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078 神の島
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「神の島?忘れられた海賊団?どういうことだ?」
俺の前を進む海賊ガブリエルは、俺の質問に振り返ることもなく大きな倒木を乗り越えていく。離されまいと必死に追いすがる俺に、背中を向けたまま海賊は答えた。
「いいか、まずあのジジイはミリキアの西の外海から流されたと言っていた。そして俺たちはその南、リストガルド沖でクラーケンに襲われて流された。そこはどちらも1本の太い海流の通り道だ。それは人間大陸と魔大陸の西にあった幻の大陸の南端に行き着くはずだ。そして消えちまった幻の大陸も、その南端だけは今も残っているという。それこそが海賊の間で神の島と呼ばれる伝説の島なんだよ。クラーケンに邪魔されて海賊の誰もがずっと辿り着けなかったがな」
つまり、俺たちが漂着したこの島は、1万年前にバーグルーラが消し去った神大陸の南の端の残骸ということのようだ。
「それでな、その神の島にはかつて全世界の海を支配していた海賊団が船ごと今も眠ってるって話だ。その忘れられた海賊団は、その目を覚まさせた者に従うらしい。俺たち海賊の間じゃ、忘れられた海賊団を起こしたヤツが海賊王になれるってことになってる」
そこまで言うとガブリエルは突然こちらに振り返り、ヒゲモジャの汚れた顔を近付けた。
いつの間にかカトラスが俺の首筋に押し付けられている。
「海賊王になるのは俺だ。横取りしようとしたらぶち殺すぞ」
息がくさい。
首筋のカトラスも怖いが、それ以上にあまりの息のくささに俺は身をのけぞらせた。
「別に興味ないよ。そもそも俺、海賊じゃないし」
俺のその言葉にガブリエルは「ならいい」と言って背中を見せた。
ただ、俺の興味は1点だ。
ガブリエルの話にあった「海賊団が船ごと今も眠ってる」という点。
船ごと。
それに乗れば、この島を脱出できるんじゃないか。
人間大陸でも魔大陸でも、情報共有装置が普及している場所にさえ辿り着ければ、みんなに連絡もできる。
帰れるかもしれない。
俺は鬱蒼と茂るジャングルをかきわけ、唯一の希望であるガブリエルの背中を追った。
…………………………………………
早く船を見つけて、このジャングルを出たい。
もちろん、みんなと早く合流してミリキアをぶっ飛ばしに行きたいということも大きな理由だったが、それ以上に切実な理由は、何と言っても虫の多さだ。エルフの隠れ里がある森とはレベルが違う。
毒々しい真っ赤な色をした巨大な芋虫、毛玉かと見間違うほどの長い毛に覆われた蜘蛛、噛まれたら三日三晩痛みに悶えることになるという蟻の大群、まるでドクロのような模様の羽を広げた蛾。枚挙にいとまがないが、一番最悪だったのはそれらとはまた別のものだった。
密林をかきわけて進む中、俺が左手の甲に痛みを感じると、いつの間にかパンパンに膨らんだ真っ黒いヌメヌメしたものがくっついていた。思わず手で払いのけようとしたが、ガブリエルが「動くな!」と言って指先に魔術で火を灯してこちらに近付く。火魔術で焼き殺されるのかと身構えたが、ガブリエルがその火で俺の手の甲の真っ黒いヌメヌメを焼くと、それは身をよじらせて地面に落ちた。ガブリエルは「ったく、ヒルの対処も知らねえのか」と言ったが、知るわけがない。俺はそんな野蛮な暮らしをしていない。
ジャングルの奥に進むほど虫だけではなくヘビやワニなどの危険な猛獣も増えたし、キメラやマンティコアなどの魔物も増えた。ただ、爬虫類系の猛獣は俺が精神破壊で動きを止めてガブリエルが斬り殺すという連携で対処できたし、魔物はほとんど俺の精神破壊で一発だった。
拓けた場所に出た頃には、すっかり夜になっていた。
鬱蒼と生い茂った木々に阻まれて一切見えることのなかった空が突然に視界いっぱいにあらわれ、満天の星空がギラギラと輝いていた。
あたりには鈴のような笛のような、様々な音色の虫の鳴き声が響いている。
「あれだ」
ガブリエルが指差した先に、黒い石の塔のようなものがそびえていた。
ジャングルのそこだけ拓けた場所の真ん中で、天を指すように真っ直ぐに伸びている。
「よくこの場所がわかったな」
俺がそう言うと、ガブリエルは振り返ってニヤリと笑った。
「あのジジイが見たって言ってたからな。人が通った形跡をたどって進んだだけよ」
俺にはそんな形跡はまったく見えなかったがガブリエルには見えたのだろう。
ガブリエルは黒い石の塔の前へと進んでいく。
俺もそのあとに続いて塔に近付くと、その表面には不思議な紋様が刻まれているのがわかった。老人は文字と言っていたが、俺には文字には見えない。
ガブリエルは懐から出した手帳のようなものとその塔の紋様を、何度も顔を上げ下げして確認していく。
「おお…そうだ、やっぱりだ……読める…読めるぞ………!」
一体これは何の文字なのだろうか。
ガブリエルに聞きたかったが、必死の形相でブツブツ呟きながら文字を解読していく様子に気が引けてしまい俺は何も言えずにただ立ち尽くしていた。
ボコッ。
奇妙な音に振り返ると、真っ黒い金属でできたような人間が地中から這い出してきていた。真っ黒だが夜空に輝く星の光を浴びて、その表面は鈍く虹色に輝いている。
――まさか、黒虹鉄鋼か?
そう思って見れば、その姿は俺の魔導兵装にそっくりだった。
頭部の目にあたる部分だけが、暗闇の中で青白く光っている。
「おい!ガブリエル!」
俺がそう言うのとほぼ同時、その真っ黒い人間はこちらに飛び込んで俺を殴り抜けた。
硬い金属で顔面を殴られ、俺は草が生い茂る地面をゴロゴロと転がる。
「ちくしょう!番人か!」
ガブリエルがそう言って黒い何かをカトラスで斬りつけるが、パキィンッ!という高い金属音とともにカトラスの刀身は折れた。
そのままガブリエルは黒い何かの前蹴りを食らい、俺が倒れ込んでいた横にズシャアッと吹き飛ばされてきた。
「番人って何だ!あいつは一体何者なんだ!?」
「番人は番人だよ!忘れられた海賊団に近付くヤツを排除するつもりだろう!」
黒い番人は再びこちらに猛スピードで突っ込んでくる。
ダメ元で精神破壊を放つが、やはりあの黒い装甲は黒虹鉄鋼なのだろう、魔術も物理攻撃も通さない世界最強の鉱石には、俺の魔力も弾き返されてしまった。
追撃をかわそうと立ち上がった俺の左脇腹に、番人の横蹴りが炸裂する。
メキャッ!と変な音が聞こえて、俺の身体が吹き飛ばされる。
番人はそのままの勢いでガブリエルを踏みつける。
しかしガブリエルは素早く転がり、踏みつけを回避する。
それでも番人の追撃は止まず、転がったガブリエルの上に飛び乗って馬乗りになる。
そのまま首でも締めようとしたのか伸ばした番人の両手を、下からガブリエルが掴んで阻止する。両者の押し合いは拮抗している。
「おい番人!もう俺たち帰るからさ!許してくれよ!」
俺は叫んだが番人は一切の反応を見せない。
「バカかお前は!侵入者が許してもらえるわけねえだろう!」
ガブリエルが番人と両手を組み合ったまま叫び返した。
確かにそうだ。
そうだが、何かおかしい。
あまりに無反応すぎる。
あの黒い番人は、人間じゃないんじゃないか?
だとすると。
俺は押し合いを続ける番人とガブリエルから離れ、黒い石の塔へと駆け出した。
番人はそれに気付き、ガブリエルの手を振りほどいて空中に飛び上がった。
こいつもやはり俺の魔導兵装のように空を飛ぶことができるようだ。
どうして。魔導兵装はレミーが作ったもののはずなのに。
その疑問を振り払い、俺は黒い石の塔に手をつく。
同時に、宙を滑るようにして番人が俺に突っ込んでくる。
間に合わない。
身構えた瞬間、番人の身体が俺の目の前で止まった。
見れば番人の足首に鞭が絡まっており、ガブリエルがそれを握っている。
「ガブリエル!ありがとう!」
俺は再び黒い石の塔に手をつき、魔力を放った。
「機械操作!」
黒い番人は目の光を失って完全に動きを停止し、地面に崩れ落ちた。
俺の前を進む海賊ガブリエルは、俺の質問に振り返ることもなく大きな倒木を乗り越えていく。離されまいと必死に追いすがる俺に、背中を向けたまま海賊は答えた。
「いいか、まずあのジジイはミリキアの西の外海から流されたと言っていた。そして俺たちはその南、リストガルド沖でクラーケンに襲われて流された。そこはどちらも1本の太い海流の通り道だ。それは人間大陸と魔大陸の西にあった幻の大陸の南端に行き着くはずだ。そして消えちまった幻の大陸も、その南端だけは今も残っているという。それこそが海賊の間で神の島と呼ばれる伝説の島なんだよ。クラーケンに邪魔されて海賊の誰もがずっと辿り着けなかったがな」
つまり、俺たちが漂着したこの島は、1万年前にバーグルーラが消し去った神大陸の南の端の残骸ということのようだ。
「それでな、その神の島にはかつて全世界の海を支配していた海賊団が船ごと今も眠ってるって話だ。その忘れられた海賊団は、その目を覚まさせた者に従うらしい。俺たち海賊の間じゃ、忘れられた海賊団を起こしたヤツが海賊王になれるってことになってる」
そこまで言うとガブリエルは突然こちらに振り返り、ヒゲモジャの汚れた顔を近付けた。
いつの間にかカトラスが俺の首筋に押し付けられている。
「海賊王になるのは俺だ。横取りしようとしたらぶち殺すぞ」
息がくさい。
首筋のカトラスも怖いが、それ以上にあまりの息のくささに俺は身をのけぞらせた。
「別に興味ないよ。そもそも俺、海賊じゃないし」
俺のその言葉にガブリエルは「ならいい」と言って背中を見せた。
ただ、俺の興味は1点だ。
ガブリエルの話にあった「海賊団が船ごと今も眠ってる」という点。
船ごと。
それに乗れば、この島を脱出できるんじゃないか。
人間大陸でも魔大陸でも、情報共有装置が普及している場所にさえ辿り着ければ、みんなに連絡もできる。
帰れるかもしれない。
俺は鬱蒼と茂るジャングルをかきわけ、唯一の希望であるガブリエルの背中を追った。
…………………………………………
早く船を見つけて、このジャングルを出たい。
もちろん、みんなと早く合流してミリキアをぶっ飛ばしに行きたいということも大きな理由だったが、それ以上に切実な理由は、何と言っても虫の多さだ。エルフの隠れ里がある森とはレベルが違う。
毒々しい真っ赤な色をした巨大な芋虫、毛玉かと見間違うほどの長い毛に覆われた蜘蛛、噛まれたら三日三晩痛みに悶えることになるという蟻の大群、まるでドクロのような模様の羽を広げた蛾。枚挙にいとまがないが、一番最悪だったのはそれらとはまた別のものだった。
密林をかきわけて進む中、俺が左手の甲に痛みを感じると、いつの間にかパンパンに膨らんだ真っ黒いヌメヌメしたものがくっついていた。思わず手で払いのけようとしたが、ガブリエルが「動くな!」と言って指先に魔術で火を灯してこちらに近付く。火魔術で焼き殺されるのかと身構えたが、ガブリエルがその火で俺の手の甲の真っ黒いヌメヌメを焼くと、それは身をよじらせて地面に落ちた。ガブリエルは「ったく、ヒルの対処も知らねえのか」と言ったが、知るわけがない。俺はそんな野蛮な暮らしをしていない。
ジャングルの奥に進むほど虫だけではなくヘビやワニなどの危険な猛獣も増えたし、キメラやマンティコアなどの魔物も増えた。ただ、爬虫類系の猛獣は俺が精神破壊で動きを止めてガブリエルが斬り殺すという連携で対処できたし、魔物はほとんど俺の精神破壊で一発だった。
拓けた場所に出た頃には、すっかり夜になっていた。
鬱蒼と生い茂った木々に阻まれて一切見えることのなかった空が突然に視界いっぱいにあらわれ、満天の星空がギラギラと輝いていた。
あたりには鈴のような笛のような、様々な音色の虫の鳴き声が響いている。
「あれだ」
ガブリエルが指差した先に、黒い石の塔のようなものがそびえていた。
ジャングルのそこだけ拓けた場所の真ん中で、天を指すように真っ直ぐに伸びている。
「よくこの場所がわかったな」
俺がそう言うと、ガブリエルは振り返ってニヤリと笑った。
「あのジジイが見たって言ってたからな。人が通った形跡をたどって進んだだけよ」
俺にはそんな形跡はまったく見えなかったがガブリエルには見えたのだろう。
ガブリエルは黒い石の塔の前へと進んでいく。
俺もそのあとに続いて塔に近付くと、その表面には不思議な紋様が刻まれているのがわかった。老人は文字と言っていたが、俺には文字には見えない。
ガブリエルは懐から出した手帳のようなものとその塔の紋様を、何度も顔を上げ下げして確認していく。
「おお…そうだ、やっぱりだ……読める…読めるぞ………!」
一体これは何の文字なのだろうか。
ガブリエルに聞きたかったが、必死の形相でブツブツ呟きながら文字を解読していく様子に気が引けてしまい俺は何も言えずにただ立ち尽くしていた。
ボコッ。
奇妙な音に振り返ると、真っ黒い金属でできたような人間が地中から這い出してきていた。真っ黒だが夜空に輝く星の光を浴びて、その表面は鈍く虹色に輝いている。
――まさか、黒虹鉄鋼か?
そう思って見れば、その姿は俺の魔導兵装にそっくりだった。
頭部の目にあたる部分だけが、暗闇の中で青白く光っている。
「おい!ガブリエル!」
俺がそう言うのとほぼ同時、その真っ黒い人間はこちらに飛び込んで俺を殴り抜けた。
硬い金属で顔面を殴られ、俺は草が生い茂る地面をゴロゴロと転がる。
「ちくしょう!番人か!」
ガブリエルがそう言って黒い何かをカトラスで斬りつけるが、パキィンッ!という高い金属音とともにカトラスの刀身は折れた。
そのままガブリエルは黒い何かの前蹴りを食らい、俺が倒れ込んでいた横にズシャアッと吹き飛ばされてきた。
「番人って何だ!あいつは一体何者なんだ!?」
「番人は番人だよ!忘れられた海賊団に近付くヤツを排除するつもりだろう!」
黒い番人は再びこちらに猛スピードで突っ込んでくる。
ダメ元で精神破壊を放つが、やはりあの黒い装甲は黒虹鉄鋼なのだろう、魔術も物理攻撃も通さない世界最強の鉱石には、俺の魔力も弾き返されてしまった。
追撃をかわそうと立ち上がった俺の左脇腹に、番人の横蹴りが炸裂する。
メキャッ!と変な音が聞こえて、俺の身体が吹き飛ばされる。
番人はそのままの勢いでガブリエルを踏みつける。
しかしガブリエルは素早く転がり、踏みつけを回避する。
それでも番人の追撃は止まず、転がったガブリエルの上に飛び乗って馬乗りになる。
そのまま首でも締めようとしたのか伸ばした番人の両手を、下からガブリエルが掴んで阻止する。両者の押し合いは拮抗している。
「おい番人!もう俺たち帰るからさ!許してくれよ!」
俺は叫んだが番人は一切の反応を見せない。
「バカかお前は!侵入者が許してもらえるわけねえだろう!」
ガブリエルが番人と両手を組み合ったまま叫び返した。
確かにそうだ。
そうだが、何かおかしい。
あまりに無反応すぎる。
あの黒い番人は、人間じゃないんじゃないか?
だとすると。
俺は押し合いを続ける番人とガブリエルから離れ、黒い石の塔へと駆け出した。
番人はそれに気付き、ガブリエルの手を振りほどいて空中に飛び上がった。
こいつもやはり俺の魔導兵装のように空を飛ぶことができるようだ。
どうして。魔導兵装はレミーが作ったもののはずなのに。
その疑問を振り払い、俺は黒い石の塔に手をつく。
同時に、宙を滑るようにして番人が俺に突っ込んでくる。
間に合わない。
身構えた瞬間、番人の身体が俺の目の前で止まった。
見れば番人の足首に鞭が絡まっており、ガブリエルがそれを握っている。
「ガブリエル!ありがとう!」
俺は再び黒い石の塔に手をつき、魔力を放った。
「機械操作!」
黒い番人は目の光を失って完全に動きを停止し、地面に崩れ落ちた。
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