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087 悪役
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「ふははははは!どうしたどうした!このままでは消し炭になってしまうぞ!」
エイブラハムが次々と放つ炎魔術に四方八方を囲まれ、シェリルはその身がジリジリと焦げ付いていくのを感じている。
先ほどからシェリルは稲妻のような機動力で直撃こそ避けているが、氷晶凍結で氷壁を作っても凄まじい高温であっという間に破壊されてしまい、相手の炎魔術を封じ込めることができずにいた。
ふう。
燃え盛る炎に囲まれてシェリルはひとつ、ため息をついた。
「万策尽きたか!そうであろうな!それでは一思いにワシの最大火力でとどめを刺してやろう!」
歯をむき出しにして暑苦しい笑みを浮かべながら、エイブラハムはブツブツと詠唱を始める。その両手からは轟々と猛烈な炎の柱がとぐろを巻いて立ち昇っている。
「もう逃げ回っても無駄だぞ!このワシの炎王滅殺炎熱波は地獄の果てまでも貴様を追いかけて焼き尽くす!覚悟するがいいっ!!!」
口角から泡を飛ばして大声でのたまうエイブラハムに、シェリルは首をかしげた。
覚悟?
まあ、そうとも言える。
「仕方がないわね」
そう言ってシェリルは腰のレイピアを抜いた。
それを見てエイブラハムは何を勘違いしたのか高笑いを始める。
「うわはははははは!これで年貢の納め時だな!それでは行くぞ!炎王滅殺炎」
自慢の炎魔術の名前を言い終わる前に、エイブラハムの視界からシェリルが消えた。
と同時にエイブラハムは自分の視界そのものが横滑りにズレていくのを感じる。
「……………は?へ???」
エイブラハムの背後でカツ、カツ、とシェリルの靴音が遠ざかっていく。
シェリルが歩きながらレイピアを振るうと、わずかに剣先に付着していた血液がピッ!と床に打ち振るわれた。
シェリルの背後でエイブラハムの頭部の鼻から上半分がズルリと滑って落ち、残された身体は両手に炎を宿したまま前のめりに倒れていく。
シェリルはため息をついて腰にレイピアを納めた。
「…私の剣に、暑苦しい血をつけてしまったわ」
…………………………………………
「ふっ、薄汚い亜人にも赤い血が流れているのですね…」
光のシーラが手刀を構えてゆっくりと歩いてくる。
シシリーはその手刀に何度も斬り裂かれ、皮膚の至るところから血を流していた。
特に右肩の裂傷が酷い。
左手で抑えているが指の隙間からダラダラと血が流れていく。
「だから言ったでしょう。光の速度から逃げ切れるわけがないと」
先ほどからシシリーは光の粉を振りまきながら瞬間移動で攻撃をかわし続けていたが、絶え間なく繰り返される追撃を避けきれず、少しずつダメージを重ねてしまっていた。
「先ほどまでの生意気な態度はどこに行ってしまったのですかね…」
シーラは肩で息をするシシリーの目の前まで来ると手刀に眩い光を纏って振りかざした。
「まあいいでしょう。これで終わりです!」
その瞬間、シシリーはニヤリと笑みを浮かべた。
「終わったのはそっちだよ!空間隔絶!」
突然シーラの目の前、シシリーとの間に光の壁が現れた。
シーラが周囲を見渡すとその光の壁は上下左右前後を覆っている。
「な、なんですかこれは!」
「もうその檻からは絶対に出られないよ。アタシが許可したもの以外はね…」
そしてシシリーが「癒やしの光」を唱えると、その身体に暖かな光が降り注がれ、全身の傷が跡形もなく治っていく。
「か、回復できたのか…!?」
「そりゃできるよ。アタシ天才エルフだもん」
「ふ、ふん…だからといって私に攻撃魔術は通じませんよ。先ほども言った通り私の法衣は完全な魔力障壁なのですから」
平静を装うシーラを見てシシリーは「ふ~ん」と悪戯な笑みを浮かべる。
「空間破断」
シーラは一瞬身構えたが、空間の断裂はシーラの方向ではなくシシリーの背後、壁沿いにそびえる巨大な石像に放たれた。教皇ユジカ・キーミヤンを象った石像が足元から切断され、シシリーが指先をクイッと上にあげるとズズズッと宙に浮いた。
「な、何をするのです!それは偉大なる教皇様の石像ですよ!」
「知らないよそんなの。で、何すると思う?」
巨大な石像は重力を無視して宙を滑り、シシリーとシーラがいる場所に向かってくる。
「な、ななな何のつもりです!」
「何だろねえ。魔術は効かないんでしょ?」
「そ、そうです!この法衣の前ではあらゆる魔術が無効です!」
「じゃあ、このおっきな石も受け止められる?」
「え?…な、ちょ、やめて!やめてっ!」
シーラの真上に浮かぶ巨大な石像が、動揺を隠せなくなったシーラに影を落としている。
「や、やだ!やめて!やめてくださいっ!」
シシリーは満面の笑みを浮かべて言った。
「や~めない」
巨大な石像が凄まじい速度で振り落とされ、シーラの断末魔はブチュッという破裂音と床を砕く轟音でかき消された。
…………………………………………
闘技場のような広大な空間の天井に届きそうなほどの巨体となったバーグルーラに、風の枢機卿アーセルは何度も真空波などの魔術を放ったが、結界を張られるまでもなく、その硬い鱗に傷ひとつ付けられずにいた。
<どうした小僧、それで終わりか>
その場から一歩も動くことのなかったバーグルーラは、呼吸を荒くするアーセルを見下ろしてそう言った。
「く、くそっ!だがボクの攻撃が効かなくても、お前のブレスだってボクには通じないぞ!お前はここでいつまでもボクと終わりのない戦いを続けるしかないんだ!」
バーグルーラは呆れた様子でその巨大な鼻の穴から、ぶふーっと息を吐いた。
<…つまらん>
それだけ言い捨てると、バーグルーラはズシン、ズシン、と地面を揺らしながら一歩一歩アーセルに近付いていく。
「…くっ!」
アーセルは自分の前方に爆風を起こし、その勢いでバーグルーラと距離を取るために後方に猛スピードで飛び去ろうとする。
しかしその瞬間、バーグルーラも太い後ろ脚で床を蹴り、それ以上の速度でアーセルに肉薄し右の前脚でアーセルの身体をつかむ。
「なっ!何をする!離せっ!」
バーグルーラの手の中でアーセルは必死に身をよじるが逃れることはできず、鋭い爪が肉に食い込んで血が吹き出すばかりだ。
<我が同胞を殺した罪、我の腹の中で後悔するが良い>
その言葉を聞いてアーセルは顔を真っ青にして叫んだ。
「うわあぁぁぁぁぁぁっ!やめろっ!やめろおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
悲鳴を上げるアーセルを、バーグルーラは大きく開けた口の中に頭から放り込んだ。
何度か咀嚼してバーグルーラは、器用に法衣だけをベッと吐き出した。
…………………………………………
「科学の力だとぉ!?この俺様の筋肉にそんなもんが効くかよ!」
岩のイザークは、ボディビルのサイドチェストポーズのような姿勢で筋肉を見せつけながらレミーにそう言った。
この人も転移者か転生者なのだろうか。
それともマッチョはどの世界でも同じポーズに到達するのだろうか。
レミーは特に根拠はないがたぶん後者だなと思う。
思いながらレミーは懐から小さな筒を出し、そのボタンを押すと小さな筒は大砲のように巨大な銃に変化した。
レミーはその巨大な銃を両手で抱えるように構える。
その間も岩のイザークは特に攻撃などしてこない。
もはや「俺様の筋肉と科学の力とやらの勝負」になっているのだとレミーも理解している。方向性が違えど同じ脳筋同士、相通ずるものがあるのだろう。
「これは私の最高傑作、魔導電磁誘導砲!あなたの筋肉は耐えられますかね!」
イザークは今度はフロントダブルバイセップスのポーズで満面の笑みを浮かべる。
「当たり前だ!さっさと撃ってこい!」
レミーは魔導電磁誘導砲の銃口をイザークに向け、右手でいくつかのボタンやレバーを素早く操作した。
キュイィィィィィィィン…と音を立てて、魔導電磁誘導砲の砲身から目がくらむような激しい光が漏れる。
「さあ、行きますよ!スリー、ツー、ワン………ファイヤー!!!」
その瞬間、爆発的な光と轟音が鳴り響き、銃口の前方の何もかもが消失した。
奥の方にある真っ白な分厚い壁には大きな穴が空いており、青空が見えている。
目の前にいたはずのイザークは、2つの足首から下だけをその場に残し、その上の身体は跡形もなく消え去ってしまった。
「あら…やりすぎちゃいましたかね………」
レミーがそう言って魔導電磁誘導砲の銃口を降ろすと、残されたイザークの足首の断面がむくむくと盛り上がり、ギュルンッと音を立ててあっという間に肉体が復元された。
「はっはっはっはっは!なかなかやるじゃねえか!だが俺様の筋肉は細胞一粒あればいくらでも再生可能だ!」
胸を張ってそう言うイザークに、レミーは「前!前!見えてますよ!」と顔を背けた。
指摘を受けてイザークは自分の身体を確認すると、確かに衣服はすべて消失しありのままの自分自身があらわになっている。
「まあいいだろ!俺様の身体に隠すべきところなんてねえ!」
その発言にレミーは「いや、ちょっとそんな、恥じらいのない男子を見ても楽しくありませんよ私は!」と謎の性癖の片鱗を暴露しつつ後ずさった。
「そんなことより科学の力とやらはそれで終わりか?それなら今度はこっちの番だな」
イザークはそう言いながら、後ずさるレミーにジリジリと歩みを進めていく。
「いや!まだ!まだもうひとつあるんです!」
「ウソつくなよ、さっき最高傑作って言ってたじゃねえか」
「そうですけど!今度のは奥の手と言いますか隠し玉と言いますか…!」
「言い逃れしてんじゃねえよ、俺様は見苦しいのは嫌いなんだ」
「ホントですよ!ほら!これです!」
後ずさりしながらレミーは懐の小さな筒を白いツルツルした衣服のようなものに変えた。
「ああ?なんだそりゃ、それが武器かぁ?」
「いえ、これは武器ではないんですが」
「だったら興味ねえな」
イザークはツルツルした衣服を抱えるレミーに近付いていく。
「ちょっと待ってちょっと待って!すぐ出ますから武器が!準備があるんです!」
「面倒くせえなあ…」
そう言って立ち止まったイザークにレミーは「そのまま!そのままいてください!」と言いながら大慌てで衣服を装着していく。ブーツも履いたままジャケットも着たまま衣服に袖を通し、衣服につながったヘルメットに頭を突っ込んで背中のジッパーを上げてレミーは全身をツルツルの白い服で覆うと、足元に置いた黒い箱を開け、その中から琥珀色の液体が入ったガラス瓶のようなものを取り出した。
「お待たせしました!」
「あぁん?なんだそりゃ、まあいいや。さっさとやれよ。それ終わったらぶっ殺すからな」
いらついた様子のイザークに、レミーはそのガラス瓶を投げつける。
イザークの分厚い大胸筋にガラス瓶が当たって粉々に砕け、中の液体が飛び散る。
「これが武器か?こんなもんで俺様の」
そこまで言ってイザークは「カッ、ハッ…」と息をつまらせ膝をついた。
「…ど、毒か」
「ええ…そうです」
「た…たかが毒、くらい………」
イザークは膝をつきながらも全身の筋肉を膨張させ、必死に抗う。細胞の力を発揮して解毒しようとしているのだろう。しかしイザークの顔面はドロリと溶け、眼球がこぼれ落ち下顎が崩れボロボロと歯も抜け落ちていく。
「抵抗は無意味ですよ…。VXガスにマスタードガス、サリンにホスゲン、シアン化水素にボツリヌス菌、炭疽菌…ありとあらゆる生物化学兵器や毒物の良いところ、いや悪いところをごちゃ混ぜするようこの世界の物質で再構成しましたからね。あなたが生物である限り逃れるすべはありませんよ。そもそも細胞というものは」
レミーが長々と講釈を垂れる間に、イザークはぐつぐつと身体を沸騰させながら溶けていき、あっという間にただのドロドロした粘液となった。
…………………………………………
戦いを終え、俺と教皇ユジカ・キーミヤンがいる空間に、シェリル、シシリー、バーグルーラ、レミーが次々と転送されてきた。
戦いの前半はニヤニヤ薄ら笑いを浮かべながら戦況を眺めていたユジカは、後半になるといらついた表情を見せ、最終的には呆れた様子でため息をついた。
「…あのさ、お前の仲間ってさ」
「なんだよ」
「本当は悪役のほうが似合うんじゃないの?」
今すぐ殺してやりたいほど気に入らないユジカだが、その言葉だけは否定できず俺は小さく頷いた。
エイブラハムが次々と放つ炎魔術に四方八方を囲まれ、シェリルはその身がジリジリと焦げ付いていくのを感じている。
先ほどからシェリルは稲妻のような機動力で直撃こそ避けているが、氷晶凍結で氷壁を作っても凄まじい高温であっという間に破壊されてしまい、相手の炎魔術を封じ込めることができずにいた。
ふう。
燃え盛る炎に囲まれてシェリルはひとつ、ため息をついた。
「万策尽きたか!そうであろうな!それでは一思いにワシの最大火力でとどめを刺してやろう!」
歯をむき出しにして暑苦しい笑みを浮かべながら、エイブラハムはブツブツと詠唱を始める。その両手からは轟々と猛烈な炎の柱がとぐろを巻いて立ち昇っている。
「もう逃げ回っても無駄だぞ!このワシの炎王滅殺炎熱波は地獄の果てまでも貴様を追いかけて焼き尽くす!覚悟するがいいっ!!!」
口角から泡を飛ばして大声でのたまうエイブラハムに、シェリルは首をかしげた。
覚悟?
まあ、そうとも言える。
「仕方がないわね」
そう言ってシェリルは腰のレイピアを抜いた。
それを見てエイブラハムは何を勘違いしたのか高笑いを始める。
「うわはははははは!これで年貢の納め時だな!それでは行くぞ!炎王滅殺炎」
自慢の炎魔術の名前を言い終わる前に、エイブラハムの視界からシェリルが消えた。
と同時にエイブラハムは自分の視界そのものが横滑りにズレていくのを感じる。
「……………は?へ???」
エイブラハムの背後でカツ、カツ、とシェリルの靴音が遠ざかっていく。
シェリルが歩きながらレイピアを振るうと、わずかに剣先に付着していた血液がピッ!と床に打ち振るわれた。
シェリルの背後でエイブラハムの頭部の鼻から上半分がズルリと滑って落ち、残された身体は両手に炎を宿したまま前のめりに倒れていく。
シェリルはため息をついて腰にレイピアを納めた。
「…私の剣に、暑苦しい血をつけてしまったわ」
…………………………………………
「ふっ、薄汚い亜人にも赤い血が流れているのですね…」
光のシーラが手刀を構えてゆっくりと歩いてくる。
シシリーはその手刀に何度も斬り裂かれ、皮膚の至るところから血を流していた。
特に右肩の裂傷が酷い。
左手で抑えているが指の隙間からダラダラと血が流れていく。
「だから言ったでしょう。光の速度から逃げ切れるわけがないと」
先ほどからシシリーは光の粉を振りまきながら瞬間移動で攻撃をかわし続けていたが、絶え間なく繰り返される追撃を避けきれず、少しずつダメージを重ねてしまっていた。
「先ほどまでの生意気な態度はどこに行ってしまったのですかね…」
シーラは肩で息をするシシリーの目の前まで来ると手刀に眩い光を纏って振りかざした。
「まあいいでしょう。これで終わりです!」
その瞬間、シシリーはニヤリと笑みを浮かべた。
「終わったのはそっちだよ!空間隔絶!」
突然シーラの目の前、シシリーとの間に光の壁が現れた。
シーラが周囲を見渡すとその光の壁は上下左右前後を覆っている。
「な、なんですかこれは!」
「もうその檻からは絶対に出られないよ。アタシが許可したもの以外はね…」
そしてシシリーが「癒やしの光」を唱えると、その身体に暖かな光が降り注がれ、全身の傷が跡形もなく治っていく。
「か、回復できたのか…!?」
「そりゃできるよ。アタシ天才エルフだもん」
「ふ、ふん…だからといって私に攻撃魔術は通じませんよ。先ほども言った通り私の法衣は完全な魔力障壁なのですから」
平静を装うシーラを見てシシリーは「ふ~ん」と悪戯な笑みを浮かべる。
「空間破断」
シーラは一瞬身構えたが、空間の断裂はシーラの方向ではなくシシリーの背後、壁沿いにそびえる巨大な石像に放たれた。教皇ユジカ・キーミヤンを象った石像が足元から切断され、シシリーが指先をクイッと上にあげるとズズズッと宙に浮いた。
「な、何をするのです!それは偉大なる教皇様の石像ですよ!」
「知らないよそんなの。で、何すると思う?」
巨大な石像は重力を無視して宙を滑り、シシリーとシーラがいる場所に向かってくる。
「な、ななな何のつもりです!」
「何だろねえ。魔術は効かないんでしょ?」
「そ、そうです!この法衣の前ではあらゆる魔術が無効です!」
「じゃあ、このおっきな石も受け止められる?」
「え?…な、ちょ、やめて!やめてっ!」
シーラの真上に浮かぶ巨大な石像が、動揺を隠せなくなったシーラに影を落としている。
「や、やだ!やめて!やめてくださいっ!」
シシリーは満面の笑みを浮かべて言った。
「や~めない」
巨大な石像が凄まじい速度で振り落とされ、シーラの断末魔はブチュッという破裂音と床を砕く轟音でかき消された。
…………………………………………
闘技場のような広大な空間の天井に届きそうなほどの巨体となったバーグルーラに、風の枢機卿アーセルは何度も真空波などの魔術を放ったが、結界を張られるまでもなく、その硬い鱗に傷ひとつ付けられずにいた。
<どうした小僧、それで終わりか>
その場から一歩も動くことのなかったバーグルーラは、呼吸を荒くするアーセルを見下ろしてそう言った。
「く、くそっ!だがボクの攻撃が効かなくても、お前のブレスだってボクには通じないぞ!お前はここでいつまでもボクと終わりのない戦いを続けるしかないんだ!」
バーグルーラは呆れた様子でその巨大な鼻の穴から、ぶふーっと息を吐いた。
<…つまらん>
それだけ言い捨てると、バーグルーラはズシン、ズシン、と地面を揺らしながら一歩一歩アーセルに近付いていく。
「…くっ!」
アーセルは自分の前方に爆風を起こし、その勢いでバーグルーラと距離を取るために後方に猛スピードで飛び去ろうとする。
しかしその瞬間、バーグルーラも太い後ろ脚で床を蹴り、それ以上の速度でアーセルに肉薄し右の前脚でアーセルの身体をつかむ。
「なっ!何をする!離せっ!」
バーグルーラの手の中でアーセルは必死に身をよじるが逃れることはできず、鋭い爪が肉に食い込んで血が吹き出すばかりだ。
<我が同胞を殺した罪、我の腹の中で後悔するが良い>
その言葉を聞いてアーセルは顔を真っ青にして叫んだ。
「うわあぁぁぁぁぁぁっ!やめろっ!やめろおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
悲鳴を上げるアーセルを、バーグルーラは大きく開けた口の中に頭から放り込んだ。
何度か咀嚼してバーグルーラは、器用に法衣だけをベッと吐き出した。
…………………………………………
「科学の力だとぉ!?この俺様の筋肉にそんなもんが効くかよ!」
岩のイザークは、ボディビルのサイドチェストポーズのような姿勢で筋肉を見せつけながらレミーにそう言った。
この人も転移者か転生者なのだろうか。
それともマッチョはどの世界でも同じポーズに到達するのだろうか。
レミーは特に根拠はないがたぶん後者だなと思う。
思いながらレミーは懐から小さな筒を出し、そのボタンを押すと小さな筒は大砲のように巨大な銃に変化した。
レミーはその巨大な銃を両手で抱えるように構える。
その間も岩のイザークは特に攻撃などしてこない。
もはや「俺様の筋肉と科学の力とやらの勝負」になっているのだとレミーも理解している。方向性が違えど同じ脳筋同士、相通ずるものがあるのだろう。
「これは私の最高傑作、魔導電磁誘導砲!あなたの筋肉は耐えられますかね!」
イザークは今度はフロントダブルバイセップスのポーズで満面の笑みを浮かべる。
「当たり前だ!さっさと撃ってこい!」
レミーは魔導電磁誘導砲の銃口をイザークに向け、右手でいくつかのボタンやレバーを素早く操作した。
キュイィィィィィィィン…と音を立てて、魔導電磁誘導砲の砲身から目がくらむような激しい光が漏れる。
「さあ、行きますよ!スリー、ツー、ワン………ファイヤー!!!」
その瞬間、爆発的な光と轟音が鳴り響き、銃口の前方の何もかもが消失した。
奥の方にある真っ白な分厚い壁には大きな穴が空いており、青空が見えている。
目の前にいたはずのイザークは、2つの足首から下だけをその場に残し、その上の身体は跡形もなく消え去ってしまった。
「あら…やりすぎちゃいましたかね………」
レミーがそう言って魔導電磁誘導砲の銃口を降ろすと、残されたイザークの足首の断面がむくむくと盛り上がり、ギュルンッと音を立ててあっという間に肉体が復元された。
「はっはっはっはっは!なかなかやるじゃねえか!だが俺様の筋肉は細胞一粒あればいくらでも再生可能だ!」
胸を張ってそう言うイザークに、レミーは「前!前!見えてますよ!」と顔を背けた。
指摘を受けてイザークは自分の身体を確認すると、確かに衣服はすべて消失しありのままの自分自身があらわになっている。
「まあいいだろ!俺様の身体に隠すべきところなんてねえ!」
その発言にレミーは「いや、ちょっとそんな、恥じらいのない男子を見ても楽しくありませんよ私は!」と謎の性癖の片鱗を暴露しつつ後ずさった。
「そんなことより科学の力とやらはそれで終わりか?それなら今度はこっちの番だな」
イザークはそう言いながら、後ずさるレミーにジリジリと歩みを進めていく。
「いや!まだ!まだもうひとつあるんです!」
「ウソつくなよ、さっき最高傑作って言ってたじゃねえか」
「そうですけど!今度のは奥の手と言いますか隠し玉と言いますか…!」
「言い逃れしてんじゃねえよ、俺様は見苦しいのは嫌いなんだ」
「ホントですよ!ほら!これです!」
後ずさりしながらレミーは懐の小さな筒を白いツルツルした衣服のようなものに変えた。
「ああ?なんだそりゃ、それが武器かぁ?」
「いえ、これは武器ではないんですが」
「だったら興味ねえな」
イザークはツルツルした衣服を抱えるレミーに近付いていく。
「ちょっと待ってちょっと待って!すぐ出ますから武器が!準備があるんです!」
「面倒くせえなあ…」
そう言って立ち止まったイザークにレミーは「そのまま!そのままいてください!」と言いながら大慌てで衣服を装着していく。ブーツも履いたままジャケットも着たまま衣服に袖を通し、衣服につながったヘルメットに頭を突っ込んで背中のジッパーを上げてレミーは全身をツルツルの白い服で覆うと、足元に置いた黒い箱を開け、その中から琥珀色の液体が入ったガラス瓶のようなものを取り出した。
「お待たせしました!」
「あぁん?なんだそりゃ、まあいいや。さっさとやれよ。それ終わったらぶっ殺すからな」
いらついた様子のイザークに、レミーはそのガラス瓶を投げつける。
イザークの分厚い大胸筋にガラス瓶が当たって粉々に砕け、中の液体が飛び散る。
「これが武器か?こんなもんで俺様の」
そこまで言ってイザークは「カッ、ハッ…」と息をつまらせ膝をついた。
「…ど、毒か」
「ええ…そうです」
「た…たかが毒、くらい………」
イザークは膝をつきながらも全身の筋肉を膨張させ、必死に抗う。細胞の力を発揮して解毒しようとしているのだろう。しかしイザークの顔面はドロリと溶け、眼球がこぼれ落ち下顎が崩れボロボロと歯も抜け落ちていく。
「抵抗は無意味ですよ…。VXガスにマスタードガス、サリンにホスゲン、シアン化水素にボツリヌス菌、炭疽菌…ありとあらゆる生物化学兵器や毒物の良いところ、いや悪いところをごちゃ混ぜするようこの世界の物質で再構成しましたからね。あなたが生物である限り逃れるすべはありませんよ。そもそも細胞というものは」
レミーが長々と講釈を垂れる間に、イザークはぐつぐつと身体を沸騰させながら溶けていき、あっという間にただのドロドロした粘液となった。
…………………………………………
戦いを終え、俺と教皇ユジカ・キーミヤンがいる空間に、シェリル、シシリー、バーグルーラ、レミーが次々と転送されてきた。
戦いの前半はニヤニヤ薄ら笑いを浮かべながら戦況を眺めていたユジカは、後半になるといらついた表情を見せ、最終的には呆れた様子でため息をついた。
「…あのさ、お前の仲間ってさ」
「なんだよ」
「本当は悪役のほうが似合うんじゃないの?」
今すぐ殺してやりたいほど気に入らないユジカだが、その言葉だけは否定できず俺は小さく頷いた。
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