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40.聖女は動き出す

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 サナトスにおける立太子の礼は、王家含む国の主要人物のみが参列する。
 王太子になる者……今回はジェラルドだが、王位継承の証である王太子の紋章が入ったブローチを左胸に付け、代々受け継がれる王家の槍を持って、王太子の座に着く。
 言葉もほぼ発する事のない、短くも重い空気の漂う厳かな典礼で、参列者の祝辞等はその後開かれる就任パーティーで行われるのが通例である。
 その典礼で、ヴァイオレットは自分の歌──“浄化の歌”を捧げる時間がほしいと、そう訴えていた。

「既にご存知かと思われますが、ボンネット嬢に憑いている悪魔は人間に対し無差別に種を蒔き、芽を生やしています。それらは親である悪魔と繋がっており、ボンネット嬢の命が枯渇すれば、繋がっている別の誰かに移るでしょう。典礼に参列される方々には都合を付けていただき先に根ごと取り除く事が可能ですが、就任パーティーから参加される多くの方には間に合いません。誰もが殿下に近付ける可能性のあるパーティーまでに、根を取り除いておきたいのです」

 話が漸く区切られ、ヴァイオレットは息を吐いた。
 ずっと考えていたのであろう彼女の説明は、ジェラルドにとって十分理解出来るものだった。

「……多くの者へ聴かせる算段はついているのか?」

 問題はそこだった。
 たとえ典礼で“浄化の歌”を歌ったとしても、種を蒔かれた者が聴いていなければ話にならないのだ。

「妹・ルビーが王弟陛下のご子息であるエリオット様とともに、魔道具である拡声器を急ぎ生産しています」
「それこそ間に合うのか?」
「二人が所属する学園の魔道具研究科の生徒も手伝ってくれるとの事で……大丈夫かと。出来上がった物からイライザ殿下の指示の下、ジャン騎士隊長を中心に騎士団の方が王都全域に取り付ける手はずになっております……典礼では私がマイクに向かって歌い、王都中に響かせ根絶させます」
「……先程、エミリア・ボンネットの命が枯渇すると言っていたが、当日まで耐えられるのか?」
「レイハーネフ様に別棟全体に悪魔封印の術式を施していただきました。なのであの棟の中では悪魔は仮死状態……命を吸い取る事は出来ません。ボンネット嬢も精神的消耗は避けられませんが、悪魔を滅した後、シンシア様が治療して下さるとお話をいただいております」

 一晩で計画を立て、周囲に協力を仰ぐその早さに、「本当に立ち直ったのだな」と安堵しつつ、そうさせたのが自分ではない事に、ジェラルドは悔しさも覚えた。
 だが、己の感情等今は関係ない。
 ヴァイオレットの懇願に、彼は許可の意志を頷く事で表した。

「先に前触れを出して、聖女の浄化を式に組み込む事を知らせておこう。典礼に参列する者なら悪魔の件は承知しているのだから、話も通りやすかろう」

 今回の件は自分にも責任があるのを、ジェラルドは自覚していた。
 クリフトフがエミリア・ボンネットと付き合い出したその時に物申していれば、ここまで被害は拡大しなかったと、アベルにも指摘されていた。
 ヴァイオレットが聖女の務めから背を向けていた事への償いをするために動き出した時は、ジェラルドもまた己の罪への償いのために、最大限協力するつもりでいた。

「予想以上の計画に惚れ直した……当日まで、隙を見せず取り組もう」

 ジェラルドの言葉に、青い瞳の輝きが増す。

「はい……必ずや、成功させてみせます」

 十年ぶりに見る、ヴァイオレットの嬉々とした表情に、ジェラルドは目を細めた。

 
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