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序曲
1.魔王封印は勘違い ♠︎❤︎
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大陸の北半分を占める魔族領は魔素と呼ばれる魔力を帯びた粒子が濃く吹き出している土地だ。魔素に負けない魔力を持つ者でないと体に異常をきたし、足を踏み入れることも出来ない。
そんな魔族領の中でも特に魔素が濃い場所がある。不死者の谷と呼ばれている、その場所は、訪れる全ての生あるものの命を奪い、死ねば不死者(アンデット)となって彷徨うという。
魔族達ですら近寄らない場所で、たった独り、魔王だけが、生あるままに住んでいるという。
魔王の討伐を託(たく)された精鋭部隊、ジーンシャン魔導騎士団のメンバーも、濃すぎる魔素に阻まれ、不死者の谷を目前にして進む事が出来なくなった。
そこで、勇者グリエルモ・ジーンシャンと聖女メアリー・サント、類稀なる魔力を持ち、濃い魔素に耐性のある、たった2人だけが、その死地に足を踏み入れた。
2人は無数に現れる不死者を倒し、なんとか谷の最深部まで進む。
少しひらけた、その場所には、漆黒の鱗が連なるフルフェイスの鎧騎士が静かに佇んでいた。
この2mを超えるこの巨体こそ、魔族の王にして、魔族領を統治する覇者であるという。
勇者グリエルモ・ジーンシャンは、190cmの身長に、黄金の髪とスカイブルーの瞳を持つ23歳の魔法剣士で、その美しさと強さから、黄金の獅子と呼ばれている男である。
グリエルモは得意の風魔法を自身の剣に纏わせ、魔王に斬りつけた。
魔法が発動すれば、剣を受け止められても、強力な風の魔法が、相手を切り刻む。多くの敵はそれで一瞬のうちに倒れた。
しかし、魔王の剣は、グリエルモの攻撃を受け止めると、魔法を吸収し、その吸収した魔法を反射した。
かまいたちのような風の魔法が、グリエルモの身体を切り刻む。
グリエルモの精悍な顔立ちは苦痛に歪み、防具は破れ、煤(すす)と血で黒く汚れた。
グリエルモは足を引きずるようにして後ずさり、距離をとって、上がった息を整えようとする。
負傷した腕と脚、魔法が反射されてしまう状況で、魔王相手に勝機を見出すことは、困難に思われた。
だが、自分がここで負ければ人間はどうなる?
多くの仲間が、魔族との戦いで死んでいった。死んでいった仲間達が守りたかったものは、愛する人の幸せと、子供達の未来である。
人間で最強の男と言われる勇者が、魔王に負ければ、人間は滅びるだろう。
ここで諦めるわけにはいかない!
そうは思うものの、グリエルモの背中には冷たい汗が流れ、剣を握る手には痛いほど力がこもってしまう。
次の瞬間、魔王がかざした手から電撃が放たれ、グリエルモは眩しい閃光に包まれた。空気中のチリがパチパチと音を立て、焦げる匂いが広がる。
絶体絶命と思われたが、間一髪、淡い半透明のエネルギー膜が、魔法障壁となって電撃を防いでいた。
「防いだのに、こんな威力だなんて...」
そう呟いたのは、白銀の髪と菫色の瞳をもつ美しい女性、26歳の聖女メアリー・サントだ。
170㎝と女性にしては長身で、儚(はかな)げな面立ちをしている。教会の百合の紋章が入った白いマントを身に纏(まと)っていることから、メアリーは白百合の乙女と呼ばれている。
攻撃魔法と剣技を得意とするグリエルモにとって、防御魔法や回復魔法、特殊効果魔法を得意とするメアリーは最高の相棒である。
魔王は攻撃を防がれたにもかかわらず、慌てるそぶりもなく、無言、無音で2人を見下ろす。まるで眠りから覚めたばかりの低血圧の人のように、微動だにせずに佇んでいる。そんな魔王からは何の感情も読み取れなかった。
「一瞬でいい、魔剣の吸収と反射を防いで」
メアリーはグリエルモを助け起こしながら、耳打ちし、魔王から距離をとって後方に下がると、長い呪文の詠唱をはじめた。
グリエルモは、メアリーの意図が分からなかったが、メアリーを信じて、再び魔王に攻撃する隙を探した。
自身の剣に冷気を帯びさせ、集中する。
...ブン...
僅かな空気の振動を感じたと思った瞬間、魔王はノーモーションでグリエルモの目前に迫っていた。
しかし、グリエルモは冷静だった。
『一瞬でいい』
メアリーの言葉が耳の奥で木霊(こだま)している。その声に背中を押されるように足を一歩前に踏み出す。
ギィイン!!!
ギリギリのところで魔王の剣を受けると、すぐ後ろ、今までグリエルモがいた場所に魔王が放った電撃魔法が落ちた。
ガガァアアアン!!!!
その衝撃が背中を焦がし、痛みを感じたが、グリエルモは振り向かずに、攻撃を受けとめている自分の剣と魔王の魔剣を氷魔法で繋ぎとめた。
氷に覆われ、固まる二つの剣。
だが、それは一瞬のことで、すぐに氷は魔剣に分解され、無数の氷の刃となって、グリエルモの頭上に降り注ぐ。
グリエルモはすぐに横に飛んでかわそうとしたが、すべてを避けきれず、氷の刃がグリエルモの腕に突き刺さる。
「っあ゙あ゙あ゙ぁ...」
__________
それは僅か数秒の出来事だったが、メアリーには十分な時間だった。
魔王とグリエルモの二つの剣が氷で固められた瞬間、メリーは長い詠唱の末に完成した魔法を解き放った。
黒い魔方陣が魔王の身体中を這いずりまわる。魔剣がグリエルモの魔法に対して反射攻撃を発動している間に、魔剣ごと魔王の巨体を魔方陣の中へと飲み込んでいった。
黒い影のような、禍々しい魔方陣がメアリーの腹部に焼き付くように刻まれる。
「ぅゔゔぅ~...」
全身に焼かれるような激痛が走り、メアリーは思わず唸り声をあげ、のたうち回った。
「メアリー!!」
グリエルモが叫んで近寄る。
「ぅう...大丈夫。終わったわ...とりあえず今はね。」
「どうなったんだ?」
「封印の魔法よ。私の中に封じたの。一時的にね」
「そんな事をして大丈夫なのか?」
「えぇ。でも、封印するために、殆どの魔力を使ってしまったし、この封印を維持するためには、常に多くの魔力を使うの。いつまで封印しておけるかは分からない。私の魔力が続く限りは封印出来ると思うけど、魔力が枯渇したら、魔王は復活してしまう」
メアリーは、苦い薬を飲んだ時みたいな顔で笑い、グリエルモの血の流れている腕に目を向ける。
「悪いけど、グリエルモの傷は治してあげられないわ。魔法を使って魔力が切れると、魔王が復活しちゃうから」
「ははっ、それはお互い様かな? ...俺も...悪いんだけど、倒れたメアリーを助け起こしてあげられそうにない。両手が血と汗でベトベトだから、メアリーの服が汚れてしまいそうだし。レディーを助け起こせないなんて、紳士失格かな?」
グリエルモも激辛料理を食べた時みたいな笑顔で応えた。
「そんなことないわ! お互い様なんでしょう?...ふふ、そういえばグリエルモ、いつになくボロボロね?」
「それこそ、お互い様だよ!」
グリエルモは布で手を拭くと髪や衣服の乱れを少し直した。そして、おもむろに深呼吸すると、メアリーを見つめ直した。
「帰ろう...。王都に戻って、陛下に報告したら...その...」
結構な時間がかかって、グリエルモはようやく言葉の続きを口にした。
「...ジーンシャン領で...一緒に暮らさないか?」
メアリーは大きく目を見開き、結構な時間、瞬きを忘れて固まっていたが、ゆっくりと、大きく、首を縦に振った。
___
グリエルモとメアリーは、魔王との決戦後、王都へ戻り、国王陛下に事の顛末を報告した。
話し合いの結果、魔王が聖女の体に封じられた事は伏せ、国民には魔王討伐が成功したとだけを報(ほう)じることとなった。
勇者と聖女の帰還、魔王討伐の報(しら)せに、国中が歓喜した。また、勇者グリエルモが聖女メアリーに正式にプロポーズした事により、各地でお祭りが開かれ、祝福の声が上がった。
内心、メアリーは複雑な心境だった。
私は本当にグリエルモの伴侶として相応しいかしら? 高貴なる英雄にして、若く美しいあの人に。魔法も使えなくなり、不気味な魔王の封印が身体に刻まれた、女性としては傷物の自分が...
聖女として正しくあれと言われて生きて来た。愛する人のことを想えば、役立たずで醜い自分のような女は身を引くべきなのかもしれない。
だけど、愛する人を手に入れたいという欲望が、自分の中に渦巻いている。
メアリーは、自分の魔力を吸い続ける腹部の封印に手をあてた。
でも、正直な話、何か事件が起きて、魔王の封印が解けてしまったら、自分1人ではどうやっても対処出来ない。私がグリエルモの側にいることは、世界平和を守るために必要なことなのよ! 決して、愛する人を独り占めにしたいとかいう私利私欲のためではないはず!
メアリーは自分に言い聞かせ、結婚を納得したのである。
そうして、2人はジーンシャン領へと戻ることとなる。
そんな魔族領の中でも特に魔素が濃い場所がある。不死者の谷と呼ばれている、その場所は、訪れる全ての生あるものの命を奪い、死ねば不死者(アンデット)となって彷徨うという。
魔族達ですら近寄らない場所で、たった独り、魔王だけが、生あるままに住んでいるという。
魔王の討伐を託(たく)された精鋭部隊、ジーンシャン魔導騎士団のメンバーも、濃すぎる魔素に阻まれ、不死者の谷を目前にして進む事が出来なくなった。
そこで、勇者グリエルモ・ジーンシャンと聖女メアリー・サント、類稀なる魔力を持ち、濃い魔素に耐性のある、たった2人だけが、その死地に足を踏み入れた。
2人は無数に現れる不死者を倒し、なんとか谷の最深部まで進む。
少しひらけた、その場所には、漆黒の鱗が連なるフルフェイスの鎧騎士が静かに佇んでいた。
この2mを超えるこの巨体こそ、魔族の王にして、魔族領を統治する覇者であるという。
勇者グリエルモ・ジーンシャンは、190cmの身長に、黄金の髪とスカイブルーの瞳を持つ23歳の魔法剣士で、その美しさと強さから、黄金の獅子と呼ばれている男である。
グリエルモは得意の風魔法を自身の剣に纏わせ、魔王に斬りつけた。
魔法が発動すれば、剣を受け止められても、強力な風の魔法が、相手を切り刻む。多くの敵はそれで一瞬のうちに倒れた。
しかし、魔王の剣は、グリエルモの攻撃を受け止めると、魔法を吸収し、その吸収した魔法を反射した。
かまいたちのような風の魔法が、グリエルモの身体を切り刻む。
グリエルモの精悍な顔立ちは苦痛に歪み、防具は破れ、煤(すす)と血で黒く汚れた。
グリエルモは足を引きずるようにして後ずさり、距離をとって、上がった息を整えようとする。
負傷した腕と脚、魔法が反射されてしまう状況で、魔王相手に勝機を見出すことは、困難に思われた。
だが、自分がここで負ければ人間はどうなる?
多くの仲間が、魔族との戦いで死んでいった。死んでいった仲間達が守りたかったものは、愛する人の幸せと、子供達の未来である。
人間で最強の男と言われる勇者が、魔王に負ければ、人間は滅びるだろう。
ここで諦めるわけにはいかない!
そうは思うものの、グリエルモの背中には冷たい汗が流れ、剣を握る手には痛いほど力がこもってしまう。
次の瞬間、魔王がかざした手から電撃が放たれ、グリエルモは眩しい閃光に包まれた。空気中のチリがパチパチと音を立て、焦げる匂いが広がる。
絶体絶命と思われたが、間一髪、淡い半透明のエネルギー膜が、魔法障壁となって電撃を防いでいた。
「防いだのに、こんな威力だなんて...」
そう呟いたのは、白銀の髪と菫色の瞳をもつ美しい女性、26歳の聖女メアリー・サントだ。
170㎝と女性にしては長身で、儚(はかな)げな面立ちをしている。教会の百合の紋章が入った白いマントを身に纏(まと)っていることから、メアリーは白百合の乙女と呼ばれている。
攻撃魔法と剣技を得意とするグリエルモにとって、防御魔法や回復魔法、特殊効果魔法を得意とするメアリーは最高の相棒である。
魔王は攻撃を防がれたにもかかわらず、慌てるそぶりもなく、無言、無音で2人を見下ろす。まるで眠りから覚めたばかりの低血圧の人のように、微動だにせずに佇んでいる。そんな魔王からは何の感情も読み取れなかった。
「一瞬でいい、魔剣の吸収と反射を防いで」
メアリーはグリエルモを助け起こしながら、耳打ちし、魔王から距離をとって後方に下がると、長い呪文の詠唱をはじめた。
グリエルモは、メアリーの意図が分からなかったが、メアリーを信じて、再び魔王に攻撃する隙を探した。
自身の剣に冷気を帯びさせ、集中する。
...ブン...
僅かな空気の振動を感じたと思った瞬間、魔王はノーモーションでグリエルモの目前に迫っていた。
しかし、グリエルモは冷静だった。
『一瞬でいい』
メアリーの言葉が耳の奥で木霊(こだま)している。その声に背中を押されるように足を一歩前に踏み出す。
ギィイン!!!
ギリギリのところで魔王の剣を受けると、すぐ後ろ、今までグリエルモがいた場所に魔王が放った電撃魔法が落ちた。
ガガァアアアン!!!!
その衝撃が背中を焦がし、痛みを感じたが、グリエルモは振り向かずに、攻撃を受けとめている自分の剣と魔王の魔剣を氷魔法で繋ぎとめた。
氷に覆われ、固まる二つの剣。
だが、それは一瞬のことで、すぐに氷は魔剣に分解され、無数の氷の刃となって、グリエルモの頭上に降り注ぐ。
グリエルモはすぐに横に飛んでかわそうとしたが、すべてを避けきれず、氷の刃がグリエルモの腕に突き刺さる。
「っあ゙あ゙あ゙ぁ...」
__________
それは僅か数秒の出来事だったが、メアリーには十分な時間だった。
魔王とグリエルモの二つの剣が氷で固められた瞬間、メリーは長い詠唱の末に完成した魔法を解き放った。
黒い魔方陣が魔王の身体中を這いずりまわる。魔剣がグリエルモの魔法に対して反射攻撃を発動している間に、魔剣ごと魔王の巨体を魔方陣の中へと飲み込んでいった。
黒い影のような、禍々しい魔方陣がメアリーの腹部に焼き付くように刻まれる。
「ぅゔゔぅ~...」
全身に焼かれるような激痛が走り、メアリーは思わず唸り声をあげ、のたうち回った。
「メアリー!!」
グリエルモが叫んで近寄る。
「ぅう...大丈夫。終わったわ...とりあえず今はね。」
「どうなったんだ?」
「封印の魔法よ。私の中に封じたの。一時的にね」
「そんな事をして大丈夫なのか?」
「えぇ。でも、封印するために、殆どの魔力を使ってしまったし、この封印を維持するためには、常に多くの魔力を使うの。いつまで封印しておけるかは分からない。私の魔力が続く限りは封印出来ると思うけど、魔力が枯渇したら、魔王は復活してしまう」
メアリーは、苦い薬を飲んだ時みたいな顔で笑い、グリエルモの血の流れている腕に目を向ける。
「悪いけど、グリエルモの傷は治してあげられないわ。魔法を使って魔力が切れると、魔王が復活しちゃうから」
「ははっ、それはお互い様かな? ...俺も...悪いんだけど、倒れたメアリーを助け起こしてあげられそうにない。両手が血と汗でベトベトだから、メアリーの服が汚れてしまいそうだし。レディーを助け起こせないなんて、紳士失格かな?」
グリエルモも激辛料理を食べた時みたいな笑顔で応えた。
「そんなことないわ! お互い様なんでしょう?...ふふ、そういえばグリエルモ、いつになくボロボロね?」
「それこそ、お互い様だよ!」
グリエルモは布で手を拭くと髪や衣服の乱れを少し直した。そして、おもむろに深呼吸すると、メアリーを見つめ直した。
「帰ろう...。王都に戻って、陛下に報告したら...その...」
結構な時間がかかって、グリエルモはようやく言葉の続きを口にした。
「...ジーンシャン領で...一緒に暮らさないか?」
メアリーは大きく目を見開き、結構な時間、瞬きを忘れて固まっていたが、ゆっくりと、大きく、首を縦に振った。
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グリエルモとメアリーは、魔王との決戦後、王都へ戻り、国王陛下に事の顛末を報告した。
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内心、メアリーは複雑な心境だった。
私は本当にグリエルモの伴侶として相応しいかしら? 高貴なる英雄にして、若く美しいあの人に。魔法も使えなくなり、不気味な魔王の封印が身体に刻まれた、女性としては傷物の自分が...
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だけど、愛する人を手に入れたいという欲望が、自分の中に渦巻いている。
メアリーは、自分の魔力を吸い続ける腹部の封印に手をあてた。
でも、正直な話、何か事件が起きて、魔王の封印が解けてしまったら、自分1人ではどうやっても対処出来ない。私がグリエルモの側にいることは、世界平和を守るために必要なことなのよ! 決して、愛する人を独り占めにしたいとかいう私利私欲のためではないはず!
メアリーは自分に言い聞かせ、結婚を納得したのである。
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