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暗殺者と魔女
魔女の子
しおりを挟むティールはリヴを散々からかってから、興味を失ったのか何処かへと去って行った。リヴは本当にティールがいないか周りを用心深く確認してから宿へと入った。人の家に入れないというならば宿の中は安全だろう。
一晩を過ごし、リヴは朝日が昇ると共に目覚め、武器の手入れをしてから宿を後にした。自分が殺意を向けられていないか意識を集中させていたが、ティールはやはりいないようだ。
ホロン町はここから数日を要する。食物や必要なものを買って行こうと店を物色しようとした時、ふと見覚えのある後ろ姿が目に入った。
「フレイ?」
そう声を掛けると、その人物は振り返り、リヴの姿を見て嬉しそうに目を細めた。
「お、リヴじゃん久しぶり」
橙色の髪を黒いヘアバンドで上げ、黒のノースリーブに青のジャケットを羽織った男だ。軽装に見えるが、彼の上着のポケットやベルトの裏には暗器が仕込まれているだろう。何故なら彼も同業者だからだ。
リヴは友好的なフレイとは対照的に警戒心を露わにしている。
「……俺と以前に会ったのはいつだ?」
「え? 何をいきなり……。一か月前の合同任務の時以来だろう?」
声を掛けてきておいて何だ、と言いたげにフレイが答えると、リヴは軽く頷いた。
「いや、擬態しているかもしれないと思って」
「何だそりゃ!? 相変わらず変わった男だなあ……」
事実だが、誰が聞いても冗談だと思うだろう。フレイは擬態したティールではないようだ。フレイは苦笑しながら親指を立てて後ろを指す。
「リヴもホークの所へ行くのか?」
「いや、俺は昨日行った。もう帰るところだ。お前はこれからか」
「まあな。……お前、またホークにやばい仕事受けさせられているんじゃないだろうな?」
「そんな事はない……と、思う」
顎に手を当てて首を傾けたリヴに、フレイは大きなため息を吐いた。
「少しは断る勇気も必要だぞ。まあ、断り過ぎると俺みたいに落ちこぼれの烙印が押されるけどな」
受けた依頼は全て引き受けるリヴとは違い、フレイは簡単な雑仕事しか受けない。報酬よりも自分の命を大切にしているそうだ。実力主義者のホークはそんなフレイを疎ましく思っている。それなのにホークアイに所属出来ているのは、彼の父がホークの友人だったかららしい。
フレイは少し目を伏せてから、リヴに視線を送る。
「……なあ、お前俺が断った仕事を受けたんだろう? だから利き腕を負傷しているんじゃないか?」
リヴはハッとして右腕を掴む。僅かな動作で負傷しているのがバレてしまったようだ。落ちこぼれと自分で言いながらも洞察力はずば抜けている。
「仕事の内容は干渉しないというルールだ。それ以上は言うな」
「……ごめん」
暗殺業は死と隣り合わせだ。共に協力した者が次の日には死んでいるなんて事は稀ではない。フレイとは親しい仲だが、踏み込み過ぎると情が出てしまうと思い、あまり干渉しないようにしている。
フレイは少し気まずそうにしていたが、リヴの顔を見てからホッとしたような表情を見せた。
「でも、今は顔色が良さそうで安心したよ。今回は楽な仕事のようだな」
「は?」
「怖!!」
フレイがとんちんかんな事を言ってきたのでつい殺意を剥き出しにしてしまった。今受けているアピ暗殺こそが最高難易度の依頼だ。そんな魔女と衣食住を共にしているというのに顔色が良いわけがない。
フレイに過剰に怖がられたので、リヴはすぐに殺意をしまって咳ばらいをした。
「……そういえば、さっきから気になっていたんだが、その持っている紙は何だ?」
フレイは丸めた紙を大事そうに持っていたのだ。彼はニヤリと笑うとそれを広げて見せてきた。それは手配書のようだった。しかし、それに似顔絵は書かれておらず、代わりに『魔女の子』と書かれており、下には膨大な金額が書かれている。
「……何だこれ。魔女の子……?」
「ああ。リヴ知っているか? 魔女と人間から生まれた魔力を持つ男は魔女の子と呼ばれるらしい。それを生け捕りにするとすげえ金が入るんだって。魔女の子さえ捕まえればこんな暗殺業なんてしなくても良い。リヴも一緒にどうだ?」
魔女がいるならば、魔女の血を受け継ぐ男がいてもおかしくない。人間と魔女が交わり生まれた男子は禁忌の子とされ、見つけ次第処刑されると言われている。何故ならば魔女の子は魔女よりも強い魔力を持つとされ、危険因子とみなされているからだ。
多くの者は子供の内に処刑されている為、リヴも見た事はないくらいだ。リヴは嘆息するとその手配書から目を離した。
「興味がないな」
「えー、何でだよ! 見つけたら一生ぐうたらして暮らせるぜ?」
「そんな世界の大地から一かけらの金を見つけるような無謀な事はしない。お前も夢ばかり見ていないで、目の前の任務をこなせよ」
そう言われるとフレイはムッとしながら手配書を丸めた。
「お前、暗殺が好きなのか? お前が暗殺を仕事にする理由って何なんだよ」
「……忘れたよ、そんなもの」
何かを思い出したリヴは少しだけ唇を噛み締めた。
**
フレイと別れ、リヴはホロン町へと戻る。野宿をしながら数日かけて戻ると、外でひなたぼっこをしていたアピが嬉しそうに駆け寄って来た。
「長旅ご苦労!! 早速お土産をよこせ!!」
アピは開口一番に手を出しお土産を要求してきた。リヴは彼女の小さな手のひらを一瞥してから横を通り過ぎる。
「あるわけないだろう」
「な、何だとう!? お前には優しさというものが無いのか!!」
「ターゲットにお土産買ってくる暗殺者が何処にいるんだよ。……ってそれ何だ?」
小さな一軒家の前にアピの顔の数倍はありそうな魔物の首が転がっている。狼のような硬い毛が生えており、金色の双眸の上にはもう一つ同じものがある。だらりと力無く舌を垂らす首は鋭利な刃物で斬られたような跡がある。
「魔物の首だ!! 今からこれを持って行って金にしてもらうんだ!」
「ああ、お前そうやって金を稼いでいるんだな。てっきり町民から奪い取っているのかと思ったよ」
「仲良しな町民にそんなを事するわけがないだろう!!」
非力で魔法しか取り柄のない少女が金を得るには、指名手配をされた魔物を狩るしかないのだろう。暗殺組織とは違う、魔女の為の機関があるようだ。そしてアピはその機関の存在を知られたくないらしい。リヴが手伝おうか、と言えば首を思い切り振った。
「魔法があればこんなの運べる! お前の手を借りるまでもない!」
「……まあ、俺の方も詮索されないから、無理に知ろうとは思わない」
基本的にオープンなアピが拒絶する程だ。深追いして警戒されたくない。リヴの返事にアピはホッとしたような表情を見せた。
「じゃあ、私はこれを持って出かけてくる。お前は部屋で休んでいてくれ」
暗殺者を一人残すなんて、本当に無防備な少女だ。だが、何か細工してもアピは直ぐに気が付くのだろう。無駄だと思いつつも、何かを仕掛けようと考えを巡らせるリヴの隣で、アピはパチンと指を鳴らす。すると何十キロもあるはずの魔物の首がふわりと宙に浮いた。
頭の大きさから察するに、この魔物はかなりの難易度だったはずだ。リヴでさえ無傷で済むか分からない。目の前の魔女にはかすり傷すら見られない。
「……お前、どうして俺を殺さないんだ? お前の力だったら俺なんて簡単に殺せるだろうに。本当にお遊びだけの為か?」
その様子を見ていたら、思わずそう口に出していた。アピはきょとんとしたが、すぐにハッとしていつもの自信満々な笑みを見せる。
「そっ、そうに決まっているだろう! 何だよ突然! それに私は――」
「まあ良いや。ターゲットの事なんてどうでも良いし」
「お、お前なあ!!」
ターゲットの事を深く知ろうなどと思ってはいけない。――もし情が湧く事があってしまっては仕事に支障が出る。そんな事はない、と思いつつもアピの年頃の少女を見ると、昔孤児院で面倒を見ていた子供達を思い出すのだ。院長が死んで孤児院が潰れてしまってから、子供達はバラバラになってしまった。一体、今どうしているのだろうか。
「そうだ、お前言葉遣いどうにかした方が良いぞ。もうちょっとおしとやかにしたらどうだ」
「お、おしとや……? お前にそんな事言われたくない!! お前だって私の事お前って言うじゃないかお前お前お前―!!」
アピがギャーギャー騒いでいるのを尻目に、リヴは家の中へ入ってから深くため息を吐いた。
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