上 下
1 / 10

冷たい婚約者

しおりを挟む
「はぁ? さっき聞こえた猫の鳴き声がおかしい? 猫なんかどうでもいいだろ、放っておけよ」
 そう吐き捨てるように言ったのは、私の隣に立つ婚約者だった。
 婚約者のワンダー様は侯爵家の嫡男であり、私・アンジュールが通う王立学園の同級生でもある。

 ワンダー様は、新緑を思わせるエメラルドグリーンの瞳をつり上げて私を見ている。
 中性的な綺麗な顔立ちのため、感じる怖さがより深い。

 瞳と同じ色の髪は肩下まであるけど、綺麗に一つに束ねて右肩に流されていた。
 彼は皺一つない学園の制服に身を包み、腕を組んでめんどくさそうに溜息を吐き出す。

 私達は婚約者と言っても、侯爵家と伯爵家同士の結束を強めるための政略結婚。
 だからお互い恋愛感情はない。

 それでも、せめてお互い良き友人同士のような関係になれればいい。
 そう思って、ずっと彼と歩み寄るために頑張ってきた。

 政略結婚でもこの先ずっと彼と一緒にいなければならないから――

「アンジュール。お前が王立植物園に行きたいって言ったから、わざわざ俺が時間を作って連れて来てやったんだぞ? 猫より植物だろ。ほんとめんどくさいよな、お前って」
「申し訳ありません。ですが、本当にさっき聞こえた猫の鳴き声がおかしかったんです。あんな猫の鳴き声今まで一度も聞いた事がありません」

 私がそう言えば、ワンダー様が舌打ちをした。

 今、私達がいるのは王立植物園の片隅。
 閉園前ともあってか周りには他に人がいない。

 そのため、私達の足音に混じり猫の鳴き声がはっきりと聞こえた。
 まるで掠れた悲鳴のような鳴き声。

 生まれて十八年。そんな猫の鳴き声なんて聞いたことがない。
 猫を飼ったことがない私でも「ちょっとおかしい」って思い、たまらずに足を止めてしまうくらいに……


「ワンダー様。私、少し見てきます」
 私は彼の返事を聞かずに通路から外れて茂みを手で払うように分けて覗けば、猫が横たわっているのを発見。
 きっと元々は雪のように白い綺麗な猫だったと思うんだけど、今は灰にまみれたように汚れて毛もバサバサだ。
 しかも、なんか痩せているような気がするし、右足に怪我をしている。

「やっぱりいたわ。猫……」
 私は驚かせないようにゆっくり近づいたんだけれども、猫は私が近づいても逃げずにぎゅっと苦しそうに目を瞑っていて辛そう。

「野良かよ。せめて貴族の飼い猫ならなぁ」
 いつの間にかワンダー様が私の横に来ていたみたいで、猫を見ながらそう言った。




しおりを挟む

処理中です...