仮面の裏の虚像

Ms.ward 19

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第2章

椎名悟10

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「ねえ、悟君」
 誠一は4限目の国語の時間、その授業の真っ最中に話しかけてきた。某国語の教師は黒板と向かい合って板書をしている。チョークと黒板のぶつかり合う特徴的な音が力強く流れているが、もちろん誰もそれを気に留めはしない。チョークの原材料は何とかカルシウムだとか、石灰だとか聞いたことがあり、あれは人間の骨を打つ音と似ているのか、そんなどうでもいいことを思った。
「どうかしたか、授業中だが」椎名悟が某教師を気にしながら話しかけるのと反対に、誠一は見向きもせずに話している。
「今日、木曜日だよ。ほら美術部の活動日のさ」
「ああ、確かにな」
「活動しているか分からないけどさ、今日行ってみようよ」
「そうだな」
 某教師は聞こえているのかいないのか、気にするそぶりはなく、某有名著者の小説の一文を書き連ねる。
 誠一の反対側、つまりは椎名悟の右隣の男は授業中にもかかわらず、堂々と眠っている。その姿はまるでゆらりゆらりと小舟を漕ぐようで、誠一もそれを見て口角が上がっていた。それを見て少し前のことを思い出した。
 その日は桑原が授業の最中に、教科書を立てて教師に見られないようにして堂々と寝ていた。もちろんそれを気付かない教師など中々いないもので、すぐに発覚した。とはいえ、その先生とてすぐには注意しなかった。授業中に生徒が寝ていることなど、外で車が走っていることと等しく当たり前だった。
 隣の席だった桜田椿が、桑原を隠していた教科書を取り払ってクラスの見世物にしていたこと、そして教師が桑原の目の前で大きな声を上げて、それに驚いた桑原が飛び上がったこと、そのどれもが懐かしく感じてしまうのは何故だろうか。
「今日さ、昼ご飯は屋上で食べない?」
「別に構わないが、どうかしたのか」
「ちょっとね、教室では話しにくいこともあるし」
「ああ、そういうことか」桜田椿に関係することであるのだろうと勝手に想像した。だからそれから先は何も訊かなかった。
 昼休みに屋上に2人で移動すると、誠一はビニール袋をあさり始めた。
「美味しそうでしょ、この弁当」
 誠一が自慢げに見せてきたのは、何処かの有名な弁当屋の弁当ではなく、母親が特別な日に作ったであろう豪華な弁当箱でもなかった。単なるコンビニ弁当だった。
「まあ、不味くはないとは思うが、それほど自慢するほどなのか?」
「期間限定だよ、一週間しか発売されないんだよ」
「なるほどな」誠一は見事に消費者心理に騙されているのではないかと考えた。しかし、それを言葉にすれば少し可哀想である。
「限定っていう言葉に人間は弱いよね、期間限定だとか、地域限定だとか。どうしてそんな言葉に惹かれるんだろうね」
「未知なる希望に満ちているからじゃないのか。ほらよくあるだろ、お化け屋敷が怖いけど入ってみたいっての。それと同じで、ダメだって頭の中でわかっていても、止められないんじゃないのか」
「そんな、お化け屋敷なんて恐怖だけしか満ちてないでしょ。あんなのに好んで入りたがる人の気持ちがわからないよ」
「恐怖ってなんで感じると思う、誠一」
「そんなこと知らないし、知ろうとも思わないなあ」
「未知だよ」
「未知?」
「知らない、わからないから人は恐怖するんだ。知ることによって、人は慣れ、というものを感じる。すると恐怖を感じなくなる。人っていうのは順応する生き物なんだ」
「はあ」誠一はため息とも相槌とも言えない声を吐いた。
「例えば、誠一が四六時中幽霊と共にしたらそれはどうなる」
「そんなの10分で耐えられなくて死んじゃうね」
「幽霊と分かり合えるかもしれないだろ」
「そんなことないよ」
「そして、幽霊の良さがわかって、いずれは幽霊を擁護ようごする立場に変わっているかもしれない」
「幽霊とわかりあうことなんて絶対にないね、もし会ったら僕の部屋にだけは入るなって言っておくよ」
「まあ、慣れたら怖くないってことだよ。何が起きるかわからないから人は怖いと、何が起きるかわかっていてもその状況に慣れていないから人は恐ろしいと感じるんだ」
「ははあ」誠一は納得のいかないような顔つきである。
「で、話ってなんだ。そんなことを話しに来たわけじゃあないんだろ」
 誠一はそれまでに浮かべていた顔つきが神妙な面持ちに変わった。
「悟君さ、椿ちゃんはなんで亡くなったんだろうね。未だに信じられないんだ」
「それはどういう意味なんだ」
「まだわからないけど、何かあったんだと思う。僕らの知らない間に」
「それを調べるんだろう、今日は美術部の活動日だと」
「そうなんだけどね」誠一はどこか言葉を残すような言い方をした。それは私の返答に困っていたのか、それとも何かを言い渋っているのかはわからなかった。
「訊きたかったことがあるんだけどね、警察の人に事情聴取って言うのかな。話を聞かれた時にさ、何かおかしなこと言われたりしなかった?」
「おかしなこと、というとなんだ」
「まあ、何もなかったのならいいんだけどさ」
 誠一の言いたいことはよくわからなかった。
「おかしなことを言われたというわけではないけど、知らないものを見せられたな」
「知らないもの?」
「クロッキー帳だよ。色違いのをもう一冊見せられた」
「ああ、クロッキー帳ね。椿ちゃんのお気に入りの。僕らが描かれているもの以外にもあるんだね」
「そう、あの絵は桜田さんのものだったよ。見た感じ」
「それが何かおかしかったのかい?」
「川上隼斗の絵が描かれていた」
「え、そうなんだ。まあでもおかしなことではないんじゃないかな。一応演劇部に顔をよく出していたらしいし」
「確かにな、でも目が描かれていた」
「目、目って瞳?」
「そうそれだよ。おかしいよな、一人だけ目も含めて描かれているんだよ。その体の上から下まで全部だ」
「珍しいこともあるんだね、何か意味があったのかな。その一人だけは目を描いた理由が」
「わからない。それに、聞いた感じだとそのクロッキー帳には川上隼斗だけしか描かれていなかったらしい」
「何か特別な理由でもあったのかな、もしかすると好意を抱いていたとか」
「それが自殺の原因につながるの、と言いたいのか?」
「直接的な原因ではないかもしれないけど、なんらかの関係があるかもってことだよ」
「なるほどな」
「とにかく、僕らで動く他ないでしょ」
「その通りだな」
「確か前に大五郎先生も言ってたよ」
「何を?」
「真実は自分の目で確かめろって」誠一は自慢げな顔を見せた。
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