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15.騎士は静かに怒る

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 バルコニーの騒がしさが遠退き、ジャンは幼き王子の機転に胸中で称賛を送った。
 大人社会において、王子と言えど子どもは子どもだ。そのマイナス要素をプラスに変える力は、今後立ちはだかる困難に大いに役立つ。

(ハイスペックな兄姉がいれば無理もないか……)

 血の繋がった家族であれ、王族・貴族の身分で兄弟がいれば、必ずと言っていい程後継者争いが勃発する。
 そんな中、イェーガー兄弟は骨肉の争いもなく各々の立場に身を置いている……が、それまでの過程はやはり過酷で、自分の地位を得て守るために厳しい道を歩んで来た。
 それはジャンの主であるイライザもだが、まだ少年と言っていい年齢のシリルも同じで、周囲に必死に食らい付き、知恵を吸収して今の地位を守っている。
 その術を教えたのは、彼らの良きり理解者であるヴァイオレットだろうと、ジャンは予想する。
 何せギスギスしていたシリルとレイハーネフの仲を数日で良好にさせた令嬢なのだ。きっと実の兄姉よりも数々の知恵を授かって来ただろう。良き教育者が側にいて良かったと、主の弟に対しそう思う。
 そして、そんな自分たちが守るべき令嬢は、今も頬から血を流している。
 こんな姿を見られたら、貴族令嬢にとって致命的だ。下位貴族ならまだしも、筆頭貴族の令嬢がこんな流血事件に関係していると知れたら、対立派がここぞとばかりに貶めて来るだろう。それも尾ひれはひれを付けて印象を悪くするのだから厄介である。
 先ずは直近の危機を避ける事が出来て良かったと安堵して、ジャンはエミリアを片手で拘束したまま、ポケットからハンカチを取り出すと、ヴァイオレットに向けて差し出した。

「まともな物でなく申し訳ございませんが、今は、これで止血して下さい」
「そんなことないわ……ありがとう、ジャン」

 華奢な手が、ハンカチを受けとる。後方で「グハァ!!」という主の声が聞こえたような気がしたが、 ジャンは知らない振りをした。
 ヴァイオレットは微笑んでハンカチで傷を押さえるものの、やはり痛むのか、僅かにひきつる顔に、拘束している者への怒りが強くなった。

「うっ、うっ……騎士さまぁ~! ヴァイオレットさんが、私にわざと頬を打たせたんですよぉ! こんなの……こんなの、ヒドイですぅ~!!」

 女は取り込めない事を十分理解しているようで、甘ったるい声が、ジャンに無実を訴えて来る……いや、被害者面だ。

「貴女がオルブライド公爵令嬢へ暴行するその少し前から、我々は二人の様子を確認しています。それに加え、王族の園庭へ不法侵入……無罪になるわけがない」
「そ、そんな……そんなの、あんまりですぅ~! 私は、あの人に騙されたのにぃ!!」
「たとえ騙されたとしても、実際公爵令嬢に対して暴行を働いているのだから、情状酌量の余地はあろうとも、無罪になるわけがないでしょう」
「イライザ様は黙ってて下さいぃ~! 私は今、騎士様とお話してるんですぅ!」

 眉をひそめたジャンは、エミリアを捕まえている手に力を加えた。
 自分より地位が遥かに上の公爵令嬢相手にも失礼極まりないのに、王女に向かってまで不敬を貫くその姿勢に不快感が増す。
 力を入れた事で猫が尾を踏まれた様な声を上げるが、本当の罪人と同じ扱いをしていないだけ有り難く思ってほしいところだった。

(これでは弟殿が可哀想過ぎるな……)

 エミリアの弟は騎士団に所属している。優秀で穏やかな彼は、姉の不祥事にいつも頭を下げていた。
 始めこそ、エミリアの弟というだけで弄る者もいたが、その誠実な姿に、今では同情する者の方が多くなった程だ。
 そしてそれは弟だけでなく、父親も兄もだった。皆能力に長けており他者への姿勢も常に正しい。そんな彼らを知っているが故に、本当に血が繋がっているのか? と、男爵には悪いが疑いたくなる程だった。

「……話にならないな。ジャン、連れて行け。それからあの愚弟も呼ぶように。ヴァイオレットは私と一緒に隠れ通路から部屋に戻りましょう」

 怒りを通り越して呆れ口調で指示を出す主に一つ答えると、ジャンはエミリアを連れて園庭を後にしようとして──足を止めた。
 慌てて来たのだろうか……髪や衣服が若干乱れ、息も上がっていた。

「姉上……これは一体、どういう事ですか!?」

 まだ執務中だと思っていた人物……この園庭の所有者であるクリフトフが、驚愕に目を見開いていた。

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