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第三幕 学生期

95.男子学生の部屋

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ヤン
「あ~、それはちょっと...部屋が汚いですし...」

アントニオ
「大丈夫ですよ。少しくらい、部屋が片付いていなくても気にしませんよ。」

ヤン
「ですが...」

アントニオ
「私の部屋にヤンは来るのに、ヤンの部屋に私は入れないのですか?」

ヤン
「い、いえ...いついらっしゃいます? 1週間後くらいでしょうか?」

 アントニオは、慌てるヤンをみて、俄然、ヤンの部屋に興味が湧いてしまった。普段のありのままの生活が見たい。きっと、時間を与えると片付けられてしまう。

アントニオ
「では、今から。」

ヤン
「今から!?」

アントニオ
「今からです!」

 アントニオは席を立ち、ガウンを脱いで、代わりにカーディガンを羽織った。

ヤン
「今はダメです! どうか、また後日」

 アントニオは空の食器をトレーにのせてから、ワゴンにのせる。

アントニオ
「何故ですか? 見られてはまずいものでもあるのですか?」

 アントニオが、いそいそと片付けをしているので、慌ててヤンも食器を片付ける。

ヤン
「そんなものはないですけど!」

アントニオ
「ヤン、食器のワゴンを外に出して頂けますか?」

 ヤンがワゴンを出すために部屋の外に出たら、アントニオも一緒にに出て、自室の部屋の戸締りをした。

アントニオ
「さぁ、行きましょう!」

 そのまま、ズンズン階段を降りて3階までやって来た。

 しかし、ワンフロアに10個も部屋があるため、どの部屋がヤンの部屋かわからない。

アントニオ
「何処がヤンのお部屋ですか?」

ヤン
「アントニオ様! 今日はダメです!」

 その時、ちょうどこれから、食事をしようと思って部屋から出て来たカールと出会う。以前、食堂でヤンに殴られていた先輩である。

 カールはアントニオと目が合うと、深々とお辞儀をした。

アントニオ
「あ! 今晩は! これからお出かけですか?」

カール
「アントニオ様、今晩は! いいえ、これから食堂に行って夕食をとろうかと思っていました。アントニオ様も、お食事ですか?」

アントニオ
「いいえ、これからヤンの部屋に行く所なのです。ヤンのお部屋が何処がご存知ですか?」

 ヤンは、必死にジェスチャーで黙っていろ! と合図する。

カール
「ヤンの部屋ですか?」

アントニオ
「はい。ヤンは私の部屋に何度も入っていますが、私はヤンの部屋に一度も入ったことがないのです。」

ヤン
「カール! 今日は、もう遅いし、アントニオ様にはお休み頂くので、案内は不要です。」

アントニオ
「まだ、19:00ですよ? 寝るなんて早過ぎます!」

カール
「ご案内致します! ささ! こちらへ!」

アントニオ
「有難うございます! カール先輩!」

ヤン
「カール!」

 カールに案内されて、部屋の前まで来たが、流石に鍵が掛かっている。

アントニオ
「ヤン、鍵を開けて下さいますか?」

ヤン
「ダメです!」

アントニオ
「何故ですか?」

ヤン
「部屋が汚いからです! そんな部屋にアントニオ様をお通し出来ません。」

カール
「確かに汚い部屋だけど、いいじゃないか! 入って死ぬわけじゃないし!」

ヤン
「ダメです! アントニオ様のお洋服が汚れてしまいます!」

アントニオ
「カール先輩は入った事があるのですか?」

カール
「ありますよ! ハンスも!」

アントニオ
「え? じゃあ、いいじゃないですか! さ! 開けて下さい!」

ヤン
「それは、ご命令ですか?」

アントニオ
「いえ...どうしても、嫌なら良いのです。」

 アントニオはこれ見よがしにガッカリすると、カールに向き直った。

アントニオ
「...はぁ...断られてしまいました。私には、部屋を見せてくれるような友人が他にいないのです。...とても、残念です。」

カール
「それでしたら、私の部屋へどうぞ!」

 そう言われて、アントニオはパァっと笑顔になった。

アントニオ
「本当ですか!?」

ヤン
「お待ち下さい! カールの部屋はもっとダメです! 俺の部屋より汚い! カール! お前、食事に行くんだろ! 行ってこいよ!」

カール
「なんだと! 食事なんて後でいい! 俺はこの間片付けたんだ! 言い掛かりはやめろ! なら、どっちの部屋が汚いか、見て貰えばいいだろ!」

ヤン
「そ、それは...!」

アントニオ
「わぁ! いいですね! そうしましょう!」

 カールは自信満々で、自身の部屋の前に行き、扉を開いた。

カール
「アントニオ様! さぁ、どうぞ、お入り下さい!」

 招かれて部屋に入ると、スポーツジムのような、汗の匂いが少しした。

 部屋は、やはりアントニオの部屋の半分くらいの広さのようだ。ワンルームで、ベッド、机、本棚、クローゼットなどの、飾り気のないシンプルな家具が一つの部屋に全部置いてある。バルコニーは洗濯物が干せる程度のスペースだ。

 机の半分には本や雑貨が積まれており、椅子の背やベッドの上には衣服が散乱している。

 本棚には本も置いてあるが、武器や防具、馬具なども詰め込んである。

 少し、ごちゃっとしていて、よくある男の子の部屋といった感じだ。

ヤン
「な、何!? 床に何も落ちていないだと?」

 ヤンが、『綺麗だ』という意味で驚いていることに、アントニオは驚いた。

 え? 普段はもっと汚いの?

ハンス
「そうなんだよ~! この間、カールの家の執事が来て、滅茶苦茶怒りながら片付けていったんだ...って、うわぁ! アントニオ様! 来ていらっしゃったんですか!? こんな所に入って大丈夫なのですか!?」

 開いていたドアから勝手に入って来たハンスが、アントニオにびっくりしている。ハンスも、
以前、食堂で会った先輩である。

アントニオ
「ハンス先輩? で宜しかったでしょうか?」

ハンス
「そうです! ハンスです。名前を覚えていて下さって光栄です!」

アントニオ
「今、カール先輩のお部屋を見学させてもらっていたのです。なかなか、素敵なお部屋ですね! 自分の部屋のインテリアを変えたいと思っているのですが、先輩のお部屋をみると参考になります。」

 カールの部屋は、よく見れば、ベージュの家具とカーテン、アイボリーの壁と寝具、で統一されていて、なかなかにまとまっているインテリアコーディネートである。

カール
「有難うございます! 俺も結構、自分の部屋を気に入っているんです!」

ハンス
「そういうことなら、俺の部屋も見て行って下さい!」

アントニオ
「いいのですか!? 是非、お願い致します!」

 アントニオがヤンの顔を見て「いいよね?」的な視線を送ると、ヤンは微妙そうなしかめっ面をしながら頷いた。

 ハンスの部屋に入ると、柑橘系のルームフレグランスの香りが漂ってきた。

 グレージュの絨毯とソファーとカーテン、ダークブラウンの本棚とベッドと机、アイボリーの壁。ソファーには、金と緑のグレーザー伯爵家の紋章が入ったクッションが置いてある。

 ソファーを置いた為か、スペース的に、机は小さ目のものが置かれている。

アントニオ
「わぁ! 凄いお洒落! ハンス先輩は、グレーザー伯爵家の方だったのですね!」

ハンス
「そうです。緊張のあまり、ずっと名乗らずにおりまして失礼致しました! ハンス・グレーザーと申します。」

カール
「あ、俺も! すみません。カール・イグナシオと申します!」

アントニオ
「カール先輩はイグナシオ伯爵家なのですね!」

カール
「よくご存知で! 光栄であります!」

ハンス
「私はグレーザー家ではありますが、叔父であるグレーザー伯爵には男児が沢山おりますので、私が跡継ぎになることはまずありません。もし、私のことを使えると判断して頂けた暁には、是非! ジーンシャンの魔導騎士団に加えて頂きたく!」

ヤン
「ハンス! そういう売込みは禁止だぞ!」

カール
「そうだ! 抜け駆けはいかん! 私も三男で爵位は継がないと予測されますが、不愉快な売込みなどせず、正々堂々と成績で勝負いたします!」

ヤン
「そう言いつつ、お前もアピールしてるじゃないか!」

 ヤンは素早くカールの頭を叩いた。

ヤン
「アントニオ様、カールの成績は悪くないですが、ハンスの方が魔法戦士としての成績は良かったような...」

カール
「ちょ...お前、それは内緒だろ?」

 3人が、アントニオの表情を確認すると、アントニオは困ったような顔で笑っていた。

アントニオ
「まだ、私には人事権がありませんが、先輩が寮で仲良くして下さったことは、父上と母上に手紙で伝えておきますね。」

 ハンスもカールも、その言葉に大変喜んでガッツポーズを決めた。

ヤン
「アントニオ様、この二人に甘くしてはいけません。もし、本当にジーンシャンの魔導騎士団に入りたかったら、完全実力制ですから! ハンスとカールも、本気なら、全学科合同のバトル試験でトップ10位には入れよ! そうじゃなければ一次試験も通らないぞ! 他の学校のエリートや実力ある平民だって、ジーンシャンの騎士爵の称号を狙っているんだからな。」

 一学年につき大体、魔法戦士科は10名×3クラスの30名、魔法科も10名×3クラスの30名、戦士科は6名×1クラスである。

 66人中10位というのは、なかなかに大変である。王立学校は魔法戦士の名門中の名門だ。

 当たり前のように、タイラとヤンは1、2を争う成績らしい。通常のバトルならタイラが1位で、騎乗バトルならヤンが1位なんだとか。

 そうすると、残る枠は8人?

アントニオ
「結構、大変なのですね。私も魔導騎士団に入れるのか...」

ヤン
「アントニオ様が入れないなんてことはあり得ません。アントニオ様はバトルで絶対に1位ですから!」

 いや、非戦闘民の俺にバトルで1位は無理だから! 人前での魔力を込めた歌も禁止されてるし!
ビリの1番だから! でも、騎乗ならドーラちゃんがいればあるいは...

 しかし、自分も父グリエルモのように領主でありながら、ジーンシャン魔導騎士団長にならないといけないかもしれない。自分があんまり弱音を吐くと、将来不安のある軍隊としてジーンシャン魔導騎士団の評価が下がってしまう。口には気を付けなければ。

アントニオ
「出来るだけ頑張るよ...」

 アントニオは、カールとハンスに向かって「お部屋を見せて下さって有難う!」というと、おもむろに移動して、ヤンの部屋の前に立った。

アントニオ
「やっぱり駄目でしょうか?」

カール
「これだけ、アントニオ様がお願いしているのに拒否するのか?」

ハンス
「え? アントニオ様が見たいって言っているのに見せない気なのか?」

ヤン
「...結局、こうなるのか...」

 ヤンは渋々、扉の鍵を開けて、ガックリと肩を落とした。
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