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第二幕 幼少期

6.消えた魔王の封印

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 ジーンシャン領は、王国最北の地にある自然豊かな土地だ。といえば、聞こえはよいが、北部に広がる広大な森には凶悪な魔物が数多く出現し、誰も頂上に到達出来たものがいないといわれるほど危険な山、霊峰山(れいほうざん)に面している。霊峰山を連ねる山脈を超えると、その先には、魔素が濃く人間が住むことが出来ない土地、魔族領へと繋がっている。

 ジーンシャンは長きに渡り、魔族からの侵攻を防いできた最前線の戦地であった。

 辺境伯(へんきょうはく)であるジーンシャン家が治める領地で、言わずと知れた黄金の獅子、勇者グリエルモ・ジーンシャンの故郷(くに)である。

 故郷に戻ったグリエルモは、メアリーと結婚した。そして、父より辺境伯の爵位を受け継ぎ、ジーンシャン領の領主となった。

 魔王との決戦から2年。魔族の進行もなく、平和な日々が続いていた。魔王を完全に打ち倒す方法は、未だに思い付いていなかったが、戦後の復興が目まぐるしく進むうちに、その問題は後回しになっていた。

 そうしているうちに、メアリーはグリエルモの子を妊娠し、出産した。よく響く、飛び切り大きな産声をあげて、男の子が誕生したのである。

 男の子はアントニオと名付けられた。

 翌日、メアリーは産後の汗を拭(ぬぐ)おうとして、恐ろしい事に気が付いた。

「無い......」

 魔王を封印した魔方陣が、自身の腹部から消えている。鏡の前に飛んで行き、全身をくまなく探してみたが、何処をどう探してみても、それらしきものは存在しない。

 封印が解けた!?

 慌てて周囲を見渡すが、部屋は荒れていないし、ベビーベッドではアントニオが寝息をたて、気持ち良さそうに眠っている。自分自身も無事そのもの、部屋の外からは、屋敷に住む者達のいつもの生活音が聞こえている。

 魔王が消滅した? ...何故?

 コツコツ

 不意にドアをノックする音がした。

「メアリー。入ってもいいかい?」

 グリエルモだ。

「えぇ」

 メアリーはグリエルモを部屋に招き入れる。

 グリエルモは男子誕生の祝いで、昨日の夜遅くまで飲んでいたが、今日も朝早くから、政務に出掛けていた。

「何かあったの?」

「いや、何かあったわけではないけど、今日くらいは側に居てやれと皆に言われてさ。戻って来たんだ」

「ちょうど良かった! 話したいことがあるの」

「何だい?」

「落ち着いて聞いて。私はすでに混乱していて冷静じゃないんだけど...」

「大丈夫? 慌てないで、ゆっくり話してごらん。アントニオに何かあった?」

「いいえ...アントニオは元気よ。ぐっすり眠っているわ」

 ベビーベッドに目をやってアントニオを確認すると、グリエルモはメアリーの手を取ってベッドに座らせ、自身も隣に腰掛けた。

「どうしたんだい?」

「...無いの、...魔方陣が...無いの...何処にも見当たらない...」

「え...?」

 メアリーはブラウスをめくって腹部を見せた。

 グリエルモは、目を見開いて、しばらく考えた後、部屋中を見渡し、窓に駆け寄って、窓の鍵を確かめた。窓の外の風景に目をやるが、いつもと変わらない風景が広がっている。

「部屋は密室だったようだ」

「空間移動の魔法を使って逃げる事が出来るかもしれないわ。でも、封印が解けて、魔王が復活していたとして...私を殺さずにいるかしら?」

「騒ぎになるのを恐れたのかもしれない」

「探索魔法で魔王を探すことは出来るだろうか?」

「今、探ぐるわ」

 久しぶりに封印魔法以外の魔法を使うが、メアリーはかつてのように索敵魔法を使おうと集中した。

 しかし、少しも魔力が動かない。

「...魔法が使えない...!?」

 自分に沈黙魔法がかかっている気配はなく普通に話せている。その上、今まで封印魔法を使うことで感じていた、魔力が消費される感覚も消えている。

「魔力が枯渇している?....でも、枯渇している時のようなだるさや、疲労を感じないの....まるで、魔力を最初から持っていない人間になったみたいな」

「メアリー、教会へ行って、今の状態を鑑定してもらおう。魔王が復活した可能性があるなら、街の様子も心配だ。アントニオはどうする?」

「起こしちゃうかもしれないけど、置いていけないから、私が抱いて行くわね」

 メアリーはアントニオを抱き上げようとして違和感に気が付いた。グリエルモもまた、その違和感に気が付く。はっきりと分かるわけではないが、数多くの修羅場を潜(くぐ)り抜けてきた勇者と聖女だから分かる、感のようなものだ。

 アントニオから、昨日生まれたばかりの赤子とは思えない程の、オーラのようなものを感じる。

 自分の心臓が不自然な程大きな音を立てているの聞きながら、メアリーはアントニオの肌着をめくった。

 小さな新生児の腹部に、黒い魔王封印の魔方陣が浮かび上がっている。

「っう...」

「酷い...!」

 こんな酷い事が、世の中にあるのだろうか...メアリーは封印魔法を発動させた時の、あの全身を焼かれるような痛みよりも、もっとずっと強い痛みを心に感じた。

 世界の平和を背負う重責と、魔王を自らの身体に封じる身体的苦痛を背負うには、アントニオは幼(おさな)過ぎる。

 息子を抱きしめ、メアリーとグリエルモは、涙した。
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