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暗殺者と魔女
ホークアイ
しおりを挟むとある日。アピは薪を割ろうと斧をよろよろとした足取りで持っていた。様々な魔法を扱う冷酷な魔女だが、腕力は10歳の少女らしい。アピは切り株の上にある丸太に向けて大きく振りかぶろうとしたが――刃の重さに耐えきれず、そのまま背中から反ってしまいそうになる。だが、そこは魔女アピ⁼レイス。背後に風魔法を乗せて事なきを得た。
魔法に頼りたくないらしいアピは少し考えてから丸太の側面に向けて斧を横振りした。勿論刃が通るわけもなく、あらぬ方向へ飛んで行ってしまう。アピは溜め息を吐いてから斧を引き摺って地に落ちている丸太へ近付く。あと少しで届く――という所でアピはピクリと反応して素早く後ろに跳躍した。
その拍子に落とした斧が、何かに思い切り引き上げられる。地に落ちたはずの斧は、木の枝に括りつけられた紐によってブラブラと宙に浮いていた。
「罠かこれ! うん、暗殺者っぽいな!」
アピの反応が少しでも遅ければ、斧のように木の枝にぶら下げられていたのは彼女だった。アピは目を輝かせながら斧を見上げていると、茂みからリヴが姿を現した。
「やはりタヌキ用の罠にはかからなかったか……」
「おい! 私をタヌキ扱いするな!!」
タヌキを捕獲する為のくくり罠だったが、今回一番惜しかったような気がする。リヴはぶら下がっている斧を罠から外すとそれを自分の肩に乗せた。
「こんなの使わなくても風魔法か何かで斬れるだろう」
「だから私は人間の日常をやりたいんだよ! 人間は斧で薪を割るだろう!」
「それならまずは力を付けろ。お前の細い腕じゃどう頑張っても出来ない」
アピは頬に空気を溜めて憤慨する。そもそも、人間の10歳の女の子でも薪割りなど出来ないだろう。アピの考える日常は自分の身体で出来ない事も出来ると勘違いしていそうだ。頑固なので出来ない事を教えても出来ると言い張るだろう。
面倒くさい、と思いながらリヴは切り株に斧を刺すと歩き出した。
「うん? 何処に行くんだ?」
「武器屋にな。数日空けるが……ついて来るなよ?」
「私を暗殺する為に行くんだな! 感心感心!!」
自分を殺す為の武器を買いに行くというのに、アピは何故か嬉しそうだ。その自信満々な顔をいつか吠え面書かせてやる、と思いながらリヴは武器屋――ではなくモネへと向かった。
***
モネの裏通りにある暗殺組織ホークアイのアジトだ。ホークアイのアジトは定期的に場所を変えるのだが、ここ最近はモネを定住としている。
リヴは扉を二度叩いてから少し間を開けて三度叩く。これが仲間の証拠だ。直ぐに扉が開き、太い腕が手招きをする。
中に入れば、ホークがうまそうに煙草をふかしていた。
「何だリヴ。生きていたのか。帰って来ないからもうくたばっていたかと思ったぞ」
「……任務は遂行中です。今はアピの居住に潜入し、暗殺の機会を狙っています」
「おお? 心から懐柔しようってか。色男は違うなあ。どうだ? アピ⁼レイスはいい女か?」
「常識を知らないクソガキです」
「おお、言うねえ色男」
ホークは紫煙を口から吐き出しながら笑う。リヴもアピに直接会って少女だと知ったので、ホークも本当の正体は知らないのだろう。本当にクソガキだと言っても信じてもらえなさそうだったのでそれ以上言う事はやめた。
「今日は随分ご機嫌ですね、ホーク」
「ああ。俺が別で進めていた仕事が上手く行きそうでな。……それで? お前は何をしにここへ来た?」
「武器をいくつかお借りしたくて」
「そこら辺にあるのを好きに持って行って良いぞ」
ここは元々バーだったようでカウンターがある。以前酒瓶が飾られていた場所は武器が敷き詰められている。リヴはそこからいくつか武器を取り出した。
「ありがとうございますホーク。終わったら返却しますので」
「お前は本当に行儀が良いよな。普通の暗殺者だったら挨拶も無しにそこからひったくって行くぞ」
「礼儀は生きていく中で必要だと先生から学びましたので」
「ああ、孤児院のパミラか。惜しい人を失くしたな」
リヴがここまで礼儀正しいのは孤児院を運営していたパミラのお陰だ。彼は貧しいながらも子供達に必ず食事を与え、勉学を教えてくれた。孤児のリヴはそこに世話になった。――15の時、パミラが通り魔に殺されるまでは。
院長のパミラが殺されてしまい、孤児院の子供達は散り散りになってしまった。
「……その後ホークに拾われなければ俺は野垂れ死んでいました」
15の少年を引き取ってくれる孤児院は見つからず、路地裏で浮浪者と同じ生活をしていた。それから少ししてホークに拾われたのだ。今リヴが生きているのはホークのお陰でもある。
「良い素質を持つ男をそのまま野垂れ死にさせるわけにいかないだろうが。……だが、この世界に失敗は許されない。……分かっているな?」
「ええ、分かっています」
諦めかけていたこの命。まだ希望があるのならば、手を伸ばし続ける。
リヴは手に持つ武器を握り締めた。
「うん? 随分珍しい武器を取ったな。それは一応普通の人間も使えるが他の武器より使い勝手が悪いぞ」
「いいんです。これがしっくり来るので」
それは一見すると細身の剣だ。人の身体に傷はつけられても切断するくらいの耐久性がない。戦いには向いていないが、それには理由がある。
(これでアピを殺せば――俺は生きていられる)
誰かの死の上に自分の生はある。背中に乗る多くの死に気付かない振りをし、リヴは組織を出た。
***
外に出たら陽も暮れていたので宿で一泊しようと辺りを探している時だった。背後から野太い声で声を掛けられた。
「おい、リヴ。忘れ物だ」
体格の良いスキンヘッドで鋭い眼光の持ち主はホークだ。リヴは彼を一瞥してから無視をして歩き出す。ホークはリヴの前に立ちはだかると太い両腕を組んで睨みつける。
「おいおい、雇い主を無視するとはどういう了見だ?」
「……ホークは無暗に大通りに出てこないが?」
裏の職業であるホークはこんな簡単に姿を見せない。モネで彼を知る者はほとんどいないだろう。
するとホークは――ホークの顔をした誰かは口元に弧を描いて笑う。
「なーんだ、つまらない。あっさり信じてくれると思ったのにー」
野太い声が少し高い声に変わり、リヴは顔をしかめた。
擬態出来る魔族は一人しかいない。いつの間にホークの姿を見たのか。――どうやらこの変態魔族につけられていたらしい。
「俺の監視か? それとも殺しに来たか?」
「アピちゃんに嫌われたくないからそんな事しないよお。ボクだってたまには息抜きしたいのさ」
ふっふふ、と特徴的は笑い声をあげてホークの姿をしたティールは家と家の隙間に入り、元の姿で現れた。露出が多いのは変わっていないが、角は生えておらず、地に足をつけており人間の姿に擬態している。
「街がでかければでかい程、人間の醜さが浮き彫りになる。このモネっていう街も本当に愚かな人間達の集まりだ。ホロン町はのどか過ぎて退屈しちゃうんだよお。ボクを怖がる姿を見るのは好きだけどねえ」
「流石魔族。悪趣味だな」
ティールはリヴを爪先から頭までジロジロと見る。彼の腰や胸元など至る場所に武器が備え付けられている事を確認しニヤニヤと笑う。
「アピちゃんを殺せると思っているの? 本当に愉快だね。暗殺出来なかった絶望の中で死んでしまえば良かったのに」
「お前に何を言われても何とも思わない」
リヴは少しも感情を動かさずに歩き続ける。ティールも自分が暗殺対象だと気が付いているだろう。だからリヴの前にも姿を現す。
ティールはアピがお遊びに飽きたらリヴを殺すつもりだろう。ただの暗殺者だと思って侮っている。
(……侮っているのならばそれがチャンスだ。その隙を突いて必ず殺す)
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