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第三幕 学生期

146.弓術の授業1

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 アントニオは気持ちを切り替えて、4限の弓術の授業に出席した。

 剣術の授業を断念したアントニオだったが、魔法戦士科の学生である以上、何か武術を履修しなくてはいけない。

 体術の授業もカリキュラムにはあるが、より接近戦になって相手の攻撃が見えないのは怖いし、人を殴ることも自分には向いていない。

 弓術なら人相手ではなく、的(まと)相手に攻撃練習が出来るし、遠距離攻撃に対する防御の方法も教えてもらえる。アントニオは霊峰山で狩に出た時に鳥を射落としたこともあるので経験もある。そして、何より、痛い思いもしなくて良さそうなので、怖くない。だから、自分向きだと思ったのだ。

 弓術の先生はファファーサット・オグウェノ(55歳)。漆黒の一族の、お爺ちゃん先生だ。

 地球で55歳は、まだ若いというイメージがあると思うが、魔族との戦争があった、この世界では、長生きすることは難しく、50歳を超えると老人のイメージがある。

 オグウェノ先生も歳をとっているような風貌で、漆黒の一族なのに、7割以上が白髪のグレーヘアである。細くて小さくて、身長は163cm。とても漆黒の一族とは思えないような貧弱さだ。

「あんなヨボヨボの爺さんに習うのかよ...。」

 1人の学生が呟いて去っていった。その呟きに同調して、他の学生達も次々に受講をやめて帰って行く。

 ただえさえ、この世界では弓術はあまり人気がない。

 遠距離攻撃は魔法なら道具無しでできるし、荷物にもならない。魔力が枯渇した際は剣で戦えばいい。

 それに、戦争が終結して14年経った今となっては、長時間の遠距離戦闘など殆どしない。試合会場で相手と1対1で戦う時には、弓矢はあまり戦力にならず、邪魔なのである。

 それは、戦士科の学生にとっても同じで、剣術を極めるならば、弓術に時間と体力を割くのは勿体ないと思っていた。むしろ、武器がない時の武術として体術の方が重要だと考える生徒が多いのだ。

 履修するか悩んでいた学生も、弓術の先生が強そうだったら、履修しようと考えていたので、小柄で年をとった先生を見て、履修をやめてしまった。

 結局、残ったのはアントニオと戦士科の学生1人だけだった。

オグウェノ
「ホッ、今年も少ないの。お前さん達は、受けるのかね?」

アントニオ
「はい。アントニオ・ジーンシャンと申します。」

バドゥルディーン
「バドゥルディーン・オドゥオールと申します!」

 戦士科の学生は149cmの小柄な男子生徒で、剣術の試合では目にも留まらぬ速さでリアナやフィオナを倒していた学生だ。

オグウェノ
「今はワシに気を使っているが、どうせ、翌週からは来なくなるんじゃろう。遠慮せずに、帰るがいい! 戦争があった頃は、皆、死にたくないから必死で弓術を学んだものだ...それなのに、今の若いもんときたら...」

 オグウェノ先生は後ろを向いて、座り込んだ。

 どうやら、多くの学生が帰ってしまったことで、オグウェノ先生は拗ねてしまったらしい。

 機嫌を損ねた老人は厄介だ。

 護衛騎士2人は顔を見合した。

リッカルド
「学びたくて来ているのですから授業を...」

 オグウェノはチラッと首だけを動かして、背を向けたまま、視線をリッカルドに向けた。

オグウェノ
「お前の事は知っているぞ! 去年、総合2位の学生じゃろ? 年下の女の子に負けて、ようやく受講する気になったのか?」

 リッカルドとヴィクトーも、学生時代に弓術はとらなかった。何故なら、他の学生よりも魔力が高く、魔力枯渇の心配をあまりしなかったからだ。

リッカルド
「いえ、私はもう学生では...」

オグウェノ
「なんじゃ!? 警備兵か! 紛らわしい場所に立っているんじゃない! あっちへ行け!」

 オグウェノは地面の小さな小石を、光の速さで拾い集め、リッカルドに向かって矢の如く投げつけた。無数の石つぶてが飛んで来て、リッカルドは避けきれずに食らってしまった。

 どれも1cmにも満たない粒なので、傷にはならないが、とても痛い。

リッカルド
「も、申し訳ありません。」

 リッカルドは、たまらず後方へと引き下がった。

 いつも教師に楯突くリッカルドが、大人しく引き下がったのには訳がある。

 オグウェノは、その昔、王立騎士団で活躍した伝説の騎士のうちの1人だ。

 魔王軍が王都まで攻め入った際、魔法使い達は次々と魔力枯渇で倒れていった。そんな中、オグウェノは、王都の城壁に隠していた無数の矢を取り出し、日没から日の出まで、一晩中矢を放ち続け、魔族の屍を築いていった。

 オグウェノの活躍で、王都は陥落することなく、ロベルトの率いるジーンシャン魔導騎士団が援軍で到着するまで持ちこたえたのだ。

 魔力を全く持たない漆黒の一族が、焦茶のように差別の対象にならないのは、こうした英雄が、漆黒の一族の中には度々生まれるからである。

 在学中に授業を取らなかったものの、歴史オタクのリッカルドは、オグウェノ先生の事を尊敬していた。

 だが、益々ご機嫌を拗ねたオグウェノ先生は、またもや後ろ向きに座ってしまった。

 なんとか先生に授業をしてもらおうと、今度はヴィクトーが挑戦する。

ヴィクトー
「先生! 授業を行うのは教師の義務であり...」

 オグウェノ先生は、またも首だけ動かし、ヴィクトーを一瞥すると怒声をあげた。

オグウェノ
「お前のことも知っているぞ! ひょろっこい魔法使いに負けてメソメソしていた奴じゃな! そこになおれ!!!」

 オグウェノ先生は座った状態から、目にも留まらぬ速さで、後方宙返り一回ひねりで飛び上がると、いつの間にか手に持っていた小枝で、ヴィクトーの頭を小突いた。

ヴィクトー
「いっ!」

 頭を抑えてうずくまるヴィクトー。

オグウェノ
「今の若者は、教師と生徒なぞといって、乾いた人間関係になってしまったのう! 身分が高いとか、金を払っているかといって、学生の方が偉そうにしおってからに!!! 身分が高ければ戦場で敵に襲われないとでもいうのか!? むしろ、逆じゃ! 狙われるに決まっとる!

自分が若かった頃は、弟子は頭を下げて、師匠(ししょう)に教えを請うたものじゃ! ワシも師匠(せんせい)を心から尊敬申し上げていたし、だからこそ、師匠から最高の技を学ぼうと必死になったものだ...。

お前達のそんな姿勢で、真の武術が学べるものか! 出直して来い!」

ヴィクトー
「も、申し訳ありません。ですが、私も、もう学生では...」

オグウェノ
「そんな事は分かっておるわい! お前のように老けた学生がいるか! だが、武術を学ぶことに終わりなどない! 死ぬまで勉強しろ! 怠けるでない! 貴様、それでも騎士か! 王立騎士団の装備が泣いておるわ!」

ヴィクトー
「た、大変、申し訳ありません。」

 ヴィクトーも、スゴスゴと後ろに引き下がった。

オグウェノ
「結局、学生は戦士科の学生2名か。まぁ、いいじゃろう。」

アントニオ
「あ、あの、私は戦士科の生徒では...」

オグウェノ
「なんじゃと! お前も警備兵か!」

 オグウェノ先生は、手に持っていた小枝をアントニオに投げつけようとした。

 アントニオは咄嗟に両手で頭を覆って硬直するが、衝撃は腕には来なかった。

 突然脇腹をくすぐられ、全身にゾワゾワが走った。

アントニオ
「!? ちょ! ...くすぐったっ!」

オグウェノ
「馬鹿め! このワシが何度も同じ攻撃をするわけがなかろう!」

 その間も、ずっとアントニオをくすぐり続ける。

アントニオ
「や、やめて下さい! が、学生です! 私は魔法戦士科の学生です!」

オグウェノ
「なんじゃと!? では、お前がロベルト様の孫か!?」

 オグウェノ先生はアントニオから手を離し、マジマジと顔を見た。

 ロベルトには、あまり似ていないが、ロベルトの息子のグリエルモにはよく似ている。

 アントニオはくすぐりから解放されてからも、真っ赤な顔で、肩で息をしている情けない表情をしていた。だが、猫科を思わせるアーモンドアイ、筋の通った鼻、手足の長さは、勇者とそっくりだ。

アントニオ
「はい。先程も名乗らせて頂きましたが、アントニオ・ジーンシャンでございます。」

オグウェノ
「ふむ。確かに学生の装備をしているようじゃ。最近、耳が遠くなってきてな、先程の挨拶は聞き逃してしもうた。すまんな。

ワシが弓術の師範を務めるファファーサット・オグウェノじゃ! ...魔法戦士科に焦茶の学生が入ったことは知っている。それが、ロベルト様の孫だということもな。くれぐれも体罰をするなと、国王陛下からも書状を頂いておる...だが、武術を教えるのに、実戦なくして、どうして教えられようか!

...まぁ、いい! ロベルト様には恩がある! 多少の厳罰を受けようとも、真の弟子を育てるべく尽力しようではないか!」

 要約すると『禁止された体罰をします』という意味になる。
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