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 クリスチナはすべての民を愛する。誰一人として例外がなく、そして、誰一人として特別がいない。すべての人間が彼女の前では平等に扱われる。

 クリスチナの特別になりたかった。

 自分の前では、泣いたり、怒ったりして、心を許して欲しい。

 いつしか、そういう思いが強くなっていった。

 はじめは、贈り物をしたりしていた。花をあげても、お菓子をあげても喜んでくれたが、芋虫の家臣をあげた時とさほど変わらない反応だった。宝石を買っていった時は、芋虫の時よりも、丁寧なお説教をされてしまった。

『素晴らしい贈り物を有難うございます。ワタクシの生涯の宝とさせて頂きます。しかし、以降は装飾品やドレスなどの贈り物は必要ありません。この素晴らしい宝があれば十分でございます。これ以上の華美なものは、貧困に苦しむ民の妬みをかってしまう可能性がございますので、ワタクシに何か下さる気持ちがあるのでしたら、民のために使って下さい』

 それからは、贈り物をすることもままならなくなった。

 ならば! と、デートに誘って遊びに出かけたこともある。しかし、それは、勉強と仕事を抱えているクリスチナの休息時間を削ってしまうだけだった。具合が悪くなったクリスチナを見て後悔するだけで終わった。

 寂しかった。

 素晴らしい婚約者がいて、何を贅沢な事を言っているんだと思う人は多くいるだろうが、それは優秀な人の言い分である。

 難しい問題が起きて対処しないといけない時、クリスチナは忙しく仕事をこなしていくが、私は何も出来なかった。

 暇があれば、クリスチナは人々のために新しい政策を考えつき、再び忙しく働くが、私は何も思いつかないし、役に立たなかった。それどころか、手伝おうとして足を引っ張ってしまう事の方が多い。たまに少しだけ私が役に立つこともあったが、クリスチナの反応はいつもと同じ。

 特別になるどころか、あまりに能力が違い過ぎて、自分がクリスチナにとって取るに足らない人間であると思い知らされただけだった。

 次第に、虚しさを感じるようになった。

 そんな、ある日。平民のエミリアが話しかけて来た。エミリアは勉強は出来るが、思考が浅く、利己的で、まるで自分のようであった。抜けている所に安心感を覚え、一緒にいると心が安らいだ。

 そんな彼女が差し出した物を、食べてはいけないと分かっていたけど、食べてしまった。

 冷たくて塩辛いお弁当だったが、それが何故だか美味しく感じた。

 それでうっかり、気を許して、クリスチナの悪口を言ってしまった。悪口は良くないと怒られるかと思ったら、エミリアは同調して、一緒になって悲しんでくれた。

『恋人を放っておくなんて信じらんない! ありえないって! やり返しちゃえば?』

『そんなこと出来ない』

『お前みたいに、愛の言葉の一つも囁かず、説教ばかりしてくる女なんて願い下げだ! 婚約破棄してやる! って言ってやれば、御免なさい~って泣いて謝ってくるんじゃない? もっと、ヴィルを大事にします~って!』

『泣いて謝る? クリスチナが?』

 軽い気持ちだった。

 クリスチナが『寂しい思いをさせて御免なさい』と言ってくれれば、すぐに撤回するつもりだった。

 まさか、こんな大事になるなんて!


 ガルボ公爵邸に着くと、庭のテラスへと案内された。

 クリスチナは慌てて席を立ち、ヴィルヘルムに椅子をすすめた。

「殿下? 突然、どうされたのですか?」

 心なしか、動揺している様に見て取れる。

 クリスチナはピンクのドレスを着て、髪をアップに整え、お化粧までしている。首元には昔自分があげた、あのネックレスがかかっていた。

 とても綺麗だった。

 傍には大きな薔薇の花がぎっしり花瓶に入れられて飾られている。

 あいつのために着飾ったのか!?

「次の行事はフリードリヒがエスコートすると聞いたが本当か?」

「左様でございます。殿下はエミリア嬢をエスコートされるのでしょう?」

 ヴィルヘルムは、握りしめて来た小さな花を投げ捨て、無言で立ち去った。

「殿下!」

 いつもと違う、大きな声で呼び止められたが、止まることは出来なかった。


 玄関に停めたままになっていた馬車へと乗り込んだ。

「王子!? どうされたのですか!?」

「すぐに帰る! 馬車を出せ!」

「は、はい」

 馬車が走り出すとヴィルヘルムは一人、馬車の中で泣いた。

 華美な服装はしないと言っていたのに!

 クリスチナにとって、特別な相手はフリードリヒだったのだ!
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