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ひねくれ姫様
の過去と真実
しおりを挟むそして放課後になった。俺にもう迷いは無かった。俺は如月が指定した四階にある空き教室へと向かった。空き教室は、今は余った机と椅子を置くだけの場所になっている。俺は教室の中に入った。まだ誰も来ていないようだ。俺は机の上にある椅子を一脚下ろしてそこへ座って待つ。
俺の心臓は激しく脈打っていた。俺が知りたかった事が、ここで明らかになるのだ。例えどんな結果が待っていようと、俺は絶対に後悔しない――!
そう思っていると、如月が中に入って来た。如月は緊張している俺とは正反対で、いつもの澄まし顔だ。
「早いね、笑」
「そりゃあな!いてもたってもいられないし。むしろ一限目からここで待っていたいくらいだったぜ!」
「それは止めてくれ。先生に迷惑だ」
如月は俺のように座ったりせず、机に寄りかかった。如月が何かを話す雰囲気ではない。如月はドアへ目を向けている。きっと、待ち人が全てを話してくれるのだろう。
一体、誰が来るんだ…?如月と何か話すわけでもなく、ただ無言で誰かが来るのを待つ。俺がこんなに静かなのも珍しいかもしれない。如月も静かな俺にちょっかい出す事も無かった。
一体、どれくらい待っていたのだろう。多分数分なのだが、俺には随分長く感じられたが、ゆっくりとドアが開かれた。俺は生唾を呑もうとして、変な所に入ってむせてしまったが、中に入ってきた人物を見て、更にむせてしまった。
「み、三岳?」
中に入ってきたのは、学園のマドンナ三岳あやめだった。黒髪に茶色のカチューシャをした清楚で可愛らしい姿は相変わらずだ。だけど、表情はいつものふんわりとした笑顔を浮かべておらず、真顔だ。今朝見た三岳の表情そのままで、俺は少しだけ気圧されてしまう。いつも笑顔を見せている人の真顔ほど怖いものはない。
でも、一体どうして三岳がここに?と思っていると、隣にいる如月が口を開いた。
「さあ、笑に話して。日暮がどうして笑を拒絶するのか」
「え…?」
如月の言葉に、俺は驚愕した。関係無いと思っていた三岳が、全てを知っている?一体、どうして。戸惑う俺を前にしている三岳は、こちらに向けて笑顔を見せた。いつもの笑顔のはずなのに、この状況で笑われると怖い。三岳はしばらく黙って俺に微笑みかけていたが、ようやく口を開いた。
「…皆塚君には知られたくなかったんだけれど、迷惑をかけたなら、説明しなくてはいけないね」
「ど、どういう事だ?三岳――」
聞き掛けて、俺はハッとした。山田が言っていたが、日暮は休む前日に三岳の連れていた二人と話をしていた。もしかして、それが関係しているのか?それが日暮の心を閉ざす原因だとして、三岳が知っているという事は――
「とりあえず、元凶の二人を連れて来たから、説明させるね」
三岳はそう言うと、扉を開けて外にいた二人に中へ入るよう促した。入ってきたのは、勿論金髪ポニーテールと黒髪ショートカットの女二人だ。二人とも、何故か怯えた表情で三岳を見つめている。三岳は、笑顔のまま。
「紹介するね。金髪ポニーテールの子が新藤明美、黒髪の子が城川緑だよ」
名前を呼ばれた二人は、ビクリと肩を震わせた。二人とも目がつり上がっており、とても強気そうな女だと思っていたが、どうしてこんなに怯えているんだろう。まるで、三岳を恐ろしいものを見るかのような目で見つめている。
「さあ、二人とも。あなた達がやった事を皆塚君に話して?」
「あ、でも…」
「いいから。私の事を含めて言いな」
金髪ポニーテールの新藤明美が何かを言いかけたが、三岳の有無を言わさない言葉に、小さく悲鳴を上げた。そして、せわしなく目線を泳がせながら口を開く。
「あ、あたしは…あたし達は、あやめさんが皆塚笑の事を気に入っているって知っていたから、最近話している日暮美姫が邪魔だと思って…話をしたんです」
「…俺?」
突然自分の名前が出て来たから、驚いた。三岳が、俺を気に入っている?それは嬉しい事だが、確か三岳は日暮と友達になりたかったんじゃなかったっけ…?
新藤明美の言うお気に入りの意味が分からなくて、俺は首を捻る。何故か如月が盛大な溜め息を吐いた。三岳は少しだけ頬を引きつらせながらも、「何の話をしたの?」と先を促す。すると次は黒髪ショートカットの城川緑が怯えながらも口を開いた。
「…皆塚笑に近付くなって言ったんです。あやめさんに悲しむ思いさせるんじゃねえって」
「それだけ?」
「それで……軽く突き飛ばしました。そうしたら、日暮美姫が急に怯えて、逃げ出したんです。それから皆塚笑には近付いていないようだったから、あやめさん喜ぶかなって」
「……」
三岳は微笑んだまま、二人に視線を送る。訳の分かっていない俺と、それを傍観している如月。三人を見守っていた時、三岳は大きく息を吸うと――
「てめ―――らあああ!!自分が何をやったか分かってんのか――!!!」
教室中に響き渡るドスの利いた声で叫んだ。三岳に凄まれ、新藤明美と城川緑は「すすすすみません―――!!」と泣きながら思い切り謝った。
俺の鼓膜は、三岳の怒鳴り声によって完全に持って行かれた。すごく耳キーンってなっている。如月はそれを見越していたのか、両手で耳を覆っていた。
そして目の前の光景が理解出来ず、俺は混乱する。日暮の真実を知ろうと思ったら、二人が怯えていて、三岳が怒鳴って、謝って……?
三岳は学園のマドンナ。清楚でおしとやかで優しい。そんな子が、ガラの悪い女二人に凄んで怯えられている…。
え、何、これどういう状況?これはファンタジーな俺の夢?そう思って自分の頬を抓ってみたが、すごく痛い。つまり、これは夢じゃない。
三岳はヒートアップしていて、二人の胸倉を両手を使って掴んでいる。
「あたしはこういう陰湿な行為が嫌いだって知っているよな―――!?じめじめしやがってなめくじかお前ら!あ―――ん!!?」
「だ、だってあたしら、副総長としての地位を捨てたあやめさんには幸せになって欲しかったから…」
「そうですよ…!総長と権力争いはしたくないって潔く身を引いたあなたに、あたし達は憧れていたからここまでついて来たんです!!全てはあなたに幸せになってもらう為に!!」
「だからっていじめみたいな事してんじゃね―――よ!!」
俺と如月からは、三岳の背中しか見えないが、めちゃくちゃ怖い。チビリそうな勢いだ。――というか、今結構重要な話が出ていたような…?三岳の豹変振りを見ても少しも動揺しない如月が、俺に聞こえるくらいの声で言う。
「皆塚は知らないと思うが、三岳は県外で有名な暴走族の副総長だったんだ。これを知っているのは、多分同じ学校だった俺と日暮だけだと思う」
「そ、そうなんですかあ…」
あまりの恐怖で敬語になってしまった。ファミリーレストランで日暮と話をしていた事を思い出す。噂になっていた暴走族の総長の妹の話しの時、日暮は含みを持たせていた。日暮は、三岳がその妹だって知っていたんだ…!一瞬日暮なのかな、と思ったりしたけれど、予想外の真実だよ!!
チワワのように身体を震わせていると、三岳がこちらを振り返った。俺は思い切り肩を跳ね上げた。しかし、三岳の表情はいつもの優しいものだ。…乱暴に二人の胸倉を離した姿を除けば。
「皆塚君…ごめんね。うちの連れが迷惑な事をして…。日暮さんに謝るようきつく言っておくから…」
「あ、ああ!ありがとう三岳!」
緊張でどもってしまったが、俺が(引きつっているが)笑顔を見せると、三岳は安心したように微笑んだ。
「私ね、暴走族にいたんだけれど、嫌になって県外にあるこの高校にしたの。私の過去を誰も知らない場所へって思ったんだけれど…如月君と日暮さんも一緒だったからびっくりした。…二人とも、言いふらすような人じゃなかったから安心したけれど」
「まあ、俺には関係無いからね」
元副総長を前にしているというのに、如月は怯えもせず堂々と毒舌を言う。お前のそういう命知らずな所、本当にヒヤヒヤするよ俺は!!
しかし、三岳はそれに気分を害した様子も無く、話を続ける。
「私は、日暮さんと仲良くは無かったんだけれど、中学時代はとても笑う子だったんだよ。今じゃ想像出来ないかもしれないけれど…」
「そ、そうなのか?」
意外な事実に、俺は三岳を恐れていた事も忘れて聞き返す。
日暮が笑う所が想像出来なかった。てっきり俺はずっと笑った事が無いと思っていたんだが…流石にそんな人はいないか。
「日暮さんには親友が一人いたの。いつもその子といて、楽しそうだったよ。――でも」
三岳は悲しそうに目を伏せた。
「親友の子の好きな人が、日暮さんに告白をしたの。日暮さんは断ったようだったんだけれど、それから二人の溝が深まっていって――それが原因で、親友だったはずの子からいじめに遭うようになってしまった」
「…そんな!」
俺は驚愕した。親友だった子をいじめるなんて、どういうつもりなんだ。俺には全く分からない。それに日暮は何もしていない。親友の好きだった子が日暮に好意を抱いていただけで――
「それから、日暮さんは笑顔を見せなくなってしまった。親友の子にこう言われたみたい。“あんたが笑顔であの人をたぶらかしたんでしょう。私にその憎たらしい笑顔を二度と見せないで”って」
「…!!」
日暮が笑わない理由が、やっと分かった。日暮は、親友から言われた心無い一言で、笑顔を失ってしまったんだ。必要ないと言っていたのは、人を遠ざけようとしたのは、もう自分を傷付けない為。
「そして、今回。この馬鹿二人のせいで同じ体験をしてしまった日暮さんは、皆塚君に心を閉ざしてしまった」
「同じ、経験…?」
「…笑。相変わらず鈍感だな。また今回も色恋沙汰で責められたから、日暮は怖くなってお前から距離を取ったんだ」
「色恋沙汰…」
如月に呆れたように言われて、俺は首を捻る。一体、何処の場面に色恋沙汰があったのか。理解していない俺に、三岳は頬を赤らめ、衝撃的な事を言ったのだ。
「私が、皆塚君の事を好きだから、だよ」
「え…?」
俺の思考が停止した。え、今三岳何て言った?俺を好き?……え?
「ええええええ!!?」
俺は顔を真っ赤にしながら絶叫した。学園のマドンナが俺を好き!?有り得ないだろう!!だって俺はテンションが高いだけの馬鹿だし、三岳が好きになる要素なんて何処にも…!
動揺している俺を見て、三岳は恥ずかしそうに笑う。
「とても元気で明るくて、うちのクラスの太陽みたいな存在で、とても憧れていたの」
「そそそそそそ、そんな…!」
顔を真っ赤にしてうまく言葉が出せなくなってしまう俺。だって告白されたの初めてなんだもん!色恋沙汰ってこういう事か!三岳が俺の事を好きだから、あの二人が日暮に俺に近付くなって言ったわけで…!
ここまで考えて、俺はある事に気が付いた。
「…もしかして、日暮は三岳の指示でそこの二人が脅したと思っているんじゃないか?」
「え?」
三岳は予想だにしていなかったのか、目を丸くさせた。
「こうしちゃいられない…!それは誤解だって日暮に言わないと!」
「あ、皆塚君待って!」
教室を飛び出そうとした俺の腕を、三岳は慌てて掴んだ。痛い!どんな握力をしているんだ三岳!!涙目で苦しむ俺に気付かず、三岳はいつもの優しい笑顔を見せる。
「私の事はいいの。結局は私のせいで起こってしまった事だから。日暮さんには私が謝る。それより、日暮さんを笑顔に出来るのは、きっと皆塚君だけだよ。日暮さんは土手沿いを歩いているだろうから、そこへ行ってみて」
「…!ありがとう、三岳!」
三岳は昔やんちゃをしていたのかもしれないが、優しさは普段通りのままだ。きっと、それはずっと変わっていない。俺が礼を言うと、三岳は笑みを浮かべて手を離した。
自由になった俺は教室を飛び出した。――日暮に会う!!そして、俺の思いを伝えるんだ!!
「…いいの?三岳。何も言わなければ、笑は日暮の元へ行かなかったのに。いずれ、笑はきっと――」
「いいの。私は、皆塚君が笑顔でいる事が大切なんだから」
如月の言葉に、三岳が泣きそうな笑顔でそう言ったのは、飛び出した俺には聞こえなかった――
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