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 テラスに移動しお茶を用意してもらう。1人になって庭の花や空を眺めると、今まで考えずにいられたことが、頭をよぎった。

 ワタクシは殿下に裏切られて、フラれて、捨てられたんだ。

 婚約破棄は成立しないと思うが、それは変わらない事実だ。

 自分を愛してくれない殿下と、結婚生活が出来るのだろうか?

 不安が押し寄せる。

 だが、自分の生活は保証されている。庶民よりもずっと恵まれているのだ。こんなことで落ち込んでいては民に申し訳ない。

 でも、もし、殿下がどうしてもエミリア嬢と結婚したいと仰ったらどうしよう...?

 それが殿下の1番の幸せだと仰ったら?

 しかし、あの娘は妃には相応しくない...国民の幸せのためには排除すべき人間である。

 殿下の仰った通り、王位継承権を放棄して頂き、平民として結婚させてあげたら良かっただろうか?

 だが、あの娘は、心から殿下を愛しているようには見えない。殿下が平民となったら、殿下を捨てて逃げるのではないか?

 そうなったら、殿下はどうなる? 王宮にも帰れず、誰の手助けもなしで、平民として生きることなど殿下には出来ないだろう。

 素直に、ワタクシに助けてくれと言ってくれればいいが、何しろ、素直さが足りない方だ。変なプライドから誰にも助けを求めず、のたれ死んでしまうかもしれない。

 幼い頃から大事にしてきた殿下を、やはり、あの娘に任せるわけにはいかない!

 エミリア嬢は愛人として囲い、子供が出来たら取り上げて、子供はワタクシが育て、エミリア嬢の女としての旬が過ぎたら捨てる。残酷だが、それが一番いいように思う。

 でも、殿下が一生、あの娘の事を好きだったら? 次第にワタクシの言う事を聞かなくなり、あの娘の言う事を信じてワタクシを排除しようとしたら?

 やはり、殺しておくべきか?

 恐ろしい事を考える女だと、神様はワタクシに罰をお与えになるだろうか?

 だが、ワタクシが身を引き、あの娘が女王に君臨すれば、直接的ではないにせよ、間接的に多くの民を殺すだろう。

 人間とはかくも愚かな生き物である。

 未だに同族で、弱肉強食の殺し合いをしているのだから。

 クリスチナは途方に暮れ、空の雲が流れていくのを、ひたすらに眺めた。


____________


 時を同じくして、別の場所にも途方に暮れている人物がいた。

 ヴィルヘルムである。


 先刻、ヴィルヘルムが庭に咲く花を摘んでいると、帰宅したフリードリヒが意気揚々とヴィルヘルムに話しかけてきた。

『兄上の婚約破棄が成立したら、クリスチナ様と私が婚約いたします』

『何を馬鹿な事を言っているんだ? クリスチナが承諾するはずがない!』

『馬鹿な事を仰っているのは兄上の方です。先程、お会いして来ましたが、クリスチナ様は承諾なさいましたよ? 婚約破棄を宣言した男に義理立てする女はおりません』

『嘘だ! クリスチナは一生、私に仕えると誓いを立てている! 破るはずがない!』

『それは、あくまでも兄上と結婚し、兄上が国王となることが前提であるはず。ですが、クリスチナ様と婚約破棄をし、ガルボ公爵家や国民から見放された王子は王にはなれません。そんな事は、貴族の子弟ならば皆、言われなくても分かることです。王になれない兄上に、クリスチナ様が忠誠を捧げ続けると、本気で思っているのですか?」

『それは...でも、そんな...まさか...』

『嘘だと思うなら、次の公式行事のパーティーのエスコートを申し出てみては? クリスチナ様は私のエスコートを受けると仰ったので、きっと兄上の誘いは断られるはずです』

『お前はクリスチナを愛しているのか?』

『もちろん! あの方は誰がどう見ても国1番の女性です』

『美人ではないだろ?』

『容姿は時が経てば衰えますが、クリスチナ様の持つ知力、財力、人脈は衰える事がないでしょう。そして浮気にも寛容です。婚約破棄や離婚をしなければ、愛人と遊んでも許される。節度を守れば、幾らでも若い美しい娘と遊べるのですよ。そして、難しい政治問題はクリスチナ様が議会を取り仕切ってすべてやってくれる。私は彼女の言うことに頷いていれば、歴史に残る名君となれるんです』

『ふざけるな!』

『ふざけてなかおりませんよ。クリスチナ様に迷惑をかけない分だけ、私の方が兄上より何倍も良い伴侶になれるでしょう』

 その通り過ぎて、ヴィルヘルムは何も言い返す事が出来なかった。

『では、失礼します』

 フリードリヒが去った後も、ヴィルヘルムは花を握りしめて、呆然と立ち尽くした。
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