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第三幕 学生期

87.王家の企み

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 アントニオとヤンを召使いに案内させ、寝室へと戻した後、ジュン殿下はタイラに話しかけた。

ジュン王太子
「タイラ、あの誓いの言葉を忘れたわけではあるまい? 何をしているんだ! そんな事では、あの方をお守りすることは出来ないぞ!」

タイラ
「申し訳ありません。今後は必ず!」

ジュン王太子
「今後が、いつもあると思うな! 失ったら、二度と戻らない。大切なものほど! 王族が守らないといけないものというのは、そういうものである。国も、人も、人の幸せも。」

タイラ
「はい。申し訳ありません。」

ジュン王太子
「分かればいい。明日は重要な任務だ。もう休め。」

 そうして、タイラを部屋に戻すと、護衛の従者達も下がらせた。

ヒロヤ国王
「どう思うか?」

ジュン王太子
「ジーンシャンの者達は脳筋な上に、人が良い。嫁いだメアリー様も似た傾向があります。大抵のことは力で何とかなると思っているし、彼等は実際に強くて、その考え方で困った事がないのでしょう。今日のヤンの答えも、ロベルト様の思想そのままでした。

だが、トニー様は異(ちが)います。魔力も身体能力も高いが、戦闘には向きません。

早急に保護が必要だと私は考えます。

確かに、魔王が復活した際に、対処が出来る可能性があるのは勇者と聖女だけです。それに、以前は、トニー様は親を必要とする幼児だった。ですから、両親の側にいらっしゃる事が最善であると思っていました。

しかし、今は、トニー様は魔力が桁違いに高く、魔力の枯渇による魔王復活の心配が殆どない。勇者と聖女も、そう判断したから、寮への引っ越しを許可したと思われます。そうでなければ、本当に毎日、飛竜での送り迎えをしたはずです。

となれば、今、1番心配しなくてはならないのは、差別やイジメによる他殺、そして自殺です。

勇者も聖女も、世の中の人間が、焦茶をどれだけ迫害しているのかという事実に無頓着です。焦茶を理由に自分の息子がイジメられるなんて考えもしなかったのでしょう。例え、イジメられても、ジーンシャン家の者ならば相手を簡単に倒す事が出来ると、そう思っている。

トニー様は、繊細なお方です。先程も、自分を虐げた相手を庇っているご様子でした。

思い悩んで、一人で抱え込み、対処出来なくなったとき......万が一にも亡くなるような事があれば、それが、即ち、世界の終わりです。」

ヒロヤ国王
「ジーンシャンの者達が、保護に納得するかね?」

ジュン王太子
「納得しないでしょう。在学中の5年間ならまだしも、トニー様を生涯王宮に住まわせるという事は、ジーンシャン領から次期領主を奪うということになります。ですが、魔王の問題解決しない限り、保護は生涯必要です。ジーンシャンの者達には任せてなどいられません。

しかし、配下から上がってきた報告によれば、サント家の者達もトニー様を神殿に引き込みたいと考えているようでした。下手をすれば、神殿も黙っていないでしょう。両家を納得させる理由が必要です。」

ヒロヤ国王
「理由か......。」

ジュン王太子
「トニー様自身にもご納得頂かなくてはいけません。無理矢理に縛り付けるような事は出来ません。あの方は繊細な方です。自殺も恐ろしい。あの方が自分から、王宮にいたいと望むような理由が必要なのです。」


______



 寝室に戻ったトニーは、バルドとリンを呼び出して計画の中止を伝えた。

アントニオ
「せっかく、リンが考えてくれたけど、王太子であるジュン様が一緒に学校に来てくださることになって、寮生の皆に紹介して下さることになったんだ。なんか、若いのに凄い大人で...俺は自分の子供っぽさが恥ずかしいというか...」

バルド
「そんな事を言ったら、リンはどうなる。」

リン
「100歳過ぎれば、1周して0歳に戻るから子供っぽくていいんだ! エストは12歳なのだから、それでいい! ちなみに俺は300歳だから、3周して再び0歳だ!」

アントニオ
「何それ? そんな理屈許されるの!?」

リン
「許されるに決まっている! 俺達は1,000年の時を生きるんだぞ? いつも難しく考えて肩に力が入っていたら長生きなんて出来ない! 長生きするには子供心が必要なんだ! 面白い娯楽もな! 失敗はつきものである。より良い案が見つかったのだから、くよくよせずに、素直に喜べばいいのだ!」

アントニオ
「そっか。」

リン
「だが、ドーラちゃんも乗り気だったから残念だな。」

バルド
「まぁ、リンのことは放っておくとして、子供が夜更かししなくてよくなったんだ。よしとしよう。それに、例のやつらの明日以降の出方によっては、今後の決行もあり得る。」

アントニオ
「うん。そうならないと良いけど、その時は宜しくお願い致します。」

 不安な気持ちは消えなかったが、1人ではなく、皆が自分を助けようとしてくれていることに、アントニオは感謝の気持ちでいっぱいになった。

_______

 アントニオは、朝、王宮の召使いさん達に起こしてもらい、身支度を手伝って貰った。

 一度慣れてしまうと、1人で準備するより、こっちの方が滅茶苦茶楽だなぁ~と思いながら、用意された学生服に袖を通す。

 王立学校の制服は、黒い袖と襟が付いたエンジ色の詰襟ジャケット、黒いズボン。ズボンの裾にもエンジ色が入っている。

 ジャケットの下に着るブラウスもエンジ色だ。フリルのスタンドカラーのブラウスにスカーフを巻く。スカーフはリボン結びにして、ジャケットの詰襟部分を少し開けて、スカーフを見せて着る。

 スカーフの色は、黒でもエンジでもいいのだが、今日はエンジ色にした。

 黒い帯刀ベルトに、金色のサーベルを取り付ける。

 学校で使うサーベルは自分の剣を使っていいとの事なので、アントニオはユニコーン騎兵が使うものと同じものを持参した。

 父上と母上は、自分の使っていた剣を使って欲しいと言っていたが、身長が190cmある父上の剣は12歳の子供が使うには大き過ぎるし、母上のは白くてお花の飾りとか付いていて可愛い過ぎたので、お断りした。

 花は嫌いなわけではないが、同世代の学生達から馬鹿にされたくなかった。

 ルドとリンに、その話をしたらバルドは『俺の剣はもっと大きいからダメだな。』、リンは『俺のは、宝剣ばっかりだから、実践には向かないんだよな。』と言っていた。

 アントニオは身長がすでに170cmあり大人用の剣でも使える。それで結局、子供用の剣をあたらめて買うより、軍の支給品を貰うことになったのだ。それでも学校の推奨品のサーベルより、大分良い剣らしい。

 最後に黒い革靴を履いて、王立学校の学生ファッションが完成した。

 鏡の前で、クルクルと回って、変なところがないか、入念にチェックしていると、ヤンが「準備出来ましたか?」と言ってやってきた。

 ヤンはスカーフを黒にしたらしい。そして帯刀していない。

アントニオ
「今日は授業がないから、学校には帯刀しない方がいいのですか?」

ヤン
「いえ、王宮内で帯刀するのには、特別な許可がいるのです。俺は昨日、係の人に預けたので、王宮から出る時に返してもらう予定です。」

アントニオ
「そうなのですか!? ...あの、召使いさん!」

 そもそも、アントニオは王宮に来てから、荷物を自分で持ち歩いていない。王宮の召使い達が運んでくれているのだ。だから、きっと召使いが間違えたに違いない。

召使い
「アントニオ様は、王族の皆様と同じ扱いと伺っております。武器を預ける必要はありません。護身用にそのまま、お持ち頂いて大丈夫です。食事の際に不要でしたらお預かり致しますが、いかがなさいますか?」

アントニオ
「タイラ様は、どうされていますか?」

召使い
「今日は帯刀されております。自室で朝食を取られるときは、帯刀されないようですが、今日はダイニングでのお食事ですので。」

アントニオ
「では、このままで良いです。有難うございます。」

 ダイニングに移動すると、ヒロヤ国王、ジュン王太子、タイラが待っており、挨拶を交わすと、アントニオとヤンを着席するように促した。

 着席すると、すぐに朝食が運ばれてくる。

アントニオ
「王妃様や、王太子妃様、姫様のお二人は一緒ではないのですね?」

 そういえば、6年の付き合いになるが、女性陣にお会いした事がない。もっとも、王宮に来たのはこれで2回目で、いつも男性陣とはジーンシャン家で会っていたのだ。

タイラ
「朝食はそれぞれの自室で取る事が多いのです。女性は朝の準備にやたらと時間が掛かりますから、待っていると学校に遅れます。逆に陛下や父上は朝が早かったり、朝食を取らないで出掛けられる事が多いので、いつもバラバラに食事をしているのです。」

ジュン王太子
「それに...お恥ずかしいことながら、我が家の女性の口には戸が立てられないもので...。」

 なるほど、噂好きのお喋りだから、秘密がいっぱいの自分には会わせられないのか。嫌われているのではなくて良かった。とアントニオは思った。

ジュン王太子
「それより、お部屋の居心地はどうですか?」

アントニオ
「とても快適です。」

ジュン王太子
「学校の寮や、ジーンシャン領のご自宅、アルベルト邸と比べるとどうですか?」

アントニオ
「とても豪華で素晴らしいですね。ジーンシャン城のプライべートダイニングに少し雰囲気が似ていますので、落ち着くような気もします。私の部屋はかなりシンプルですので、比べようもないです。」

ジュン王太子
「シンプルな方がお好みですか?」

アントニオ
「あ、いえ、でも、シンプルな方が気安いのは確かです。」

ジュン王太子
「そうですか。ベッドの寝心地はいかがでしたか?」

アントニオ
「ふかふかで、とても寝心地が良かったです。」

ジュン王太子
「よく寝られましたか?」

アントニオ
「はい。」

 慣れない環境で、心配ごとがある状態で、実はあまりよく寝られていなかったが、心配させてはいけないと、アントニオは思った。

 ジュン王太子は、アントニオを見透かすような目でじっと観察し、それから「そうですか。合わない場合は取り替えますので、すぐにお申し付け下さいね?」と言って来た。

 アントニオは「有難うございます。」と答えたが、いつ泊まりに来るかわからない親戚の子供のために、そこまでしなくていいのになぁ~と思うのだった。
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