月と奏でて・2

秋雨薫

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1 騒がしい夏祭り

見覚えのある黒

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 奏がミツキに花火を見せたがっている時、引っ張られながらもミツキの口元は緩んでいた。
 奏が見せたがっている花火とは一体どんなものなのだろう。奏に出会ってからたくさんの事を知った。毎日が新鮮で、いつの間にか日々を楽しんでいる自分がいた。楽しい。そんな事を思えたのは何時ぶりだろうか。
 そして何より、隣に奏がいたから、ミツキの日々は輝いていた。
 この光を、絶対に手放したくない。前の奏を見ながら想う。出来れば、このままずっとここにいたい。

(奏と一緒にずっと――)

 しかし、その想いは1つの黒によって簡単に打ち崩される。ふと、奏から視線を外した時だった。

「……!!」

 ミツキの目が、見開かれる。
 偶然に見た風景にいるべきではないもの。吸血鬼は異様に視力がいいので、見間違えではない。
 10メートル先の人混みの中で、見覚えのある長い黒髪が、ゆらゆらと揺れていた。
 鼓動が重く鳴る。ミツキの目は、長い髪を1つに束ねた男の後頭部に釘付けになっていた。男が歩を進める度に、長い髪が揺れる。
 心臓を締め付けられたような気がして、ミツキは苦痛の表情で自分の胸ぐらを掴んだ。

(どうして、こんな所にミナトが――!)

 間違うわけがない。あの男は、兄のミナトだ。

『もう見つけてしまったと思っている』

 カンナの言葉が、脳裏をよぎる。ミツキがここにいるのを知って、探しているのだろうか。
 心臓の音がやけにうるさい。そして、ハッとした。

(待て、今会ったら確実に奏と……)

 奏とミナトが出会ってしまう。それをどうしても避けたくて、奏に無理のある誤魔化し方をして、彼女を置いて来た。
 人混みを避けながら、ミツキは進む。途中で人とぶつかっても構わなかった。その目線の先には兄の姿。
 数メートル先の後頭部から目を離せないでいた。兄だと証明する長い髪が、揺らめいている。

「………っ」

 数メートルの距離がもどかしい。ミツキは必死で追いつこうとしているのに、人混みのせいで上手く前に進めない。
 追い付いたらどうしようとは全く考えていなかった。見つかったら家に戻されるかもしれないのに。
 しかし、ミツキの背後には奏がいた。奏を危険な目に遭わせるわけにはいかない。その思いだけで、ミツキは兄を追っていた。
 兄は相変わらず、ゆっくりと歩を進めていた。背後にミツキがいるのを気付いていないのか、こちらを振り返る気配はない。

「………ミナト!」

 堪らず、ミツキは兄の名を呼ぶ。これくらいの距離なら聞こえるはずだ。しかし、ミナトは振り返らない。特に反応も示さなかった。
 一瞬、ミナトではないのかと思ったが、見間違うわけがない。
 先ほどから全く距離が縮まらない。この数メートルの間が縮まる事なんてないんじゃないかと思い始めた頃——
ミナトが、動いた。真っ直ぐ歩いていたのだが、突然進路を変え、大きく左に反れた。

「……!」

 僅かに見えた横顔。それは間違いなく、ミナトのものだった。冷たい赤い瞳。真っ直ぐに結ばれた口。
 それはミツキが最後に見た兄の顔と同じだった。その瞳が、一瞬こちらを見たような気がした。
 ミツキの心臓が、嫌な音を立てた。無意識に足も止まる。

(目が……合った?)

 しかしミナトはすぐに目を逸らし、目の前の神社の石段をゆっくりと上っていく。

(気付いていない? ……それとも、誘っている?)

 兄の視線1つで、酷く動揺してしまう。何か思惑があるのではないかと疑ってしまう。
 脳裏に甦る、ミナトの記憶。冷たい瞳、つり上がっている口角、その手に持つのは……父を殺した銀のナイフ。
 心臓の音がうるさい。例え誘っているとしても、これが罠だとしても。ミツキは奏の顔を思い浮かべる。

(今の俺には、守るべき人がいる。奏を失うわけには……いかない)

 ミツキは石段の前に立つ。この上には、きっとミナトがいる。

「………」

 ミツキは真っ直ぐに前を見据えると、石段に足をかけた。

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