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第一章

第四話 お仕置きの後で

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 すでに事後となった今では、俺は自分の砕けた意識をかき集めるのに必死だった。この作業が何時間かかるか見当もつかないが、一気に意識を体から解き放つ超高等魔法を使ったのだ。無理もない。
 そうせざるを得なかったのだ。

 地獄の八十二連発、今意識を体と連結させたら体の痛みだけで、再度昇天する。俺の予想を軽く上回る回数のしり叩きが炸裂したのだ。
 二発、たったの二発で自分の意識を手放す決意をした。右と左を往復しただけの母の手は、それだけで耐えきるのは無理と判断せざるを得ない威力だった。まさに鬼母、手加減などという優しさは欠片も通っていない。
 容赦ない連撃の内訳は、無断外出分で十発、他国への不法侵入で二十発、ステーキ強奪が三十発、クラウディアへの“としま”発言二発分、誘拐で二十発だ。

 尻は自分で見れなくて幸いだ。きっと真っ赤に染まっているだろう。
 今、母はテレヴォイスで俺が侵入した国の幹部と話をしている。
 クラウディアは俺が連結した痛みだけ伝わるコネクトペインの魔法のおかげで尻を抑えて悶絶している。
 人間には理解できない速さだったろう。八十二発をわずかに五秒弱、秒間十六連打を超える速度なのだ。叫び声すら上げられず悶絶、のたうち回ることすらできずにひきつけを起こしている。
 ざまあ見ろ。お前が俺の尻を見て失笑なんかするからだ。自業自得とはまさにこのことだ。

「……そうか、貴国には迷惑をかけた。
 それと、貴国のクラウディアのことだが……少々厄介でな。すぐには返せん。
 何、命はとらんさ、ただ返すのに時間がかかる。二か月ほどこちらで預からせてくれ。
 ……いいだろう。貴国のことは理解している。好きな本を十冊持っていけ。
 では、二か月後にまた連絡する」
 母が振り返った。全然怒りが鎮まっていない。

「意識を切り離したようだが、そんな児戯で私から逃げたつもりか?
 今は体が動かせないだろう?」
 母がコネクトペインのリードをつかむ。俺の手首にきつく巻き付けて魔法でリストバンドを構築する。クラウディアの首輪と俺のリストバンドがリードでつながってしまった。
 そして恐怖の宣言が行われる。

「カテイナ。お前のせいでクラウディアの首輪が外せなかった。だから責任を取ってもらうぞ。今度のコネクトペインは双方向だ。加えてクラウディアの受けたダメージは倍加してお前に伝わる。気を付けて行動しろよ? 私の魔法は“痛み”じゃなくて“ダメージ”だからな? それに、人間は……特に女はもろいからな? 些細な間違いが致命傷級のダメージで反射するぞ」
 母の言葉が刺さる。冷汗が出る。コネクトペインのせいで離れられず、痛みは共有されクラウディアからのダメージだけ俺は二倍になってしまう。

「それと、それだけじゃ私の気が収まらないからな。カテイナお前は魔法使用禁止だ。お前の魔力を感知すると、そのリストバンドが容赦なく締まるから注意しろよ。
 あとリードは邪魔だから透過させておく。多少なら離れても大丈夫だ。女にはプライベートがあるからな」
 男の俺に対する扱いがひどい。そして女には比較して甘い。ずる過ぎる。
 母は俺とクラウディアを俺の特大ベッドに投げ込むと「次の仕事がある」と立ち去ってしまった。
 三時間後、涙ボロボロでクラウディアが起き上がる。クラウディアには俺と違って外傷は無い。

「なんで……なんで、私が……こんな目に」
 そう言ってまた泣いた。泣きたいのはこっちだ。お前のせいでこっちは二十二発も上乗せではたかれた。それもすぐに治療されないように魔力反射の結界を臀部に施したうえでだ。器用なんだろうがその配慮はしなくていいものだ。これさえなければ尻叩きの十秒後に復活できたのに、屈辱だ。回復できないまま自然治癒に任せる事になる。

 クラウディアが俺を見ている。振り上げた手が止まることはなかった。女が癇癪持ちだなんてこと母で嫌というほど知っている。
 俺のほほを引っぱたいて、自分のほほを抑えている。
 やーい、ば~か、ば~か。俺のダメージはお前にも突き抜けるのだ。自分で自分のほほを引っぱたいたのと同じだ。
 一方で俺は意思と体の連結を切り離しているから問題はない。あとはこの女の様子を確認しながら、尻の痛みが退いたころに体と意識をつなげばいい。
 クラウディアは一向に退かない痛みに嫌気がさしたのか、マヒの魔法を自分にかけている。
 ああ、わかる。わかる。それは最初に俺が試したぞ。痛みが伝わらないのはいいけど、体が本格的に動かなくなる。
 俺の期待を裏切るようにクラウディアが立ち上がった。
 ? なんで動けるんだ? 何不自由なくベッドに座りなおしただと!? ケツは痛くないのか!?
 そうしてクラウディアは俺に背を向けて顔を覆って泣いている。
 お、お前が動けるのなら! 意識と体を連結する。
 そして泣きわめくほどの痛みに襲われた。
 慌ててクラウディアにしがみつく。

「い、痛い。痛いぞ!? 尻が痛い!」
 夢中でしがみついて腰のあたりに痛みを感じる。おい、まさか、しがみつかれただけで痛みを感じているのかこいつは!? コネクトペインで二倍痛い、鼻水とよだれと涙が一斉に出た。
 尻を抑えて、大粒の涙を流す。
 クラウディアは振り返って「お、オリギナに返してください。か、帰りたい。帰りたいんですよぅ」と懇願してくる。
 お願いしたいのはこっちだ! 尻の痛みを取ってほしい! 「魔法の枷もはずす、ゲートも開ける! だから、尻の痛みを取ってくれぇ!」
 我ながら情けない悲鳴だと思った。クラウディアの前にうつ伏せになる。
 クラウディアが指先で腰を撫でて、ところどころを強く押す。そのたびに痛みがマヒしていった。

「ヒック、ひっ、い、痛かった」
 ようやく涙と鼻水を拭けるだけの余裕ができるほど、痛みが引いた。足はきちんと動く。でも尻の感覚は無い。
 クラウディアがやったのは痛覚神経をピンポイントでマヒさせるという超高等テクだった。体は動くが痛みはない。東方医学のシンキューというものらしい。クラウディアのような下っ端でもこういう技術を持っているなんて……母がオリギナを特別扱いしている理由が少しだけわかった気がする。
 クラウディアにもタオルを渡し顔を拭かせる。
 仕切り直しだ。

「あの、それでオリギナに返していただくのは?」
「わかっている。ちょっと待ってろ」
 指先に魔力を集中する。ゲート魔法ならすぐだ! 俺の総魔力は一般凡人なら数千人分に匹敵する。人間ではできない超々長距離のゲート魔法だって朝飯前なのだ。
 オリギナの方に意識を集中して、ゲートを……魔力で?
 ヤバイ! 痛みが引いたことでど忘れしていた。魔法は使用禁止だった! 目の前でリストバンドが容赦ない速度で縮む! 結果としてクラウディアと一緒に右手を抑えてのたうち回る羽目になった。

「ぜっ、はっ、あの鬼母めっ! 手が落ちるかと思ったぞ!」
「そんな大事なこと忘れないでよ!」
 お前だって止めるのを忘れてただろ! と怒鳴りかけて止めた。別にクラウディアはゲートで帰してくれとは言っていない。

「くそっ、仕方ない。明日、あの鬼母に頼んでみる」
 クラウディアがぱぁっと明るい顔になる。
 それじゃ最後にと首輪を解こうとする。これは俺の魔法だから簡単に…………あっ、ダメだこりゃ。クラウディアの首輪にも上から鬼母の魔法がかけてある。つまり鬼母の魔法を先に解かないと、俺の魔法に触れない。
 鬼母の魔法を俺が勝手にいじくったら、手首が落ちる。クラウディアは首が飛ぶかもしれない。そのことをクラウディアに伝える。
 ぽかんとした表情でぼろりと涙がこぼれた。だが、今はあきらめるしかない。「明日にしよう」と言ってベッドに向かう。
 今日はもう流石に遅い。寝ている母をたたき起こすわけにはいかないのだ。ステーキを喰った時点で夜、そのあとお仕置きがあって……もう深夜なのだ。
 俺はこと睡魔に対する切り替えは早い、大あくびだ。痛みはないし、大騒動で疲れた。再びベッドに横になればすぐに眠れる。さっさと寝よう。着替えるのも面倒だし。
「今日はもうねるぞ」とクラウディアに声をかけて、ボフッとベットに身を投げる。
 さあ目を閉じて、おやすみなさい、だ。

「……私はどこで寝ればいいんだ」
 クラウディアの鎮痛な声が聞こえたような気がした。
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