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第三幕 学生期

233.ラブソングの断片3 ❤︎

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 王家とジーンシャン家の軍事協定が結ばれ、アントニオは忙しい日々を送っていた。

 連合騎士団の騎士団長にアントニオ・ジーンシャンを据え、仮で副騎士団長にカレン・カンナギを据えた。副騎士団長については、ヒロヤ国王は当初、タイラを据えることで話を進めていたが、カレンの猛抗議にあったのである。

 カレンは、2年連続で王立学校の総合バトル優勝の実績を訴え、自分の方が騎士として優れていることを主張した。そこで、ヒロヤ国王はカレンを仮の副騎士団長に任命し、正式な副騎士団長は、今度の総合バトルで優勝した方を据えると決定した。

 団員の魔導騎士は一般公募はせず、実力や思想を調査してからスカウトで選出されるそうだ。調査するのはもちろん、リッカルド・ロッシとヴィクトー・ルナールである。だが、誰を団員に入れるかを決定するのはアントニオなのである。

 団員選出の流れ

リッカルド&ヴィクトーが調査し、有能で忠実な騎士を推薦する

アントニオが候補者から団員を選ぶ

グリエルモやジュン王太子が許可

スカウト

同意が得られれば面接&試験

入団

 ヴィクトーは騎士団長補佐という予想もしなかった出世に大喜びで、毎日お勧めの騎士のプロフィールを持ってくるようになった。リッカルドは、ヴィクトーから推薦された騎士達の調査に大忙しで飛び回っており、問題ないと判断された騎士のプロフィールがアントニオの元に届けられるようになったのである。

 学校が休日の今日も、アントニオは自室で騎士達の経歴書に目を通していた。

リン
「連合魔導騎士団か。ちょっとした思いつきだったが、めっちゃ面白そうだよな?」

バルド
「そうか? 面倒じゃないか?」

リン
「飽きたら、レオやタイラに押し付ければ問題ない! 実務はヴィクトーとリッカルドが喜んでやるんだ。何も面倒なことはない! 面白い事にだけ首を突っ込めばいいんだ!」

バルド
「なるほどな」

アントニオ
「なるほどじゃないよ! 連合魔導騎士団を作るのに、多大なる予算が費やされるんだから、ちゃんと真面目に考えて!」

リン
「そうだな。ルドを倒せるメンバーを募集しないといけないからな。やっぱり、美人な女性騎士がいいかな?」

 リンは魔導騎士のプロフィールに手を伸ばし、写真をチェックし始める。

アントニオ
「ふむ。美人女性騎士団の発足か...許可しよう!」

 アントニオは自身の髪を撫でつけ衣服の乱れを治すと、背筋をピンとして座り直し、プロフィールの写真に向き直った。

バルド
「却下だな。どこが真面目なんだ? それに、俺には色仕掛けは効かない。それに、魔王対策だって人族に対する建前なんだ。騎士が俺を倒せる必要はないだろ?」

 軍発足の理由は、表向きはカンナギ王家とジーシャン家の友好、国内外の他勢力への牽制であるが、裏の目的は魔王対策だ。だが真の目的は、王女との婚約回避、そして、焦茶のアントニオの味方をジーシャン領の外にも増やすことである。

リン
「まぁ、お前を倒す必要はないが、人生には少しくらいの楽しみが必要だ!」

アントニオ
「そうだ! 少しくらい人生に楽しみがあってもいいと思う!」

バルド
「教育に良くない」

リン
「そういえば、そうだな」

アントニオ
「そんな!? 別にキャバレーを作るわけじゃないんだからいいだろ!? お前らは、キャバレーで遊ぶ癖に!」

バルド
「大人はいいんだ」

アントニオ
「じゃあ、6年後、18歳になって成人したら、キャバレーに連れてってくれるのか?」

バルド
「6年後じゃない。龍人的な成人に合わせる」

リン
「じゃ、50歳になったらだな」

アントニオ
「連れてく気なんかないだろ!...くそう、いつまでも子供扱いしやがって、俺はルドより年上なのに!」

バルド
「肉体は子供だ」

アントニオ
「美人な女性騎士を少し優遇採用するくらいいいじゃん」

バルド
「多大なる予算が費やされるんだろ? 実力で選べ」

アントニオ
「容姿も実力のうちです! オペラの世界でも、顔やプロポーションは実力としてカウントされるのです!」

リン
「色仕掛けでルドを落とせるレベルなら採用してもいいだろ?」

アントニオ
「そうだ! そうだ!」

バルド
「ほう?...では、俺も人事の面接に参加する」

リン
「では俺も!」

アントニオ
「う、うぅ~ん...まぁ、いいか?」

リン
「よし! 実技試験でルドより弱い奴は、全部落とそう!」

バルド
「ハハ! それはいい! 受けて立つ!」

アントニオ
「いいわけあるか! 誰も受からなくなっちゃうだろ!」

リン
「聖女なら入れるかもしれないぞ? アイツはジーンシャン魔導騎士団には所属していないし」

アントニオ
「母上と一緒の騎士団なんて嫌だよ。何処にでもママを連れて来るマザコンと思われてしまう」

 そんなことを言い合っているとノックの音が聞こえた。扉が開きジュゼッペが入ってくる。

ジュゼッペ
「トニー様にお手紙です」

アントニオ
「有難うございます」

 アントニオは手を出したが、ジュゼッペは手紙を渡さなかった。

ジュゼッペ
「ですが、この封書には差し出し人の名前がないのです」

 リンとバルドは顔を見合わせる。

バルド
「俺が開ける。危険なものが入っているかもしれないからな」

 ジュゼッペからバルドは封書を受け取り、開封した。

リン
「呪いの手紙でも入ってたか?」

バルド
「いや、呪いの類いはないようだ...それに、これは手紙じゃなくて楽譜だな。しかも、例の歌の続きのようだ」

アントニオ
「例の歌の楽譜!?  見せて!」

 アントニオはバルドから楽譜と封筒を受け取った。

 誰が作詞作曲した曲なのか知りたくて、封書の中身を何度も確認するが、手紙などは一切付いていない。

 あるのは『詞』と『譜』のみである。

 アントニオは本棚のファイルから過去に見つけた楽譜を取り出し、ピアノの譜面台に並べた。そして、椅子に腰掛け、ピアノ伴奏を弾く。

 アントニオは歌った。楽譜に書かれたラブソングを。

アントニオ
『♪①
何度 生まれ変わっても
私は貴方に 恋をする

どんなに 月日が巡っても
何度も貴方に恋をする

異なる世界の 異なる身体
異なる言葉に 異なる立場

どんなに 貴方が違っても
それでも 私は恋をする

何度 貴方を見つけても
貴方は 私に気付かない

♪②
私は貴方の歌だった
貴方は私の声だった

だけれど 生まれ変わる度(たび)
私は貴方と異(ちが)ってく

すべてを魅了する声は
多くの人に愛された

貴方が歌わない歌は
誰にも気付いて貰えない

どんなに 貴方と異っても
私は 貴方に恋をする


♪③
とうとう 貴方に出会えずに
前世の命は終わりを告げた

誰も 歌わない歌に
何の価値があるのだろう

貴方に会えない命でも
それでも貴方に恋をした

今でも私は夢をみる
貴方が私を歌う夢

夢は...
目を開けると消える

それでも 私の心は
消えなかった』

 曲はとうとう完結した。


 ふと、前世のことを思い出す。


 父親の家庭内暴力と育児放棄。

 幼くて無力な自分。

 お腹が空いて、忍び込んだ小さな家の庭。

 渋い果物と小さな畑の小さな野菜。

 ピアノが聞こえている間は無人になるダイニング。

 こっそり摘んだ甘いお菓子と酸っぱいワイン。

 油断して眠りこけて捕まった。

 殴られると思ったけど、家主の老婦人は俺を殴らなかった。

 それが、最初の師匠との出会いだった。

 『声』だって、『歌』に出会わなければ、何の価値があるだろうか?

 この『歌』が焦がれていた『声』が、俺だったら良かったのに。

 そんな風にアントニオは思った。

バルド
「難儀な事だ。愛だの恋だの、形のない物を欲した所で、手に入るはずもないというのに」

リン
「いいや! ロマンだね! 手に入らないものをどうやって手に入れるのか、考えるだけでもワクワクする」

アントニオ
「そういう楽しみ方? もっと美しい言葉と音楽、美しい心を楽しんでよ」

リン
「いいだろう! ならば、一切の欲望を捨てるのだ! あぁ! 何と美しい心! さすれば、心は自由で平穏を取り戻せるであろう!」

アントニオ
「いいや、欲望こそが美しい芸術を生み出す原動力なのだ! この恋は失われたのではない! 永遠になったのだ!」

 ジュゼッペの背後から顔を出したアウロラは、不思議そうに首を傾げた。

アウロラ
「ごちゃごちゃ考えなくても、作者は匿名でもトニー様宛に楽譜を送って来たのですから、『歌』は『声』の元に届いたのではないですか?」

アントニオ
「え!?」

 アントニオはびっくりしてアウロラの表情を凝視した。

 アウロラは、ニタニタと微笑みながら呟く。

アウロラ
「トニー様ったら罪な男ですね」

 確かに! 作品『歌』が作者の意思によって、俺『声』に届いている!?

 アントニオの心臓はチャールダーシュ(加速していく音楽)のように高鳴った。
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