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16話

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「諦めるのか…まぁ別にいいけど」
 
 黒い竜は生物として人間とは格が違う。そんな黒い竜の咆哮を聞けば、心が折れてしまうのも致し方ない。
 
「これからどうする…開拓者として動くなら戦うべきか?」
 
 やはり開拓者として仕事を熟すのは面倒だ。助かる命は助けなければならないし、魔獣が出た場合は倒さなければならない。
 
 
 取り敢えずやるだけやってみるか…
 
「ガイウス。俺があいつと戦っている内にさっさと逃げろ」
「あ…俺は…」
「あんたは邪魔だ。早く行け」
「あぁ…」
 
 ガイウスは弱々しく立ち上がる。あの咆哮を聞いてから足に力が入らない。
 
「行くか」
 
 ロイスは黒い竜に向かって走り出した。
 
 グラアァァァァ!
 
 黒い竜もロイスに向かって突進してくる。
 
 
 それでいい、俺だけに来い。そうすれば足手纏いのガイウスを気にする必要が無くなる。
 
「精霊共…力を貸せ!」
 
 火の精霊の力を借りて、足裏で小さな爆発を起こす。
 
 ボンッ!
 
 爆風によって黒い竜の頭上まで飛びあがると、次の攻撃を仕掛ける。
 
「これでどうだ!」
 
 右腕を巨大な岩の腕に変化させて殴りつける。これはもちろん土の契約紋の力だ。
 
 
 ドゴン!
 
 グガッ!
 
 黒い竜は悲鳴らしき声を上げながら地面にめり込んだ。その威力は凄まじく、巨大なクレーターが出来上がる。
 
「まだまだぁ!」
 
 左腕も岩の腕へと変化させ、クレーターの中心にいる黒い竜を何度も殴りつける。
 
 ドドドドドドドドド!
 
 ロイスの怒涛の攻撃は何度も地面を振動させる。周辺に人が居れば地殻変動でも起こったのではないかと錯覚した事だろう。
 
「普通の竜ならこれで倒せるんだけど…がっ!」
 
 地に降りた途端、腹部に強烈な痛みが走り、拠点の端まで吹き飛ばされた。
 
「ぐ…く…そ…」
 
 体に力を入れて何とか立ち上がる。何故吹き飛ばされたのかはもう分かっている。
 
「尻尾か…やってくれる…」
 
 クレーターの中心では、黒い竜が無傷でこっちを睨みつけている。
 
 本気の攻撃じゃないとはいえ、全くの無傷とはどう考えてもおかしい。さっきの叫び声は何だったんだと問い詰めたい気分だ。
 
「何なんだあの魔獣は…」
 
 まだ戦闘を初めて数分だが、その実力は過去最強だ。今まで多くの魔獣と戦ってきたが目の前の竜は次元が違う。
 
「いよいよ本気でやらないとこっちがやられるな」
 
 今のままでは竜に傷を負わせる事すら出来そうにない。本気を出せば何とかなるかもしれないが……
 
「ガイウスのやつ…何やってるんだ」
 
 なんと逃げた筈のガイウスがこっちに走って来る。
 
「ガイウス!逃げろと言っただろ!」
「断る!」
 
 ガイウスの目は何か覚悟を決めた目だ。
 
 あぁ…これはダメだ。ただ死ぬぐらいなら一矢報いてやると決めた男の目だ。
 
「俺は恥ずかしくなった!ロイス1人に任せてしまった事に!逃げた事に!生きる事を諦めた事に!だから俺は戦う!ここが俺の死地だ!」
 
 ほらやっぱり。黒い竜の咆哮に恐怖したまま逃げてくれた方が良かった。
 
 あぁ…一気に面倒臭くなった。
 周りに誰かが居れば本気は出せない。それに、今苦労して黒い竜を倒さなくとも、開拓者の評価を維持するだけの仕事はしたはずだ。
 
「そうか…じゃあ頑張れよ。俺は退く」
「……え?」
 
 ロイスはあっさりと倒す事を辞めた。
 
「おい!ロイス!」
 
 せっかく気を持ち直したのに、肝心のロイスにはもう戦う意思が無い。
 
 
 だが黒い竜がそう簡単に見逃してくれる筈も無かった。
 
「また息吹か。俺の退く時間だけならいつでも稼げる」
 
 契約紋を水に変えて、手を前にかざす。
 
 
 そして黒い竜が息吹を吐くタイミングを見計らい、水の弾を竜の口に発射した。
 
 ボシュ!ボガァァン!
 
 高熱の息吹とロイスの水弾がぶつかって大規模な水蒸気爆発が発生する。
 
 見た目は派手だが、この程度では黒い竜に傷を付ける事は出来ないだろう。
 だが今はこれでいい。爆発によって発生した水蒸気はしばらく消えないので目くらましにはなる。
 
「ガイウス。逃げるなら今だぞ。俺はもう行く」
 
 ロイスはあっさりと背を向けて去って行った。
 
「お…おい………待ってくれ!」
 
 取り残されたガイモンは黒い竜と一対一という状況に再び恐怖し、慌ててロイスを追いかけた。
 
 
 
 
 
 
 




 
 
「ロイス!なんで退くんだ!」
「あんたが戻って来たからだ」
「は?…俺は仲間の為に死を覚悟して戻ったんだぞ!」
「俺は言ったぞ。足手纏いが居たら勝てる相手にも勝てないって」
「…あ…そういや…言ってたな…」
「覚悟を決めるのは結構だけど、状況を考えろよ」
 
 ガイウスを咎めながら後ろを振り返る。どうやら黒い竜は追って来ていない様だ。
 
 
 結局黒い竜の正体は何だったのだろうか…未開拓地で新種に会うのはよくある事だが、その強さ、雰囲気はただの新種とは思えない。
 
 
 まぁ良いか…
 それがロイスの答えだった。情報屋として優秀なアリスでさえ分からなかったのだから、いくら考えても答えが出る筈もない。
 
 
 
 
 
 
 
「はぁ…はぁ…帰って来たのか」
 
 剣の処刑林を抜けた所でガイウスが生きている喜びを噛みしめた。
 
 息が切れているのはずっと走って来たからだ。呑気に歩いていると黒い竜が追ってくる可能性がある。竜の器官は案外侮れないのだ。
 
 ここに帰って来るまで火の魔法を使い続けたロイスだが、全く息を切らしていない所を見るとやはり実力の差は明らかだ。
 
「上への報告は任せる」
「あぁ、やっておこう。これでも指揮官だからな」
 
  後始末を全て任せてロイスは直ぐに自宅の方角に走り去った。
 


 
 仕事を終えた後は必ずレオンの料理が食べたくなる。
 自宅まではかなり離れているが、ロイスは一切休まずに走り続けた。
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