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第三幕 学生期

165.報酬要求

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アイリス
「嬉しいのは分かるけどね。大人しく寝かせときな!」

 バルドが慌ててアントニオを布団の中に戻すと、リンが戻って来た。

リン
「お! やっぱり、戻って来れたみたいだな。良かった! 良かった!」

 リンも、アントニオの顔を覗き込み、アントニオの頭をわしゃわしゃ撫でた。

アイリス
「いやー! 良かったね! それじゃあ、約束通り、人参を寄越しな!」

 そう言って、アイリスはバルドに向かって手の平を差し出した。

バルド
「人参?」

アイリス
「そう! 報酬だよ。これだけ、色々してやったんだ。 当然だろ?」

バルド
「あぁ、そうか。だが、何で人参なんだ?」

リン
「アイリスは人参が好物なんだ。ルドは作るのが上手だろ?」

バルド
「リンが勝手に約束したのか!?」

リン
「あ、あぁ、だけど仕方がなかったんだ! そうでなければ、アイリスはローレライの生き血が欲しいっていうんだ!」

バルド
「ローレライの生き血!?」

 アントニオが、不安そうにバルドを見上げる。

バルド
「駄目に決まってるだろ!?」

リン
「だから、人参を分けてくれよ!」

バルド
「...無理だ。」

リン
「何でだ!?」

バルド
「一昨日、ドーラちゃんの初授業祝いに、騎獣達と皆で、人参パーティーをしただろ? あれで全部食べてしまった。」

アイリス
「何だって!? じゃあ、人参が無いのかい!?」

バルド
「あぁ。だが、今から種を蒔けば4ヶ月後には...」

アイリス
「そんなに待てないよ!」

 アイリスが怒り出したので、アントニオは青くなって震え出した。

 人参が用意出来なければ、アイリスはローレライの生き血、つまりアントニオの生き血を要求してくるに違いない。

 アイリスは、そんなアントニオの様子を見て、ニッコリと微笑んだ。

アイリス
「心配しなくてもいい。もう、ローレライの生き血が欲しいなんて言わないよ。」

 アイリスの優しい口調と笑顔に、アントニオはホッとした。

アイリス
「もう、分かってるんだ。そこのエストがローレライなんだろ? 歌声を気にして精神が戻ってくるだなんて、大した歌い手さんなのは容易に想像がつくよ。 それに、こんなに血の巡りの悪そうな子から、血を取ろうだなんて思わないさ。」

 それを聞いて、リンとバルドも安堵の息をついた。

リン
「婆さん、悪いな。」

アイリス
「いいんだよ。血が抜けないんだから、まるごと置いてってくれればね。」

バルド
「な! 駄目に決まってるだろ!」

 バルドは慌てて、アントニオを抱き寄せた。

アイリス
「乱暴に扱わないで欲しいね! それは、もう、私のローレライだよ!」

リン
「婆さんにやるだなんて言ってない!」

アイリス
「約束の報酬を支払えないんだ。当然の支払いだよ! それに、あんたら、この子を殺しかけたんだろ? 私なら、寿命まで大事に飼えるよ。」

リン
「エストはローレライじゃない! 人族だ!」

アイリス
「だけど、ローレライのように歌が上手いんだろ? 人族なら尚更だね! 私の方が扱い方を知っている! それは、お前が一番よく分かっているんじゃないか? この子が大事で、死んで欲しくないなら、私に預けなよ。 好きな時に会いに来ていいし、今まで通り、繋げてる異空間で暮らしていいからさ。」

リン
「うぅ~ん...それならいいか?」

 リンはバルドとアントニオの方を見る。

 バルドも、アントニオを抱きしめながら悩む。

アントニオ
「アイリス様、助けて頂き有難うございます。ご恩は必ずお返ししたいと思いますが、私には、人族の家族や仲間もおりまして、帰らないといけないのです。」

アイリス
「まぁ! なんて礼儀正しくて可愛い子なんだろうね! だけど、あんたをイジメる人族の国へ帰るって? 悪い事は言わないから、ここにいないよ。あんたの住んでる人族の国じゃ、焦茶は酷い扱いを受けるよ! それに引き換え、私は大事にするよ! 1人ぼっちで飼われるのが嫌なら、可愛い女の子を連れて来て番(つがい)にしてあげるよ。ちょうど、知り合いの子で、同じ焦茶の可愛いのがいるんだ。」

アントニオ
「え!? 可愛い女の子!? あ、いや、とても心が惹かれますが...私が帰らないと両親が悲しみますので。」

アイリス
「優しい子なんだね。益々、私はこの子が欲しいよ。」

バルド
「他の物で勘弁してくれないか?」

アイリス
「他の物? 例えば何があるんだい? この子よりも良いものなんだろうね?」

 そう言われて、バルドは俯いた。エストよりも良いものなんて思いつかないからだ。

リン
「よくよく考えたら、いくらなんでも、がめつ過ぎるだろ婆さん! ちょっと看病しただけで、まるごとエストが欲しいだなんて!」

アイリス
「でも、命の恩人だろ?」

リン
「婆さんは、ベッドを貸して、ちょっとアドバイスをしただけだろ!」

アイリス
「でも、アンタは私に約束したんだよ! 極上の人参をくれるって! そうじゃなければ、エストだよ!」

 言い争いを聞いていたアントニオは、だんだんと気分が悪くなって来て、目眩がした。

バルド
「今すぐに言い争いをやめろ! エストの具合がおかしい。」

 みると、アントニオが真っ青な顔をしてぐったりしている。

アイリス
「そうだった。異常なくらい虚弱だったんだね。仕方がない。刺激するような事を言うのはやめるよ。嫌がる事は、もうしないから安心しな。エストが死んだら、元も子もないからね。嘘吐き坊主からは、別の報酬をぶんどる事にするよ。」

 アイリスの言葉に、3人は胸を撫で下ろした。
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