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094 声

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そもそも精神感応テレパシーが届く距離には限界がある。

通信魔術を得意とする普通の人間でせいぜい100メートル。
以前の俺でたぶん2kmか3km程度。
桁違いに魔力が上がった今の俺なら100km以上でも届くかもしれないが、今回は何と言っても次元の狭間を越えなければいけないのだ。

そもそも越えられるものなのだろうか。

ただしかし、以前ネクロードミレーヌは次元転送装置を通信魔術で誤作動させてしまったことで魂だけ別の世界に行ってしまったことがあると言っていた。

そして先ほどユジカとの戦いで次元転送装置から聴こえた不思議な声。
あれがもし別の世界からの声だとすると、きっと通信が次元を越えること自体は不可能ではないのだ。

ただしそれはあくまでも次元転送装置を利用してのこと。

今ここにそれはない。

あるのはただ赤茶けた地面と真っ白な空。
その間に俺は立ち、その向こうには全身金ピカの神がいて、真っ黒い魔力をほとばしらせるユジカがそのまわりを飛び回っている。閃光や炎や雷や風や岩など様々な魔術の攻撃を撃ち放ちながら。神は微動だにせずユジカの魔術攻撃も効いているようには見えないが。

とりあえず俺は何もわからないまま、真っ白い空に向かって全開の魔力で精神感応テレパシーを放っている。

しかし当然だが何も反応はない。

白い空の終わりのようなもの、次元の壁のようなものは何も感じない。

地面に対して精神感応テレパシーを放っても同じ。
あるのはただ地面だけ。

その先に何かがあるようにも感じないし、思念のかけらも何も捕まえられない。
ありとあらゆる方角に精神感応テレパシーを放っても放っても、ヒントになるようなものさえもつかめない。

神のまわりを飛び回るユジカは、いつの間にかダメージを重ねボロボロになっている。
俺からは神が攻撃を放っているようにも見えないのだが、きっと何かを放っているのだろう。ユジカは身体の至るところにヒビが入り、今にも崩れそうになっているのを何とか魔力で維持している。

あまり時間はなさそうだ。

しかし一体どうすればいいのだろう。

今の俺の身体は普通の服は着ているが、情報共有装置スキエンティア魔導兵装サイコスーツもない。
ユジカとの戦いの際には身につけていたが、神の言葉によれば今のこの身体は精神体。
そこに魔導具は持ってこれなかったということだろう。

精神感応テレパシーも届かない。魔導具もない。

完全には死んでいないということだが、肉体もなく精神体のみ。
ほとんど死人の俺が、次元を越えてどうやって生きている仲間たちに声を届ければいいのか。

<……大丈夫…………大丈夫よ…………………>

突然、俺の頭の中に女性の声が響いた。
さっき死ぬ直前にも俺の頭の中に響いていた声。

柔らかく、儚げで、淡い雪のように触れたら消えてしまいそうな優しい女の人の声。

遠い記憶の中で聞いた母の声だ。

「お、お母さん…?」

俺は無意識にそう呟いた。
自分の母を何と呼べばいいかわからなかったが、言葉を覚えた時にはもういなくて、実際に呼んだこともなかったのだ。でも俺は何となく「お母さん」という言葉を口にした。

「お母さん!」

俺は周囲を見回しながら大きな声で呼んでみた。
いつの間にか、なぜか頬を涙が伝っている。精神体なのに。心臓の鼓動もないのに。

「お母さん!!!」

姿はどこにもない。
俺の声だけが赤茶色と白の他に何もない空間に響き渡る。

<ずっと…ここにいますよ………私の愛しい子………………>

ここ?

どこだ。どこにいるっていうんだ。

俺は何度も「お母さん!」と叫びながら、神とユジカが戦っている場所とは反対側に駆けていく。遠くからユジカの「何してる!さっさと仲間を呼べ!」という叫び声が聴こえてくるが俺は振り返らない。

「お母さん!!!」

姿は見えない。

<…大丈夫…大丈夫よ……ずっとそばで見ていますよ……………>


ずっと、そばで?


そばで。






ずっとそばで、俺を見ている。





そうか!ここか!!!


俺は自分の胸の奥、自分自身の心の奥底に向かって精神感応テレパシーを放つ。

深く、深く。

自分の心の一番奥の、一番あたたかいところ。


そこに、母の笑顔があった。


真っ白い肌に長いまつげ、雪みたいに儚いけど暖かくて優しい微笑み。


<お母さん…!!!>

<やっと、会えたわね…立派になって、がんばったのね………>

<でも、お母さん………ごめん!…お、俺、赤ん坊の頃に、俺が、お母さんを…>
<いいのよ…あなたは私を守ってくれたのよ…>
<でも、俺が俺の魔力で………>
<いいの…いいのよ………そんなことより、もっと奥に行きなさい>

<………奥?>

<そう、あなたの心のもっと奥よ。今ならそこに、もう一人いるでしょう?>



今なら、もっと奥に………もう一人?


そうか。


そうだ。


<うん………俺、行かなきゃ>

<行ってきなさい………今度は必ず、その人を守るのよ……………>


俺は心の中で強く頷いて、さらに奥へと潜る。






そこには、氷の女神みたいに美しい顔を歪ませ艷やかな唇を震わせ、ボロボロ涙をこぼして泣き崩れる女性の姿があった。その腕の中には俺の遺体。

ああ、やっぱり泣かせてしまっていた。

ごめん。

ごめんよ、シェリル。





<シェリル!!!>

俺が叫ぶと、シェリルは周囲を見渡しながら叫び返した。



「ティモシー!!!」



<シェリル!俺はまだ死んでない!俺の魂はその身体の中じゃない!>

シェリルは涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔を上げる。

「どこ!?どこにいるの!!!」

<次元の狭間だ!生き返るために神と戦っている!!!>

シェリルが立ち上がって叫ぶ。

「わかったわ!待っていて!次元転送装置で絶対そっちに行くから!!!」
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