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魔女の仕事

ミラの居場所

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 また起こる意識が飛びそうな疾走感。内臓が浮くような感覚にリヴは目を瞑ったままひたすら早く終われと願った。
 願っているだけだったから、到着した時の事を少しも考えなかった。

「うぐ!!」

 リヴは見事に尻から着地した。骨まで伝わる痛みに、しばらくその場で固まっていたが、空中から嬉しそうな声が降って来た。

「ふっふふ……。着地しっぱーい。ダサーい」
「うるさ——」
「とうちゃーく!!」

 ティールに言い返そうとした時、上から石——ではなく菖蒲色の髪をした少女が降って来た。リヴは避ける暇もなく、腹でアピを受け止めた。
 メラニーではないが、胃の中身を吐き出しそうになり、何とか耐えた。そんなリヴなど露知らず。アピはリヴの腹の上に座ったままきょとんとする。

「うん? リヴはどうして私の下で倒れているんだ?」
「お前が落ちて来たからだろう……。早くどけ。重い」
「むー!! やっぱり失礼な奴だお前は!!」

 アピは憤慨しながらもリヴの腹から腰を浮かした。
 気を取り直して、リヴは立ち上がると辺りを見渡す。ほとんど焼失している家が多く、残骸が多く散らばっている。割れた陶器や焼け残ったが枯れている植木は以前に誰かが住んでいた事を証明していた。

「ここがミラの潜伏している廃村か。酷い場所だな……」

 生き残りなど許さないという意思が感じられる程、ここの家々は全て燃やされていた。焼け焦げた臭いがしないという事は襲われてから大分経っているという事。
 ここまで徹底しているというならば、恐らくここに住んでいたのは人間ではない。そう思ったリヴの隣で、ティールが答えを口にする。

「ここは以前魔女達が住んでいた場所さあ。人間に滅ぼされたけどねえ」
「知っているのか」
「ふっふふ……。魔族の耳は地獄耳なのさあ」

 ここは人知れず魔女達が住んでいたが、人間達によって滅ぼされた。それはよくある話だ。大方、魔女が集まって何をするか分からない、と思い込んだ領主が討伐を命じたのだろう。
 魔女達が何を思ってここを拠点にしたかは定かではないが、集まる事で脅威だと思われてしまう哀れな存在だ。

「……」
「アピ?」
「あ、いや……何でもない」

 ふと視線を下にずらして魔女である少女に目をやると、廃村を見つめていたアピの瞳が一瞬揺れたような気がして思わず声を掛けたが、ハッと我に返った彼女は顔を背けてそれ以上何も言わなかった。

 リヴ達が降り立った場所は木造が多かったらしく、ほとんど焼失していたが、少し進むと石造りの家がちらほらと建っており空っぽの住居が見られるようになった。恐らくミラはここら辺に潜伏していると踏んだリヴは二人に近くの住居に入るよう促した。
 ドアの消失した入り口から入ると、中は炭になっているテーブルや家具が並べられていた。
 リヴは足で床の汚れを適当に払うとそこに腰掛けた。

「それにしても、いきなり敵地侵入とはなかなか大胆だな。ミラは何処にいるんだ? 奴は副隊長だから何人か引き連れていると思うが」
「そうなのか? まあ、私が行けば何人いてもバーンって倒せるが」
「相手はミラだ、あまり油断するな。とりあえず戦力を削いでからミラの首を取った方が良い」
「お、おう……。何だかお前、やる気満々だな」
「そんな事は……ない」

 相手がミラだから、ついいつものように綿密な計画を立てて行動しようとしていた。これはアピの仕事なのだからリヴが肩入れをする必要は無いのだ。
 そうは言っても、依頼を受けたのが自分の暗殺対象であるアピで、相手は自分の因縁のあるミラ。どちらかが命を落とすのは避けたかった。――どちらも自分が殺したいのだから。

「お前が危なっかし過ぎてつい口を出してしまっただけだ」
「お前は私のお母さんか! まあ、私の事を思って言ってくれたのは有難いぞ!」
「……別にお前の為に言ったわけでは……」

 言い返そうとしたが、そう思われた方がミラの事を詮索されずにも済むし、アピの隙を作るチャンスにもなる。リヴはそれ以上言うのを止めた。

「とりあえず敵がどれくらいいるか分かれば良いんだよな。うーむ、私は人の気配探すの苦手だから……。おい、ティール」
「はあい。愛しのアピちゃんの為ならどこまでもお」

 ティールは嬉しそうに手を叩くと、ぐにゃりと形を変えてどんどんと小さくなっていく。そしてその姿は手のひらサイズのネズミになった。ネズミになったティールは軽い足取りで外へ出て行った。
 敵の人数を把握する為に、見つかりにくい小動物に擬態して偵察に行ったようだ。

「……気持ち悪い奴だけどこういう時に便利なんだな」
「まあ、悪い奴じゃないんだよ」

 擬態は厄介な能力だが、味方側にいれば隠密に便利だ。リヴは初めてティールの能力を羨ましいと思った。


 数十分後に偵察を終えたティールが戻って来た。ネズミから男性の姿に戻ると、口元に人差し指を当ててわざとらしくウインクをした。

「行ってきたよお。一軒無事の小屋があってそこを拠点としているみたいだよお。とりあえずここにいるのは五人かなあ。一人仮面を付けていて、すごおく怖い雰囲気の人がいたから、その人がミラかなあ」
「白い仮面を付けていたならそいつがミラだ。敵の配置を教えてくれ」

 ティールに紙とペンを渡すと、彼は不服そうに眉間に皺を寄せたが、アピが「頼む」と言うと嬉しそうに返事をして壁に紙を押し付けて書き出す。
 軽い地図と、小屋らしき図面を簡単に描く。人差し指を定規のように変化させて線を引いているのは何とも意外だった。どうやら几帳面なところもあるらしい。
 そして何か所かに丸を記入すると、小屋の奥にある一つの丸を黒く塗り潰す。どうやらこれがミラのようだ。
 ミラ以外の敵は小屋の付近にいるようだ。彼がいないのならば、雑魚の掃討はそこまで苦労しなさそうだ。

「ミラは一人この小屋にいるのか。雑魚は簡単に排除できそうだ。ミラに勘付かれぬよう、一瞬で殺すぞ」

 リヴがそう言うとアピは驚愕した表情を見せた。

「ま、待てよリヴ! 私の依頼はミラだけであって、その人達は関係ないぞ!」
「言っている場合か。雑魚といっても、ミラの側近であるなら相当腕が立つはずだ。殺さずに突破できるとも思えない」
「――っ」

 アピは小さな手を強く握り、歯を噛み締める。
 まるで他に犠牲者は出したくないと言いたいような仕草だ。今まで暗殺者を何人も殺して来たというのに何を躊躇する事があるのか。

「次に、奴等を殺したら次はミラなわけだが——」
「あああっもう!! お前の言っている事は難し過ぎて分からん! 私に作戦なんていらん! 一人で行く!!」
「おいアピ!?」

 アピは突然叫ぶとリヴの話を最後まで聞かずに走り出した。アピの消えた方向を見つめて思わずぽかんとしてしまったが、ティールの含み笑いで我に返った。

「ふっふふ……。アピちゃんにそんな作戦は駄目だよお」
「は? 別に良いだろう。あいつは人間なんて数え切れないくらい殺しているはずだし」
「お前はなーにも見えていないねえ。良いさ。アピちゃんを理解できるのはボクだけだしねえ」

 ティールは意味深な言葉を残すとふわりと浮いてアピの後を追った。彼の言葉の意味が分からず、リヴは舌打ちをする。

「理解なんてしなくても良い。……あいつはいずれ、俺が殺すんだから」

 まるで自分に言い聞かせるように呟く。アピと過ごしている内に感じていた違和感。思考の糸を手繰り寄せてしまえば、きっとこの違和感の正体に気付いてしまう。
 それを否定するかのように頭を振ると、リヴはティールの置いていった紙をしばらく見つめてから、二人の後を追った。


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