サムライ×ドール

多晴

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第一夜『星巡りの夜』

其之十五:受取人の行方②

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「………!!?」
「天岐多様の状況は理解しているでしょう。あなたの言うお救いするとは、止めを刺し楽にして差し上げるという意味なのですか?」
「………。違う」

綺也さまの返事には、少しの間があった。それでもはっきりと否定してくれたことに、心の底からホッとする。綺也さまが主君である天岐多様を斬るなんて、そんなことどんな理由があろうとある筈ないしあってはいけない。
しかし、不穏な会話は続いている。

「では、何とするつもりですか」
「…太一さまを『あれ』から開放する」
「同じことでしょう。ああなってしまっては、もはや助かりませぬ」
「……………」

綺也さまはまた少しの間押し黙り、その沈黙の空気を静かに揺らすように言った。

「…何事も、やってみなくては分からぬ」

(あ………)

それは確か、昨日あたしが言った言葉だ。綺也さまはあの時、横でちゃんと聞いていたのだ。
天岐多様がどんな状況なのかは分からないけど、やっぱり綺也さまは言葉通りに天岐多様を「救いたい」と思っている。一瞬生まれた疑いは消え失せ、逆に確信が強まった。
そして綺也さまのその言葉で、あたしの中にも勇気のようなものが湧いてきた。

「…やはり拒みますか。仕方ありませぬ、少々面倒ですが、まずは……」
「あ、あの!すみませんっ!!」

あたしは白い女剣士の言葉を遮り、右手を高々と挙手して進み出た。

「えと…事情はよく分かりませんが…。天岐多様がご無事で、あなた方が居場所を知ってるっていうなら、どうか会わせてあげてもらえませんか?綺也さまはずっと、本当に天岐多様に会いたがってたんです!」

自分はただの蚊帳の外の部外者かもしれないけれど、綺也さまは違う。ここまで来て、このまま天岐多様に一目も会わずに帰れというのは、いくらなんでも酷というものだ。
それに、綺也さまを天岐多様の元に届けるというのはあたしの飛脚としての仕事でもある。その仕事を阻むというのなら、こちらにも異議申し立てをする権利くらいあるだろう。

二人の視線が、同時にクルッとこちらへ向いた。
予想はしていたけれど、いざドールの真っ直ぐな目で見つめられるとどことなく不気味で怖気づきそうになる。
 
「…まずは、その新規登録されたという第二寓主サブマスターを特定しなければなりませぬが……」
「んン~~、状況的にィ…八割二分であの女の子が第二寓主だろーねェ~」
「有り得ませぬ。あれは民間人でしょう?」
「じゃァ~…確認しよっかァ」
「…へっ!!?」

しかし、事態は予想していない方向に動いた。外套姿の男銃士の右手が腰の銃へ掛かり、ホルダーから銃身が抜かれる。そしてゆっくりと、その回転式拳銃リボルバーの銃口が───あたしに向けられた。

「………っ!!」

次の瞬間、あたしの目の前に綺也さまが躍り出た。そして左の肘をたたむように曲げて振りかぶると、一気に男銃士に向かって何かを打ち出した。
男銃士はそれを見ても特に何の反応も示さなかったが、次第にその銃を構えた手がカタカタと震えだした。やがて、握る力を失ったように右手がほどけ、ゴトッと重い金属が地面に落ちる音が続く。
綺也さまが脇差についていた小柄を棒手裏剣のように投げつけ、男銃士の右手を貫いたのだ。

「わぁ、痛ったァ~~っ!……護ったねェ、九割五分だァ」
「何者でしょう、あの少女。「お」の二番の寓主候補の誰とも、情報が一致しませぬが」
「分かんないけどォ、取り合えず綺也っちはあくまで抵抗する気みたいだねェ~。…ていうか彗ちゃァん、ちょっとは心配してよォ~」
「寓主の可能性のある人間に、迂闊に銃を向けたりするからです。「お」の二番が護衛人形ガードドールであることを忘れたのですか?」

男銃士がぴらぴらと見せつけるように小柄の刺さったままの右手を振るが、女剣士は動じず相変わらず淡々としたものだ。…何となくこの二人の関係性が見えてきたけれど、とてもニヤニヤしている場合じゃない。何故なら突然、女剣士があたしに話しかけてきたからだ。

「…そこのお嬢さん」
「へ、はいっ!?」
「話は聞いておられたでしょう。わたくし達とともに来ていただきます」
「………え!!?」
「いくら「お」の二番が未熟でも、ただの民間人を巻き込むとは思えませぬ。あなたには然るべき取り調べを受けていただきます」

確かに話は聞いていた。だけど、一体何故そうなるのか。
ただの民間人じゃないだろうと言われても、あたしは正真正銘ただの民間人だ。あたしが民間人じゃなかったら誰が民間人なんだというほど、紛うかたなき混じりっけなし生粋の民間人だ。
綺也さまは飛脚に連れて来てもらえという天岐多様の指示を実行しただけで、たまたまその飛脚があたしだったというだけなのだ。もちろん、サブマスター?…とやらになった記憶も無い。

「…待て。小紅殿は…」

綺也さまが口を開いた、その時。



───ドンッ

どこからともなく、壁を叩くような音が地面を伝わって響いてきた。
3人のドールの動きが、申し合わせたようにぴたりと止まる。

「…まさか」

驚いたように目を瞠った女剣士が呟くや否や、綺也さまが音のした方へ走り出した。

「綺也さまっ!?」
「っ!!お待ちなさい、「お」の二番!」

こんな状況で置き去りにされてはたまらない。慌てて追いかけると、二人組も慌てた様子で後を追いかけて来たので、何故か三人で綺也さまを追いかける事態になった。
その間も音は鳴り続いている。やがて綺也さまは、黒焦げになった瓦礫の山の前で立ち止まった。まるでフクロウなどの猛禽類がするような動きで、首をきょろりきょろりと水平に動かし、瓦礫の中から何かを捜し始める。そしてある一点に狙いを定めると、瓦礫の中に左手を突っ込んだ。

すると、まるでシャボン玉が割れるように小山が上から雲散した。最後はジジジ、とノイズを発生させながら、瓦礫がぐにゃりと歪みながら消えていく。
中から現れたのは、何か四角いものを積んだトラックのような荷台車だった。見るからにただのトラックではない。ごつごつとした大きなタイヤと、金属板の装甲が施されたガントラックだ。
瓦礫の山は、このトラックを隠すためのカモフラージュ映像だったのだ。

──ドンッ…ドンッ……

音は、その四角いものの中から響いていた。
白い直方体のそれは人一人が十分に入れる大きさで、ちょうど棺のようだった。周りをたくさんの機材が取り囲み、何本もの太いチューブのようなものが棺と機材を繋いでいる。
音が鳴るたびに、棺が身震いするように揺れる。中で何者かが暴れているようだ。

「…灯台下暗しか」

ようやく追いついたところで、綺也さまのぽつりとした呟きが耳に入ってきた。同じく追いついた二人組がそれに答える。

「………昨夜、あなたが『あれ』と相討ちになったという報告が入った後…わたくし達が現場付近で『あれ』を発見し、天岐多様とともにこの氷棺へ封じました。そのまま、第15区警察署の地下通路から海中層へ輸送する手筈でしたが…」
「火が大きくなっちゃってねェ。野次馬やらマスコミやらァ、人間がいっぱい集まってきちゃったんだよねェ~。仕方ないから自動消防車に紛れさせて、一旦ここまで戻ったわけさァ。お陰で丸一日足止め食っちゃったけどォ、人間を近づけちゃうよりはマシだしねェ~」

(──……!?)

さらりととんでもない事を聞かされた。──天岐多様が、あの中にいる。つまり、中に閉じ込められて壁を叩いているのは…。
気が付けば、あたしは白い女剣士に怖さも忘れて縋りついていた。

「あ、開けてください!あの箱を開けて、今すぐ天岐多様を外に出して…っ!」
「何を言うのです。そんなことが出来る筈がないでしょう」
「ど、どうして…あんなものに閉じ込めたりするんですかっ?中にいるのは天岐多様なんでしょう?ケガもしてるんでしょう…!?」
「『あれ』を解き放つなどとんでもない事です。…まさか、あなたは『あれ』を狙う敵対組織の……!」
「…小紅殿から離れろ。民間人を傷つけては、そなたもただでは済まぬぞ」
「掴みかかられているのはわたくしの方です!」

「…ほんと、みんな落ち着きなってェ~。これ以上話がこんがらがるのは御免だよォ。…おじょーちゃん、僕らは別に天岐多様と綺也っちをイジメてるわけじゃないからねェ~?」

わちゃわちゃし始めたあたし達を、男銃士がのんびりと窘める。何やかやで、彼だけが最初から自分のペースを崩していない。

「天岐多様は今、とても危険な状態なのさァ。だからごとあの中で眠らせて隔離しようとしてるんだけどォ…あ、これが『氷棺作戦』ってやつね?…で、どうやら作戦は失敗みたいだなァ~…」
「…氷棺は正常に作動したはずです!天岐多様が目覚める筈は…」

──ドンッ…ドンッドンッ……

女剣士の訴えに抗議するかのように、壁を叩く音がどんどん強く激しくなっていく。それに対比するような静かな声で、綺也さまが呟いた。

「…やはり氷棺コールドスリープ程度では、『あれ』を抑えることはできぬということか」


───ドォンッ!!

激しい衝撃音とともに、氷棺の扉が弾け飛んだ。
同時に、中の冷気が煙のように噴き出す。冷気は夏の夜の空気に晒され一瞬で水蒸気となり、暗い闇の中で白く濛々と立ち上っていく。
やがて、氷棺の中から大きな塊のような影が転がり出た。丸まっていた背中がゆらりと起き上がり、その影は霧の中で次第に人間の姿を形作っていく。

「……太一さま」

綺也さまがぽつりと、何の感情も拾えない口調でその名を呼んだ。

霧の中から現れた大きな体、十字の剃り込みの入った特徴的な坊主頭。藍染の着流しの襟元は乱れ、全身にわたってどす黒い染みがこびり付いている。
それは確かに天岐多様の姿をしていた。

だが、その目は血走り爛々として、歯を剥き出した口からはだらだらと唾液が滴り、低い唸り声とともに荒い息を吐きだしている。体を覆っていた氷の粒が蒸発し、逆立つ毛並みのように全身から湯気が立ち上っていく。
それは人の形をした、一匹の獣だった。

そしてその手には、一振りの刀が───星空を無粋に照らす三日月のように、妖しく煌めいていた。




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