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第二幕 幼少期

73.領で1番結婚したくない女性 ❤︎♣︎

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 街で、キャロラインとダニエル、サンチェス夫妻に別れを告げて、アントニオ達は屋敷に戻って来た。

フンパーディンクのオペラ「ヘンゼルとグレーテル」より

アントニオ
「♪Hokus pokus Holderbusch schwind Gliederstarre husch!♪」

(ホークス ポークス ニワトコの木、動けよ手足 ホイ!)

 オペラの中では、魔女がグレーテルの、グレーテルがヘンゼルの拘束魔法を解く時に歌われる節だ。

 アントニオの歌が終わると、ジュゼッペは自由になった。

ジュゼッペ
「トニー様! よかった! 帰っていらしたのですね。」

アントニオ
「ジュゼッペ、御免なさい。酷い事をして...自分でも、どうすればいいのか分からなくて。」

ジュゼッペ
「いえ、他の方々は自力で解いていらっしゃったので、むしろ、私が不甲斐なくて申し訳ありません。でも、良かった。戻ってこられて安心致しました。」

リン
「まだ、安心するのは早いぞ?」

ジュゼッペ
「と言いますと?」

バルド
「それぞれに課題をクリアしないと、エストはここから去ることになる。」

ジュゼッペ
「何ですって!?」

リン
「聖女はダイエット、勇者は外に飲みに行くのを控えて聖女と過ごす! それで、お前は結婚しろ!」

ジュゼッペ
「は...はい........リュシアンは? もう、課題をクリアしたのですか? 金の腕輪の女性と?」

 一斉に皆がリュシアンに哀れみの目を向ける。

リン
「そいつは、しばらく課題免除になった。」

ジュゼッペ
「何故? 腕輪の女性は?」

リュシアン
「........。」

リン
「あぁ~、あれは俺が悪かった!」

ジュゼッペ
「......まさか!? 振られたのですか? リュシアンが!?」

バルド
「プロポーズをしたところで、他の男に取られたんだ。」

ジュゼッペ
「他の男に!? その男は、凄いイケメンなのですか? それとも大金持ちなのですか?」

バルド
「いや、冴えない庶民の男のように見えたが...やはり、真心のある女性は、真心がある者にしか落とせないらしい。」

ジュゼッペ
「リュシアンが冴えない庶民の男に負けたのですか!?」

リュシアン
「そうですよ! 何度も言わないで下さい! これでも、結構傷ついているんですから!」

リン
「あぁ、だから、こいつはあまりにも可哀想なので、課題は免除ということになった....。」

 ジュゼッペは、リュシアンが振られたという事実に驚愕した。領内1番の結婚したい男であるリュシアンが、プロポーズを断られたという事実に。

 結婚とは、そんなに難しいものなのか!?

ジュゼッペ
「マリッサ様のところへ行って、女性を紹介して頂けるよう、お願いしてきます!」

 ジュゼッペはマリッサのところへ急いだ。

 マリッサは侍女達だけではなく、料理人や清掃婦、荷物の運搬をする下男、庭師といった、屋敷の召使い達全ての指揮をとっている侍女頭だ。働く女性の情報はマリッサが1番詳しいのである。

 この時間なら、夕食の支度をするために、厨房かダイニングにいるはずだ。

 4階の領主専用のプライベートダイニングにはいなかったので、1階まで一気に降りて、城の皆が使えるパブリックダイニングに向かった。

 テキパキと侍女達に指示を出しているマリッサ・バトラー(57歳)を発見する。暗めの金髪をぴっちりお団子に結い上げ、ライトブラウンの瞳で侍女達の動きを監視する、156cmと小柄な女性だ。

 メアリーの母であるエミ・サントが、姫として王宮で暮らしていた時からの侍女であり、高貴な生まれの貴婦人だ。王宮でも、神殿でも、ジーンシャン領でも顔がきく、有能な人物である。

 闇の帝王化したメアリーを止められる、唯一の人物でもある。

マリッサ
「ジュゼッペ。身体が動かせない魔法にかかったと聞きましたが、もう宜しいのですか?」

ジュゼッペ
「はい。トニー様が戻っていらして、魔法を解いて下さったので、もう、大丈夫です。」

マリッサ
「それは良かった。もう、仕事は出来るのですか? それとも、代わりの召使いを遣わした方が宜しいですか?」

ジュゼッペ
「代わりの召使いなんて、とんでもない! トニー様の執事は私だけで充分です!」

マリッサ
「それは、大変よろしゅうございました。」

ジュゼッペ
「それで、重要な任務を賜ったのですが、マリッサ様が知っている中で、1番の働き者と言いますか、世話好きな独身女性を紹介して頂けないでしょうか?」

マリッサ
「この城で1番働き者の独身女性なら、間違いなく財政管理補佐官で、トニー様の家庭教師であるドリス・ベルマンですわ。それか、竜騎士長のディアナ・モルナール。」

ジュゼッペ
「未亡人を除く、独身女性でお願い致します!」

マリッサ
「それでしたら、ディアナ様の娘のブレンダ嬢が働き者ですよ。ディアナ様の夫ヨナス様が戦争で亡くなってから、戦場で戦うディアナ様に代わって、幼かった妹の面倒を見ていた娘ですから。」

ジュゼッペ
「ブー子...じゃなかったブレンダの事は知っていますよ。子供の時に城内で同じ家庭教師の先生に勉強を見てもらっていましたし。」

マリッサ
「ジュゼッペ、いくら親しいからといってレディにブー子は失礼ですよ!」

ジュゼッペ
「すみません、皆がそう呼ぶのでつい....ブレンダの妹のアウロラもブー子って呼んでますし、本人も気にしていないのでは?」

マリッサ
「ブレンダが気にしている、気にしていないの問題ではありません! 自分の立場を考えなさい! トニー様の腹心の部下の貴方が、女性を貶めるような事を言えば、トニー様がそれを許していると思われてしまいますよ!」

ジュゼッペ
「トニー様にご迷惑が!? 申し訳ありません。二度と言いません。」

マリッサ
「宜しい! それで、話は戻りますが、ブレンダ嬢は騎士爵家の娘でありながら、雑用でも、難しい仕事でも、何でも嫌がらないでこなします。トニー様のお役にもきっと立ちますよ。」

ジュゼッペ
「ですが、その....ほら! ブレンダは、かなり太めですし.....」

 ブレンダは領内の学校を卒業した後は、妹の面倒をみながら侍女の仕事をこなし、モルナール家の切り盛りを行なっていた。ブレンダは小柄だったが、妹のアウロラはディアナとヨナスに似た、筋肉質で大柄な女性だ。この妹のアウロラが大層な大食らいで、その妹に合わせて食事をとっていたせいで、ブレンダはかなり膨よかな体型になってしまった。そして、アウロラが成人し、ブレンダの手を離れた頃には、ブレンダの婚期はとうに過ぎ去っていた。

 そんな状態になってから、ディアナはこのままでは不味いとようやく気が付き、あちこちに嫁の貰い手がいないか聞いて回ったのだが、断られるばかりで、結婚どころか、お見合いすらままならない状況だった。

 ジーンシャン領では、多くの人が成人するとすぐに結婚するため、独身男性のほとんどがブレンダよりも年下である。

 実力至上主義のジーンシャンでは、女性にも実力が求められる。ブレンダは勤勉ではあるが、賢いわけではないし、強い戦闘力があるわけでもない。何よりも、美しいとはいえなかった。

 それでも家柄がいいからと、息子にブレンダを勧める親もいたのだが、太った年増女を押し付けられそうになれば拒絶反応が起きるのは当然で、無理矢理結婚させられそうになった独身男性達は、ブレンダの事を影で子豚のブー子と呼んで毛嫌いするようになってしまったのだ。

 今では「ジーンシャン領で1番結婚したくない女」とまで言われている。

 ジュゼッペ自身は、27歳のブレンダよりも2歳年上だし、子供の頃の痩せていて可愛いかった頃のブレンダの姿を知っているので、そこまでの嫌悪感はないものの、やっぱりすらっとした美人と結婚したい。皆が嫌っている女性は避けたいと思ったのだ。

マリッサ
「トニー様の侍女ではなくて、トニー様の晩餐会のダンスパートナー役を探しているのですか? だったら、もっと身分の高い娘に、お伺いを立てますが?」

ジュゼッペ
「いえ、トニー様の相手ではなくてですね......その...私の結婚相手を探しているのです。トニー様からのご命令で、直ぐにでも結婚しないといけなくなりまして。」

マリッサ
「ジュゼッペの結婚相手ですか? そういえば、シンシア様が嘆いていらっしゃったわね。それなら、なおの事、ブレンダ嬢がお勧めですよ。あんな良い子はいないですよ!」
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