アンジュの視界が回転した。

 気づいたときには、地面に倒れて空を見上げていた。

 何が起きたのか把握できなかった。

「大丈夫ですか?」

 琉海がアンジュの顔を覗き込んでくる。

 そこでやっとアンジュは自分が倒されたことに気づいた。

 琉海はアンジュに手を差し出し、それを掴むと起き上がらせてくれた。

「な、なにが起きたんだ?」

 アンジュはわからずにいた。

「簡単な投げ技ですよ」

 琉海は説明してくれた。

 琉海は、腕を掴み武器を手放させた瞬間、腕を引き込み柔道の背負い投げの要領でアンジュを投げた。

 投げ技は知っている。

 しかし、あそこまで華麗に決められたことをアンジュはなかった。

 投げられたことに気づかないほどの速さ。

 さらに最初の動き。

 動き出しが察知できなかった。

 気づいたときには、近づかれていた。

 動き一つ取っても技の冴えを感じた。

 アンジュは琉海に敵わないと確信するだけの力量を見せられた。

 それも無手でこれだけ強いのだ。

 剣を持たせたらベアウルフなど敵ではないだろう。

 最後の一匹を屠った琉海の太刀筋を思い出す。

(あのひと振りは、私の見間違いではなさそうだ)

 琉海の容貌と風格から、自分の見間違いかもと疑心暗鬼になっていたのだが、そうではなかったようだ。

「この調子なら、大会も大丈夫そうですね」

「そう思いますか?」

「ええ、自慢ではありませんが、私も騎士の端くれです。それにこの大会に参加する騎士の中で私より強い騎士は三人のみでしょうから」

「三人ですか」

「ちょうどいいので、それも説明しておきましょうか」
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