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第二幕 幼少期

62.馬車屋の娘

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 教会の近くには馬車屋さんがあって、駅馬車(乗車料金や送料を払って人や荷物を運ぶ運送業)だけではなく、馬車の販売やレンタルも行なっている。

 リンとルドは、1万イェ二ずつ出し合って、計2万イェ二で適当な馬車を御者付きで1日レンタルした。

 馬の品種は、乗馬用の足の速い馬ではなく、ジーンシャン領の気候に耐えられ、重い荷物を引ける重種の馬だ。毛が長く、灰色と白色のまだらで、脚が太く、首が短いのが特徴だ。性格も大人しく、戦闘には向かない。

 馬車屋の主人は店の奥にいる御者達に声をかける。

馬車屋の主人
「おーい、誰か手の空いているやつ行ってくれるか? 男性のお客様だけだから、男の御者で!」

 男性客だけで馬車を借りる場合は、男性の御者と決まっている。これは、女性の御者をイタズラ目的の男性客から守るためである。

 しかし、何故か、馬車屋の娘さんが、アントニオ達を見るなり、凄い勢いで立候補してきた。

馬車屋の娘
「私に任せて! こう見えて馬車の操縦は、他の連中よりも上手いのよ!」

馬車屋の主人
「何を言ってるんだ! 決まりがあるだろう? 間違いがあったらどうするんだ!」

馬車屋の娘
「大丈夫よ! お子さんもいらっしゃるし! (よく見てパパ! 間違いがあった方がいいじゃない! イケメンで金持ちそうよ!)」

馬車屋の主人
「う、うむ。お前がそう言うなら仕方がない。お客さん、宜しいですかな?」

リン
「こちらは、若い女性で異論はない!」

アントニオ
「えぇ? いいんですか? 嫁入り前のお嬢さんでは?」

バルド
「いいんじゃないか? こっちは小さい子供がいるんだ。それに、何かあった時に、女性は頼りになるだろう?」

アントニオ
「もう、私は小さい子供ではありません。」

馬車屋の娘
「じゃあ、OKね? 有難う! 私はキャロラインよ!」

アントニオ
「アントンです。」

バルド
「ルドだ。」

リン
「リンです。お嬢さん!」

キャロライン
「早速だけど、何処へ行きたいの?」

アントニオ
「裏門と正門を順に回って下さい。それから、城壁の外のレストランで食事をしたいです。その後は、王都にプレゼントを発送できるお店を見て回り、親戚にお土産を予約したいのですが、オススメがあれば紹介して下さると嬉しいです。」

キャロライン
「任せて! うちは運送業やってるから、食事処や王都へのプレゼントが出来るお店にも詳しいわよ! 今、準備して来るから、ちょっとだけ待ててね!」

 キャロラインは、子供の喋り方がエレガントなので、内心、密かに歓喜した。

 これは当たりだわ! 着ている物も良いし、このお客様達はきっと貴族だ! リン様が坊ちゃんのパパかしら? ルド様が、『女性は頼りになる』と言っていたところを見ると、つまり、女性がいなくて困っているってことね! 奥様が亡くなったばかりなのかも? 2人とも独身の可能性が高いわ! 坊ちゃんも可愛いし! ぎゃー! テンションめっちゃ上がる!

 バルドは、人族の女性についてはあまりよく知らない。知っているのはメアリーくらいである。そのため、人族の女性は強くて子供を守る生き物だという勝手な印象を持っている。『女性は頼りになる』発言が、人族最強の女性である聖女を基準として考えられた言葉だとは、キャロラインは知る由もなかった。

 キャロラインは、御者服の上に、お出かけ用お洒落着にしているピンクのジャケットと帽子を着用して戻って来た。

 娘の本気モードに、馬車屋の主人は呆れていたが、仲間達はニヤニヤしながら送り出してくれた。

キャロライン
「さ、乗って下さい! 出発しましょう!」

 リンが選んだ馬車は2頭立ての馬車の筈だったのだが、何故か4頭立ての馬車に案内された。バルドもリンも気にせず乗るので、アントニオは、いいのかなぁ~? と思いつつも馬車に乗り込んだ。

 4頭立ての馬車は非常に早く、颯爽と街を駆けていく。

 裏門に到着すると、キャロラインが馬車の扉を開けてくれる。

アントニオ
「すぐに戻りますので、少し待っていて下さいね!」

 キャロラインが、遠くから眺めていると、憲兵達が整列して敬礼するのが見えた。坊ちゃんが差し出した書類に憲兵がサインをすると、3人は馬車に戻って来た。

 キャロラインは、自分が思っていたよりも、3人は身分のある人なのだと思った。何せ、プライドの高いジーンシャンの憲兵が敬礼したのだから。

キャロライン
「もう、大丈夫なのですか?」

アントニオ
「はい。次は正門までお願い致します。」

キャロライン
「かしこまりました!」

 書類にサインだけ貰っているということは、観光ではなさそうだ。一体、どういう用事で街を回っているのだろうか?

 キャロラインは疑問に思いつつも、またもや馬車を走らせ、正門までやって来た。お客様の3人が降りると、その姿を見た憲兵達が駆けて来て敬礼する。

 坊ちゃんが慌てて、静かにしろと合図を送っている。そして、憲兵達に何やら耳打ちすると、憲兵同士の耳打ちが始まり、その後、憲兵達は頷きあった。関所に並んでいる他の人を押しのけて、優先的に書類にサインをもらい、速攻で門を通る許可が降りた。

 あ、私が、さっき思ったよりもずっと、ずっと、身分のある人達みたい。

 馬車に向かって歩いてくる坊ちゃんを見て、何だか見覚えがあるような気がした。だが、どうしても思い出せない。何処かでお会いしたことがあったかしら? でも、そもそも、身分の高い人に知り合いなんていない。

アントニオ
「これからお昼ご飯にしますけど、御者の方は一緒にご飯が出来るのですか? それとも、お弁当などの方がよいのでしょうか?」

キャロラインはびっくりした。馬車を借りる様なお偉い方は、基本的にはこちらのご飯の心配などしない。食事どきには、この時間まで食事をするから、その時間に迎えに来いと言うのが普通だ。

キャロライン
「少し街を外れた街道沿いのお店なら、馬車を停められますので、ご一緒出来ますけど、街中のお店がいいなら、一緒には食べられません。」

アントニオ
「では、その街道沿いのお店までお願い致します。皆でご飯にしましょう!」

リン
「馬鹿! 違うだろ! 女性を食事に誘うなら、もっと気の効いたことを言え!」

アントニオ
「えぇ!?」

 龍人族は非常に強い種族のため、女性は子育ての最中も男の庇護を必要としない。そのうえ、龍人族はしがらみのない単独行動が好きなので、男性は子育てに参加しなくていいし、子供が出来ても結婚する者は少ない。そのかわり、女性は本当に気に入った男性しか相手にしないため、口説き落とすのは至難の技なのである。

リン
「ほら! やり直し!」

アントニオ
「あの、どうか、私達と食事をして頂けますでしょうか?」

リン
「違う! そんなんで、女性と食事が出来たら苦労はしない! よし! ルド! 手本を見せてやれ!」

バルド
「は!?」

アントニオ
「おぉ! ルド! お手本をお願い致します!」

 バルドは少し考えてから、片膝をついて跪き、足を立てている方の手を差し出した。

バルド
「貴女と食事がしたいのですが、ご一緒して頂けますか?」

 イケメンの笑顔が眩しい! さっきまで、あんなに無愛想で、氷で出来た彫像みたいな顔をしていた癖に、何なの!? この笑顔は!! 2mはあるかという大男が、自分のために膝を折って、小さくなっているってのもいい! 可愛い! 何てズルイの! 何だかキラキラ光って見える気がする! 眩しすぎる!

 キャロラインは湯あたりしたみたいに、完全にのぼせ上がって、目眩がするほどの状態になった。返事をしなくてはと、口を開くも、上手く声が出ない。

リン
「ちがぁーーーーう! お前ら、女性を舐め過ぎだ! そんなんで、女が落ちたら、世の中に独身男性など存在しない! 大体、光魔法を使ってキラキラを足すなんて、そんな子供騙しに引っかかるか! キャロラインを見ろ! 呆れて声も出なくなっている!」

バルド
「何だと!? なら、お前こそ手本を見せろ!」

アントニオ
「そうだ! そうだ! お手本! ってか、ルド! 魔法はずるいぞ! 魔法有りなら、俺だって出来るし!」

バルド
「.....それは、すまん。だが、リン! お前は魔法無しで、口説き落としてくれるんだろうな?」

リン
「よし! 俺に任せろ!」

 キャロラインは、あれ以上の『お誘い』が来るのか!? と、身構えた。これ以上、刺激的な事が起きたら確実に鼻血が出る! と思った。

 そんな事を考えているうちに、いつの間にかリン様が接近していて、隣に立っていた。ビックリしてリン様の顔を見上げると、上から見降ろして来るダンディな瞳と目が合って、ドキッとしてしまう。上に気を取られているうちに、自然な動きで手を取られた。今度は手に意識がいって視線が下がると、頭上にふわっと温かさを感じた。リン様のおでこが自分のおでこに添えられている!?

 あ、ヤヴァイ! これはまずい! 顔をあげたらキスが出来る距離だ!

 キャロラインが俯(うつむ)いて固まっていると、キャロラインの手はリンの口元に誘導されてしまい、手の甲にキスが落ちる。

リン
「キャロライン....何て可愛い手なんだ! 君が、一緒に食事をしてくれるなら、この可愛い腕に金の腕輪を飾りたい!」

 ぎゃ~! やめてぇ~! 心臓が破れる!!

アントニオ
「はい! アウト! セクハラ禁止! 金品による買収禁止!」

 坊ちゃんが間に入って、リン様を引き離す。

アントニオ
「やっぱり、俺が歌を.....」

バルドとリン
「「それは反則!」」

アントニオ
「えぇ~!? 何でだよ! 絶対、今のよりいいよ? ね? 俺と音楽付きのランチがいいよね?」

 え!? 今のより良いのがあるの? もう、勘弁して下さい!

キャロライン
「ご、ご飯、食べます....一緒に。」

 うおぉおお~! 何処の外国人だよ私は!?

アントニオ
「やった! 俺の勝ち!」

 アントニオが勝利のポーズを決めると、遠くから見ていた憲兵達や通行許可を待つ人々から拍手が上がる。

 ひっ! 人が見ていた!? そりゃ、そうだ! ここは人通りの多い城壁の城門前だった! 恥ずか死ぬ!!

リン
「音楽付きは反則だから!」

バルド
「そうだ! それに今のは男の魅力じゃなくて、子供の魅力を使っただろ!」

アントニオ
「俺は魔法も使ってないし、物でも釣ってないんだから、それくらいいいだろ? 実力だよ! さ、行こうキャロライン。お腹空いたでしょ?」

 もう、どうでもいいから、出来るだけ早く、この場を立ち去りたい!

キャロライン
「は、はい! では、皆様、馬車にお乗り下さい。ご案内致しますね! 速やかに移動しましょう!」

 3人のお客様を馬車に押し込めて、なんとか馬車を出発させると、キャロラインはようやく息をついた。
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