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069 1年

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ラノアール王国が陥落して1年が過ぎた。

選挙の末、新たに誕生したラノアール民主主義共和国の初代大統領には結局、マスターが就任することになった。
この期に及んでマスターというのもおかしな話だ。彼の名前はアーノルド・ディエルセナといった。
本人は「俺なんか柄じゃねえって!」と言い張ったが、元レジスタンスの仲間たちや彼の演説を聞いた国民たちからの強い要望を受けて出馬することになり、多数あらわれた候補者たちを打ち破り、あれよあれよという間に選挙を勝ち抜いてしまった。
ちなみに、アーノルド・ディエルセナが経営していた場末のバーは、元レジスタンスの仲間たちが引き継いで経営しているそうだ。

選挙は厳正に行われた。レミーの発案により選挙管理委員会というものが設けられ、不正な献金などが行われていないか徹底的にチェックされた。そのチェックのために俺は選挙期間中、記憶探知マインドディテクションを使いながら街中を歩き回らされてヘトヘトになった。
レミーは「次回の選挙からはちゃんと国内で完結できるようになりますから!」と言ったが、本当にもうこれっきりにして欲しい。

自らの既得権益を守ろうと貴族勢力からの妨害はあったが、それは申し訳ないが俺たちが容赦なく返り討ちにした。
他国の人間である俺たちが首を突っ込みすぎではないか、これでは俺が以前カーライル王に言った「他者に与えられた幸福」をラノアールに与えてしまうのではないかという気持ちもなくはなかったが、そんなことより俺もレミーもシェリルもシシリーもバーグルーラも、そういった自分たちさえ良ければそれでいいという人間が大嫌いだった。なのでぶっ飛ばした。仕方ない。俺たちは聖人君子ではないのだ。

議会と裁判所の設置や、憲法や基本的な法律の草案作りはレミーとシェリルが中心になって行われ、選挙で選出された議員や大統領が後に議論の上で調整し、発布する運びとなった。

自警団に代わり警察庁というものが組織され、その初代長官には元暗部のリーダー、クラウスが就任することになった。

王侯貴族を排し亜人も含めての平等を謳うラノアール民主主義共和国には、真っ白な法衣を着た神聖ミリキア教国からの使者が訪れ、「異端に与することは許されない」と脅しをかけてきたそうだが、大統領に就任したアーノルドは「あくまでも国内の話であって積極的に亜人と手を結ぶつもりはない」と誤魔化したそうだ。

ラノアール民主主義共和国には他にもまだまだ苦難が待ち受けているだろうが、みんなで協力しながら何とか乗り越えていくのだろう。
もちろんどうしようもなくなった時には俺たちも駆けつける。それできっと、どうにかなるだろうし、どの国もそうやってどうにかしていくしかないのだ。

ラノアール王国の最後の王となった老人は、国外追放処分とされた。
彼がどこに行ったのかは誰も知らない。


…………………………………………


この1年で、人々の暮らしは確かに少し変わった。
レミーが開発した情報共有装置スキエンティアは、ここカーライルの街だけでなく、隣国のラノアール民主主義共和国はもちろん、マリアたちの故郷である遥か西のリストガルド王国や港町のペールポート、さらにはドワーフの国やエルフの隠れ里、魔大陸にまで広まった。

やはり各国で民衆の政権に対する不満が共有・拡散されるようになっているようだが、意外にもどの国もそれをうまく政治に反映しているようで、すぐさま政権が打倒されるような動きには至っていないようだ。ラノアールが王政のままであれば大混乱になったはずだが、すでに民主主義政権が樹立されており、むしろプラスに作用しているらしい。

俺はある程度普及した情報共有装置スキエンティアを活用して、以前から考えていた通り、冒険者ギルドのクエスト受発注の仕組みを大きく変える提案をし、全国各地の冒険者ギルドでそれが採用された。

今や世界中のどこにいても、様々な街の冒険者ギルドで出されているクエストを受注でき、出先から達成報酬を受け取ることができるようになった。
金は情報共有装置スキエンティアに搭載されたシシリーの空間魔術、転送トランスファーの機能を用いて、受け渡しできるようになっている。

また、情報共有装置スキエンティアを通して、ネットと呼ばれる仮想の情報網に自分の情報ページを掲載できるようになり、そこで物品の売買も可能になった。

ネットには自分が撮影・加工した映像や音声を掲載できるページもあり、そこでは冒険者パーティーのジョシュアたちが意外に人気になり始めている。
出している映像は「スライム食べてみた」とか「ベアとオーガの腕相撲対決」とかのくだらないものばかりで、なんでこんなものが人気なのか俺には理解できなかったが。

調べたいものはネットに誰かが上げた情報を見ればすぐに調べられるようになったし、どれだけ遠く離れた友人でもいつでも連絡をとることができるようになった。
待ち合わせでお互い近くにいたのに気が付かず出会えないということもなくなった。
軍の情報連携は効率化し、様々な産業は技術革新が進んで活発化した。
音楽は情報共有装置スキエンティアで気軽に聴くこともできれば、録音再生装置アウディオマキナで高音質を楽しむこともでき、音楽産業はさらに盛んになった。街の劇場は連日連夜の大盛況となっている。
そうやって生まれた人気者の動向を誰もが知りたがり、その情報や画像、映像をネットに上げて稼ぐ業者もあらわれた。
世界は少し賑やかになったがそれ以上に窮屈になったような気がする。

でも、変わったのはそれくらいだ。
結局のところ、人間が毎日働いて食べていくということに変わりはないのだから、そんなに何かが劇的に変わることもないということだろう。

俺はこの1年、相変わらずカーライルの街で探偵として小さな事件ばかりを追いかけていた。
ここ最近は、この街に蔓延している龍醒香薬ドラグドラッグという麻薬の噂もあまり聞かなくなっている。

ある日、俺が朝早くから「うちのミーちゃんがまたいなくなった」という依頼を受け(ちなみにこの依頼はもう三度目だ)、見つけ出したミーちゃんを依頼人に引き渡して自宅に帰ってくると、そのリビングにはレミー、シェリル、シシリー、バーグルーラが揃っていた。

「お、久しぶりじゃん。どうしたの」

俺がそう声をかけても、誰も何も答えず、4人とも浮かない顔をしている。
俺は3人が座るソファに腰掛けた。バーグルーラはいつもの本棚の上だ。

「そう言えばそろそろラノアールの建国1周年パレードみたいだよ。みんなで行く?」

俺のその問いかけにも誰も答えない。
改めて見ると沈痛な面持ちといった様子だ。

「…どうしたの?」

俺が改めてそう問いかけると、シシリーが答えた。

「実は、ネクロードミレーヌからレミーに連絡があったみたいなの」
「ああ、あの食べ物とか空の画像ばっかりアップしてる魔王ね」
「うん」
「それがどうしたの?」

シシリーは何も答えず、代わりにシェリルが答えた。

「魔王城の地下で保管していたデケウスが盗まれてしまったそうよ」

デケウス。
うちの地下にあるカストルとあわせてジェミニウムという名前の次元転送装置の片割れ。

「あれがないと、レミーは元の世界に戻れないわ」
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