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第三幕 学生期

145.回復魔法の授業

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 馬術の授業は、結局中止になってしまった。

 先生の馬が厩舎から出て来ない上、王立騎士団が出動してきて、事件のあらましを事情聴取したからである。

 アントニオはお昼の後で、回復魔法の授業に出席した。

 必修ではないが、市松クラスの全員が履修を希望しているようで、授業会場となる教室に皆が揃っている。それどころか、他の魔法戦士科の生徒もいる。

 そこに、明るい金髪、巻き毛の若い女性が現れた。ホリー・ブレイン(23歳)回復魔法の教師だ。

 この世界の女性にしては珍しい短めの、膝上丈の赤いワンピースを着ており、その上から白衣を羽織っている。そして、耳には、大きな金のイヤリングが付いている。

 派手な格好の割には、目が小さく、背も低い、地味な容姿である。

ホリー
「皆さんこんにちは! 私が回復魔法の教師ホリー・ブレインです! ホリー先生って呼んでくれて構わないけど、私はブレイン侯爵の姪にあたります。若い女の先生だからって失礼な口をきかないように!

早速ですが、回復魔法を受講するのには資格が必要です。何故なら、下手くそが回復魔法を使うと患者が死ぬからです。魔力が低い者、コントロールが出来ない者はご退出下さい。

そもそも、回復魔法が使いたかったら、魔法科に入学するべきなんです! 魔法戦士科の学生なんかに、回復魔法が使えるはずがないじゃない?

まぁ、学長命令だから仕方なく教えますけど! とくにそこ! なんで戦士科の生徒がいるわけ!? ここは、魔力が100以上ある生徒限定の教室だから、それ以外の生徒は返って!」

 そう言って、ホリーはアントニオを指差した。

 ホリーはジーンシャン家の子息が入学した事は知っていたが、入学式などに出席していなかったので、アントニオの顔を知らなかったのだ。

 このホリーの態度に学生達はもちろん、護衛騎士の2人も唖然となった。

 いくらブレイン侯爵の姪だからといって、無礼にも程がある。公式的には、侯爵家と辺境伯家は同等の扱いであるが、姪という事は爵位継承権からは遠い人間であり、身分の序列は次期辺境伯のアントニオより僅かに下なのである。

 次期辺境伯いうのは、長男であるという事とは異なる。次男や娘、姪や甥でもいいのだが、現辺境伯が次の後継者に選んでいる人物という意味を持つ。その身分は、辺境伯に準じ、爵位継承権2位以下の貴族とは大きく異なる。

 ただ、ホリーは継承権の序列は低いが、全く継承権がないというわけでもないので、アントニオと比べて格下というわけではない。ホリーが多少の暴言を吐いても不敬罪には当たらないと考えるのが普通である。

 アントニオの護衛の2人は怒りながらも、様子を見守る他ない。

 ホリーは、学生達に舐められないように必死だった。実は、ホリーは去年赴任したばかりの新米教師だ。去年は、若い女性の新米のということで、学生達に完全に舐められてしまった経緯があり、授業をするのに苦労したのである。

 低学年の学生は、風魔法でスカートめくりするなどのイタズラをしてくるし、高学年は、先生の教え方にダメ出しをしてくる学生が多かったのだ。

アントニオ
「お初にお目にかかります。アントニオ・ジーンシャンでございます。魔力は100以上はあると思われますので、受講を許可頂けますでしょうか?」

 アントニオが笑顔で答えると、ホリーは目が点になった。

 他クラスの学生達も、アントニオの魔力が100以上という発言にザワザワしている。

ホリー
「は? ...え? ...アントニオ・ジーンシャンって、あの、アントニオ・ジーンシャン様?」

アントニオ
「はい。辺境伯グリエルモ・ジーンシャンの息子のアントニオ・ジーンシャンでございます。」

ホリー
「え!? だって、アントニオ様はカーン伯爵が個人的に授業すると...え!?」

アントニオ
「回復魔法なら、受講してもよいとスラッカリー先生に伺ったのですが、ダメでしょうか?」

ホリー
「ま、ま、待って下さい! 私の授業を受講するのには、魔力量だけではなく、魔力操作の精度も必要なのです。先日行われた攻撃魔法テストでコントロールが良以上だった生徒のみ、受講可能です!

えっと、ですから...アントニオ様のテストの結果は...。」

 ホリーは、攻撃魔法教師から受け取った学生達のテスト結果表を、慌ててめくった。バラバラめくって懸命に名前を探すが、アントニオの名前は見つからない。

アントニオ
「あの...テストは受けられなかったのです。人前で魔法を使う事が禁止されておりますので。ですから、こちらの授業は聴講を希望しているのです。」

 予想外の事態に、ホリーはパニックになった。せわしなくキョロキョロし、足は不自然に足踏みした。

ホリー
「でも、受講するということは、試験を受けられるつもりなのでしょう!? 無理です! だって、アントニオ様は精神属性でしょう!? そんな属性、人間どころか、魔物でも見たことないし、評価なんて出来ません!!! それに精神属性の回復魔法って何ですか!? 心が癒されるってこと? 心の傷が癒せるなんて、そんな夢みたいな話があるわけない! あったら、皆が苦しい思いなんてしなくていいし! はっきり言って神の所業です!」

アントニオ
「えぇ、ですから、その可能性を探りたくて受講を...」

ホリー
「無理です! 無理です! アントニオ様は、聖女様の息子なんだから、聖女様に聞いてくださいよ! それ以上のことを私が教えられるはずがないでしょ!? とにかくダメ! 魔力が100以上で攻撃魔法テストでコントロール良以上じゃないと、絶対にダメ!」

アントニオ
「そうですか...申し訳ありません。」

 アントニオはガッカリしつつも、やはり魔法の授業を他の皆と一緒に習うのは無理があったのかと、大人しく引き下がった。

 リッカルドは明らかに不機嫌な様子でホリーを睨んだ。ヴィクトーも無表情のまま冷たい視線を送る。

 公の身分では、爵位を持たず、次期領主ですらない侯爵家令嬢より、騎士爵の2人の方が上だが、自分の独断で侯爵家を敵にすることは、流石に出来なかった。2人は仕方なく口をつぐんだのだ。

 トニー様が『無礼な女を何とかしろ!』と仰って下されば、いくらでも反論するのに!

 アントニオが教室を出ると続いて護衛騎士の2人も教室を出た。

ルーカス
「えぇ~!! アントニオ様にこんなことして、あの先生大丈夫なの?」

ラドミール
「ルーカス、お前も受講資格がないよな? コントロールが可だったから。」

ルーカス
「申し訳ありません。」

 ルーカスは一瞬ガッカリしたようにみえたが、軽くラドミールに礼をした後は、すぐに笑顔になった。

ルーカス
「一足早くお暇を頂く事をお許し下さいませ!」

 そう言って、颯爽と教室を後にしていった。

ラドミール
「あいつ...遊びに行きやがったな...。」

 他の学生達も、続々と教室を後にする。

 結局、回復魔法の受講が出来る学生は3分の1以下になり、市松クラスでは、ラドミールとフィオナ、ディーデリックの3人しかいなかった。

 ディーデリックは、アントニオですら受講出来なかった授業を受講出来る事を、非常に誇らしく思った。

ホリー
「では、授業を始めます! 皆さんの属性を教えて下さい! えぇ~っと、先ずは市松クラスから順に!」

ラドミール
「ラドミール・ベナーク、伯爵家子息です。氷属性です。」

ホリー
「氷属性ね。熱を冷ましたり、傷口を塞いだりする事が出来るわ! とってもいい属性ね!」

フィオナ
「フィオナ・グリーンウェル、伯爵家息女でございます。水属性です。」

ホリー
「いいじゃない! 脱水症状を緩和したり、傷口の汚れを洗い流したり、水属性も回復魔法に向いている属性ね!」

ディーデリック
「ディーデリック・バース、オッケル男爵家の使用人です。属性は土属性です。」

ホリー
「土属性!?」

ディーデリック
「はい。」

 ホリーはせわしなくキョロキョロして教室を歩きまわり、挙動不審になった。

ホリー
「土属性って何なの!?土属性の回復魔法なんて、聞いた事ないわ! 無理よ! 無理! 私にそんな学生を教えるなんて無理! 貴方は受講不可です! 帰って!」

 ディーデリックは、ショックを受けた。受講資格はあるのに、受講を拒否されるなんて思わなかったからだ。

 ディーデリックは、奥歯を噛み締めながら、教室を後にした。

 自分の無能を隠しもしないで、受講拒否するなんて、許せない!

 また少し、ディーデリックの中で、権力者に対する憎悪の感情が増すのであった。
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