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第二幕 幼少期

10.エリート護衛騎士

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 アントニオの日常は忙しい。

 2歳の誕生日のときに、プレゼントの希望を訊かれたアントニオは、歌とピアノとダンスのレッスンを希望した。

7:00 起床(with両親)
         隣の自室でお着替え(withジュゼッペ)
7:30 朝食(with両親)
8:30 1日のスケジュール確認(withジュゼッペ)
9:00 ピアノのお稽古
10:00 ダンスのお稽古
11:00 歌のお稽古
12:00 昼食
13:00 秘密のお出掛け(withバルド)
14:00 自由時間(お昼寝など)
15:00 ティータイム
16:00 読み書きや計算、歴史の勉強
17:00 夕食(with両親)
19:00 入浴
20:00 就寝

 お出掛けや、来客がなければ、大体、こんな感じのスケジュールだ。とても、2歳児とは思えないハードなスケジュールだが、アントニオ本人が望んだだけあって、ご機嫌に予定をこなしている。

 しかし、最近になって、秘密の友達とするお出掛けの他に、アントニオが自由時間にも1人で出歩くようになった。そこで、グリエルモは魔導騎士団よりリュシアン・フールドラン(18歳)をアントニオの護衛として任命した。

 リュシアンは、王立学校を首席で卒業した魔法使いで、プラチナブロンドで薄い水色の瞳、絵に描いたようなエリートだ。177cmの細身で、パリコレのモデルを連想させる容姿。非の打ち所がない完璧な男といって良いだろう。

 そんなリュシアンは、竜騎士になるだろうと言われている人物である。

 竜騎士とは、ジーシャン魔導騎士団でも花形の部隊である。

 他領の魔導騎士団は対人戦を想定した軍隊であり、普通の馬に騎乗して、移動や戦闘を行う。

 だが、ジーンシャン領の魔導騎士団は、対魔族との戦争に特化した軍隊である。

 そもそも、ジーンシャン領は他領よりも魔素が濃く、魔素の薄い地域の動物では、濃い魔素を含んだ空気や水に体が負けて、体調を崩してしまう。

 そして、霊峰山を越えれば、さらに魔素の濃い魔族領が広がっている。魔族と戦うには、魔族領の魔素に耐えられる騎獣でなければいけないのである。

 当然、普通の馬では、魔族領の魔素には耐えられない。

 そこで、ジーシャン魔導騎士団ではユニコーンと飛竜を騎獣として採用した。

 しかし、自ら強力な魔力を保有する騎獣は、多大なる戦力となるが、その分、扱いも難しい。ユニコーンは自分よりも弱い相手を決して騎乗させないし、そもそも飛竜に至っては、遠距離に特化した強力な魔法が使えないと、対象物まで魔法が届かず、対空戦では役に立たないのだ。

 つまり、強力な遠距離魔法を発動出来るほど魔力の高いエリートでないと、飛竜に騎乗する竜騎士には選ばれない。

 ジーンシャン領の魔導騎士団に入り、竜騎士になるという事は、王国中の魔法使いの憧れであり、大変名誉なことであった。


 入団後すぐに、竜騎士の訓練が受けられると思っていたリュシアンは、領主の子息の護衛という、いわば戦力外通告ともとれる任命に、人生初の挫折感を味わっていた。

 もちろん、領主である勇者グリエルモや、その夫人である聖女メアリーが、子息のアントニオを溺愛していることは知っている。焦茶の髪で生まれてしまった息子を、憐れに思っていることも。

 しかし、焦茶の赤ちゃんに頭を下げて仕えなくてはいけないことに、リュシアンはプライドが傷付けられた気がした。エリートである自分が、しなければならないような仕事なのかと、憤りを覚えたのであった。


 リュシアンは、勤務の初日にアントニオの自室に呼ばれて、ジュゼッペからの注意事項を聞いていた。しかし、とにかく全てにおいて細かいし、いらない注意事項が多すぎると辟易していた。

ジュゼッペ
「いいですか? 14:00よりも1分でも早く入室することは出来ません。必ず時間厳守でお願い致します。早く着いても、部屋の前でお待ち下さい。また、時間を過ぎていても、ノックをして返事がない場合は、入室することが出来ません。

また、トニー様の意に反することは、決してしてはいけません。寝顔が可愛いからといって、お昼寝中に触ったり、お散歩中に行きたい場所を制限するような言動はお控え下さい。

食べる姿が可愛いからといって、勝手にオヤツをあげたり、音楽の練習中に、トニー様の歌に感動したからといって、拍手したり、ブラボーと声をかけたり、とにかく、勉強の邪魔をしてはいけません。

あくまでも護衛なのですから、ご自分の領分をわきまえず、勝手に世話をやいたりなどしないで下さいね。それから....」

 アントニオ様付きの執事であるジュゼッペというやつは、グリエルモ辺境伯の右腕と言われる筆頭執事クラウディオ・サクラーティの息子である。そのことをいいことに、威張りくさっていて、口うるさくて、スカしていやがる。

 こっちは好きで、アントニオ様の護衛になったわけではないというのに、まったくもって腹立たしい限りだ。

 ふと、視線をアントニオ様に移すと、アントニオ様はニコニコしながらこちらをみている。焦茶の髪に、焦茶の瞳。見目麗しいグリエルモ様やメアリー様の子息とは、とても思えない容姿である。だが不思議と、どこか憎めない、愛嬌のある顔だと思った。

リュシアン
「かしこまりました」

 ジュゼッペの説明が一通り終わると、冷ややかな目のままリュシアンは一言だけ返事をした。

 すると、アントニオの表情は悲しげになった。

 リュシアンは『しまった!』と思った。

 アントニオ様は2歳児とは思えないほど頭がいいと聞いている。まさか、こちらの負の感情を勘付かれてしまったか!? 幼くてもアントニオ様は次期領主。こいつを首にしろと言われてしまったら、永遠にエリート街道が閉ざされてしまう。

 リュシアンは、緊張してアントニオの反応を待った。

 だが、アントニオはそれからすぐに笑顔に戻った。

アントニオ
「ジュゼッペ、説明を有難う。リュシアン殿、はじめまして、私はアントニオ・ジーンシャン、2歳です。貴方のことは父であるグリエルモ辺境伯より伺っております。大変、素晴らしい魔法使いで、次期、竜騎士とも噂されているそうですね。貴重なお昼の1時間を私の護衛として勤務して頂けるとのこと、大変嬉しく、また、心強く感じます。

14時から15時の間、私は休息時間として、父であるグリエルモ辺境伯より自由を許されております。そのため、眠っていたり、遊んでいたりする事が殆どですが、貴方が来て下さったお陰で、外出する事も出来るようになります。

お恥ずかしい話ではありますが、私はまだ、自分の体力の限界を把握しておりませんし、屋敷の外にどんな危険があるかも分かってはおりません。そのため、危険に近付かないための助言や、危険に遭遇した場合の対処、それだけではなく、私が眠ってしまった時や、歩けなくなってしまった時には、部屋に連れ帰るなどのご対応をして頂かなくてはいけないかもしれません。

リュシアン殿にはご迷惑をお掛けすることもあると思いますが、何卒、お力添えを頂ければと思います」

 そう言って、アントニオは頭を下げた。思いがけないアントニオの言動に、リュシアンは汗が止まらなくなった。

 なんて賢いんだ!

リュシアン
「も、もちろんです。勿体無いお言葉! 自分は、まだ未熟者で、大変恐縮でございます。どうか、リュシアン殿などとは呼ばず、ただリュシアンとお呼び下さい。アントニオ様に、安心して過ごして頂けるように、精一杯、務めさせて頂きます」

 リュシアンは慌てて、騎士の忠誠の証である正式なお辞儀をする。

 なるほど、グリエルモ様やメアリー様が溺愛するわけだ!『2歳にしては頭がいい』なんて、とんでもない! 成人した大人ですら、下位のものに、この様な配慮ある挨拶をし、的確な指示を出せる者は珍しいだろう。アントニオ様は将来、立派な領主になられる。それは疑いようのないことだ。しかし、それ故に、命を狙われる危険が多くなるだろう。この任務は私にしか出来ない、特別な任務であったのだ!

アントニオ
「わかりました。リュシアン、有難う。今日は、お会い出来て気分が高揚しています。昼寝は出来そうにありませんので、庭を散歩したいと思います。付いてきて頂けますか?」

リュシアン
「はい! 何処へでもお供いたします!」

ジュゼッペ
「トニー様! お庭でしたら、私めもお供致します」

アントニオ
「リュシアン、ジュゼッペ、有難う。では、今日は植物図鑑片手に、庭の植物でも見て回りましょう」

 リュシアンの胸は高鳴った。出世どうこうよりも、アントニオ・ジーンシャンという天才に仕えるということ自体が、名誉なことであると思われた。
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