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1 騒がしい夏祭り
佐々等とカンナの夏祭り
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「和希くーん! こっちこっち~!」
カンナは人混みを器用にすり抜けながら後方にいる佐々等に向けて手を振る。
「カ、カンナちゃんちょっと早いぞ!」
佐々等は人混みにもみくちゃにされてひいひい言っていた。
カンナは小さいから狭い隙間もひょいひょいと行けるが、佐々等は身長の高い男子高校生。
上手く人の間を縫う事が出来ずに何度もぶつかる。
「カンナちゃ~ん!」
佐々等が情けない声を上げると、カンナはようやく足を止めた。
「もうっ和希君遅いなぁ! 早く来ないと迷子になっちゃうよ?」
カンナは佐々等の元に戻ると、小さな手で大きな手をギュッと握った。
「これで迷子にならないよ!」
「おお、ありがとう! カンナちゃんの手、ひんやりして気持ちいいな!」
「えへへ、和希君の手は暖かいね!」
笑い合う二人は本当の兄妹のようだ。佐々等は顔をくしゃっとさせて笑った。
「何だか妹が出来たみたいだ!」
本当は佐々等よりも遥かに年上なのだが、今ここにその事実を知っているのはカンナしかいない。
そんなカンナは、佐々等と繋ぐ手を大きく揺らした。
「うふふ! 和希君って兄弟っているの?」
「ああ、兄ちゃんが一人いるぞ!」
「私とミツキ君と一緒だね! 私達にもお兄ちゃんがいるんだよ!」
「そうなのか!? カンナちゃんのお兄ちゃんはミッキーにそっくりなのか?」
「……うん、そっくり!」
一瞬、カンナの瞳が鈍く光る。口元は子供らしく笑い、目は獣のように鋭くさせ。
少女らしからぬ表情に、屋台をキョロキョロと見渡している佐々等は気付かない。
「そうかぁ~! ……あ、カンナちゃん何か食べるか?」
「うん、あんず飴食べ終わってからね~!」
カンナはすっかり小さくなったあんず飴をペロリと舐めた。
「じゃあ俺はチョコバナナを食べようかな!」
そう言って佐々等は屋台でチョコバナナを買う。人が並んでいなかったので、すぐに買うことができた。
「うーん、美味い! やっぱりお祭りといったらチョコバナナだよな~!」
チョコバナナを頬張りながら幸せそうに顔を緩める佐々等を見て、カンナの疑心が少しだけ揺らぐ。
(ミツキ君が言うように、この子は本当に単純馬鹿だ。ミツキ君や奏ちゃんになついているみたいだから……二人が危険な目に合うのは嫌だよね?)
「和希君。ミツキ君や奏ちゃんの事好き?」
「ああ、好きだぞ! 二人とはお互いを認めあったライバルみたいなもんだからな!」
ライバルかどうかは置いといて、佐々等の笑顔に嘘はないように見えた。
こうも天真爛漫な所を見せられると、疑っているこっちが恥ずかしくなってくる。
ニコニコ笑いながらチョコバナナを食べる佐々等が、ミナトと協力するのだろうか。
「あ、カンナちゃん。射的があるぞ! 何か取ってやるよ!」
そう言って佐々等が指を差した所には射的の屋台が。
小さいお菓子の箱から大きなぬいぐるみまで様々な種類の景品が置かれている。
「うん、取って取って~!」
カンナは無邪気な子供を演じる。佐々等に隙を見せないように。
屋台のおじさんに金を払い、佐々等は銃を受け取る。玉は三発。
佐々等は棚に肘を置き、銃を構える。佐々等は少しだけ顔を上げて、隣にいるカンナに微笑みかけた。
「カンナちゃん、どれがいい?」
「んー……あの大きいの!」
カンナが指を差したのは、景品の中で一番大きな熊のぬいぐるみだった。
佐々等は「よしっ!」と意気込むと、熊のぬいぐるみに銃口を合わせた。
一発目は熊の耳にかするが、びくともしない。
二発目は見事にお腹にヒットしたが少しずれただけ。
「難しいなぁ……」
「和希君下手くそ~」
「むー……」
カンナに茶化され、佐々等は眉間に皺を寄せる。
残りの一発。失敗は許されない。
「よしっ、本気モードになるぞ!」
佐々等はそう言うと、前髪に付いているピンを取った。
長い前髪が額にだらりと下がる。その瞬間、佐々等の柴犬のような真ん丸の瞳が瞼で半分覆われた。
「どうしたの和希君、ピンなんか取っちゃって!」
突然ピンを取って雰囲気が一変した佐々等に、カンナは目を丸くさせる。佐々等はへにゃりと力無く笑った。
「ピンを取った方が集中出来るんだよ……。眠くなるけど」
むにゃむにゃと言いながらまた銃を構える。前髪があった方が気になって気が散るはずなのだが、佐々等は特に気にした様子もなく、真っ直ぐと熊を見据えていた。
「ピンを取ったら大人しくなっちゃったね! もしかして二重人格?」
弾は熊の眉間に命中し、バランスを崩して後ろに落下した。
「……違うよ。前髪があると眠くなっちゃうだけ」
屋台のおじさんが悔しそうな表情で佐々等に熊のぬいぐるみを渡す。きっとこの店の一番高い物だったのだろう。佐々等はそれを受け取ると、すぐにカンナに手渡した。
「……プレゼントだよ」
「わぁっ、すごいよ和希君! まさか本当に取ってくれるなんて!」
カンナは、ぬいぐるみをしっかりと抱き締めて、ぴょんぴょんと跳びはねる。
「……せっかく一緒に回るんだから、これくらいしてあげないとね」
「えへへ、ほわほわ~! ありがとうね、和希君!」
礼を言われた佐々等は、目を細めて微笑んだ。
片手で熊のぬいぐるみを抱き、反対の手で佐々等の手を握る。
カンナの可愛らしい姿に、人々は振り返り、思わず「可愛い」と呟いてしまう人もいた。
そんな少女を連れているのが容姿が整った佐々等なので更に目立つ。
「みんなこっちを見てるよ! そんなに私達が珍しいのかな?」
「……きっとカンナちゃんが可愛いからだよ」
「えへへ。やっぱりそうだよね~!」
ころころと笑うカンナに、謙虚という言葉は存在しない。
「……こんなに可愛い妹のいるミッキーは幸せ者だな」
「でもね、ミツキ君ったら私に冷たいの! 奏ちゃんにはあんなに優しいのに!」
カンナはぷくりと白い頬を膨らませる。その姿も愛らしく、佐々等は思わず笑ってしまう。
「……そうなの? ミッキーはカンナちゃんを大切に思っているように見えたけど」
「そんな事ないよ~! 私の事、邪魔者扱いしたりするんだよ? 酷くなーい?」
「……そうだね」
佐々等は眠そうに返事をする。カンナは不機嫌そうな表情を見られまいと、熊の頭に顔をうずめる。少し長い毛が頬をくすぐった。
話が途切れ、黙って歩いていた二人だったが、ふと佐々等が話を切り出した。
「……じゃあさ、もう一人のお兄ちゃんはどうなの?」
「………お兄ちゃん?」
ピクリ、とカンナの指が動いた。
「ミッキーとカンナちゃんのお兄ちゃん。その人は優しいのか?」
「……」
(ミナト君は優しいよ。私の話は聞いてくれるし、頼もしいし。………でも。)
先程頭を抱えるミツキを目の当たりにしてしまい、即答出来ない自分がいた。
「……あんまり優しくないみたいだね」
カンナの様子で察した佐々等が代弁する。眠そうに、淡々と。
そんな佐々等の表情を、カンナは見上げる。
ピンを取っただけで性格の変わる少年。裏表の激しい少年は、カンナの疑心を育てていく。
「………ねぇ、佐々等和希君」
カンナはやけに大人びた声で佐々等のフルネームを呼んだ。
「私、あなたに聞きたい事があるんだけど……」
カンナが不自然な理由をつけて佐々等と二人きりになったのは勿論理由がある。
それは、佐々等がミナトと通じているかを探る為。通じているというなら、すぐにでも佐々等をミツキから遠ざけさせる。
例え、遠ざける為に佐々等の命を危ぶめてしまう事になろうとしても、構わない。
(全てはミツキ君の………私達の幸せの為。
一人の人間がどうなろうと関係ない)
カンナの笑顔の裏に殺気が見えたのだろうか。佐々等は気だるそうな笑顔を引っ込めた。眠そうな茶色い目と視線が重なる。
「……俺も、カンナちゃんに聞きたい事があったんだよね」
「あれれ、奇遇だね~! 私達って気が合うのかもしれないね~!」
「……ちょっと場所を変えようか」
口元だけで笑うカンナの手を引き、佐々等は屋台が並んでいる道路を外れ、神社を訪れた。
二人で石段を無言で登る。メイン会場なだけあって人気が多い。屋台は少ないが、花火を見るのに絶好なスポットの為、場所取りをしている人が多々いた。
佐々等はカンナの手をしっかりと握り、人混みをするすると器用に抜けていく。
「……大丈夫?」
小さいから移動が大変だと思ったのか、佐々等が前を向いたまま尋ねる。 カンナは「大丈夫だよ~!」といつもの調子で返した。
「…この先、木々が生い茂っていて人通りが少ないんだ」
「そうなんだ~!」
つまり、人前で聞けるような話ではないと。笑顔の裏で冷静に分析する。
佐々等の言う通り、木の生い茂った道に入ると、人気はすっかりなくなっていた。
「……ここら辺でいいかな」
しばらく歩いた所で佐々等は足を止めた。
「こんな人気のない所まで来て、私に何するつもり~?」
遠くで人々の楽しむ声が聞こえる。人が全くいない神社の外れは、疎外感を感じさせた。
佐々等はカンナに背を向けたまま、答えない。
繋がれたままの手から佐々等の体温が伝わってくる。
「私に手を出したら、ミツキ君が黙っていないよ~?」
返事を待たずにカンナが頬を膨らませながら言うと、佐々等はゆっくりと振り返った。最初に会った時と同一人物とは思えないくらい、冷めた瞳でカンナを見つめる。そして佐々等の形の良い唇がゆっくりと動いた。
「………君、吸血鬼でしょ?」
カンナの手を握る力を込める。まるで、カンナが逃げるのを阻止するかのように。しかし、カンナは逃げるつもりはない。むしろ、同じように手を握り返した。
「えぇ~? 何でそんな事聞くの~?」
ニコリと微笑むのは余裕の証拠。現にカンナは少しも動揺を感じていなかった。
佐々等は少し間を置いてから、身を屈めてカンナの顔を覗き込む。
「……目が赤いし、何より……」
一瞬、佐々等の表情が険しくなった。
「あの吸血鬼に雰囲気が似ている」
あの吸血鬼。そう言われて脳裏によぎったのはミナトだ。カンナの眉がひくりと跳ね上がる。
「あの吸血鬼って誰の事かなぁ?」
「……きっと君の知っている人だよ」
「えぇ~? カンナちゃんには分かんなーい! ちゃんと名前を言ってもらわないと~!」
「………名前」
「そう! 私、忘れっぽいから名前を教えてくれたら思い出せるかも!」
「………」
佐々等はそれっきり黙ってしまう。
夏の夜にひんやりとした風が吹く。木々に囲まれたこの場所は、神社の方よりは気温が低い。
どれくらい沈黙が続いたのだろう。カンナが急かそうと思い始めた時、佐々等はようやく口を開いた。
「……名前は、分からない」
「えぇ? そこまで言って惚ける気~? そんなので私を誤魔化せると思う?」
前半はいつものように可愛らしく言い、後半は力を込めて言う。
カンナの迫力に圧されたのか、佐々等は屈めていた身体を起こした。
それでも、佐々等が答える事はない。カンナはわざとらしく口を尖らせた。
「私が和希君の問いに答えないと教えてくれないわけ~? ……いいよ、教えてあげる」
カンナは自分の口の端を引っ張って歯を見せる。鋭く尖った牙を。
「カンナちゃんは吸血鬼でーす! 人間の血を吸って生きる化け物だよ~!」
「……!」
佐々等の息を呑む音が響く。口から手を離し、カンナは優雅に微笑んだ。
「こんなに可愛い子が化け物で驚いた? ……でも知っていたでしょ? 和希君の言う“あの吸血鬼”と近しいなら、私もそうだって……」
「……」
佐々等の瞳が動揺で揺れる。小さな吸血鬼の手を握る力が抜けたが、それをカンナは離さない。
「じゃあ今度は私が聞くね?」
こてんと首を傾げる。仕草は可愛いが、顔が笑っていないので妙な恐ろしさを感じさせた。
「あなた……ミナト君と協力関係にあるでしょ? ミツキ君の動向を伝えているんでしょ?」
カンナの赤い瞳が、佐々等の姿を捉えた。もう準備は出来ている。
はい、と言ったら手を捻って押し倒し、拘束する。いいえ、と誤魔化すなら正直に話すまで握った手に力を込め続ける。
血が出ようが、骨が折れようが構わない。
「さぁ……和希君。正直に話しなさい……?」
佐々等の表情からは戸惑いの色が見える。それが何を意味をするのか、まだ分からない。
「………俺は」
やがて、佐々等が何かを言いかけた時。
電子音が、言葉を遮った。
佐々等はハッと懐に入っている自分の携帯を取ろうとして、止める。
静かな木々の中で、簡易的な電子音が鳴り響く。
「………出ないの?」
佐々等の動揺を察したカンナが、鋭い瞳で睨む。もうそこに子供らしさは残っていなかった。
「………いや」
携帯を懐から出したが、佐々等は一行に出ようとしない。
佐々等に早く出るよう催促するかのように、携帯は鳴り続ける。
懐から携帯を取り出し、液晶に表示されている名前を見る。その名前を見て、佐々等の表情が強張った。
「誰?」
「……カンナちゃんには関係ない人だよ」
「……」
『カンナには関係ないよ』
携帯を揺らしながら言うミナトが脳裏をよぎる。
(まさかこの電話……!)
そう思った瞬間、カンナはすぐさま行動に移った。佐々等の手をするりとほどき、手に持っている携帯を奪う。
「あっ! 何を……!」
佐々等の伸ばした手は、カンナを掴む事が出来なかった。カンナは大きく後ろに跳躍すると、佐々等の手が届かないようにと近くにあった木の枝に飛び乗った。
「カンナちゃん、携帯返して……!」
佐々等は、やや焦った様子で木の上にいるカンナに言う。少女は口角を上げた。
「関係がないなんて、出てみないと分からないでしょ~? カンナちゃんが見極めてあげるから和希君は大人しくしていなさいっ!」
これがミナトからの電話なら、決定的な証拠になる。
「カンナちゃん!」
佐々等の制止も聞かず、カンナはゆっくりと通話ボタンを押し、携帯を耳に近付けた。
「………もしもし」
カンナは人混みを器用にすり抜けながら後方にいる佐々等に向けて手を振る。
「カ、カンナちゃんちょっと早いぞ!」
佐々等は人混みにもみくちゃにされてひいひい言っていた。
カンナは小さいから狭い隙間もひょいひょいと行けるが、佐々等は身長の高い男子高校生。
上手く人の間を縫う事が出来ずに何度もぶつかる。
「カンナちゃ~ん!」
佐々等が情けない声を上げると、カンナはようやく足を止めた。
「もうっ和希君遅いなぁ! 早く来ないと迷子になっちゃうよ?」
カンナは佐々等の元に戻ると、小さな手で大きな手をギュッと握った。
「これで迷子にならないよ!」
「おお、ありがとう! カンナちゃんの手、ひんやりして気持ちいいな!」
「えへへ、和希君の手は暖かいね!」
笑い合う二人は本当の兄妹のようだ。佐々等は顔をくしゃっとさせて笑った。
「何だか妹が出来たみたいだ!」
本当は佐々等よりも遥かに年上なのだが、今ここにその事実を知っているのはカンナしかいない。
そんなカンナは、佐々等と繋ぐ手を大きく揺らした。
「うふふ! 和希君って兄弟っているの?」
「ああ、兄ちゃんが一人いるぞ!」
「私とミツキ君と一緒だね! 私達にもお兄ちゃんがいるんだよ!」
「そうなのか!? カンナちゃんのお兄ちゃんはミッキーにそっくりなのか?」
「……うん、そっくり!」
一瞬、カンナの瞳が鈍く光る。口元は子供らしく笑い、目は獣のように鋭くさせ。
少女らしからぬ表情に、屋台をキョロキョロと見渡している佐々等は気付かない。
「そうかぁ~! ……あ、カンナちゃん何か食べるか?」
「うん、あんず飴食べ終わってからね~!」
カンナはすっかり小さくなったあんず飴をペロリと舐めた。
「じゃあ俺はチョコバナナを食べようかな!」
そう言って佐々等は屋台でチョコバナナを買う。人が並んでいなかったので、すぐに買うことができた。
「うーん、美味い! やっぱりお祭りといったらチョコバナナだよな~!」
チョコバナナを頬張りながら幸せそうに顔を緩める佐々等を見て、カンナの疑心が少しだけ揺らぐ。
(ミツキ君が言うように、この子は本当に単純馬鹿だ。ミツキ君や奏ちゃんになついているみたいだから……二人が危険な目に合うのは嫌だよね?)
「和希君。ミツキ君や奏ちゃんの事好き?」
「ああ、好きだぞ! 二人とはお互いを認めあったライバルみたいなもんだからな!」
ライバルかどうかは置いといて、佐々等の笑顔に嘘はないように見えた。
こうも天真爛漫な所を見せられると、疑っているこっちが恥ずかしくなってくる。
ニコニコ笑いながらチョコバナナを食べる佐々等が、ミナトと協力するのだろうか。
「あ、カンナちゃん。射的があるぞ! 何か取ってやるよ!」
そう言って佐々等が指を差した所には射的の屋台が。
小さいお菓子の箱から大きなぬいぐるみまで様々な種類の景品が置かれている。
「うん、取って取って~!」
カンナは無邪気な子供を演じる。佐々等に隙を見せないように。
屋台のおじさんに金を払い、佐々等は銃を受け取る。玉は三発。
佐々等は棚に肘を置き、銃を構える。佐々等は少しだけ顔を上げて、隣にいるカンナに微笑みかけた。
「カンナちゃん、どれがいい?」
「んー……あの大きいの!」
カンナが指を差したのは、景品の中で一番大きな熊のぬいぐるみだった。
佐々等は「よしっ!」と意気込むと、熊のぬいぐるみに銃口を合わせた。
一発目は熊の耳にかするが、びくともしない。
二発目は見事にお腹にヒットしたが少しずれただけ。
「難しいなぁ……」
「和希君下手くそ~」
「むー……」
カンナに茶化され、佐々等は眉間に皺を寄せる。
残りの一発。失敗は許されない。
「よしっ、本気モードになるぞ!」
佐々等はそう言うと、前髪に付いているピンを取った。
長い前髪が額にだらりと下がる。その瞬間、佐々等の柴犬のような真ん丸の瞳が瞼で半分覆われた。
「どうしたの和希君、ピンなんか取っちゃって!」
突然ピンを取って雰囲気が一変した佐々等に、カンナは目を丸くさせる。佐々等はへにゃりと力無く笑った。
「ピンを取った方が集中出来るんだよ……。眠くなるけど」
むにゃむにゃと言いながらまた銃を構える。前髪があった方が気になって気が散るはずなのだが、佐々等は特に気にした様子もなく、真っ直ぐと熊を見据えていた。
「ピンを取ったら大人しくなっちゃったね! もしかして二重人格?」
弾は熊の眉間に命中し、バランスを崩して後ろに落下した。
「……違うよ。前髪があると眠くなっちゃうだけ」
屋台のおじさんが悔しそうな表情で佐々等に熊のぬいぐるみを渡す。きっとこの店の一番高い物だったのだろう。佐々等はそれを受け取ると、すぐにカンナに手渡した。
「……プレゼントだよ」
「わぁっ、すごいよ和希君! まさか本当に取ってくれるなんて!」
カンナは、ぬいぐるみをしっかりと抱き締めて、ぴょんぴょんと跳びはねる。
「……せっかく一緒に回るんだから、これくらいしてあげないとね」
「えへへ、ほわほわ~! ありがとうね、和希君!」
礼を言われた佐々等は、目を細めて微笑んだ。
片手で熊のぬいぐるみを抱き、反対の手で佐々等の手を握る。
カンナの可愛らしい姿に、人々は振り返り、思わず「可愛い」と呟いてしまう人もいた。
そんな少女を連れているのが容姿が整った佐々等なので更に目立つ。
「みんなこっちを見てるよ! そんなに私達が珍しいのかな?」
「……きっとカンナちゃんが可愛いからだよ」
「えへへ。やっぱりそうだよね~!」
ころころと笑うカンナに、謙虚という言葉は存在しない。
「……こんなに可愛い妹のいるミッキーは幸せ者だな」
「でもね、ミツキ君ったら私に冷たいの! 奏ちゃんにはあんなに優しいのに!」
カンナはぷくりと白い頬を膨らませる。その姿も愛らしく、佐々等は思わず笑ってしまう。
「……そうなの? ミッキーはカンナちゃんを大切に思っているように見えたけど」
「そんな事ないよ~! 私の事、邪魔者扱いしたりするんだよ? 酷くなーい?」
「……そうだね」
佐々等は眠そうに返事をする。カンナは不機嫌そうな表情を見られまいと、熊の頭に顔をうずめる。少し長い毛が頬をくすぐった。
話が途切れ、黙って歩いていた二人だったが、ふと佐々等が話を切り出した。
「……じゃあさ、もう一人のお兄ちゃんはどうなの?」
「………お兄ちゃん?」
ピクリ、とカンナの指が動いた。
「ミッキーとカンナちゃんのお兄ちゃん。その人は優しいのか?」
「……」
(ミナト君は優しいよ。私の話は聞いてくれるし、頼もしいし。………でも。)
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そんな佐々等の表情を、カンナは見上げる。
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「私、あなたに聞きたい事があるんだけど……」
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それは、佐々等がミナトと通じているかを探る為。通じているというなら、すぐにでも佐々等をミツキから遠ざけさせる。
例え、遠ざける為に佐々等の命を危ぶめてしまう事になろうとしても、構わない。
(全てはミツキ君の………私達の幸せの為。
一人の人間がどうなろうと関係ない)
カンナの笑顔の裏に殺気が見えたのだろうか。佐々等は気だるそうな笑顔を引っ込めた。眠そうな茶色い目と視線が重なる。
「……俺も、カンナちゃんに聞きたい事があったんだよね」
「あれれ、奇遇だね~! 私達って気が合うのかもしれないね~!」
「……ちょっと場所を変えようか」
口元だけで笑うカンナの手を引き、佐々等は屋台が並んでいる道路を外れ、神社を訪れた。
二人で石段を無言で登る。メイン会場なだけあって人気が多い。屋台は少ないが、花火を見るのに絶好なスポットの為、場所取りをしている人が多々いた。
佐々等はカンナの手をしっかりと握り、人混みをするすると器用に抜けていく。
「……大丈夫?」
小さいから移動が大変だと思ったのか、佐々等が前を向いたまま尋ねる。 カンナは「大丈夫だよ~!」といつもの調子で返した。
「…この先、木々が生い茂っていて人通りが少ないんだ」
「そうなんだ~!」
つまり、人前で聞けるような話ではないと。笑顔の裏で冷静に分析する。
佐々等の言う通り、木の生い茂った道に入ると、人気はすっかりなくなっていた。
「……ここら辺でいいかな」
しばらく歩いた所で佐々等は足を止めた。
「こんな人気のない所まで来て、私に何するつもり~?」
遠くで人々の楽しむ声が聞こえる。人が全くいない神社の外れは、疎外感を感じさせた。
佐々等はカンナに背を向けたまま、答えない。
繋がれたままの手から佐々等の体温が伝わってくる。
「私に手を出したら、ミツキ君が黙っていないよ~?」
返事を待たずにカンナが頬を膨らませながら言うと、佐々等はゆっくりと振り返った。最初に会った時と同一人物とは思えないくらい、冷めた瞳でカンナを見つめる。そして佐々等の形の良い唇がゆっくりと動いた。
「………君、吸血鬼でしょ?」
カンナの手を握る力を込める。まるで、カンナが逃げるのを阻止するかのように。しかし、カンナは逃げるつもりはない。むしろ、同じように手を握り返した。
「えぇ~? 何でそんな事聞くの~?」
ニコリと微笑むのは余裕の証拠。現にカンナは少しも動揺を感じていなかった。
佐々等は少し間を置いてから、身を屈めてカンナの顔を覗き込む。
「……目が赤いし、何より……」
一瞬、佐々等の表情が険しくなった。
「あの吸血鬼に雰囲気が似ている」
あの吸血鬼。そう言われて脳裏によぎったのはミナトだ。カンナの眉がひくりと跳ね上がる。
「あの吸血鬼って誰の事かなぁ?」
「……きっと君の知っている人だよ」
「えぇ~? カンナちゃんには分かんなーい! ちゃんと名前を言ってもらわないと~!」
「………名前」
「そう! 私、忘れっぽいから名前を教えてくれたら思い出せるかも!」
「………」
佐々等はそれっきり黙ってしまう。
夏の夜にひんやりとした風が吹く。木々に囲まれたこの場所は、神社の方よりは気温が低い。
どれくらい沈黙が続いたのだろう。カンナが急かそうと思い始めた時、佐々等はようやく口を開いた。
「……名前は、分からない」
「えぇ? そこまで言って惚ける気~? そんなので私を誤魔化せると思う?」
前半はいつものように可愛らしく言い、後半は力を込めて言う。
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それでも、佐々等が答える事はない。カンナはわざとらしく口を尖らせた。
「私が和希君の問いに答えないと教えてくれないわけ~? ……いいよ、教えてあげる」
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「……!」
佐々等の息を呑む音が響く。口から手を離し、カンナは優雅に微笑んだ。
「こんなに可愛い子が化け物で驚いた? ……でも知っていたでしょ? 和希君の言う“あの吸血鬼”と近しいなら、私もそうだって……」
「……」
佐々等の瞳が動揺で揺れる。小さな吸血鬼の手を握る力が抜けたが、それをカンナは離さない。
「じゃあ今度は私が聞くね?」
こてんと首を傾げる。仕草は可愛いが、顔が笑っていないので妙な恐ろしさを感じさせた。
「あなた……ミナト君と協力関係にあるでしょ? ミツキ君の動向を伝えているんでしょ?」
カンナの赤い瞳が、佐々等の姿を捉えた。もう準備は出来ている。
はい、と言ったら手を捻って押し倒し、拘束する。いいえ、と誤魔化すなら正直に話すまで握った手に力を込め続ける。
血が出ようが、骨が折れようが構わない。
「さぁ……和希君。正直に話しなさい……?」
佐々等の表情からは戸惑いの色が見える。それが何を意味をするのか、まだ分からない。
「………俺は」
やがて、佐々等が何かを言いかけた時。
電子音が、言葉を遮った。
佐々等はハッと懐に入っている自分の携帯を取ろうとして、止める。
静かな木々の中で、簡易的な電子音が鳴り響く。
「………出ないの?」
佐々等の動揺を察したカンナが、鋭い瞳で睨む。もうそこに子供らしさは残っていなかった。
「………いや」
携帯を懐から出したが、佐々等は一行に出ようとしない。
佐々等に早く出るよう催促するかのように、携帯は鳴り続ける。
懐から携帯を取り出し、液晶に表示されている名前を見る。その名前を見て、佐々等の表情が強張った。
「誰?」
「……カンナちゃんには関係ない人だよ」
「……」
『カンナには関係ないよ』
携帯を揺らしながら言うミナトが脳裏をよぎる。
(まさかこの電話……!)
そう思った瞬間、カンナはすぐさま行動に移った。佐々等の手をするりとほどき、手に持っている携帯を奪う。
「あっ! 何を……!」
佐々等の伸ばした手は、カンナを掴む事が出来なかった。カンナは大きく後ろに跳躍すると、佐々等の手が届かないようにと近くにあった木の枝に飛び乗った。
「カンナちゃん、携帯返して……!」
佐々等は、やや焦った様子で木の上にいるカンナに言う。少女は口角を上げた。
「関係がないなんて、出てみないと分からないでしょ~? カンナちゃんが見極めてあげるから和希君は大人しくしていなさいっ!」
これがミナトからの電話なら、決定的な証拠になる。
「カンナちゃん!」
佐々等の制止も聞かず、カンナはゆっくりと通話ボタンを押し、携帯を耳に近付けた。
「………もしもし」
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