上 下
30 / 34
第二章 精霊界編

第30話 絶望の可能性

しおりを挟む



 ここが夢の中なのか、現実の世界なのかを判断するのは難しい。

 意識としては起きているはずだが、手足の感覚が無く、ただぼんやりと目の前の光景を見ている事しか出来ないからだ。

 首を動かす事も出来ず、呼吸すら必要としていない。
 だがそれを苦痛には感じていない不思議な感覚。
 
 意識出来るのは視覚と聴覚のみ。
 金縛りにあったような感覚といえば伝わるだろうか。


 そんな自分の目の前には、血のように赤黒い草原が広がり、幾つもの『命だったもの』が転がっている。
 
 つらくて怖くて、今にも吐いてしまいそうになる光景のはずなのに、ただ淡々とその光景を見ている事しか出来ない。


 …………


 動いているモノのいない赤い草原を見つめること数分、目の前に白いモヤが現れ始めた。
 そのモヤは人の形をしているようで、していない。
 人の様に見えるが、別の何かにも見える曖昧なモヤ。



『やっと……会えた……』

 ――声?

『ヨシタカ……ヨシタカ……ッ』

 ――女の子? 泣いているの?

『……ごめんなさい』

 ――なんで謝るの?

『諦めないで……欲しい』

 ――なにを?

『必ず、救えるから』

 ――話がわからない……。君は誰?

『女神……だよ』

 ――まじか。やっと登場か。

『ごめんね。ヒナタを介してやっと来られたけど、まだ慣れてないせいであまり時間が無いの』

 ――なんでヒナ? そうなんだ。

『だから、手短に伝えるね』

 ――うん。

『さっきの光景は現実』

 ――へ?

『あの光景は、近い未来あなたが見ている光景だから』

 ――え。

『だから、必ず未来を変えて。諦めないで』

 ――いつ? どうやって?

『ごめんね。具体的な事を教えるような干渉は出来ないの』

 ――ヒント!

『あなたは……相変わらずだね』

 ――初対面ですが……。

『ふふ。じゃあ一つだけ……。ヨシタカの能力は魔力譲渡じゃなくて、魔力操作。魔力で大抵の事は出来るし――魔力量に上限は無いよ』

 ――良かった。チート有ったんだ。

『また必ず、会いに来るから。どうか無事でいて』

 ――頑張ってみるよ。

『……ヨシタカ』

 ――うん?

『ずっと……大好き……』

 ――初対面なのに?

『未来で待っている私に、宜しくね』

 ――未来?

『うん』

 ――未来で女神様と会うの?

『えっと……うん。……でも、これ以上言うと出会う未来が変わってしまうから、あとはナイショ』


 そんな女神様の言葉を最後に、意識が朦朧とし始める。

 
『必ず……生きて……私と……』


 そのまま、まどろみの中へと完全に意識が旅立った。


 ………………

 …………
 

 ヨシタカが次に目を開けた時、目の前には暗い森が広がっていた。
 
 草が緑色な事に彼は無意識に胸をなで下ろし、起き上がる。


「あ……ヨシタカっ! ヒナタ様もっ! 起きたか!」

「サティ……俺寝てた? どれくらい?」

「ニャ……」


 焚き火の前でサティナが立ち上がり、心配そうにヨシタカとその横のヒナタを見つめている。
 その手は握りしめられ、震えているように見えた。

 ヒナタも欠伸をしながら身体を起こし、ヨシタカの膝の上へテコテコと移動した。
 どうやらヒナタも眠っていた様子。
 

「周りが一瞬光ったと思ったら既に倒れていたのだ。一時間も経っていない……が……急に倒れたので心配した……。ヒールを掛けても目覚めないし……。でも、息は有ったから……待っていた」

 俯きつつ、震えたままのサティナが説明し、それを聞いたヨシタカが改めて自分の寝ていた場所を確認すると、
 彼が頭を置いていた位置には丸めたゴワゴワのタオルが置いてあり、ヒナタが寝ていた場所にはサティナの付けていた外套が円を描くように置いてあった。
 この光景を見るだけで、サティナが自分達のために行動してくれていた事がわかる。


「心配かけたね。ありがとう。何ともないから安心して」

「ニャ~」

「本当に良かった……」

(サティは優しいなぁ。……本当、サティが居てくれて良かった)

「ニャ」

「ヒナもそう思うよね」

「ニャ~」


 ヨシタカとヒナタが会話をするように声を発し合っているのを見て、首と銀髪を傾けながらサティナは、


「どうした? 私の顔に何か付いているか?」

「うん」

「な、なにっ!? どこだ?」


 顔を赤くさせながら、サティナがその綺麗な指で、綺麗な顔を触り『何か』を探す。


「綺麗な目と鼻と口が付いてる」

「なっ……ばっ……なにを……」

「あはは」


 サティナをからかったところで一拍置き、ヨシタカは呼吸を整える。

(綺麗な目と鼻と口というのは本当の事だけどね)

 これから話す内容は彼自身もまだ半信半疑だが、事実ならば早めに伝えておかねばならない。そう判断した。

 ヨシタカにとって何より大切なのは、ヒナタ『とサティナ』の身の安全だ。
 例えただの夢だったとしても、警戒するに越したことはない。
 何も無ければそれはそれで『何も起こらなかった。良かった』で済むからだ。


「あのさ、サティ」

「なんだ? もう騙されないぞ。顔には何も付いていなかったからな!」

「いや目と鼻と口は――まぁいいか、えっとね。信じて貰えないかもしれないけど……。さっき夢の中? で女神様に会ったんだ。……で、どうにもただの夢には思えなくて。――だから、その事で話が有る」


 ヨシタカの言葉を聞き、サティナはその金色の瞳を大きく見開く。


「この先……皆、死ぬかもしれない」


 彼から発せられた更なる言葉に、見開いたままの彼女の瞳が、揺れた。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活

空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。 最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。 ――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に…… どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。 顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。 魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。 こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す―― ※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた

杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。 なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。 婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。 勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。 「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」 その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺! ◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。 婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。 ◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。 ◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます! 10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

いきなり異世界って理不尽だ!

みーか
ファンタジー
 三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。   自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!

全校転移!異能で異世界を巡る!?

小説愛好家
ファンタジー
全校集会中に地震に襲われ、魔法陣が出現し、眩い光が体育館全体を呑み込み俺は気絶した。 目覚めるとそこは大聖堂みたいな場所。 周りを見渡すとほとんどの人がまだ気絶をしていてる。 取り敢えず異世界転移だと仮定してステータスを開こうと試みる。 「ステータスオープン」と唱えるとステータスが表示された。「『異能』?なにこれ?まぁいいか」 取り敢えず異世界に転移したってことで間違いなさそうだな、テンプレ通り行くなら魔王討伐やらなんやらでめんどくさそうだし早々にここを出たいけどまぁ成り行きでなんとかなるだろ。 そんな感じで異世界転移を果たした主人公が圧倒的力『異能』を使いながら世界を旅する物語。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

私を裏切った相手とは関わるつもりはありません

みちこ
ファンタジー
幼なじみに嵌められて処刑された主人公、気が付いたら8年前に戻っていた。 未来を変えるために行動をする 1度裏切った相手とは関わらないように過ごす

処理中です...