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076 漂着

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大失敗だ。

まず、うかつに海賊船に乗り込んだこと。
次に、危険な徴候を感じ取れたのに即座に離脱しなかったこと。
そして何より酒を飲みすぎて魔導兵装サイコスーツを思うように動かせなかったこと。

そのせいでクラーケンなどという怪物に襲われ、俺は海賊船もろとも海の藻屑にされてしまった。

遠くから寄せては返す波の音が聞こえる。

薄く目を開けると天井は木でできた粗末な小屋のようだ。
背中の感触は硬いが布地、シーツだろう。薄い布団もかけられている。

「お気づきになりましたか?」

薄汚れているが白いチュニックのような貫頭衣を着た老人が俺を覗き込み、こちらに銅のコップを差し出している。
受け取るとコップは冷たく、入っているのは水だろう。一気に流し込むと、カラカラだった喉が潤されていく。

「…ここは?」

俺の質問に老人はかぶりをふる。

「名前もない小さな島です。今朝、浜辺にお二人が流れ着いていたのです」

二人。
その言葉に見渡すと、隣にももうひとつベッドが並んでいた。
汚らしいボロキレを身に纏った大男。髭面に隻眼。壁には立派な帽子がかけられている。
海賊船の船長、ガブリエルだ。
ガブリエルはまだ眠っているようで、地響きのようないびきをかいていた。

よりによって、なんでこんな汚いオッサンと二人きり流れ着いてしまったんだ。
どうせなら美女と、いやそんなことはどうでもいい。あの海賊船に美女なんぞ乗っていなかった。どれをチョイスしても汚いオッサンだ。そもそも問題はそこじゃない。

レミーやシェリル、シシリー、バーグルーラは無事だろうか。
俺が乗り込んだ海賊船がクラーケンに襲われたあと、彼女たちの乗る漁船も襲われなかっただろうか。
しかし、あの4人ならクラーケンとも戦えたかもしれないし、少なくともいざとなればシシリーの空間魔術で緊急離脱できたはずだ。
きっとみんなは大丈夫。

問題は俺だ。

名前もないという謎の島に漂着してしまった。
これから神聖ミリキア教国に先兵隊として乗り込まなきゃいけない最中に。
柄にもなく威勢よく「ミリキアをぶっ潰すぞ」なんて言い放った張本人がだ。

恥ずかしい。

レミーあたりの「何やってんですか。あんなにカッコつけて『全面戦争だ!』なんて言った本人が迷子ですか?」なんていう声が聞こえるようだ。

これは恥ずかしい。

いろんなことが立て続けに起きてテンションがおかしくなっていたとはいえ、カッコつけたりしなきゃよかった。もちろんカッコつけてしまっても漂流などせずそのまま最後までカッコよく行ければよかったのだが、人生はそんなふうにはできていない。少なくとも俺の人生は。カッコつけたらあとで必ず恥ずかしいことになる。肝に銘じねばならない。

それはそうと、一刻も早く帰らなければならない。
ちょっとカッコつけてしまったとはいえ、ミリキアをぶっ潰したい気持ち自体は嘘偽りないものだ。
そもそもみんなが心配でもあるし、心配かけてもいるだろう。
まずはみんなと連絡を取らなければ。

俺は左腕の情報共有装置スキエンティアを起動させようとするが、うんともすんとも言わない。海を流される間で壊れてしまったのだろうか。レミーは「なんと完全防水加工ですよ!」と言っていたが、漂流までは想定していなかったのだろう。

仕方ない。ただ、連絡手段は他にもある。
魔導兵装サイコスーツだ。
これに搭載されている人工知能のハーヴェストはネットにも接続できる。
それを通じてレミーたちに連絡を取れるはずだ。

しかし、胸のペンダントトップを指で何回叩いても、「兵装起動スーツオン」と呟いても、こちらも反応がない。困った。何回も「兵装起動スーツオン」と呟く俺を見て、助けてくれた老人が「あ、やべえヤツ拾っちった」みたいな顔をしている。

「どうかなさいましたか?」

しかし老人の声は穏やかで、「気が動転しているのですね、大丈夫ですよ、安心してください」と言わんばかりの優しさがにじみ出ていた。別に俺は気が動転しているわけではないのだが。

「…いえ、仲間と連絡を取ろうと思ったんですが、魔導具が壊れてしまったみたいで」
「そうですか…それはお気の毒に」
「あの、ここに船はありますか?それか定期的に船が来ることは?」

老人は目をつぶり、首をゆっくり左右に振る。

「ここに船はありません。定期的に船が来ることもありません…」

移動手段は一切ないということか。

「でも、じゃあ、お、おじいさんはどうやってここに?」

老人は深いため息をついて答えた。

「島流しなのです」

俺は言葉を失った。

なぜ老人が島流しにされたのかは知らないが、戻ってこれるような場所では島流しの意味がない。戻る方法がないから島流しなのだ。つまり、俺もここから二度と出られない。

浜辺に押し寄せる波の音と、ガブリエルのいびきだけが粗末な小屋に響いている。


…………………………………………


しばらくすると老人は、俺にあたたかいスープを持ってきてくれた。

「浜辺でとれる貝と、裏のジャングルでとれる野草のスープです。お口にあえば良いのですが」

俺は湯気の上がる器を受け取り、スプーンですくってゆっくり口に流し込んだ。
うまい。
海の香りのスープが疲れた身体中に染み込んでいく。

「あの、答えにくい質問かもしれませんが、一体どうして島流しに?」

俺がそう聞くと、老人は俺に背中を向けて隣のベッドで眠るガブリエルに、はだけた布団をかけ直してやりながら答えた。

「…私は神聖ミリキア教国の神父だったのです」
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