金眼のサクセサー[完結]

秋雨薫

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6 永劫回帰

500年前の愛

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***

 遠い昔だ。もう誰も知らないこのマカニシア大陸の出来事。歴史書にも残されていない自分だけの記憶。
 あの森はあんなに淀んでいなかった。新緑から零れる木漏れ日が心地よくて、とても好きな場所だった。
 敵から受けた傷により、瀕死の状態の時に彼女と出会った。もう死ぬしかない自分に彼女は必死で看病をしてくれた。
 動ける状態ではなかったので、彼女の看病をずっと受けていた。彼女は不器用なのか、よく包帯を巻きすぎて口元まで覆うので何度窒息死しそうになった事か。
 彼女は忙しい身だったのでそう頻繁には訪れなかったが、合間を縫って会いにきてくれた。
 彼女とは敵同士だった。この傷を付けたのは彼女だ。だが、ひょんな事から助けられ介抱を受けていた。今考えてもおかしな話だ。哀れな男の境遇を知り同情をしたのだろう。グルト王国次期国王だというのに、おせっかいな女だ。

「君も知っているかと思うんだけれど、私は男として育てられてね。はは、表面上は男に偽っても身体は変わる事はないというのに」

 彼女はよくそう言っていた。この時代では男が国王になるべきという風習があった為、女しか産まれなかったグルト王国では末っ子の彼女が男として育てられたそうだ。グルト王国の風習は良くも悪くも今も変わっていない。それに彼女は苦しめられた。

「もし君と会っている事が知られたら私はどうなるのだろうね。死罪か? 次期国王にしたいが為に男として育てたというのに、こんな結末になったら父はどう思うだろうか? ……うん、姉達には迷惑をかけてしまうかもしれないね」

 彼女はいつも姉達を気にかけていた。剣の技術は群を抜いており、男の自分でも打ち負かされた。何もかも持っていた彼女であったが、数え切れぬ程の苦悩があった。

「私は英雄として国民達の為に戦ってきた。私の存在は国民にとってかけがえのないものだと思う。……自分で言うのもなんだけどね」

 彼女は短く整えられた黒髪をいじりながら笑う。よくこちらの長い髪を見て綺麗だと言っていたので、きっと伸ばしたかったのだろう。
 彼女はふとこちらに視線を映し、頬に手を伸ばしてくる。

「でもね、私も英雄としてではなく、一人の女として生きたいと思ってしまったんだよ。それも全て君のせいだ」

 いけない感情だ。彼女はグルト王国次期国王であり、こちらは暗殺しようとしていた男だ。結ばれるわけがないのだ。それでも、彼女の伸ばされた手を振り払う事が出来なかった。

「この森の奥にある村で穏やかに一生を過ごしたいよ。ねえ、××。君は私と一緒に生きたいと思わないかい?」

 生きたい、と簡単に言えてしまったらどんなに楽だった事か。軽々しく言える程、彼女との立場も国も違う。それは勿論彼女だって自覚している。やや顔を伏せて悲しい表情を見せないようにする。

「……すまない、君を困らせるつもりはなかった」

 少しの沈黙の後、彼女は自分の荷物を漁り、中から大きなキャンバスを取り出した。そして筆やパレットを手際よく出していく。突然の行動に戸惑っていると、彼女は悪戯っ子のように笑う。

「今日来たのはね、君の肖像画を描きたくて来たんだよ。私は絵も得意なのさ、意外だろう? この絵を英雄ヴィクトールとして遺したいと思ってね。ああ、大丈夫だよ。君と分からないくらいには顔を変えるしさ。君の出で立ちの方が英雄らしいから後世に残るのは君のような男の顔が良いよ」

 更に困惑して拒否をするが、彼女は強引にスケッチを始めた。決めたら強情なところがあるので説得は不可能だと諦め、素直に従う事にする。
 しかし、いくらこれが英雄の肖像画だと言っても、他にも残っているはずだ。その疑問を投げかけると彼女は儚く笑った。英雄だと称賛される彼女――ヴィクトールだとは思えない笑顔だ。

「私の肖像画は全て燃やしてしまった。私は後世まで語り継がれるべき存在ではない」

 それは敵の自分を愛してしまったからなのか、女として生きたいという思いを抱いてしまった為か。それはきっと自分のせいだ。彼女の秘められた想いを解き放ってしまった。
 彼女を抱き寄せると、小さな身体は震えていた。この身体に、一国の重圧を背負わされている。自分はどうする事も出来ないのだ。

「愛しているよ××」

 俺もだよ、ヴィクトール。
 500年経っても、この気持ちは変わらない。


***


 エダは城の屋根の上で目を醒ました。夜空を見ていたらそのまま眠ってしまったらしい。
とはいえ、人間や動物のような休眠ではない。この形態を保っているのは随分と気力を使う。それなので突然ぷつりと意識が途切れて何日も眠っている時がある。
 随分と懐かしい夢を見た、とエダは自分の胸に手を当てて口元に弧を描いた。空は陽が昇っているようだが一面曇り空だ。数時間寝ていたというわけではないはずだ。一体どれくらい眠っていたか分からないので誰かに聞こうと思い屋根を突き抜けて城の中へ入ると、様子がいつもと違う。
 兵士や給仕達が城の中を慌ただしく動いていた。誰もが焦燥の色を帯びている。グランデルの裏切り以上の喧騒に不思議に思いながら辺りを見回すと、兵士達に指示を出すアリソンの姿があった。
 まだ幼さのある顔には鬼気迫るものがあり、苛立ちと戸惑いを感じさせた。いつもの調子でいって良い雰囲気ではなかったので、アリソンが一通り指示を終えて一人になった時に空中から姿を見せた。

「やっほーアリソン王子! 何だか騒がしいね」
「え、エダ!! 何処に行っていたんだよ!! もうグルト王国は大変で――」
「んんー? ……あれ? リィとアメルシア王女は?」

 兵士達の前では顔を引き締めて命令をしていたが、エダの顔を見た途端涙目になって子供のような表情になる。姉のアメリーではないのにここまで自分の心を見せるという事は相当参っているようだ。
 弟が切羽詰まった状態ならばアメリーが側にいそうなものだが、とエダが姿を探そうとふわりと高く飛ぼうとした時、アリソンが堪えきれずに涙を流した。

「攫われたんだ!! 昨日二人が城下町へ行ってから全く戻って来なかったから行ったとされる酒場へ行ったら女主人が倒れていて……! 重傷だったけれど命に別状はなかった。涙ながらに証言してくれたよ。二人を攫ったのはカリバンだって!!」
「――!!」

 流石のエダも笑みを消してしまった。二人が捕まってしまった。リィがいながら攫われてしまったのは、相手が何枚も上手だったのだろう。自分が寝ている間にそんな事になっていたとは、とエダは袖の中で拳を握った。

「父上の暗殺未遂やググ村の襲撃もほぼカリバン王国で間違いない! これから父上自らカリバンへ向かうんだ。僕はその準備に忙しくてエダに構っている場合じゃない!」

 アリソンは姉が攫われた事で冷静さを失っているようだった。兵士達の前では取り繕っていたが、エダの前で心配の思いが爆発してしまったようだ。
 頭の回るアリソンが感情のまま動いては悪い事が起こる。そう思ったエダは彼を宥めようと長い袖で隠れた手で頭を撫でる仕草をした。

「――まあまあ、アリソン王子。あんまり焦ると大切な選択肢を誤るよ。アメルシア王女は殺されないだろう。きっとグルト王国の魔力を求めているからね」
「グルト王国の魔力!? 何でそんな物を――」
「グルト王国だけじゃない。エンペスト帝国の魔力もだよ。彼等の実験に必要な物だからさ」
「実験って――」

 アリソンが何か言いたげにこちらを見上げる。どうしてそんな事を知っているのか、と聞きたいのだろう。エダは以前必要以上の事を聞くなときつく言ったのでそれが影響しているようだ。
 申し訳ないが、真実をアリソンに伝える気はない。エダはいつもの笑顔で本心を隠す。

「多分、カリバンは歴史を繰り返そうとしている。リィの金眼を使っ、て――」

 話している途中、一瞬だけ意識が飛んだ。浮いていたエダの身体は重力に従い落ちかけるが寸でのところで意識を取り戻して体制を整えた。
 目眩のようなものを感じる。この身体になってから初めての事だ。頭を押さえて目眩に耐えていると、アリソンが心配そうに近寄って来た。

「ど、どうしたのエダ!!」

 これ以上アリソンの心配要素を増やしてはならない。彼には国を守る為に冷静な判断をしてもらわないといけないから。エダは頭から手を離すと、舌を出しておどけて見せた。

「冗談だよ!! あっははははは驚いた!?」
「も、もう! びっくりさせないでよ!!」

 アリソンは眉を吊り上げたが、安堵しているようだった。涙も引っ込んだので大分気持ちが落ち着いたようだ。14歳の未熟な王子に、エダはニコリと微笑む。

「アリソン王子。これから厳しい事態になると思う。君は自分の命を大切に行動して。君の周りには味方がたくさんいるのだから。――じゃあ、俺は俺のやる事をしようかな」
「エダ、何処に行くの?」
「リィを迎えにね!」
「えっ……危険じゃない!?」
「何を言っているんだ、アリソン王子! 俺には誰も触れないんだ。命を奪われる事なんてない!」

 でも、とアリソンは言葉を詰まらせる。得体の知れないエダに心配してしまう優しい少年に、遠い昔の彼女の影を見たような気がした。

「戻って来るよ。リィとアメルシア王女を連れてね!」
「エダ! 戻って来たらこの世界の歴史について詳しく教えてよ! エダしか知らない事があるんでしょ? 正史として後世に語り継ぎたいんだ!」
「ああ、約束するよアリソン王子!」
「……絶対だよ」

 エダは変わらない笑顔で頷くとふわりと浮いてグルト城を抜け出した。
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