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7◆経験豊富なサラとルチア

◆1

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 僕はサバトラのマサオを連れて動物病院を訪れていた。
 マサオの他にも僕のところには四匹の猫がいるんだけど、皆に一緒に行こうか? って訊いたら、そろって留守番しているから行ってこいとの答えだった。
 健康診断とはいえ一匹だけ連れていくとマサオも不安かなって心配したものの、やっぱりここでもマサオはマイペースだった。

「あっ、犬丸さん」

 受付嬢の早瀬さんが顔を上げた途端にふわりと微笑んでくれた。相変わらず麗しい。
 ここへ来る密かな楽しみだ。

「こんにちは。今日はこの子の健康診断に来ました。あれからモカも元気にしてますよ」

 モカは早瀬さんのお姉さんからもらった三毛の子猫。
 元気すぎて困るくらいには元気だ。畳に爪を引っかけて遊ぼうとするのを皆が阻止してくれている。モカは面白いのにと不満そうだけど。
 早瀬さんはクスクスと笑った。

「それはよかったです。新しく入った子ですか? 可愛い猫ちゃんですね。今日はその子だけですね?」
「はい」

 マサオは、にゃ~と愛想よく振る舞う。
 姉ちゃんもオレの次くらいに可愛いよって返している。このお調子者が……

 でも、マサオは好奇心が強いせいか、健康診断の間も案外落ち着いていた。先生に向かって、ねえねえ、これ何? 何してんの? とか話しかけていた。返答が得られたはずもないんだけど。

 何事もなく診断を終えて、僕はまた受付で早瀬さんと顔を合わせる。
 今度食事でもどうですか? と言いたいのは山々なんだけど、今の僕はまず猫カフェを軌道に乗せなくちゃいけない。収入の不安定な男に食事に誘われても微妙だろうか。

 サービス業の僕は土日はほぼ休めなくて、早瀬さんは日曜日がお休みっぽい。休みが合わないなんて論外か?
 ……いや、この動物病院の定休日は水、日だったかも。

 ってことは、水曜日なら――ハッ、僕の脳みそが暴走してしまった。マサオが、どーした? って顔をして僕を見上げている。
 僕は気を取り直し、早瀬さんに当り障りのないことを言った。

「今は皆、僕の家にいるんですけど、そこを引き払ってそろそろカフェの方に移ろうかと思ってます。もうオープンも近いので」

 正直に言って、僕のアパートでは五匹の猫がひしめいていたのでは皆のストレスになる。もうあっちに移る頃合いだなって思っているんだ。

「楽しみですね」
「ええ、とっても」

 本当に楽しみなんだ。僕の夢がやっと叶うんだから。


 というわけで引っ越しだ。僕は家に帰るなり皆にそれを告げた。
 すると、皆そろって、ここ狭いもんな、みたいなことを言われた。だよね……

「この家の中のものを運び込むのは業者の人に頼むから、皆は先にこの間連れていったところで待っていてほしいんだけど、ちょっとバタバタするから、僕の居住スペースのところにいてほしいんだ。物音がうるさいかもしれないけど、すぐ済むから。家具なんかの運び出しの時は危ないし、そこから出てきちゃ駄目だよ」

 にゃあ。
 言われなくても行かないよ、とトラさんに言われた。
 そうだね、トラさんやハチさんに関しては心配してない。心配なのはマサオだ。

「マサオ、出てきちゃ駄目だから」

 名指しで念を押すと、マサオは首を傾げた。
 
 にゃ~。
 わかってるって?
 
 でも、そう言いつつ好奇心に負けるのがマサオだ。
 まあ、皆がついているからなんとか抑え込んでくれるだろう。

 それから引っ越しの見積もりを取ってもらう。引っ越し業者がいる間、皆は外で遊んできてもらった。近いし、繁忙期も過ぎてるし、男の一人暮らしだから物は少ないし、そう高くはない。店に業務用を入れたから、この冷蔵庫も処分して部屋に置ける小さいのに買い替えるつもりだ。
 着実に準備は進んでいく。

 引っ越しの当日は皆そわそわしていた。やっぱり、変化っていうのは落ち着かないものだよね。数日過ごしただけの部屋でも皆にとっては愛着もあるのかな。

 僕は引っ越す前に近場にいる猫たちに挨拶して回った。それから、もし僕の猫カフェで働きたいって猫がこの辺りに来たら、僕が引っ越したってこと、店の場所を伝えてほしいと頼み、猫用おやつ、フリーズドライのササミをプレゼントしてきた。
 あ、もちろんアパートの大家さんにも菓子折りを持って挨拶に行った。

「犬丸君、行っちゃうんだねぇ。寂しくなるよ」

 大家の渡辺さんは多分八十歳前後のおばあさん。若く見えるんだけど。
 しかも、無類の猫好きだから猫を飼うなとは言わない。猫なら大歓迎とか言ってくれた。どうせボロいアパートだし、借り手もそんなにいないし、来たとしても少々部屋が傷んでたって、家賃安ければなんでもいいっていうような人しかいないんだからね、なんて。大らかな人だ。

「オープンしたら渡辺さんのことも招待させて頂きますから。本当にありがとうございました!」

 僕が猫カフェを持てる頭金をそろえることができたのは、ここの家賃が格安だったおかげだというのは間違いない。それに猫だらけでも許してくれたのが何よりありがたかった。

「頑張ってね。応援しているよ」

 そう言って、大家の渡辺さんは僕の二の腕をバシンと叩いた。結構力が強かったので、まだまだ元気に過ごせそうだなって思った。
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