短編集

喜岡 せん

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三題噺「夏、足、戸」

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 じりじりと肌が焼けるような暑さだった。
 目が痛いくらい真っ青な空には、作り物のような綿雲がゆうゆうと泳いでいる。

 夏だ。

 足元の黒猫が「みゃおぅ」と鳴いた。
 ぼくは手元の氷菓子を食べ進めつつ、足元にある桶の氷水で遊びつつ、隣の黒三郎・・・に話しかける。
 「氷菓子屋でも始めようか、きっと繁盛するだろうねぇ。え? そりゃあ氷を売るんだよ、勿論。一番大きくて固い氷を噛み砕いた人が勝ちだ。優勝したらおでんをご馳走しよう」
 「うー、みゃ」
 「うんうん、それが良いって? いやぁありがとう、黒三郎は本当に話のわかる猫だ! 早速先輩に言って退職願いを出そう! ……ああ、でも暑いから冬になってからでいいや……暑い……暑いなぁ……ああ、暑い!」
 ぼくは思わず庭先に向かって叫んだ。庭と言っても、自分たちで手入れが出来るほどの、本当にこじんまりとしたものだ。
 こうも暑いと何もかもが茹だってしまう。まるで生きながら蒸しパンにでもされる気分だ。それは嫌だ、せめて餡パンがいい。餡パンでも粒あんじゃなくてこし餡だ。
 「……あの粒々した感触が嫌いなんだよなぁ、だからぼくは粒あんは食べれない。……粒々と言えばこの間買った珍珠奶茶タピオカ! あれも駄目だね! どうして飲み物と一緒にしてしまったんだろう! 象が二足歩行でリンボーダンスをするくらい滑稽な食品だよあれは! ………………ああ! ハズレだ! この頃一本もアタリ出ないよなぁ。駄菓子屋のおばちゃん、何か細工でもしてるのかなぁ。……黒三郎は呑気でいいねぇ」
 「……みゃう」
 細く薄い木の板に「ハズレ」と掘られた文字。まるでぼくの中の何かが「ハズレ」ているような気がしてきて、意味もわからずげんなりした。
 ハリボテの様に彩度の高い空が広がっている。
 桶に足を突っ込んだまま縁側に寝転ぶと、軒と共に風鈴が視界の端に見えてようやく鈴の音を認識した。
 「夏が終われば、秋が来る。そのうちに寒くなって、冬が来る。季節が過ぎれば春が来て、そしたらまた夏だ。本当、世の中は上手くできてるよ。同じことの繰り返しだからねぇ。………常世も、浮世も、黄泉も、全てが輪廻に繋がっている」
 そうやって、ぼくたちの知らないところで世界は回っていたりする。

 ……そんなことを言ったかもしれないし、そうじゃないかもしれない。覚えているのは耳に心地良い鈴と、誰かが玄関の戸を開けて帰ってきた声だけ。
 ただ、突然襲ってきた睡魔に抗えず、気がつけばぼくはそのまま目を閉じていた。

 いつの間にか縁側に上がってきた黒三郎が「みゃう」とだけ言って、家の奥に消えていく。


 終
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