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第三幕 学生期

241.最高の演奏に必要な準備

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 翌日、カーン家からの使者がやって来て、カヴィタからの手紙がアントニオに届けられた。

『罪深い御方へ

 赦(ゆる)しは、私の「歌」を歌う貴方の「声」と引き換えです。

 カヴィタ・カーン』

 アントニオは手紙を一度高く掲げてから、口元に運び、手紙にキスをした。

アントニオ
「やっぱり歌を作ったのはカヴィタ様だったんだ!」

 人に赦しを与えるのは簡単な事ではない。傷付けられた傷が深ければ深いほど。

 だが、カヴィタ様は赦してくれるという。

 喜びに浸っている暇はない! 最高の演奏をお約束したのだ! これから忙しくなるぞ!!

アントニオ
「ジュゼッペ! 王都内の借りられる劇場やサロンを全てリストアップして下さい! 1番響きが良い会場を探します! それと、会場にあるピアノの確認も! 場合によっては、ピアノの搬入を行います。楽器店にあるレンタル可能なピアノのスペック(仕様・性能)も調べて!」

ジュゼッペ
「かしこまりました」

アントニオ
「しかし、コレペティ(歌の伴奏者)の情報はどうやって調べるべきか...」

ジュゼッペ
「コレペティとは何でしょうか?」

アントニオ
「コレペティトゥーアの略で、歌の伴奏ピアニストの事です」

ジュゼッペ
「著名なピアニストをリストアップ致します」

アントニオ
「ピアニストでも、ソロで演奏するピアニストと、伴奏専門のピアニストは違うのです。独奏を得意とするピアニストが、伴奏も上手いとは限りません。むしろ、その逆である事が多いのです。ピアノに専念し過ぎて、他の楽器の知識がなく、アンサンブル(合奏)に向かない場合があります。中でも、歌の伴奏者は、器楽の伴奏者とも違います。歌には詩があり、言葉に沿った息があるからです。詩を読解し、呼吸を読む、欲を言えば、演技の流れを組み、指揮者の棒(命令)を拾える、専門の方(かた)がいいのです」

ジュゼッペ
「難しいですね...ジーンシャン家は戦争ばかりしていましたから、芸術関係に詳しい者がいませんし...」

 ジュゼッペは振り返り、アウロラを見つめた。

アウロラ
「アルベルト様でしたら、王都に長く住んでいらっしゃいますし、あちこちの社交界に顔も出されていますから、音楽会が好きな方をご存知なのではないでしょうか? きっと、音楽会を開く主催者なら、演奏者にも詳しいはずです」

アントニオ
「知っている人を探すのですね! 早速、叔父上に聞いてきます!」

 アントニオはアルベルトの執務室を訪ね、伴奏者に詳しそうな人物を尋ねた。

アルベルト
「あぁ、それなら、ブラウエル男爵が詳しいはずだよ。男爵の開く夜会は有名なんだ」

アントニオ
「ブラウエル男爵!? クラスメイトのユーリ・ブラウエル君のお父上ですか?」

アルベルト
「クラスメイトなんだね! なら、御子息に尋ねてみてはどうだろう?」

アントニオ
「そうですね! そうします!」


__________

 リンとバルドは王都のカーン伯爵邸を訪ねていた。

 人払いをして、応接室のソファーにはリンとバルド、ネハの3人だけが座る。

ネハ
「この間はすまないね。色々と世話になったのに、お茶会を台無しにしてしまって」

リン
「いや、気にするな。あれはジーンシャンの奴等が悪いんだ」

ネハ
「今日は、わざわざ訪ねて来てくれるなんて、どうしたんだい?」

リン
「ちょっと確認したい事がある。コレを見てくれ」

 リンは例のラブソングの楽譜とカヴィタからの手紙を差し出した。

ネハ
「これがどうしたんだい?」

リン
「筆跡が違う」

ネハ
「確かに...違う字だね」

リン
「伯爵の御息女に虚言癖の心配はあるか?」

ネハ
「カヴィタが偽の作曲家だと疑っているんだね? カヴィタはそんな子じゃないよ!」

リン
「どうして、そう言い切れる?」

ネハ
「あの子は本当に不思議な子でね。幼い頃から輪廻(りんね)というものを信じている」

リン
「生まれ変わりのことか? 歌詞と思想が似ているからといって作者とは限らない」

ネハ
「輪廻という言葉は生まれ変わりという意味で使われることが多いけど、物事が循環的に繰り返される時にも使われる言葉だよ。

海の水は蒸発し雲となって世界を渡るが、やがて雨となり、川となり、海へと還る。土は肥やしとなって、生物を育むが、生物はやがて命尽きて土へと還る。カヴィタは、全てのものは巡り巡って始まりへと還るんだと言ってね。行為も必ず行った者に還ってくると言っている。悪事は必ず災いとなって、本人に還ると。

そんなカヴィタが、嘘をつくとは私には思えないんだよ」

 リンは楽譜と手紙に視線を向ける。

リン
「なるほど。俺はあの娘が偽物だとは思っていない。手紙には歌詞の内容を知っているような文字が書かれていた。恐らく、本物の作者だろう」

ネハ
「信じてくれるのかい?」

リン
「だが、偶然の一致で、あの娘の書いた楽譜が他にあるのだとしたら、演奏会の際にショックを受けるのは、あの娘なんじゃないのか?」

ネハ
「確かに...そうだけど、どうやって真実を確かめる?」

リン
「少し話しをさせてくれないか?」

ネハ
「あの子が傷付くような事を言うんじゃないだろうね? せっかく具合が良くなったのに、また、苦しい思いをさせられたら困るんだ」

リン
「苦しむ事なんかないさ。そこら辺は、俺達が上手く聞き出してやる。な? ルド?」

バルド
「あぁ、言動には気を付けよう」

ネハ
「有難う。くれぐれも気遣っておくれよ」

リン
「分かった」
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