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065 夜明け
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俺たちはシシリーの空間魔術でラノアール王国に到着すると、場末のバー「ドランクフォックス」へと向かった。俺が宮廷魔術師をクビになった夜に飲みに行った店だ。そういえばレミーと出会ったのもこの店だった。
クラウスたちの話によると、なんとこのバーのマスターが王政に反対するレジスタンスの実質的なリーダーらしい。
「マスター、久しぶり」
俺がバーの扉を開けてそう言うと、まだ開店前で氷を削る作業の途中だったマスターは「おお!ティモシーじゃねえか!どうした今日は!2、3、4…7人、となんだそりゃ小さいけど竜…か?まあいいや、まずは麦酒でいいか?」と言った。
「いや違うんだ、レジスタンスの話だ」
俺の言葉にマスターの表情が変わる。
「…何の話だ」
俺たちはそれぞれにカウンターの椅子に腰を掛けた。
「安心してくれマスター。俺たちは今カーライルに住んでる。クーデターを成功させた軍務大臣のギグスがこの街に火を放とうとしていると聞いて、それを止めるためにこの国に戻って来たんだ」
「…止めるったって、どうするつもりだ」
「王宮に潜入して、ギグスを始末する」
「潜入!?始末!?お前が!?バカ言うな!王宮にはまだ兵士だってかなりの数が残ってるんだぞ!?」
俺はうろたえるマスターを手で制し、胸のペンダントトップを指で2回叩いた。
魔導兵装が起動して俺の全身を黒虹鉄鋼の装甲が覆っていく。
「な…なんだそりゃ」
「魔導兵装。この装甲は世界最強の鉱石で、魔術も物理攻撃も効かない。ちなみにここにいる人相の悪い3人はラノアールの暗部のメンバーだけど、前にこれを着た俺に倒されてる」
「あ、暗部!?」
「ご安心ください。我々も今や現政権の早期打倒を願っています」
「だ…だからってよ………」
「大丈夫。別に俺や暗部の3人を信用してくれなんて言うつもりはないよ。俺が今日伝えたかったのは、これからギグスを倒してくるっていうことと、そのあとで求心力を失ったこの国を、なるべく市民の犠牲がない形でうまくまとめて欲しいってことだけなんだ」
俺がそう言って魔導兵装を解除すると、マスターは大きな氷をピックで砕いて言った。
「…俺はただ、ここに集まる奴らの愚痴を聞いてただけなんだ」
小気味いい音を立てながら氷がだんだん小さくなっていく。
「そしたらよ、いつの間にかレジスタンスのリーダーなんかに祭り上げられちまってよ。国や政治のことなんか何もわかんねえってのに。王様なんか俺の器じゃねえよ。俺はやっぱり、このしみったれた店で酒でも作ってるほうが性に合ってんだよ」
しばしの沈黙のあと、レミーが「それなら」と口を開いた。
「民主主義にしちゃえばいいんですよ」
レミーが提案した内容は以下の通りだった。
これから少数精鋭で王宮に乗り込んでギグスをはじめとする現政権の中核メンバーを一掃する。それが成ったら、レジスタンスメンバーを空間魔術で王宮へと移動させる。それを受けて、レジスタンスは新政権樹立を宣言する。
その様子は、以前カーライルの劇場で音楽会を行った時と同じような設備で、街中に音声と映像を配信して伝える。
新政権は王政ではなく民主主義を採用する。
議会と裁判所を新たに設立し、今まで王宮がすべて独断的に行っていた行政・立法・司法を分けて、それぞれが影響力を持つようにして三竦みの状態を作る。
一定年齢以上の市民すべてで選挙というものを行い、議員と大統領を選出する。
議員は6年、大統領は4年を任期とする。
「そもそも、情報共有装置が量産されたら報道機関も強くなるでしょうし、どの道それしか選択肢はなくなるはずですよ」
マスターも俺たちも、ぽかんとしながらレミーの話を聞いていたが、マスターは次の氷を手にとって言った。
「…よくわかんねえけどよ、要するに王様になりたい奴の中からみんなで選んで、期間限定でやらせてみるってことだろ?まあ確かに、今までよりは悪くなさそうだよな」
…………………………………………
バーを出ると、俺たちは夜通しかけてこっそりと、ラノアールの街に通信魔導具を設置する作業に取り掛かった。
カーライルの音楽会で使った魔導具は自宅地下の広大な倉庫に仕舞ったままだったが、シシリーの空間魔術でラノアールに運び込んだ。
大型の音声通信用の水晶や映像を大きく映し出せる巨大な石版は、街の中心の広場や冒険者ギルドの前など、人の往来が多いところに設置していった。
きちんと動作するように通信魔術の術式を組んで魔力を込めていく作業は基本的に俺1人で行ったので大変だったが、以前のラノアールでの労働地獄に比べればたいしたことではない。
街を巡回する兵士の姿は少なかったが、それでもなるべく人目につかないように行う作業には時間がかかり、完了した頃には街を朝日が照らし始めていた。
その朝日に向かってレミーは眩しそうに目を細め、「この国の夜明けぜよ…」と呟いた。
俺にはちょっと意味がわからなかった。
そんなことよりも問題はどうやって王宮に潜入するかだ。
まだ兵士もかなりの数が残っているという。
マスターにはつい大口をたたいてしまったが、まったくもって自信がないし何より怖い。
俺はただひたすらに不安で胸がいっぱいだった。
クラウスたちの話によると、なんとこのバーのマスターが王政に反対するレジスタンスの実質的なリーダーらしい。
「マスター、久しぶり」
俺がバーの扉を開けてそう言うと、まだ開店前で氷を削る作業の途中だったマスターは「おお!ティモシーじゃねえか!どうした今日は!2、3、4…7人、となんだそりゃ小さいけど竜…か?まあいいや、まずは麦酒でいいか?」と言った。
「いや違うんだ、レジスタンスの話だ」
俺の言葉にマスターの表情が変わる。
「…何の話だ」
俺たちはそれぞれにカウンターの椅子に腰を掛けた。
「安心してくれマスター。俺たちは今カーライルに住んでる。クーデターを成功させた軍務大臣のギグスがこの街に火を放とうとしていると聞いて、それを止めるためにこの国に戻って来たんだ」
「…止めるったって、どうするつもりだ」
「王宮に潜入して、ギグスを始末する」
「潜入!?始末!?お前が!?バカ言うな!王宮にはまだ兵士だってかなりの数が残ってるんだぞ!?」
俺はうろたえるマスターを手で制し、胸のペンダントトップを指で2回叩いた。
魔導兵装が起動して俺の全身を黒虹鉄鋼の装甲が覆っていく。
「な…なんだそりゃ」
「魔導兵装。この装甲は世界最強の鉱石で、魔術も物理攻撃も効かない。ちなみにここにいる人相の悪い3人はラノアールの暗部のメンバーだけど、前にこれを着た俺に倒されてる」
「あ、暗部!?」
「ご安心ください。我々も今や現政権の早期打倒を願っています」
「だ…だからってよ………」
「大丈夫。別に俺や暗部の3人を信用してくれなんて言うつもりはないよ。俺が今日伝えたかったのは、これからギグスを倒してくるっていうことと、そのあとで求心力を失ったこの国を、なるべく市民の犠牲がない形でうまくまとめて欲しいってことだけなんだ」
俺がそう言って魔導兵装を解除すると、マスターは大きな氷をピックで砕いて言った。
「…俺はただ、ここに集まる奴らの愚痴を聞いてただけなんだ」
小気味いい音を立てながら氷がだんだん小さくなっていく。
「そしたらよ、いつの間にかレジスタンスのリーダーなんかに祭り上げられちまってよ。国や政治のことなんか何もわかんねえってのに。王様なんか俺の器じゃねえよ。俺はやっぱり、このしみったれた店で酒でも作ってるほうが性に合ってんだよ」
しばしの沈黙のあと、レミーが「それなら」と口を開いた。
「民主主義にしちゃえばいいんですよ」
レミーが提案した内容は以下の通りだった。
これから少数精鋭で王宮に乗り込んでギグスをはじめとする現政権の中核メンバーを一掃する。それが成ったら、レジスタンスメンバーを空間魔術で王宮へと移動させる。それを受けて、レジスタンスは新政権樹立を宣言する。
その様子は、以前カーライルの劇場で音楽会を行った時と同じような設備で、街中に音声と映像を配信して伝える。
新政権は王政ではなく民主主義を採用する。
議会と裁判所を新たに設立し、今まで王宮がすべて独断的に行っていた行政・立法・司法を分けて、それぞれが影響力を持つようにして三竦みの状態を作る。
一定年齢以上の市民すべてで選挙というものを行い、議員と大統領を選出する。
議員は6年、大統領は4年を任期とする。
「そもそも、情報共有装置が量産されたら報道機関も強くなるでしょうし、どの道それしか選択肢はなくなるはずですよ」
マスターも俺たちも、ぽかんとしながらレミーの話を聞いていたが、マスターは次の氷を手にとって言った。
「…よくわかんねえけどよ、要するに王様になりたい奴の中からみんなで選んで、期間限定でやらせてみるってことだろ?まあ確かに、今までよりは悪くなさそうだよな」
…………………………………………
バーを出ると、俺たちは夜通しかけてこっそりと、ラノアールの街に通信魔導具を設置する作業に取り掛かった。
カーライルの音楽会で使った魔導具は自宅地下の広大な倉庫に仕舞ったままだったが、シシリーの空間魔術でラノアールに運び込んだ。
大型の音声通信用の水晶や映像を大きく映し出せる巨大な石版は、街の中心の広場や冒険者ギルドの前など、人の往来が多いところに設置していった。
きちんと動作するように通信魔術の術式を組んで魔力を込めていく作業は基本的に俺1人で行ったので大変だったが、以前のラノアールでの労働地獄に比べればたいしたことではない。
街を巡回する兵士の姿は少なかったが、それでもなるべく人目につかないように行う作業には時間がかかり、完了した頃には街を朝日が照らし始めていた。
その朝日に向かってレミーは眩しそうに目を細め、「この国の夜明けぜよ…」と呟いた。
俺にはちょっと意味がわからなかった。
そんなことよりも問題はどうやって王宮に潜入するかだ。
まだ兵士もかなりの数が残っているという。
マスターにはつい大口をたたいてしまったが、まったくもって自信がないし何より怖い。
俺はただひたすらに不安で胸がいっぱいだった。
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