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1章 異世界突入編
第39話 魔薬
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イーゲルが謎の小瓶を口に付けようとしたとき、琉海の頭にエアリスからの声が聞こえた。
『ルイ! あれを飲ませたらダメよ!』
エアリスからの警告が飛ぶ。
突然のことで反応に遅れてしまったが、精霊術で強化している肉体は、その時間も誤差にしてしまう。
イーゲルの持つ小瓶へ一直線に駆け抜けようとした瞬間――
何かが迫ってくる空気の音が聞こえた。
急停止して後ろに飛ぶ琉海。
さっきまでいた場所に見えない何かでざっくりと斬られた一筋の痕ができた。
そのまま直進していたら、琉海は斬られていた。
『風系統の魔法ね。気配も感じさせないでこの威力を出せるなんて、かなりの使い手がいるわよ』
飛んできた方向に目を凝らすが、暗くて良く見えない。
この屋敷は、人が住んでいなかったからか、十分な灯りがない。
灯りはこの一階の大きな玄関ホールを照らす蝋燭が数本だけだ。
「エアリス、飲ませないのは無理みたいだ」
風魔法を放った奴に邪魔されたせいで、イーゲルが瓶の中身を飲むのを阻止することができなかった。
『仕方ないわ。でも、ここからは手加減なんて考えないほうがいいわよ。あれは激薬よ』
飲んだ小瓶を握り潰すイーゲル。
「ぐうううううぅぅ……」
苦悶の表情で何かに耐えるかのように、体を掻きむしる。
そして――
「があああああああああああぁぁぁぁぁ!!」
イーゲルは天に向かって咆哮を放った。
人間の口から叫んだものとは思えない音波の衝撃が辺りを振るわせる。
耐えきれなくなったガラスは割れ、建物も振動する。
「くッ、うるさッ!」
琉海も堪らず、耳を塞いだ。
イーゲルは叫び続け、途端に止む。
「…………」
無言のまま、ゆっくりと視線を琉海へと向けた。
「く、くくくくッ……あはははははッ!」
突然、笑い出した。
「壊れたのか?」
『少し違うと思うけど、同じようなものね。自然力を視てみなさい』
エアリスに言われた通り、辺りの自然力を視てみる。
すると、周囲の自然力がイーゲルにどんどん吸収されていた。
「自然力が集まっている?」
『自然力を自動で体内に集めて、マナを無理やり生成しているのよ。今は力が漲っている感覚に陥っているでしょうけど、次第に体の器がマナの量に耐えきれなくなって、溢れ出すわよ』
「マナが器から溢れるとどうなるんだ?」
『そうね。簡単に言うと魔物になるわ』
イーゲルは笑っていた。
全能感を覚えているのだろう。
あれが後に魔物になるのか。
「人間が魔物になるなんて……何を飲んだんだよ」
琉海は眉間に皺を寄せた。
『あの男が飲んだのは精霊結晶よ。主に微精霊たちを媒介に作り出す魔薬よ。飲めば、一時的に限界以上の力が出せるけど……』
「最後は魔物になるってわけか」
最初のこの町に自然力があるのに精霊がいないとエアリスが言っていたのを思い出す。
あれは魔薬が作られたからなのだろうか。
イーゲルは一頻り笑い、琉海に視線を向けてきた。
「ああ、いい気分だ。今の俺なら、お前を殺すのも簡単かもしれない」
イーゲルは大振りで横一閃。
『ルイ! 避けなさい!』
エアリスに言われる前に琉海は動いた。
イーゲルの持つ剣にマナが付与されているのが見えたから。
おそらく、イーゲルは意識してやったわけではないだろう。
無意識の産物。
だが、その威力は絶大。
琉海は高く跳躍し、天井に届くほど大きく飛ぶ。
斬撃は琉海の下を通過し屋敷の壁を大破させた。
斬るというよりもマナの斬撃をぶつける感じだろうか。
大半の壁が崩れたせいで、屋敷も自重を支えることができなくなり、傾き始める。
「やばッ! ミリアが下敷きに!」
琉海は天井を蹴り、ミリアのいる場所まで飛ぶ。
意識がなく、動く気配のないミリアを琉海は抱え、壊された壁から屋敷を脱出した。
古びた屋敷はメキメキと音を立てて崩れる。
琉海は離れた場所でミリアを下ろした。
雨は止む気配がなく、むしろ勢いを増している。
琉海はエアリスのオリジン『創造』によってローブを創造し、ミリアに被せた。
屋敷は倒壊し、瓦礫の山となっていた。
イーゲルが屋敷の外へ出た気配はなかった。
おそらく、イーゲルは瓦礫の山に埋もれてしまったようだ。
だが、建物に潰されて死んではいない。
自然力が一点に流れているのが、目視できるからだ。
すると、イーゲルは屋敷の残骸を吹き飛ばして中から出てきた。
「どこ行った?」
どうやら琉海を探しているようだ。
『ルイ、武器を創造したほうがいいわよ。無手じゃ間合いに近づくのも一苦労よ』
「ああ、わかっている……」
琉海も剣があれば戦いやすいことは理解していた。
だが、まだ人を斬ることに忌避感があった。
人を殺す覚悟がまだできていない。
琉海は息を細く吐き、足に力を入れて駆け出した。
「はっ! 見つけた」
イーゲルは超加速する琉海を視界に捉え、口角を上げる。
イーゲルは剣を振り下ろす。
力任せで切るというよりも叩きつけるに近い。
それを紙一重で躱し、腹に掌底を放った。
「ぐふぁッ!」
そのまま、内臓をねじ切るように捻りを加える。
イーゲルの体が九の字に曲がり、足が地面から浮き吹き飛んだ。
精霊術の身体強化で強化した状態でプロの武道家の動きを模倣しての掌底。
普通の人間なら致命傷を負ってもおかしくない。
だが、相手も同等の力を持っていると、致命傷にはなりえなかった。
「丈夫だな」
マナを使用しての身体強化魔法は精霊術と同等なのだろう。
いや、それを精霊術と呼ぶのかもしれない。
腹に食らった衝撃を物ともせず、イーゲルは立ち上がり反撃してくる。
「うおおおおお!」
大振りな剣捌き。
わかりやすい動きでは琉海を捕らえることはできない。
琉海は隙があれば、腹部に打撃を与え続けた。
しかし、一向に倒れる気配がない。
雨で地面もぬかるみ、イーゲルが足を滑らせた瞬間に蹴りを加える。
だが、それも効いているように感じなかった。
徐々に硬く強固になっているようにさえ思う。
そして、イーゲルの目からも人間性が失われていっているのがわかる。
声も獣のように言葉にならない声を発している。
『ルイ、逃げられたら捕まえるのは難しくなるわよ』
「ああ、わかっている」
増大していくマナ。
拳打も通じなくなってきている。
こんな化け物が逃げたら、村や町が一つ潰れてもおかしくない。
ヤンばあたちの無残な光景が蘇る。
完全記憶能力を持つ琉海は、その光景が鮮明に脳内で再生される。
あんな被害は出したくない。
それも自分が逃がしたせいで起きたら、なんのために力を手に入れたのかわからない。
町には知り合った人たちもいる。
同じことは二度と起こさない。
守ってもしょうがない道徳心は捨てる。
琉海はここで斬ることを決断した。
剣筋を読み切って躱し、大きく後ろに跳躍。
そして、『創造』する。
光の粒子が琉海の手元に集まり輪郭を作り出す。
生み出さすは刀。
『創造』する刀の形を事細かく想像し、『創造』で生み出された刀が姿を現す。
鞘に収まった刀を琉海は掴み、居合の構えを取る。
イーゲルは猪の如く、まっすぐ琉海に向かって走ってきた。
もう、人間としての思考はないのだろう。
獣と化したイーゲルが間合いに入るのを待つ。
あと五歩。
三歩。
一歩。
間合いに入った瞬間――
銀閃が煌めく。
イーゲルは琉海まであと一歩のところで止まった。
雨の中、動きを止める両者。
数秒。
時間が進むのを思い出したかのようにイーゲルが動き、崩れた。
体を真っ二つにされていた。
そして、琉海の刀も一度の使用で限界に達したのか光の粒子となって消えた。
「人を殺したのに何とも思わないものなんだな」
琉海は自分の手を見てそう呟いた。
村の人たちの無残な姿を見たときに比べれば、何ともない。
琉海は死に慣れたのかもしれなかった。
そんなことを思っていると――
『ねえ、あっちから誰か来るわよ』
『ルイ! あれを飲ませたらダメよ!』
エアリスからの警告が飛ぶ。
突然のことで反応に遅れてしまったが、精霊術で強化している肉体は、その時間も誤差にしてしまう。
イーゲルの持つ小瓶へ一直線に駆け抜けようとした瞬間――
何かが迫ってくる空気の音が聞こえた。
急停止して後ろに飛ぶ琉海。
さっきまでいた場所に見えない何かでざっくりと斬られた一筋の痕ができた。
そのまま直進していたら、琉海は斬られていた。
『風系統の魔法ね。気配も感じさせないでこの威力を出せるなんて、かなりの使い手がいるわよ』
飛んできた方向に目を凝らすが、暗くて良く見えない。
この屋敷は、人が住んでいなかったからか、十分な灯りがない。
灯りはこの一階の大きな玄関ホールを照らす蝋燭が数本だけだ。
「エアリス、飲ませないのは無理みたいだ」
風魔法を放った奴に邪魔されたせいで、イーゲルが瓶の中身を飲むのを阻止することができなかった。
『仕方ないわ。でも、ここからは手加減なんて考えないほうがいいわよ。あれは激薬よ』
飲んだ小瓶を握り潰すイーゲル。
「ぐうううううぅぅ……」
苦悶の表情で何かに耐えるかのように、体を掻きむしる。
そして――
「があああああああああああぁぁぁぁぁ!!」
イーゲルは天に向かって咆哮を放った。
人間の口から叫んだものとは思えない音波の衝撃が辺りを振るわせる。
耐えきれなくなったガラスは割れ、建物も振動する。
「くッ、うるさッ!」
琉海も堪らず、耳を塞いだ。
イーゲルは叫び続け、途端に止む。
「…………」
無言のまま、ゆっくりと視線を琉海へと向けた。
「く、くくくくッ……あはははははッ!」
突然、笑い出した。
「壊れたのか?」
『少し違うと思うけど、同じようなものね。自然力を視てみなさい』
エアリスに言われた通り、辺りの自然力を視てみる。
すると、周囲の自然力がイーゲルにどんどん吸収されていた。
「自然力が集まっている?」
『自然力を自動で体内に集めて、マナを無理やり生成しているのよ。今は力が漲っている感覚に陥っているでしょうけど、次第に体の器がマナの量に耐えきれなくなって、溢れ出すわよ』
「マナが器から溢れるとどうなるんだ?」
『そうね。簡単に言うと魔物になるわ』
イーゲルは笑っていた。
全能感を覚えているのだろう。
あれが後に魔物になるのか。
「人間が魔物になるなんて……何を飲んだんだよ」
琉海は眉間に皺を寄せた。
『あの男が飲んだのは精霊結晶よ。主に微精霊たちを媒介に作り出す魔薬よ。飲めば、一時的に限界以上の力が出せるけど……』
「最後は魔物になるってわけか」
最初のこの町に自然力があるのに精霊がいないとエアリスが言っていたのを思い出す。
あれは魔薬が作られたからなのだろうか。
イーゲルは一頻り笑い、琉海に視線を向けてきた。
「ああ、いい気分だ。今の俺なら、お前を殺すのも簡単かもしれない」
イーゲルは大振りで横一閃。
『ルイ! 避けなさい!』
エアリスに言われる前に琉海は動いた。
イーゲルの持つ剣にマナが付与されているのが見えたから。
おそらく、イーゲルは意識してやったわけではないだろう。
無意識の産物。
だが、その威力は絶大。
琉海は高く跳躍し、天井に届くほど大きく飛ぶ。
斬撃は琉海の下を通過し屋敷の壁を大破させた。
斬るというよりもマナの斬撃をぶつける感じだろうか。
大半の壁が崩れたせいで、屋敷も自重を支えることができなくなり、傾き始める。
「やばッ! ミリアが下敷きに!」
琉海は天井を蹴り、ミリアのいる場所まで飛ぶ。
意識がなく、動く気配のないミリアを琉海は抱え、壊された壁から屋敷を脱出した。
古びた屋敷はメキメキと音を立てて崩れる。
琉海は離れた場所でミリアを下ろした。
雨は止む気配がなく、むしろ勢いを増している。
琉海はエアリスのオリジン『創造』によってローブを創造し、ミリアに被せた。
屋敷は倒壊し、瓦礫の山となっていた。
イーゲルが屋敷の外へ出た気配はなかった。
おそらく、イーゲルは瓦礫の山に埋もれてしまったようだ。
だが、建物に潰されて死んではいない。
自然力が一点に流れているのが、目視できるからだ。
すると、イーゲルは屋敷の残骸を吹き飛ばして中から出てきた。
「どこ行った?」
どうやら琉海を探しているようだ。
『ルイ、武器を創造したほうがいいわよ。無手じゃ間合いに近づくのも一苦労よ』
「ああ、わかっている……」
琉海も剣があれば戦いやすいことは理解していた。
だが、まだ人を斬ることに忌避感があった。
人を殺す覚悟がまだできていない。
琉海は息を細く吐き、足に力を入れて駆け出した。
「はっ! 見つけた」
イーゲルは超加速する琉海を視界に捉え、口角を上げる。
イーゲルは剣を振り下ろす。
力任せで切るというよりも叩きつけるに近い。
それを紙一重で躱し、腹に掌底を放った。
「ぐふぁッ!」
そのまま、内臓をねじ切るように捻りを加える。
イーゲルの体が九の字に曲がり、足が地面から浮き吹き飛んだ。
精霊術の身体強化で強化した状態でプロの武道家の動きを模倣しての掌底。
普通の人間なら致命傷を負ってもおかしくない。
だが、相手も同等の力を持っていると、致命傷にはなりえなかった。
「丈夫だな」
マナを使用しての身体強化魔法は精霊術と同等なのだろう。
いや、それを精霊術と呼ぶのかもしれない。
腹に食らった衝撃を物ともせず、イーゲルは立ち上がり反撃してくる。
「うおおおおお!」
大振りな剣捌き。
わかりやすい動きでは琉海を捕らえることはできない。
琉海は隙があれば、腹部に打撃を与え続けた。
しかし、一向に倒れる気配がない。
雨で地面もぬかるみ、イーゲルが足を滑らせた瞬間に蹴りを加える。
だが、それも効いているように感じなかった。
徐々に硬く強固になっているようにさえ思う。
そして、イーゲルの目からも人間性が失われていっているのがわかる。
声も獣のように言葉にならない声を発している。
『ルイ、逃げられたら捕まえるのは難しくなるわよ』
「ああ、わかっている」
増大していくマナ。
拳打も通じなくなってきている。
こんな化け物が逃げたら、村や町が一つ潰れてもおかしくない。
ヤンばあたちの無残な光景が蘇る。
完全記憶能力を持つ琉海は、その光景が鮮明に脳内で再生される。
あんな被害は出したくない。
それも自分が逃がしたせいで起きたら、なんのために力を手に入れたのかわからない。
町には知り合った人たちもいる。
同じことは二度と起こさない。
守ってもしょうがない道徳心は捨てる。
琉海はここで斬ることを決断した。
剣筋を読み切って躱し、大きく後ろに跳躍。
そして、『創造』する。
光の粒子が琉海の手元に集まり輪郭を作り出す。
生み出さすは刀。
『創造』する刀の形を事細かく想像し、『創造』で生み出された刀が姿を現す。
鞘に収まった刀を琉海は掴み、居合の構えを取る。
イーゲルは猪の如く、まっすぐ琉海に向かって走ってきた。
もう、人間としての思考はないのだろう。
獣と化したイーゲルが間合いに入るのを待つ。
あと五歩。
三歩。
一歩。
間合いに入った瞬間――
銀閃が煌めく。
イーゲルは琉海まであと一歩のところで止まった。
雨の中、動きを止める両者。
数秒。
時間が進むのを思い出したかのようにイーゲルが動き、崩れた。
体を真っ二つにされていた。
そして、琉海の刀も一度の使用で限界に達したのか光の粒子となって消えた。
「人を殺したのに何とも思わないものなんだな」
琉海は自分の手を見てそう呟いた。
村の人たちの無残な姿を見たときに比べれば、何ともない。
琉海は死に慣れたのかもしれなかった。
そんなことを思っていると――
『ねえ、あっちから誰か来るわよ』
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