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12、初めての鍛錬!

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「ニコス、俺と鍛錬してくれ。……嫌だろうけどニコスに頼みたい」

ほぼ直角に頭を下げたルイを前にして、ニコスの頭の中を衝撃と、疑念と、困惑がないまぜになって旋回する。
もしルイが、ローラン家の地位や財産狙いの卑しい人間であれば。
こんな風にニコスに頭を下げるだろうか。自分を「不浄」とまで言い放った相手だ。
よしんばこの態度がプライドを捨てた懐柔の過程だったとしても、自分を犠牲にしたルイの鍛錬の先にあるのはローズ・アントス国の平和だった。
ルイが生粋の淫乱であり、自分が乗っ取るためにローラン家を平和の中で存在させていたいのだとしても──…騎士団長の死よりかは対処法は多数ある。

(いや……目の前に立つルイ・ローランと、対話をしよう)

ニコスは今初めて、ルイを自分の懐疑的な思考の埒外の人間として認識する。
彼は自分からニコスを訪ね、謝罪し、頭を下げた。
であればニコスが返すべき態度は────…。

「鍛錬に関する返事をする前に、私からも、謝罪をさせてください」
「え……っうわ、ニコス……?」

ニコスはルイの正面に片膝をつき、驚愕の表情をあおぎ見る。

「申し訳ありませんでした。私はこれまで、あなたがどういう人間か知ろうともせず、蔑みの言動をとり続けたことを、謝罪します」
「!?」
「鍛錬に協力させてください」
「え……っ」
「あなたは私から性的な接触を受けることへの抵抗感があるのでしょう。謝罪は、それを少しは軽減させるのではないかと。そういった意図はありますが、もちろん心からの謝意です」

ルイは動揺した様子で眉を寄せる。

「いや……むしろニコスが俺のことを嫌ってるから、鍛錬になると思ったんだけど」
「は?」
「だってそうじゃん。『くっ殺』してくる奴らは俺を徹底的に虐げたいわけだし、間違っても好意なんかいだかないだろ。──お互いにさ」
「なるほど……」

ルイの言うことは一理あった。
心は伴わず、一欠けらの愛もない。そんな相手なのに快楽を感じてしまうことが彼を深く傷つけ、正気を侵食するのだ。

「まあ、けどさ」

明るい声で言いながらルイはしゃがみこみ、ニコスと同じ目線になる。

「謝ってくれてありがとな。その謝罪、受け入れるわ」
「! ルイ……」
「おお」

ルイの目が丸くなる。
今日は初めて見る表情が多い。

「何ですか、その反応は」
「名前、初めて呼ばれたから。なんだかんだ11年も知り合いなのに」

11年──。
赤子が世界の理をおおよそ正しく理解する年齢になるほどの時間、ルイ・ローランというひとりの人間を非難していた。
軽い罪ではない。
それなのにルイは、こともなげに謝罪を受け入れると。
ニコスは今、正直であることだけがルイにできる贖罪のような気がした。

「すみません……私はあなたを、あえて呼ばないようにしていたんです」
「まあ、セルが嫌がるからな」

浮かべた苦笑からはニコスへの怒りも、セルジオスへの怒りも感じられない。
幻滅や、哀しみもない。
プティの言葉を思いだした。
ルイは何事にも執着が薄い──、と。
「あいつはオレたちを家族だと思ってない」と悲痛に叫んだ幼いセルジオスの顔が脳裏を過ぎったが……今考えるべきはそのことじゃなかった。
鍛錬について、ニコスの見解では今日の謝罪は問題にならない。

「ルイ、私は今日であなたへの認識を改めましたが、性的接触によって恋愛感情をいだく可能性はありません」

ルイはハッとしたようにニコスを見つめ返し、こくりとうなずく。

「それに私とあなたの鍛錬は、必ずしも嗜虐的、暴力的である必要はない。肝心なのはあなたが『性的な接触』と『快楽』に、慣れることです」
「まあ……そうだな」
「つまり敵の外道たちのようにしなくともよいと、私は考えます」
「おう、そんな気がしてきた」
「では私が鍛錬の相手で、異論はありませんね?」
「ない、──ニコスでいい」

(うん……?)

なんとなく胸のあたりがもやっとした。
おそらく道徳に反した行為への、抵抗だろう。
神官としての義務的な性欲発散でもなければ愛のある行為でもない。
そこまで考えたニコスはふと思い出し、気掛かりを口にする。

「私との鍛錬を行う前に、初めてくらいは大切に扱ったらどうですか?」

ルイはきょとんとした。

「あなた、好きな人がいるのでしょう。片想いだとしても、後生だと願えば思い出をくれるのではないですか?」
「ああ、そういうことか」

笑みまじりの声が不思議だ。
ニコスは笑うような話をしているつもりはない。

「まあ俺としてはさ、むしろ国のためっていう大義に捧げるほうが、初めてを大切に扱ってる感があるよ」
「つまり……、私とでいいのですか?」
「いい。ありがとなニコス、気にしてくれて」

真剣に考えたとは思えないほど軽い返答に、戸惑う。
無理をしているのではないか。また泣きだすのではないかとニコスはルイをじっと見つめた。

(それにしても真っ黒な瞳というのは、感情が読みにくいものだな)

ルイの場合はさらに、片目の周辺まで覆う傷跡が感情をぼやけさせている気がした。
肌よりも数段濃いなんとも表現できない色合いの、傷跡。
彼がローラン籍から抜けたら治せるか試すと約束をした。
セルジオスが気にしていたっけ。
髭の毛穴すら見えないルイの白い肌に長年馴染んだ傷跡は、一体どんな手ざわりなのだろう。

「っ……、ニコス?」

気付けばニコスはルイの顔にふれていた。
指先で、そっと。
頬から右の目元にかけてをゆっくりと撫ぜる。

「思ったよりも、すべすべしてるんですね」
「はっ、どんなんだと思ってたんだよ」
「想像したことがありませんでした。……こんなふうにあなたにふれる日を」

「そりゃそうか」とルイが苦笑すると、肌の表面がわずかに動く。
ニコスは見知らぬ森を探索するような気持ちで傷跡と白い肌の境目を指の腹でなぞった。
いよいよルイがひくりと頬をひきつらせる。どういう顔をしていいのかわからないのだろう。目を泳がせる初々しさは……悪くない。
数時間前、ひりついた空気の中で肩にふれた時にはなかった感覚がこみ上げた。

(私は今からこの男に、もっとふれることができるのだ)

「──ルイ、」
「うん?」

ニコスに顔をさわられたまま無抵抗で無防備な返事をするルイが、知らない生き物みたいに思えて。

「率直に言いますが私はあなたに欲情できると思います」
「──!」
「今日このまま、鍛錬を始めても?」

ふれた肌が、みるみるうちに青ざめる。
反応は明確だった。
ルイにはニコスへの欲情の兆しはないのだ。
けれど敵にも、はじめは恐怖と拒絶しかなかっただろう。
無理にさわられ、暴かれ、蹂躙されて快楽に出会った。
気の毒だと同情するのにニコスは手をひく気にはなれず、指先をルイの黒髪へとさしこんで新たな接触を始める。

「ルイ、答えないのであれば続行します」
「っ……、してくれ」
「本当に、いいのですね?」
「いい。今日帰ったらもう決心が鈍る」
「あなたの勇気に敬意を示すと約束します。さあ、立ち上がって」

ルイの肩に手を置けばわかりやすくビクつかれた。新鮮な反応だ。ニコスは地位も名誉もあり神の子の証である金髪に見合う整った容姿まで持っているため、誰かに拒絶されたことなんて人生で一度もない。
スプリングロードのプロたちにはもちろん上客として過剰なほどもてなされたし、同級生や神官仲間、医者の同僚にも絶えず秋波を向けられるのが当然の日常だった。
告白を断った相手に「どうか思い出だけでも」とキスをねだられ慈悲の心で応じた時も、ふれるだけのそれで相手は天にも昇るような様子で腰砕けになっていたくらいだ。
だが、ルイはどうだろう。
すでにニコスと目を合わせようとしない。
苦痛をどうにもできないためかまばたきが多い。
彼が進むこの先に、本当に快楽があるのだろうか。
それはニコス次第だと気を引き締める。

「ベッドがいいですか? それとも今日は、ソファーにしましょうか」

ルイはニコスがふれている肩をガチガチに強張らせ、「ニコスが決めていい」と答えた。その声は今から処刑でもされる罪人のようだ。

(ベッドに押し倒したりしたら、泣くどころか失神しそうだな)

それではさすがに鍛錬にならない。ニコスはルイのしっかりと筋肉がついた腕を掴み、進路をソファーへと定める。
明らかにほっとするルイを観察しながら近い距離感で腰を下ろした。

「さて、まずは何からしましょうか」

優しい声を意識して問う。──が、ルイは微細な声色の違いなどにはもはや気付けないほどいっぱいいっぱいの様子だ。

「っ、何してもいい。俺が嫌だって言っても、全部やめないでくれ。くっ殺の敵兵だったら、そうだろ?」

明らかに声を上擦らせ、ちょっと笑おうとして失敗したルイに一体どんな酷いことができると言うのだろう。

(敵兵は、正真正銘の鬼畜だな)

ニコスは自分にまったく嗜虐的な性癖がないことをあらためて自覚する。
前に知的好奇心が疼いて特殊な行為ができる店に行った経験を思い出した。相手を打つ鞭や、グロテスクな張り型、熱さを与える蝋燭……すべてにまったく興奮せず、結局はその道のプロと普通に行為をした。
帰り際、「神の子との特殊プレイを楽しみにしてたのに残念」と言われとても申し訳なかった。

(…──と、思考が飛んだな。ルイがあまりに怯えるから)

まだ掴んでいるルイの腕の硬さには騎士として誠実なトレーニングの成果が表れている。
医者も神官も体力勝負なのでニコスもそれなりに鍛えており軟弱ではない。だが近衛騎士は別格だ。研ぎ澄まされた実用的な筋肉は一朝一夕で手に入るものではない。ルイがその気になれば、ニコスなんて一撃だろう。

「本気で嫌なことをされたら、私を殴って止めてください」
「殴るとか……っ、無理だろ」
「無理ではありません。あなたにはできる。私相手でも、……敵兵相手でも」
「あ──、……わかった。本気で無理だったら、殴る」
「ええ」

よかった。ちゃんと伝わったようだ。

「さて──ルイ、私を見てください」
「さっきから、見てる」
「そのまま、目を逸らさないで。いくつか質問に答えてもらいます」
「わかった」
「マスターベーションの経験はありますか?」
「はぇ?!」
「目を逸らさず答えて」
「っ……、……そりゃあ、あるだろ」
「頻度は?」
「なんで……っ」
「答えて。あと目を逸らさないで」
「ッ…………頻度とか決まって、ない。なんかモヤモヤするのが限界だったら、たまにする」
「なるほど。どうやって?」
「どうっ……て、普通に」
「言葉にしてください。性的な行為とは、躰の接触だけではありません」
「う……普通にあれを、擦る」
「同時に胸をさわったりは?」
「は? いや胸筋さわる意味ないだろ」

(ふむ──、)

ニコスはブラウスの上から、ルイの左胸にふれた。

「わ……」

もにゅっと揉んでみる。

「っ!」
「……柔らかい」
「あ、はは。良質な筋肉は力んでない時は、柔らかいんだよ」
「初めて知りました」

スプリングロードのプロたちだと同性を相手にする男は女性的な容姿の者が多く、華奢で平らな胸元は、ルイとは対照的だった。
ブラウスの上からでもわかる、充実したふくらみに手のひらを押しあて、弾力を楽しむ。
体温の熱さと、心臓の速さが伝わってくるのもよい。
ニコスは真剣にもにゅもにゅとルイの胸を揉む。

「お、おいニコス……? そんなとこ……そんなさわって意味あるのか?」
「この感触、悪くないんです」
「悪くないって……っ、ん……」

鼻から抜けるような声を聞き逃さない。

「もしかして、気持ちいいんですか?」
「ッ、というよりかは、くすぐったい」
「なるほど、わかりました。ルイ、段階を踏みましょう」
「え……?」
「まだアムネシアの奇襲まで時間はあります。今日から数日は、ここで快感を得られることをあなたに教えましょう」

無防備になっていた右胸にもふれたニコスは、「何言ってるんだ?」という顔で見返してくるルイの胸筋を揉みはじめた。
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