16 / 19
第一夜『星巡りの夜』
其之十五:受取人の行方②
しおりを挟む
「………!!?」
「天岐多様の状況は理解しているでしょう。あなたの言うお救いするとは、止めを刺し楽にして差し上げるという意味なのですか?」
「………。違う」
綺也さまの返事には、少しの間があった。それでもはっきりと否定してくれたことに、心の底からホッとする。綺也さまが主君である天岐多様を斬るなんて、そんなことどんな理由があろうとある筈ないしあってはいけない。
しかし、不穏な会話は続いている。
「では、何とするつもりですか」
「…太一さまを『あれ』から開放する」
「同じことでしょう。ああなってしまっては、もはや助かりませぬ」
「……………」
綺也さまはまた少しの間押し黙り、その沈黙の空気を静かに揺らすように言った。
「…何事も、やってみなくては分からぬ」
(あ………)
それは確か、昨日あたしが言った言葉だ。綺也さまはあの時、横でちゃんと聞いていたのだ。
天岐多様がどんな状況なのかは分からないけど、やっぱり綺也さまは言葉通りに天岐多様を「救いたい」と思っている。一瞬生まれた疑いは消え失せ、逆に確信が強まった。
そして綺也さまのその言葉で、あたしの中にも勇気のようなものが湧いてきた。
「…やはり拒みますか。仕方ありませぬ、少々面倒ですが、まずは……」
「あ、あの!すみませんっ!!」
あたしは白い女剣士の言葉を遮り、右手を高々と挙手して進み出た。
「えと…事情はよく分かりませんが…。天岐多様がご無事で、あなた方が居場所を知ってるっていうなら、どうか会わせてあげてもらえませんか?綺也さまはずっと、本当に天岐多様に会いたがってたんです!」
自分はただの蚊帳の外の部外者かもしれないけれど、綺也さまは違う。ここまで来て、このまま天岐多様に一目も会わずに帰れというのは、いくらなんでも酷というものだ。
それに、綺也さまを天岐多様の元に届けるというのはあたしの飛脚としての仕事でもある。その仕事を阻むというのなら、こちらにも異議申し立てをする権利くらいあるだろう。
二人の視線が、同時にクルッとこちらへ向いた。
予想はしていたけれど、いざドールの真っ直ぐな目で見つめられるとどことなく不気味で怖気づきそうになる。
「…まずは、その新規登録されたという第二寓主を特定しなければなりませぬが……」
「んン~~、状況的にィ…八割二分であの女の子が第二寓主だろーねェ~」
「有り得ませぬ。あれは民間人でしょう?」
「じゃァ~…確認しよっかァ」
「…へっ!!?」
しかし、事態は予想していない方向に動いた。外套姿の男銃士の右手が腰の銃へ掛かり、ホルダーから銃身が抜かれる。そしてゆっくりと、その回転式拳銃の銃口が───あたしに向けられた。
「………っ!!」
次の瞬間、あたしの目の前に綺也さまが躍り出た。そして左の肘をたたむように曲げて振りかぶると、一気に男銃士に向かって何かを打ち出した。
男銃士はそれを見ても特に何の反応も示さなかったが、次第にその銃を構えた手がカタカタと震えだした。やがて、握る力を失ったように右手がほどけ、ゴトッと重い金属が地面に落ちる音が続く。
綺也さまが脇差についていた小柄を棒手裏剣のように投げつけ、男銃士の右手を貫いたのだ。
「わぁ、痛ったァ~~っ!……護ったねェ、九割五分だァ」
「何者でしょう、あの少女。「お」の二番の寓主候補の誰とも、情報が一致しませぬが」
「分かんないけどォ、取り合えず綺也っちはあくまで抵抗する気みたいだねェ~。…ていうか彗ちゃァん、ちょっとは心配してよォ~」
「寓主の可能性のある人間に、迂闊に銃を向けたりするからです。「お」の二番が護衛人形であることを忘れたのですか?」
男銃士がぴらぴらと見せつけるように小柄の刺さったままの右手を振るが、女剣士は動じず相変わらず淡々としたものだ。…何となくこの二人の関係性が見えてきたけれど、とてもニヤニヤしている場合じゃない。何故なら突然、女剣士があたしに話しかけてきたからだ。
「…そこのお嬢さん」
「へ、はいっ!?」
「話は聞いておられたでしょう。わたくし達とともに来ていただきます」
「………え!!?」
「いくら「お」の二番が未熟でも、ただの民間人を巻き込むとは思えませぬ。あなたには然るべき取り調べを受けていただきます」
確かに話は聞いていた。だけど、一体何故そうなるのか。
ただの民間人じゃないだろうと言われても、あたしは正真正銘ただの民間人だ。あたしが民間人じゃなかったら誰が民間人なんだというほど、紛うかたなき混じりっけなし生粋の民間人だ。
綺也さまは飛脚に連れて来てもらえという天岐多様の指示を実行しただけで、たまたまその飛脚があたしだったというだけなのだ。もちろん、サブマスター?…とやらになった記憶も無い。
「…待て。小紅殿は…」
綺也さまが口を開いた、その時。
───ドンッ
どこからともなく、壁を叩くような音が地面を伝わって響いてきた。
3人のドールの動きが、申し合わせたようにぴたりと止まる。
「…まさか」
驚いたように目を瞠った女剣士が呟くや否や、綺也さまが音のした方へ走り出した。
「綺也さまっ!?」
「っ!!お待ちなさい、「お」の二番!」
こんな状況で置き去りにされてはたまらない。慌てて追いかけると、二人組も慌てた様子で後を追いかけて来たので、何故か三人で綺也さまを追いかける事態になった。
その間も音は鳴り続いている。やがて綺也さまは、黒焦げになった瓦礫の山の前で立ち止まった。まるでフクロウなどの猛禽類がするような動きで、首をきょろりきょろりと水平に動かし、瓦礫の中から何かを捜し始める。そしてある一点に狙いを定めると、瓦礫の中に左手を突っ込んだ。
すると、まるでシャボン玉が割れるように小山が上から雲散した。最後はジジジ、とノイズを発生させながら、瓦礫がぐにゃりと歪みながら消えていく。
中から現れたのは、何か四角いものを積んだトラックのような荷台車だった。見るからにただのトラックではない。ごつごつとした大きなタイヤと、金属板の装甲が施されたガントラックだ。
瓦礫の山は、このトラックを隠すためのカモフラージュ映像だったのだ。
──ドンッ…ドンッ……
音は、その四角いものの中から響いていた。
白い直方体のそれは人一人が十分に入れる大きさで、ちょうど棺のようだった。周りをたくさんの機材が取り囲み、何本もの太いチューブのようなものが棺と機材を繋いでいる。
音が鳴るたびに、棺が身震いするように揺れる。中で何者かが暴れているようだ。
「…灯台下暗しか」
ようやく追いついたところで、綺也さまのぽつりとした呟きが耳に入ってきた。同じく追いついた二人組がそれに答える。
「………昨夜、あなたが『あれ』と相討ちになったという報告が入った後…わたくし達が現場付近で『あれ』を発見し、天岐多様とともにこの氷棺へ封じました。そのまま、第15区警察署の地下通路から海中層へ輸送する手筈でしたが…」
「火が大きくなっちゃってねェ。野次馬やらマスコミやらァ、人間がいっぱい集まってきちゃったんだよねェ~。仕方ないから自動消防車に紛れさせて、一旦ここまで戻ったわけさァ。お陰で丸一日足止め食っちゃったけどォ、人間を近づけちゃうよりはマシだしねェ~」
(──……天岐多様とともに!?)
さらりととんでもない事を聞かされた。──天岐多様が、あの中にいる。つまり、中に閉じ込められて壁を叩いているのは…。
気が付けば、あたしは白い女剣士に怖さも忘れて縋りついていた。
「あ、開けてください!あの箱を開けて、今すぐ天岐多様を外に出して…っ!」
「何を言うのです。そんなことが出来る筈がないでしょう」
「ど、どうして…あんなものに閉じ込めたりするんですかっ?中にいるのは天岐多様なんでしょう?ケガもしてるんでしょう…!?」
「『あれ』を解き放つなどとんでもない事です。…まさか、あなたは『あれ』を狙う敵対組織の……!」
「…小紅殿から離れろ。民間人を傷つけては、そなたもただでは済まぬぞ」
「掴みかかられているのはわたくしの方です!」
「…ほんと、みんな落ち着きなってェ~。これ以上話がこんがらがるのは御免だよォ。…おじょーちゃん、僕らは別に天岐多様と綺也っちをイジメてるわけじゃないからねェ~?」
わちゃわちゃし始めたあたし達を、男銃士がのんびりと窘める。何やかやで、彼だけが最初から自分のペースを崩していない。
「天岐多様は今、とても危険な状態なのさァ。だから原因ごとあの中で眠らせて隔離しようとしてるんだけどォ…あ、これが『氷棺作戦』ってやつね?…で、どうやら作戦は失敗みたいだなァ~…」
「…氷棺は正常に作動したはずです!天岐多様が目覚める筈は…」
──ドンッ…ドンッドンッ……
女剣士の訴えに抗議するかのように、壁を叩く音がどんどん強く激しくなっていく。それに対比するような静かな声で、綺也さまが呟いた。
「…やはり氷棺程度では、『あれ』を抑えることはできぬということか」
───ドォンッ!!
激しい衝撃音とともに、氷棺の扉が弾け飛んだ。
同時に、中の冷気が煙のように噴き出す。冷気は夏の夜の空気に晒され一瞬で水蒸気となり、暗い闇の中で白く濛々と立ち上っていく。
やがて、氷棺の中から大きな塊のような影が転がり出た。丸まっていた背中がゆらりと起き上がり、その影は霧の中で次第に人間の姿を形作っていく。
「……太一さま」
綺也さまがぽつりと、何の感情も拾えない口調でその名を呼んだ。
霧の中から現れた大きな体、十字の剃り込みの入った特徴的な坊主頭。藍染の着流しの襟元は乱れ、全身にわたってどす黒い染みがこびり付いている。
それは確かに天岐多様の姿をしていた。
だが、その目は血走り爛々として、歯を剥き出した口からはだらだらと唾液が滴り、低い唸り声とともに荒い息を吐きだしている。体を覆っていた氷の粒が蒸発し、逆立つ毛並みのように全身から湯気が立ち上っていく。
それは人の形をした、一匹の獣だった。
そしてその手には、一振りの刀が───星空を無粋に照らす三日月のように、妖しく煌めいていた。
「天岐多様の状況は理解しているでしょう。あなたの言うお救いするとは、止めを刺し楽にして差し上げるという意味なのですか?」
「………。違う」
綺也さまの返事には、少しの間があった。それでもはっきりと否定してくれたことに、心の底からホッとする。綺也さまが主君である天岐多様を斬るなんて、そんなことどんな理由があろうとある筈ないしあってはいけない。
しかし、不穏な会話は続いている。
「では、何とするつもりですか」
「…太一さまを『あれ』から開放する」
「同じことでしょう。ああなってしまっては、もはや助かりませぬ」
「……………」
綺也さまはまた少しの間押し黙り、その沈黙の空気を静かに揺らすように言った。
「…何事も、やってみなくては分からぬ」
(あ………)
それは確か、昨日あたしが言った言葉だ。綺也さまはあの時、横でちゃんと聞いていたのだ。
天岐多様がどんな状況なのかは分からないけど、やっぱり綺也さまは言葉通りに天岐多様を「救いたい」と思っている。一瞬生まれた疑いは消え失せ、逆に確信が強まった。
そして綺也さまのその言葉で、あたしの中にも勇気のようなものが湧いてきた。
「…やはり拒みますか。仕方ありませぬ、少々面倒ですが、まずは……」
「あ、あの!すみませんっ!!」
あたしは白い女剣士の言葉を遮り、右手を高々と挙手して進み出た。
「えと…事情はよく分かりませんが…。天岐多様がご無事で、あなた方が居場所を知ってるっていうなら、どうか会わせてあげてもらえませんか?綺也さまはずっと、本当に天岐多様に会いたがってたんです!」
自分はただの蚊帳の外の部外者かもしれないけれど、綺也さまは違う。ここまで来て、このまま天岐多様に一目も会わずに帰れというのは、いくらなんでも酷というものだ。
それに、綺也さまを天岐多様の元に届けるというのはあたしの飛脚としての仕事でもある。その仕事を阻むというのなら、こちらにも異議申し立てをする権利くらいあるだろう。
二人の視線が、同時にクルッとこちらへ向いた。
予想はしていたけれど、いざドールの真っ直ぐな目で見つめられるとどことなく不気味で怖気づきそうになる。
「…まずは、その新規登録されたという第二寓主を特定しなければなりませぬが……」
「んン~~、状況的にィ…八割二分であの女の子が第二寓主だろーねェ~」
「有り得ませぬ。あれは民間人でしょう?」
「じゃァ~…確認しよっかァ」
「…へっ!!?」
しかし、事態は予想していない方向に動いた。外套姿の男銃士の右手が腰の銃へ掛かり、ホルダーから銃身が抜かれる。そしてゆっくりと、その回転式拳銃の銃口が───あたしに向けられた。
「………っ!!」
次の瞬間、あたしの目の前に綺也さまが躍り出た。そして左の肘をたたむように曲げて振りかぶると、一気に男銃士に向かって何かを打ち出した。
男銃士はそれを見ても特に何の反応も示さなかったが、次第にその銃を構えた手がカタカタと震えだした。やがて、握る力を失ったように右手がほどけ、ゴトッと重い金属が地面に落ちる音が続く。
綺也さまが脇差についていた小柄を棒手裏剣のように投げつけ、男銃士の右手を貫いたのだ。
「わぁ、痛ったァ~~っ!……護ったねェ、九割五分だァ」
「何者でしょう、あの少女。「お」の二番の寓主候補の誰とも、情報が一致しませぬが」
「分かんないけどォ、取り合えず綺也っちはあくまで抵抗する気みたいだねェ~。…ていうか彗ちゃァん、ちょっとは心配してよォ~」
「寓主の可能性のある人間に、迂闊に銃を向けたりするからです。「お」の二番が護衛人形であることを忘れたのですか?」
男銃士がぴらぴらと見せつけるように小柄の刺さったままの右手を振るが、女剣士は動じず相変わらず淡々としたものだ。…何となくこの二人の関係性が見えてきたけれど、とてもニヤニヤしている場合じゃない。何故なら突然、女剣士があたしに話しかけてきたからだ。
「…そこのお嬢さん」
「へ、はいっ!?」
「話は聞いておられたでしょう。わたくし達とともに来ていただきます」
「………え!!?」
「いくら「お」の二番が未熟でも、ただの民間人を巻き込むとは思えませぬ。あなたには然るべき取り調べを受けていただきます」
確かに話は聞いていた。だけど、一体何故そうなるのか。
ただの民間人じゃないだろうと言われても、あたしは正真正銘ただの民間人だ。あたしが民間人じゃなかったら誰が民間人なんだというほど、紛うかたなき混じりっけなし生粋の民間人だ。
綺也さまは飛脚に連れて来てもらえという天岐多様の指示を実行しただけで、たまたまその飛脚があたしだったというだけなのだ。もちろん、サブマスター?…とやらになった記憶も無い。
「…待て。小紅殿は…」
綺也さまが口を開いた、その時。
───ドンッ
どこからともなく、壁を叩くような音が地面を伝わって響いてきた。
3人のドールの動きが、申し合わせたようにぴたりと止まる。
「…まさか」
驚いたように目を瞠った女剣士が呟くや否や、綺也さまが音のした方へ走り出した。
「綺也さまっ!?」
「っ!!お待ちなさい、「お」の二番!」
こんな状況で置き去りにされてはたまらない。慌てて追いかけると、二人組も慌てた様子で後を追いかけて来たので、何故か三人で綺也さまを追いかける事態になった。
その間も音は鳴り続いている。やがて綺也さまは、黒焦げになった瓦礫の山の前で立ち止まった。まるでフクロウなどの猛禽類がするような動きで、首をきょろりきょろりと水平に動かし、瓦礫の中から何かを捜し始める。そしてある一点に狙いを定めると、瓦礫の中に左手を突っ込んだ。
すると、まるでシャボン玉が割れるように小山が上から雲散した。最後はジジジ、とノイズを発生させながら、瓦礫がぐにゃりと歪みながら消えていく。
中から現れたのは、何か四角いものを積んだトラックのような荷台車だった。見るからにただのトラックではない。ごつごつとした大きなタイヤと、金属板の装甲が施されたガントラックだ。
瓦礫の山は、このトラックを隠すためのカモフラージュ映像だったのだ。
──ドンッ…ドンッ……
音は、その四角いものの中から響いていた。
白い直方体のそれは人一人が十分に入れる大きさで、ちょうど棺のようだった。周りをたくさんの機材が取り囲み、何本もの太いチューブのようなものが棺と機材を繋いでいる。
音が鳴るたびに、棺が身震いするように揺れる。中で何者かが暴れているようだ。
「…灯台下暗しか」
ようやく追いついたところで、綺也さまのぽつりとした呟きが耳に入ってきた。同じく追いついた二人組がそれに答える。
「………昨夜、あなたが『あれ』と相討ちになったという報告が入った後…わたくし達が現場付近で『あれ』を発見し、天岐多様とともにこの氷棺へ封じました。そのまま、第15区警察署の地下通路から海中層へ輸送する手筈でしたが…」
「火が大きくなっちゃってねェ。野次馬やらマスコミやらァ、人間がいっぱい集まってきちゃったんだよねェ~。仕方ないから自動消防車に紛れさせて、一旦ここまで戻ったわけさァ。お陰で丸一日足止め食っちゃったけどォ、人間を近づけちゃうよりはマシだしねェ~」
(──……天岐多様とともに!?)
さらりととんでもない事を聞かされた。──天岐多様が、あの中にいる。つまり、中に閉じ込められて壁を叩いているのは…。
気が付けば、あたしは白い女剣士に怖さも忘れて縋りついていた。
「あ、開けてください!あの箱を開けて、今すぐ天岐多様を外に出して…っ!」
「何を言うのです。そんなことが出来る筈がないでしょう」
「ど、どうして…あんなものに閉じ込めたりするんですかっ?中にいるのは天岐多様なんでしょう?ケガもしてるんでしょう…!?」
「『あれ』を解き放つなどとんでもない事です。…まさか、あなたは『あれ』を狙う敵対組織の……!」
「…小紅殿から離れろ。民間人を傷つけては、そなたもただでは済まぬぞ」
「掴みかかられているのはわたくしの方です!」
「…ほんと、みんな落ち着きなってェ~。これ以上話がこんがらがるのは御免だよォ。…おじょーちゃん、僕らは別に天岐多様と綺也っちをイジメてるわけじゃないからねェ~?」
わちゃわちゃし始めたあたし達を、男銃士がのんびりと窘める。何やかやで、彼だけが最初から自分のペースを崩していない。
「天岐多様は今、とても危険な状態なのさァ。だから原因ごとあの中で眠らせて隔離しようとしてるんだけどォ…あ、これが『氷棺作戦』ってやつね?…で、どうやら作戦は失敗みたいだなァ~…」
「…氷棺は正常に作動したはずです!天岐多様が目覚める筈は…」
──ドンッ…ドンッドンッ……
女剣士の訴えに抗議するかのように、壁を叩く音がどんどん強く激しくなっていく。それに対比するような静かな声で、綺也さまが呟いた。
「…やはり氷棺程度では、『あれ』を抑えることはできぬということか」
───ドォンッ!!
激しい衝撃音とともに、氷棺の扉が弾け飛んだ。
同時に、中の冷気が煙のように噴き出す。冷気は夏の夜の空気に晒され一瞬で水蒸気となり、暗い闇の中で白く濛々と立ち上っていく。
やがて、氷棺の中から大きな塊のような影が転がり出た。丸まっていた背中がゆらりと起き上がり、その影は霧の中で次第に人間の姿を形作っていく。
「……太一さま」
綺也さまがぽつりと、何の感情も拾えない口調でその名を呼んだ。
霧の中から現れた大きな体、十字の剃り込みの入った特徴的な坊主頭。藍染の着流しの襟元は乱れ、全身にわたってどす黒い染みがこびり付いている。
それは確かに天岐多様の姿をしていた。
だが、その目は血走り爛々として、歯を剥き出した口からはだらだらと唾液が滴り、低い唸り声とともに荒い息を吐きだしている。体を覆っていた氷の粒が蒸発し、逆立つ毛並みのように全身から湯気が立ち上っていく。
それは人の形をした、一匹の獣だった。
そしてその手には、一振りの刀が───星空を無粋に照らす三日月のように、妖しく煌めいていた。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
シンギュラリティはあなたの目の前に… 〜AIはうるさいが、仕事は出来る刑事〜
クマミー
SF
これは未来の話…
家事、医療、運転手、秘書など…
身の回りの生活にアンドロイドが
広まり始めた時代。
警察に事件の一報があった。それは殺人事件。被害者は男性で頭を殴られた痕があった。主人公風見刑事は捜査を進め、犯人を追う最中、ある事実に到達する。
そこで風見たちは知らぬ間に自分たちの日常生活の中に暗躍するアンドロイドが存在していることを知ることになる。
登場人物
・風見類
この物語はコイツの視点のことが多い。
刑事になって5年目でバリバリ現場で張り切るが、
少し無鉄砲な性格が災いして、行き詰まったり、
ピンチになることも…
酔っ払い対応にはウンザリしている。
・KeiRa
未来の警察が採用した高性能AI検索ナビゲーションシステム。人間の言葉を理解し、的確な助言を与える。
常に学習し続ける。声は20代後半で設定されているようだ。常に学習しているせいか、急に人間のような会話の切り返し、毒舌を吐いてくることもある。
聖女戦士ピュアレディー
ピュア
大衆娯楽
近未来の日本!
汚染物質が突然変異でモンスター化し、人類に襲いかかる事件が多発していた。
そんな敵に立ち向かう為に開発されたピュアスーツ(スリングショット水着とほぼ同じ)を身にまとい、聖水(オシッコ)で戦う美女達がいた!
その名を聖女戦士 ピュアレディー‼︎
宇宙装甲戦艦ハンニバル ――宇宙S級提督への野望――
黒鯛の刺身♪
SF
毎日の仕事で疲れる主人公が、『楽な仕事』と誘われた宇宙ジャンルのVRゲームの世界に飛び込みます。
ゲームの中での姿は一つ目のギガース巨人族。
最初はゲームの中でも辛酸を舐めますが、とある惑星の占い師との出会いにより能力が急浮上!?
乗艦であるハンニバルは鈍重な装甲型。しかし、だんだんと改良が加えられ……。
更に突如現れるワームホール。
その向こうに見えたのは驚愕の世界だった……!?
……さらには、主人公に隠された使命とは!?
様々な事案を解決しながら、ちっちゃいタヌキの砲術長と、トランジスタグラマーなアンドロイドの副官を連れて、主人公は銀河有史史上最も誉れ高いS級宇宙提督へと躍進していきます。
〇主要データ
【艦名】……装甲戦艦ハンニバル
【主砲】……20.6cm連装レーザービーム砲3基
【装備】……各種ミサイルVLS16基
【防御】……重力波シールド
【主機】……エルゴエンジンD-Ⅳ型一基
(以上、第四話時点)
【通貨】……1帝国ドルは現状100円位の想定レート。
『備考』
SF設定は甘々。社会で役に立つ度は0(笑)
残虐描写とエロ描写は控えておりますが、陰鬱な描写はございます。気分がすぐれないとき等はお気を付けください ><。
メンドクサイのがお嫌いな方は3話目からお読みいただいても結構です (*´▽`*)
【お知らせ】……小説家になろう様とノベリズム様にも掲載。
表紙は、秋の桜子様に頂きました(2021/01/21)
底辺エンジニア、転生したら敵国側だった上に隠しボスのご令嬢にロックオンされる。~モブ×悪女のドール戦記~
阿澄飛鳥
SF
俺ことグレン・ハワードは転生者だ。
転生した先は俺がやっていたゲームの世界。
前世では機械エンジニアをやっていたので、こっちでも祝福の【情報解析】を駆使してゴーレムの技師をやっているモブである。
だがある日、工房に忍び込んできた女――セレスティアを問い詰めたところ、そいつはなんとゲームの隠しボスだった……!
そんなとき、街が魔獣に襲撃される。
迫りくる魔獣、吹き飛ばされるゴーレム、絶体絶命のとき、俺は何とかセレスティアを助けようとする。
だが、俺はセレスティアに誘われ、少女の形をした魔導兵器、ドール【ペルラネラ】に乗ってしまった。
平民で魔法の才能がない俺が乗ったところでドールは動くはずがない。
だが、予想に反して【ペルラネラ】は起動する。
隠しボスとモブ――縁のないはずの男女二人は精神を一つにして【ペルラネラ】での戦いに挑む。
悠久の機甲歩兵
竹氏
ファンタジー
文明が崩壊してから800年。文化や技術がリセットされた世界に、その理由を知っている人間は居なくなっていた。 彼はその世界で目覚めた。綻びだらけの太古の文明の記憶と機甲歩兵マキナを操る技術を持って。 文明が崩壊し変わり果てた世界で彼は生きる。今は放浪者として。
※現在毎日更新中
チート薬学で成り上がり! 伯爵家から放逐されたけど優しい子爵家の養子になりました!
芽狐
ファンタジー
⭐️チート薬学3巻発売中⭐️
ブラック企業勤めの37歳の高橋 渉(わたる)は、過労で倒れ会社をクビになる。
嫌なことを忘れようと、異世界のアニメを見ていて、ふと「異世界に行きたい」と口に出したことが、始まりで女神によって死にかけている体に転生させられる!
転生先は、スキルないも魔法も使えないアレクを家族は他人のように扱い、使用人すらも見下した態度で接する伯爵家だった。
新しく生まれ変わったアレク(渉)は、この最悪な現状をどう打破して幸せになっていくのか??
更新予定:なるべく毎日19時にアップします! アップされなければ、多忙とお考え下さい!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる