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第三幕 学生期

96.汚部屋の清掃

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 扉が開くと、汗臭いというか、もはや獣臭い? 野生的な香りが漂ってきた。

 玄関口には泥のついたブーツや革靴が放置されており、部屋の中も鞄がいくつか壁際の床に落ちている。

 机の上は綺麗だったが、4脚ある椅子の背には、洗っていないと思われる服が重ねられており、椅子には、本やタオル、武器などが積み上がっている。

 インテリアは、家具の色がバラバラだ。テーブルは明るい木目なのに、椅子がダークブラウン。本棚もベッドも全部バラバラの色だった。青い絨毯とカーテンはいいのだが、黄色と紫の波模様の掛け布団カバー、変な幾何学模様のカラフルな枕が気になる。

 なんか、あったものを適当に入れました感が半端ない。

ハンス
「相変わらずの絶妙なインテリア(笑)」

カール
「やっぱり、ヤンの部屋の方が汚いじゃないか(笑)」

ヤン
「いつもは、お前の部屋の方が汚いだろ!」

アントニオ
「.........。」

ヤン
「あの...アントニオ様?」

アントニオ
「ヤン...多少、散らかっているのは良いですが、不衛生なのは駄目です。掃除機は何処ですか? ヤンは靴の泥を落として、靴を磨いて下さい。」

 アントニオは、窓を開けて、部屋に風を通し、洗濯物を大きめの袋に詰め始めた。

ヤン
「あ! 洗濯物は俺が自分で!」

アントニオ
「ヤンはまず、その靴をなんとかして下さい!」

 獣臭は確実にブーツからするものだろう。

ハンス
「私が掃除機をかけますね!」

アントニオ
「すみません。ハンス先輩、お願い出来ますか?」

ハンス
「お任せください!」

カール
「私も何か手伝えますか?」

アントニオ
「有難うございます! では、本を本棚に戻して頂けますか?」

カール
「任せてください!」

アントニオ
「私は、洗濯物を洗濯室に持って行きます。」

ヤン
「申し訳ありません!!!」

 アントニオは大量の洗濯物を持って、洗濯室へ向かった。

 ヤンは、アントニオの足音が遠ざかったのを聞いて、立ち上がった。

ヤン
「......今のうちに!」

ヤンはベッドの下からエロ本を取り出すと、ベランダに出て火をつけた。

ハンス
「危なかったな?」

 ハンスは笑っている。

カール
「燃やしちゃうのかよ!」

ヤン
「お前だって執事に見つかったらヤヴァイだろ?」

カール
「ま、まぁな。」

ハンス
「そう、見つかってめっちゃ怒られてたんだよな?」

ヤン
「怒られるだけならいいが、アントニオ様に見つかって、聖女様に報告でもされたら、殺されかねない!」

_____

 洗濯室に入ると、今日も受付のお兄さんとディーデリックが話し込んでいる様子だった。アントニオに気が付き挨拶する。

受付
「やぁ! トニー坊や! 今日は凄い量だね。」

ディーデリック
「今晩は、トニー。」

アントニオ
「今晩は! これは、ヤン・ツヴァインツィガーの洗濯物です。今、ヤンの部屋を掃除していまして。」

受付
「ツヴァインツィガー家の坊ちゃんの部屋も掃除しているのですか? 大変ですね。」

アントニオ
「そうなんですよ! 同郷の者として、不衛生なお部屋を見逃す事は出来ないのです。」

ディーデリック
「命令されたわけではないのですか?」

アントニオ
「はい。むしろ、ヤンは私を部屋に入れないようにしていたのです。汚い部屋を見られたくなくて。これは、あやしいと思って、割と強引に踏み込みました。思った通り、散らかっていて、洗ってない洗濯物を溜め込んでいたので持って来たんです。ヤン本人は、今は靴を磨いています。」

 ヤン・ツヴァインツィガーといえば、誉れ高きユニコーン騎兵長キール・ツヴァインツィガーの息子だ。王族のタイラ様に並ぶ実力者だと聞く。そんな人物に小言が言えるのか。

ディーデリック
「ジーンシャンの従者になると、上の者にも小言を言えないと務まらないのか?」

 ディーデリックは、トニーが身分上のヤンに対して小言を言っているという意味で言ったが、アントニオは、ヤンが身分上の自分に対して部屋に入れないようにしたり、色々な注意をしてくる事を言っているのだと思った。

アントニオ
「そうですね。従者の方が強い発言権を持つこともあります。ジーンシャンの屋敷で1番発言が強いのは女中頭のマリッサですし。」

ディーデリック
「勇者様や聖女様よりですか?」

アントニオ
「そうです。聖女が闇の帝王になって暴走して困った時は、マリッサが止めてくれます。」

受付
「聖女様が闇の帝王になるってどういうことだ!?」

 アントニオは、メアリーがどんな時に闇の帝王になるのかを思い出してみると、実は、いつも自分の事を思ってしていてくれたことに気が付いた。

アントニオ
「私が具合が悪い時に出掛けようとしたり、イジメられそうになった時などに、怒ってくれたのですが、その時に、闇属性のオーラが全開になるので、闇の帝王と私が呼んでいるだけです。別に怪物に変身するわけじゃないですよ?」

受付
「なんだ、やっぱり優しいお方なんじゃねぇか!」

アントニオ
「まぁ、そうですね。」

 今まで、アントニオには、メアリーに対して優しいというイメージをあまり持っていなかったが、受付さんの言う通り、本当の意味で優しい母親なのかもしれないと思い直した。そして、とても懐かしくて、会いたいような、気持ちになるのだった。

アントニオ
「あ! いけない! お部屋の片付けの途中でした!」

受付
「アントニオ様の洗濯物はどうする?」

アントニオ
「また、取りに来ます!」

 慌ただしく去っていくアントニオを眺め、ディーデリックは自分の中に芽生え始めた、嫉妬の感情に戸惑っていた。

 トニーは自分と同じように忌み嫌われる髪色に生まれた。そして、貴族の奉公人として仕え、努力と才能によって王立学校に入学した同志であるはずだ。

 ディーデリックは、男爵家の貴族達にこき使われるのが嫌で嫌で仕方がなかった。だから、言いつけられる仕事をこなすだけで、自分から相手の事を考えて仕事をするなどという、思い遣りのある行動などはとったことはなかった。

 具合が悪ければ休みたいし、そんな時の仕事は手を抜いていた。仕事を休まないことで怒られるなんてあり得ない。まして、やらなくていい掃除を、自ら提案して、仕事をするなどという発想は無かったのである。

 世の中の奴等は、言われた仕事すら満足に出来ない奴ばかりで、言われた仕事をこなす事が出来る自分は、特別に優れているのだとばかり思い込んでいた。

 だが、主人からしてみれば、不便を感じて命令する前に、すべて仕事を片付けてくれる従者がいれば、不便を感じることすらなく生活できる。

 なるほど、大貴族達に気に入られるだけの事はある。品の良い物腰、人懐こい性格、思い遣りがあり、頼まれる前に仕事をこなす有能さ。

 トニーが、どれだけ魔法が使えて、どれ程戦闘能力があるのかは分からない。しかし、トニーこそが、本当の意味で、優れた才能の持ち主ではないのか? 赤毛よりも嫌われて、差別され、不遇であるはずの焦茶のトニーに、自分は足元にも及ばないのではないか?

 自分は今まで、身分上の相手の立場を羨むことはあっても、内心では、無能な奴等だと見下していた。

 ディーデリックは、生まれて初めて、自分よりも不遇であるはずの相手に嫉妬したのであった。

 そして、自分がトニーに見下される事を想像して、怖くなった。

__________


 ヤンは汚れていた靴をピカピカに磨きながら、激しく後悔をしていた。なぜ、日頃から自分の部屋を綺麗にしておかなかったのかと。

 主(あるじ)に自分の洗濯物を片付けさせるなんて従者失格だ!

アントニオ
「戻りました! お部屋のお掃除はどうですか?」

ヤン
「アントニオ様、申し訳ありません! あとは自分で致しますので、もう、お風呂に入ってお休み下さい!」

 そう言って、アントニオを部屋の外に押し出そうとしたのだが、悪い事というのは重なるものである。

 靴磨き中の手を拭かずに、そうしたものだから、アントニオのお気に入りのセーターに靴のクリームがついてしまった。

ヤン
「あ......」

 ハンスとカールも、ヤンと一緒に青ざめた。

アントニオ
「ん? どうしたのですか? 洗濯物くらい気にしなくていいですよ? 私が洗うわけじゃないですし?」

 アントニオはまだ、気が付いていない。

 ヤンは慌てて土下座した。

ヤン
「申し訳ございません!」

アントニオ
「え? え? 本当にどうしたの?」

ヤン
「お召し物に汚れが...」

 鏡の前に移動して姿をチェックしたアントニオは、セーターに靴のクリームのシミを発見し、「あ゙!」と声を漏らした。

 子犬のように小さくなるヤンを見て、アントニオが溜息を漏らす。

 ハンスもカールも、アントニオが激怒し、ヤンに酷い罰が与えられる事を想像して震え上がった。

 そうでなくとも、何十万イェ二するような、お召し物の弁償を言い渡されるはずだ。

アントニオ
「もぉ~! ヤン。作業中に他の物に触っちゃ駄目ですよ!だから、お部屋が汚れるのです。まぁ、私の服で良かったけど、ハンス先輩やカール先輩相手には絶対にしないで下さいね!」

ヤン
「はい。申し訳ありません。どんな罰でも受けます! そして、弁償を!」

アントニオ
「ん~? では、罰として、今度私の部屋の掃除を手伝って下さい。弁償は不要です。シミ抜きして、落ちなければ、刺繍をすれば着れますから、心配しなくて大丈夫です。」

ヤン
「え? そんなことで宜しいのですか?」

アントニオ
「私が命じた仕事中のトラブルは、私の責任なのです。本来なら罰など不要ですが...まぁ、せっかくなので頼らせて下さい。」

ヤン
「はい!」

 そんな優しい罰を与えるアントニオをみて、ハンスとカールは、ジーンシャン魔導騎士団に入りたいと、本気で思うようになった。
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