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変わり始める日常

魔女と共に

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 ミラの暗殺失敗から一週間が経った。標的のアピだが、ミラの暗殺の件で思う事があったのか、少し元気がない。あれからティールも姿を見せていないからかもしれない。
 リヴを助けたと思えばメラニーの依頼を偽ったりと、やる事が全く掴めない魔族。分かっているのは、アピに執着しているという事だけ。
 それでもリヴは欠かさず暗殺をしようとしたのだが、アピがあんな調子だとやる気が起きなかった。
 今日は机の上にたくさんの資料を置き、アピに文字の書き方を教えていた。食事のマナーはなかなか覚えられないが、文字の読み書きは随分と覚えが早い。自分でもきちんと文字を読めるようになりたいのだろう。

「そう、それが自分の名前だ。アピ=レイス」
「ふうん……。私の名前はこう書くのか」

 自分の名前が書けるようになり、いつものアピだったら大いに喜びそうなのだが、やはり元気は無い。少し前に昼食を作ってやったが、おかわりもしなかった(出されたものは全て食べたが)。

「……お前とティールっていつからの仲なんだ?」
「多分、魔女大戦後かな。一人でいる所を見つけてくれて、それからよく一緒にいるようになったんだよ」

 人間のリヴと魔女のアピだと時間の概念が違う。300年ほど生きていても精神年齢は10歳のまま。アピは100年前の戦争を幼いながら体験していた。
 魔女とはいえ、精神年齢10歳の少女が一人でいるわけない。恐らく、魔女大戦でアピの母親は――
 その孤独を埋めてくれたのがティールなのだろう。あの魔族の思惑は未知数だが、それでもアピの支えとなっていた。

「……本人がまた現れるって言ったんだからまた来るだろう。あまり心配するな」
「うーん……」
「どうした?」
「お前、もしかして私に気を使っているか? 最近殺そうともして来ないし」
「……そんなわけないだろう。今のお前を殺しても達成感が無いからだ」
「暗殺に達成感なんてあるのか。お前サコイスパみたいだな」
「それを言うならサイコパスだが、俺はそんなんじゃない」

 少しは元気が戻って来ただろうか。リヴは思わず口元を緩めてしまったのだが、本人は気付いていなかった。

「じゃあ、俺はこれから数日空けるからな」

リヴは椅子から腰を上げながらそう伝える。ホークに定期報告の為、モネまで行かなければならない。するとアピは慌てた様子で椅子の上に立ち上がった。

「え!? お前私を一人にするのか!?」
「……別にいつも一人だったし大丈夫だろう?」
「そっ……! そんな事はない! 私は子供だぞ!! 一人にするな!! 私も連れて行け!!」
「断る」
「行き先はモネだろう!! ティールに聞いたぞ! そこにお前のアジトがあるってな!!」
「組織の場所は別にそこだけじゃないし、バレても構わない」

 椅子の上で駄々っ子のように言うアピに、リヴはうんざりした表情を見せる。
 今日行くのはアピの言う通りホークの隠れ家があるモネ。標的に組織の詳細の場所を知られるわけにはいかないので、一緒に連れて行けるわけがない。だが、アピは簡単に引き下がらない。

「私を連れて行かなかったら、暗殺する機会無くすぞ!!」
「……そうしたら俺はお前に日常を教えない」

 そう言えばアピは顔を真っ赤にして怒り出すかと思ったのだが――

「……お願い、だよリヴ。私を一人にしないで……」

 スカートを握り締め、震える声でそう言った。
 いつもの我儘で横暴な姿からは想像できない程、彼女は小さく見えた。
 ミラの件はアピにとってかなり精神的なダメージを受けたようだ。これはきっと、魔女大戦で親を失ったトラウマから来るものではないか。
 リヴの脳裏に浮かぶのは、院長パミラのいなくなった孤児院で、子供達が大人達によって攫われていく場面。15歳のリヴは子供達を守ろうと抵抗したが、大人達の前では為す術もなく、瀕死になるまで殴られ続けた。
 瞼が腫れ、見えづらくなった視界で、泣いて助けを求める子供達を見送るだけしか出来なかった。あの子供達の顔とアピの姿が重なった。

「……良いよ」

 了承してしまった事に自分でも驚いた。アピも呆けた表情を浮かべている。リヴはグ、と唸ってから踵を返す。

「もう出発するから出かける準備をしろ。少ししか待たないからな」
「お、おう! ……ありがとう、リヴ」

 アピの小さな感謝を背で聞きながら、リヴは前髪をくしゃりと握ってため息を吐いた。


***


 モネはここから歩いて行くと数日を要するのだが、アピの転移魔法のお陰で瞬時に着いた。お陰で大分酔ってしまったが。
 アピは目を輝かせてモネの街並みを見渡していた。彼女曰くここへ来るのは数年ぶりだそうだ。居住のあるホロン町とは違い建物が敷き詰められて人の多い場所は新鮮なのだろう。
 アピは魔女である為、あまり目立たないように香色のワンピースを着ている。恐れられている魔女とはいえ、魔法を見せなければただの人間の少女だ。

「人がたくさんいるぞ!! 建物がでかい!!」
「あまり目立つな……。ほら、行くぞ」

 アピの手を引っ張って先へ進む。今日はホークへ定期報告へは行かないで後日一人で行く事にした。少し日はズレるが仕方がない。
相変わらず賑やかな街だ。裏通りは浮浪者で溢れているというのに、表通りの人々はそれに目もくれず幸せそうに歩いている。

「なあリヴ! あれ食べたい!!」

 アピが手を引っ張って洒落た洋菓子店を指差す。丁度その扉から一人の男が出て来た。小包を大事そうに抱えているのはリヴの馴染みのある人物。
 
「フレイ?」
「あれ、リヴも来ていたんだな! 久しぶり」

 同業者のフレイはリヴに向かって手を挙げると人懐こい笑みを浮かべた。

「ん? 知り合いかリヴ」

 洋菓子店の窓越しから見える菓子を物欲しそうに見ていたアピが尋ねる。標的に同業者を紹介するわけにもいかない。

「あいつはフレイ。俺の……友達だ」
「友達ぃ!? 面白い事言うなリヴ!!」

 友達フレイは腹を抱えて笑ってからアピを見下ろす。

「お嬢ちゃんは誰だ?」
「私の名前はア……」

 アピが普通に自己紹介をしようとしたのでリヴは慌てて彼女の口を手で塞いだ。

「ア?」
「こいつは……あ、アプ。ちょっとそこで待っていろ」

 口を塞がれてムガムガ言っているアピを無理やり歩かせ、フレイと距離を置く。リヴの手から解放されたアピは怒りで顔を真っ赤にしていた。

「おいリヴ! 何だよアプって!! 私の名前はアピだ!!」
「お前な……アピって名前は恐ろしい魔女として知れ渡っているんだ、そんな名前を堂々と言う馬鹿がいるか?」
「むぐう! 私は馬鹿じゃないぞ!! 私だってアプって言おうと思っていたし!」
「この街へ来る前に言ったが、絶対魔法を使うなよ。お前はここではアプだ、分かったな?」
「何で私ばっかり……! お前の事もリプって呼ぶからな!」
「好きに呼べ」

 とりあえず口裏合わせを済ませ、リヴは不貞腐れた様子のアピの手を引いてフレイの元へ戻った。

「悪いな。こいつが突然しゃっくり止まらなくなったから止めて来た」
「何だその理由……。まあ、いいや。リヴとアプちゃんってどんな関係? 隠し子?」
「んなわけないだろうが。アプは……院長の子供だ」
「院長……ああ、お前がいた孤児院の院長か」

 フレイはリヴが孤児だった事を知る数少ない人物だ。不可抗力で教えてしまったのだが。
ここでフレイに会えたのは幸運だった。アピのいない時にホークへの定期報告について代わりに伝えてもらう。
気が付いたらアピは洋菓子店の中へ入っていて、子供のようにはしゃいできちんと並べられた商品を見比べている。

「おいリヴ……リプ!! 私にこれを買え!!」
「我儘言うな」
「ちょっとくらい良いじゃんリヴ。アプちゃん俺が買ってやるよ!」
「おお、ありがとうオレンジ君!!」

 アピは初対面の人に対して髪色のあだ名を付けるようだ。リヴも初対面の時はクロちゃんと呼ばれた。フレイは呼び名を気にしていないようで、アピにクッキーが数個入ったものを買ってくれた。
 嬉しそうにクッキーを頬張るアピの横で、リヴとフレイは近くにあった軽食屋でサンドイッチを購入して食べ歩きをする事にする。卵サンドをうまそうに食べるフレイを横目で見ながら、リヴは口を開く。

「魔女の子は見つかったのか?」
「いやあ……全く。実は空想上の生き物なんじゃないかと思ってきた」

 魔女の子の捕獲は滅多に聞いた事がない。フレイがそう思うのは無理もないだろう。

「……フ」
「何だよ!! お前は見つけたっていうのかよ!」
「まあな」
「え!? マジかよリヴ!! 一体何処で!?」
「同業者でな」

 フレイは口をあんぐりと開けてから、自分の額を軽く叩いた。

「うわー、マジか……。まあ人間のフリして生きているっていうし、同業者にいてもおかしくないよな……。で、一体誰なんだよ?」
「冗談だ」
「じょ!? てめえリヴ! いつもいつも俺で遊ぶのはやめろ!!」

 本当なのだが、フレイの態度が面白かったのでついからかってしまった。ミラが魔女の子など言えるわけがない。リヴの嘘にフレイは全く疑っていないようだった。

「リヴー。私もそれ食べたい」
「……ほら」

 クッキーはもう食べ終わってしまったようで、リヴのサンドイッチを物欲しそうに見上げている。リヴは溜め息ひとつ吐くと、まだ食べていない方のサンドイッチをアピに手渡した。
 笑顔で礼を言うと、アピはサンドイッチを頬張った。リヴの教育のお陰で以前よりも食べこぼしをしないで食べられるようになった。
 フレイはアピをニコニコと笑って見下ろしている。まさかこの少女があのアピ=レイスだとは誰も思わないだろう。
 サンドイッチを食べ終え、何をするわけもなく二人で歩いていると、裏路地で小さな悲鳴が聞こえた。

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