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平民街の猫事情(7)
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(こ、子猫だと!? なんて小さいのだ……! うっかり踏みつぶしてしまいそうになるほどだっ。一体なんだこのふわふわでぽよぽよの毛玉は! くっ、そんなつぶらな瞳で俺を見つめないでくれ……! ああかわいいかわいいかわいいかわいいー!)
「あの、あなた。今猫と叫んでいなかったかしら?」
突然現れた猫にスクーカムが錯乱してら、ソマリが話しかけ来た。
(はっ。ま、まずい。さっき大声を上げたものだから、ソマリに気づかれてしまった!)
慌ててその場から立ち去ろうとするスクーカムだったが。
「あなたは旅のお方かしら? そのとてもかわいい二匹の子猫ちゃんは、あなたの?」
スクーカムにそう尋ねてくるソマリ。どうやら彼女は、スクーカムの正体に気づいていないらしい。
(そうか。ソマリと会う時はいつも鉄仮面をつけているから。素顔の俺を見ても、俺だと分かっていないということだな)
それならば、何も慌てて逃亡する必要は無さそうだ。逆に街に不審者がいたと王宮に報告されてしまうかもしれない。
スクーカムは咳ばらいをし、口を開く。
「ああ、俺は旅の者だ。この二匹の猫は俺のものじゃない」
「あら、そうなのね。なんだかさっき大声を上げていなかった?」
「あっ、いや……。いきなり現れた猫があまりにもかわいくて、ついな」
(何を言っているんだ俺は。正直に猫をかわいいだなんて)
ソマリの前では、猫をかわいいと思っている言動をしないように気を付けていたというのに。どうやら、鉄仮面を外すと心の武装も解けるのか、スクーカムは正直になってしまうらしい。
(まあ。ソマリには俺がスクーカムだと悟られていないから、別にいいか)
「あら! あなたとてもよくお分かりじゃないの! そうなのよっ。猫はいつどんな時でもかわいいけれど、この子たちみたいな短い子猫の期間にしか味わえないかわいさがあるのよねー! 大人猫にはないこのふにゃふにゃ感! もう少ししたら色が変わっちゃうブルーの瞳!」
スクーカムの言葉に気を良くしたようで、ソマリが前のめりになりながら興奮した様子で言う。その上、勢いあまってスクーカムの手をがしりと握ってきた。
鉄仮面越しではないからか、スクーカムは初めてソマリの顔をしっかりと見た気がした。その上、今までにはない距離の近さだ。
(王太子の俺の時とはえらく態度が違うな。こうして無邪気に微笑んでいると、いつも以上に美しく感じる……。妙な女性だ)
と、スクーカムがソマリの印象を改めていると、白い子猫がすりすりと頬をブーツにこすりつけてきた。
喉をゴロゴロと鳴らしている。以前ソマリに教わったが、猫が甘えている時に出す音だ。
(ま、まだ出会ったばかりだというのに!? もう俺に甘えている、だと……!)
「ううううか、かわいい……!」
息を荒げながら、スクーカムは悶えてしまう。するとコラットと肉屋の男性も、スクーカム達に近づいてきた。
「あら! 本当にかわいいっ。この子猫たちはどこの子なんでしょうか?」
「この子たちですが、さっきあなた方が見つけた猫がつい最近産んだ子猫で。もう離乳も済んだので里親を捜していのですが、この辺に住んでいるほとんどの人たちはすでに猫を飼っているので、なかなか見つからずで」
尋ねたコラットに、肉屋の男性が答える。
この辺りの民たちのほとんどが猫を飼っているなどと、スクーカムには初耳だった。しかしそのことを深く考えている余裕は今はない。自分の足元でうろうろしている子猫に悶絶することしかできないのだから。
「里親を捜しているですって!? それなら私がこの子たちを迎えるわっ。元々たくさんの猫たちと一緒に暮らしたいと思っていたのよ!」
ソマリが意気揚々と、子猫たちの里親宣言をした。
(離宮にこの子猫たちを迎えるだと!?)
「……すばらしい。なんたる僥倖。最高ではないか……!」
チャトランに加え二匹の小さな子猫たちが離宮で戯れている光景を想像し、スクーカムは呟いた。思わず頬が緩みそうになったが、ここでニヤついたらさすがに気味悪がられるだろう。必死で堪える。
(し、しかし猫が三匹もいるとなると。俺の心臓は果たして持つのだろうか。爆発して霧散しやしないだろうか……)
もっと精神を鍛えねばなるまい……とスクーカムが密かに心の中で誓っていると。
コラットが不審そうに眉をひそめて、スクーカムに向かって口を開く。
「は……? っていうかあなた、どこかで見たような覚えがあるのですけど。声も聞いたことがあるような」
コラットもスクーカムの顔を見たことは無いはず。しかしスクーカムが醸し出す雰囲気と声が、記憶の中にあったのだろう。
(まずい。この侍女はソマリよりも鋭いのだった)
だがまだ、スクーカムだと正体を気取られたわけではないようだ。
「いや……。この子猫たちに素晴らしい居場所ができたなと。猫好きとして喜んでいただけだ」
落ち着いた声で答える。王太子のスクーカムなら絶対に言わないような言葉をあえて選んで。
「はあ……そうですか」
コラットは首を傾げていたが、それ以上は追及してこない。どうやら誤魔化せたらしい。
「あの、あなた。今猫と叫んでいなかったかしら?」
突然現れた猫にスクーカムが錯乱してら、ソマリが話しかけ来た。
(はっ。ま、まずい。さっき大声を上げたものだから、ソマリに気づかれてしまった!)
慌ててその場から立ち去ろうとするスクーカムだったが。
「あなたは旅のお方かしら? そのとてもかわいい二匹の子猫ちゃんは、あなたの?」
スクーカムにそう尋ねてくるソマリ。どうやら彼女は、スクーカムの正体に気づいていないらしい。
(そうか。ソマリと会う時はいつも鉄仮面をつけているから。素顔の俺を見ても、俺だと分かっていないということだな)
それならば、何も慌てて逃亡する必要は無さそうだ。逆に街に不審者がいたと王宮に報告されてしまうかもしれない。
スクーカムは咳ばらいをし、口を開く。
「ああ、俺は旅の者だ。この二匹の猫は俺のものじゃない」
「あら、そうなのね。なんだかさっき大声を上げていなかった?」
「あっ、いや……。いきなり現れた猫があまりにもかわいくて、ついな」
(何を言っているんだ俺は。正直に猫をかわいいだなんて)
ソマリの前では、猫をかわいいと思っている言動をしないように気を付けていたというのに。どうやら、鉄仮面を外すと心の武装も解けるのか、スクーカムは正直になってしまうらしい。
(まあ。ソマリには俺がスクーカムだと悟られていないから、別にいいか)
「あら! あなたとてもよくお分かりじゃないの! そうなのよっ。猫はいつどんな時でもかわいいけれど、この子たちみたいな短い子猫の期間にしか味わえないかわいさがあるのよねー! 大人猫にはないこのふにゃふにゃ感! もう少ししたら色が変わっちゃうブルーの瞳!」
スクーカムの言葉に気を良くしたようで、ソマリが前のめりになりながら興奮した様子で言う。その上、勢いあまってスクーカムの手をがしりと握ってきた。
鉄仮面越しではないからか、スクーカムは初めてソマリの顔をしっかりと見た気がした。その上、今までにはない距離の近さだ。
(王太子の俺の時とはえらく態度が違うな。こうして無邪気に微笑んでいると、いつも以上に美しく感じる……。妙な女性だ)
と、スクーカムがソマリの印象を改めていると、白い子猫がすりすりと頬をブーツにこすりつけてきた。
喉をゴロゴロと鳴らしている。以前ソマリに教わったが、猫が甘えている時に出す音だ。
(ま、まだ出会ったばかりだというのに!? もう俺に甘えている、だと……!)
「ううううか、かわいい……!」
息を荒げながら、スクーカムは悶えてしまう。するとコラットと肉屋の男性も、スクーカム達に近づいてきた。
「あら! 本当にかわいいっ。この子猫たちはどこの子なんでしょうか?」
「この子たちですが、さっきあなた方が見つけた猫がつい最近産んだ子猫で。もう離乳も済んだので里親を捜していのですが、この辺に住んでいるほとんどの人たちはすでに猫を飼っているので、なかなか見つからずで」
尋ねたコラットに、肉屋の男性が答える。
この辺りの民たちのほとんどが猫を飼っているなどと、スクーカムには初耳だった。しかしそのことを深く考えている余裕は今はない。自分の足元でうろうろしている子猫に悶絶することしかできないのだから。
「里親を捜しているですって!? それなら私がこの子たちを迎えるわっ。元々たくさんの猫たちと一緒に暮らしたいと思っていたのよ!」
ソマリが意気揚々と、子猫たちの里親宣言をした。
(離宮にこの子猫たちを迎えるだと!?)
「……すばらしい。なんたる僥倖。最高ではないか……!」
チャトランに加え二匹の小さな子猫たちが離宮で戯れている光景を想像し、スクーカムは呟いた。思わず頬が緩みそうになったが、ここでニヤついたらさすがに気味悪がられるだろう。必死で堪える。
(し、しかし猫が三匹もいるとなると。俺の心臓は果たして持つのだろうか。爆発して霧散しやしないだろうか……)
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「いや……。この子猫たちに素晴らしい居場所ができたなと。猫好きとして喜んでいただけだ」
落ち着いた声で答える。王太子のスクーカムなら絶対に言わないような言葉をあえて選んで。
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