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ひねくれ姫様

とはもう呼ばせない

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「ひ、日暮さんごめんなさい!!」
「もうしませんので許して…!」

 土日を挟んで週明けの月曜日。ホームルームが始まる前の日暮の席には、新藤明美と城川緑が来ていて、必死に謝罪をしていた。日暮はその二人が頭を垂れる様を怪訝な表情で見ていた。
 その二人の背後にいるのは元副総長であり、学園のマドンナの三岳あやめ。三岳は笑顔で二人の頭を掴み、無理矢理頭を下げさせていた。

「ごめんね、日暮さん。この馬鹿二人にはあたし…私がきつく言っておいたから…」
「もういい。怒っていないから止めてあげて」

 日暮が素っ気なく言うと、三岳は二人を解放した。二人は何度も日暮に頭を下げて謝罪をし、逃げるように教室を出て行った。三岳はクラスメイト達に気付かれないように一瞬だけ鋭く二人の背中を見たが、すぐに表情を戻して日暮に申し訳無さそうに眉を下げた。

「日暮さん、私の秘密を守っていてくれてありがとう。それなのに、こんな事をしてしまってごめんなさい…」
「いい。別に話す事ではないと思ったし、話す友達もいないし」

 日暮はいつもの仏頂面だ。だが、少し前より柔らかくなったような気がする。日暮の表情を見て、三岳は俺がちゃんと何かをしたのだと悟った。少しだけ憂いを帯びた表情をしながらも、三岳は日暮に微笑みかける。

「ねえ、日暮さん。今更だけれど、友達にならない?私も本好きなんだ。おススメの本教えてくれる?」
「…うん」

 日暮は真一文字になっていた口元を僅かに緩めた。友達はいらないと言っていた日暮。そんな彼女が俺以外の人に心を開いた瞬間だった。
 そして日暮の冷たい心を溶かす事に成功した俺はというと――

「ぐふふふふ」

 友達が出来た瞬間を遠目で見て一人笑っていた。
 俺が今まで努力してきた甲斐あって日暮に友達が出来た!こんなに喜ばしい事はない!!

「朝から気持ち悪いぞ、笑」
「これが笑わずにはいられるかよぉ!なあ、如月!」

 如月には、メールで日暮と仲直りした事、そして笑顔を見た事を報告してある。如月は最後まで日暮が笑顔になった事を疑っていたが、今日の様子を見て嘘では無い事を悟ったようだった。
 隣の席の山田が、くりくりとした目を細めて俺に笑い掛ける。

「皆塚、元気を取り戻したんだね。良かった」
「お前のお陰だよ山田あああ!お前がいなかったら俺は一生どん底生活を送っていた所だったよおおお」
「大袈裟だな…」

 おいおいと泣いたフリをする俺にどん引きしながらも、それでも「良かったな」と言ってくれた。
 山田は影が薄いけれど、本当にいい奴だあ…!

「まさか本当に笑が日暮の笑顔を引きだすなんて思わなかったよ。絶対に心打ち砕かれて泣き寝入りすると思っていたから」
「そんな事を言って!如月は素直じゃないんだから!」
「はあ…有頂天な笑、面倒くさい」

 呆れた様子だが、如月の口角は上がっていた。毒舌で容赦ないところがあるが、俺の事を思ってくれている大事な親友だ。この関係は、ずっと続くのだと思う。

「…でも、やっぱり信じられないな。本当に日暮はお前に微笑みかけたのか?」
「あったり前よお!!俺の心のシャッターで日暮の笑顔をばっちり撮っているぜえ!!」
「信用ならん」
「な、何だとう如月ぃ!じゃあ見ていろよ!日暮が今から俺に微笑みかけてくれるところを!!」

 そう言うと、俺は日暮の元へ向かった。三岳とは話が済んだようで、一人本を読んでいる。「日暮!」と俺が名前を呼ぶと、日暮はゆっくりと顔を上げた。今まで氷の冷たい表情だった。でも、今は無表情ではあるが色を帯びている。そんな日暮に、俺は両手を差し出した。

「スマイルください!!」
「やだ」
「何で!!?」

 まさか断られるとは思いもしなかった俺は素っ頓狂な声を上げた。
 あれ、おかしいな!?もしかして誰か俺のリセットボタン押した!?ちゃんとセーブしてよ!!
 混乱している俺を見て、日暮はクスリと笑った。

「相変わらず。変な人」
「!!!」

 リセットボタンなんて、誰も押していなかった。日暮の笑顔は、確かにそこにある。俺が取り戻したなんて言うとおこがましいけれど、俺が少しでも日暮の笑顔を取り戻すきっかけになったのなら、とても嬉しい。
 ひねくれ姫が笑った事により、クラスメイト達がざわめく。ひねくれ姫は――いいや、日暮美姫は、晴れやかな笑みを見せてくれた。

「日暮の笑顔はやっぱりいいな…!」

 日暮の笑顔を見ていると、気持ちが高揚して鼓動が早くなる。この感覚は、どうして起こるのか分からなかったけれど、嫌な感じはしなかった。その気持ちの答えを知るのは、大分先の話だ。

 これは、笑顔が取り柄の男の皆塚笑が、一切笑わない事からひねくれ姫と呼ばれていた日暮美姫の笑顔を取り戻す話だ。
 悲しい過去は、どう抗っても変えられない。でも、笑顔を取り戻した日暮の未来はきっと希望に満ち溢れたものだ。
 
 一番好きな表情は笑顔だ。まあ、ほとんどの人が好きだと思うんだけど、とにかく俺は好きなんだ。
 だって、笑うっていう事は幸せだっていう意味だと思うから。
 だから、さあ、一緒に笑おう――!!



―うちのクラスのひねくれ姫・完―
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