上 下
49 / 134
連載

四角形1(ティア視点)

しおりを挟む
「……ラシット」
 完全に目があっている動物は、まぎれもなくお兄様がトラウマを持っているラシット。
 ウサギのように長い耳を持つ毛の長い動物は、円らな瞳でこちらを見ている。
 外見は可愛らしいのだけれども、ラシットの特徴は口の中と指先にあった。


 ゆっくりと近づけばラシットが威嚇するように口を開き、蝙蝠のような尖った牙をちらりと見せつける。
 しかもラシットは獰猛な性格。その上、あのふわふわの毛の中に隠れるように鋭い爪もあるのだ。


「わー、かわいい」と思って近づき抱っこでもしようものならば、躊躇いなく噛んだり引っ掻いたりする。
 これは小さい頃に学習済み。
 愛らしい見た目に惑わされると怪我をしてしまう。


「ケージ、ケージ!」
 私は手にしていたケージを地面に置くと、ケージの扉を開ける。
 そして、気合いを入れるとラシットの方へと体を向けた。

 どうか捕まりますようにと強く願いつつ、私はゆっくりと足を進めてラシットへと近づいていき、威嚇しまくっているラシットを捕まえる。
 やった! と安堵する間も与えてくれず、ラシットは大暴れ。
 肢体を大きく動かして私の手から逃れようとしていた。


「ちょっと、待って。保護するだけだってば」
 小さいのにラシットは力が強い。せっかく捕まえたのに逃げられるとマズいと、抱きかかえるようにすれば、首筋に激痛が走ってしまう。
 あまりの痛みで視界が滲んで思い出す。あぁ、こんな痛さだったなぁと。
 噛まれた事により、子供の頃に負傷した思い出が鮮明によみがえってきた。


 ラシットにとって私の存在は自分を捕まえようとしている敵なので、容赦なく攻撃を加えていく。
 散々噛まれたり引っかかれながらケージへの中へと保護し、私はゆっくりと一息つくために地べたに座り込んだ。


「お兄様、絶対に怒るよなぁ……」
 でも、エタセルでは、免疫を持っているのは私かお母様以外いない。
 セス様も大丈夫って言っていたけど、免疫持っているか不明だし。


 ラシットは捕獲したけど、そもそも逃げ出したのが一匹のみなのかわからない。
 新しいケージも用意しなきゃならないし、とにかく今は一度戻るのが賢明だろう。


 私は立ち上がりケージを持つとなるべくラシットに衝撃がかからないようにゆっくりと歩き始めた。





 地がうっすらと固まって来たかなと思い始めた頃、私は集会所に到着。
 建物の前では集まって話をしている人から、慌ただしく駆け回っている人などの姿が窺えた。
 みんな忙しそうで私には気づかない。


 お兄様に見つからないようにとなるべく気配を消していたが、「ティア様、その怪我どうなさったんですかっ!?」と一人の騎士に見つかり叫ばれてしまう。
 それを合図の様に、みんな一斉に私の方へ顔を向けてしまった。
 無慈悲にもお兄様の姿も確認できる。



「ティア、ティア、ティア」
 お兄様は何度も私の名を呼びながらこちらに来ると、私が手にしているケージを凝視。
 そして、私の方を見て首や手の傷を見ると、体をぐらぐらと揺らし出したかと思えば、糸の切れた人形のように倒れ込んでしまう。
 お兄様の名を呼びながら慌てた周りの人々が咄嗟に支えたため、頭を打つようなことはなかった。


「お兄様っ!」
「リスト様!」
 支えてくれた人達のお蔭でお兄様は頭を打たずに済んだけれども、気絶しているようで長い睫毛が伏せられている。


「ティア、噛まれたのか?」
 ライにお兄様を見て貰うために建物の方へと体を向ければ、声をかけられてしまったので弾かれたように顔を向ければレイの姿が。
 顔を青ざめ、小刻みに大きな体が震えている。


「子供の頃に一度噛まれているので大丈夫です。それより、お兄様――」
 お兄様の方が心配ですという私の言葉は喉から音となることはなかった。
 それは何の前触れもなく、レイに抱きしめられたせいだ。


「危ないことをしないでくれ。俺の心臓が持たない」
 今にも泣き出しそうなくらいに弱々しい声音が降り注ぐように上から聞こえてくる。


「ティアに何かあったら、俺はどうすればいいんだ。もっと自分のことを大事にしてくれ」
 懇願に近い台詞を囁かれながら、私は苦しいくらいにレイに強く抱きしめられてしまう。





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】そんなに側妃を愛しているなら邪魔者のわたしは消えることにします。

たろ
恋愛
わたしの愛する人の隣には、わたしではない人がいる。………彼の横で彼を見て微笑んでいた。 わたしはそれを遠くからそっと見て、視線を逸らした。 ううん、もう見るのも嫌だった。 結婚して1年を過ぎた。 政略結婚でも、結婚してしまえばお互い寄り添い大事にして暮らしていけるだろうと思っていた。 なのに彼は婚約してからも結婚してからもわたしを見ない。 見ようとしない。 わたしたち夫婦には子どもが出来なかった。 義両親からの期待というプレッシャーにわたしは心が折れそうになった。 わたしは彼の姿を見るのも嫌で彼との時間を拒否するようになってしまった。 そして彼は側室を迎えた。 拗れた殿下が妻のオリエを愛する話です。 ただそれがオリエに伝わることは…… とても設定はゆるいお話です。 短編から長編へ変更しました。 すみません

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

婚約者が病弱な妹に恋をしたので、私は家を出ます。どうか、探さないでください。

待鳥園子
恋愛
婚約者が病弱な妹を見掛けて一目惚れし、私と婚約者を交換できないかと両親に聞いたらしい。 妹は清楚で可愛くて、しかも性格も良くて素直で可愛い。私が男でも、私よりもあの子が良いと、きっと思ってしまうはず。 ……これは、二人は悪くない。仕方ないこと。 けど、二人の邪魔者になるくらいなら、私が家出します! 自覚のない純粋培養貴族令嬢が腹黒策士な護衛騎士に囚われて何があっても抜け出せないほどに溺愛される話。

旦那様、そんなに彼女が大切なら私は邸を出ていきます

おてんば松尾
恋愛
彼女は二十歳という若さで、領主の妻として領地と領民を守ってきた。二年後戦地から夫が戻ると、そこには見知らぬ女性の姿があった。連れ帰った親友の恋人とその子供の面倒を見続ける旦那様に、妻のソフィアはとうとう離婚届を突き付ける。 if 主人公の性格が変わります(元サヤ編になります) ※こちらの作品カクヨムにも掲載します

【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜

なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」  静寂をかき消す、衛兵の報告。  瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。  コリウス王国の国王––レオン・コリウス。  彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。 「構わん」……と。  周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。  これは……彼が望んだ結末であるからだ。  しかし彼は知らない。  この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。  王妃セレリナ。  彼女に消えて欲しかったのは……  いったい誰か?    ◇◇◇  序盤はシリアスです。  楽しんでいただけるとうれしいです。    

【完結】旦那様、お飾りですか?

紫崎 藍華
恋愛
結婚し新たな生活に期待を抱いていた妻のコリーナに夫のレックスは告げた。 社交の場では立派な妻であるように、と。 そして家庭では大切にするつもりはないことも。 幸せな家庭を夢見ていたコリーナの希望は打ち砕かれた。 そしてお飾りの妻として立派に振る舞う生活が始まった。

悪役令嬢ですが、当て馬なんて奉仕活動はいたしませんので、どうぞあしからず!

たぬきち25番
恋愛
 気が付くと私は、ゲームの中の悪役令嬢フォルトナに転生していた。自分は、婚約者のルジェク王子殿下と、ヒロインのクレアを邪魔する悪役令嬢。そして、ふと気が付いた。私は今、強大な権力と、惚れ惚れするほどの美貌と身体、そして、かなり出来の良い頭を持っていた。王子も確かにカッコイイけど、この世界には他にもカッコイイ男性はいる、王子はヒロインにお任せします。え? 当て馬がいないと物語が進まない? ごめんなさい、王子殿下、私、自分のことを優先させて頂きまぁ~す♡ ※マルチエンディングです!! コルネリウス(兄)&ルジェク(王子)好きなエンディングをお迎えください m(_ _)m

【完結】婚約者の義妹と恋に落ちたので婚約破棄した処、「妃教育の修了」を条件に結婚が許されたが結果が芳しくない。何故だ?同じ高位貴族だろう?

つくも茄子
恋愛
国王唯一の王子エドワード。 彼は婚約者の公爵令嬢であるキャサリンを公の場所で婚約破棄を宣言した。 次の婚約者は恋人であるアリス。 アリスはキャサリンの義妹。 愛するアリスと結婚するには「妃教育を修了させること」だった。 同じ高位貴族。 少し頑張ればアリスは直ぐに妃教育を終了させると踏んでいたが散々な結果で終わる。 八番目の教育係も辞めていく。 王妃腹でないエドワードは立太子が遠のく事に困ってしまう。 だが、エドワードは知らなかった事がある。 彼が事実を知るのは何時になるのか……それは誰も知らない。 他サイトにも公開中。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。