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050 隠れ里
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歩いた。
ほうほうのていになりながら、湿った落ち葉に足を滑らせ、盛り上がった木の根に足を引っ掛けて転び、ふいに手をかけた樹の幹に巨大な蜘蛛を見つけて「キャッ!」と婦女のような悲鳴を上げたりしながらも、俺は森の中を歩きに歩いた。
膝をガクガクと震わせ、腰は折れ老人のような姿勢になりつつも、なんとか前を行くレミーやシェリル、シシリー、バーグルーラ、モモとネネについていった。
途中、これ自力で歩くより魔導兵装を装着して飛んでいったほうがラクなんじゃない?と思い至り、胸のペンダントトップを指でトントンと叩いたが反応がない。
おかしいな故障か?と首を傾げ、もうひとつの起動方法である合言葉、「兵装起動」と呟いてみても反応がない。
声が小さいせいだろうかと思い大声で「兵装起動ッ!」と叫ぶも同じく無反応。
何度となく試してみても、俺の「兵装起動ッ!」という力強い叫びは、森の静寂の中に虚しく、その叫びの力強さを頭の悪さに変えるかのように響き渡るだけだった。
大体10回は叫んだだろうか。
もうこうなったらこれでどうだと、なかばヤケクソ気味に俺の最大声量で「スーツ、ゥオォオォォォォオオォオォォォォンッ!!!!!!!」と絶叫した時、モモがこちらを振り返り、「あ、この森の中では魔導具も魔術も使えませんよ」と言った。
言ってよ。先に。
最初に叫んだ時に。
せめて何度目かの叫びの時にでも。
一体どういう気持ちで聞いてたのよ。
俺の頭の悪い「兵装起動ッ!」を。
そんなこんなで心も身体もボロボロになり、本当の本当に限界が訪れたと思ったその時、森は突如ひらけた。
「着きましたよ!」
モモとネネはこちらを振り返って笑顔を見せた。
森を抜けた先は、足首まで届かないくらいの背の低い草が生い茂る草原だった。
そこかしこに赤や黄色、ピンクに水色と、いくつもの可憐な花が咲いていて、無数の綿毛がそよ風に乗って舞い踊っている。
草原を少し歩くと清廉な水の流れる小川があらわれ、少し上流のほうで水車がギイギイと音を立てて回っている。
小川にかかる飛び石を踏みしめて渡ると、その先は石が敷き詰められた簡素な小道がずっと奥のほうまで続いており、その向こうにはいくつもの木小屋がまばらに並んでいる。
「…キレイなところね」
短いため息の後、シェリルが誰に言うでもなく呟いた。
「この奥です!行きましょう!」
モモとネネは、やはり病気のおばあちゃんが気になるのだろう、いくつかの木小屋が集まっている奥のほうに向かって石の小道を小走りで駆けていった。
「ちょっ…もう、走れないよ…」と息を切らす俺の尻をレミーがペチンッ!と叩き、「あと少しですよ!根性根性!」と手を叩きながら走っていく。
シェリルも「行くわよ」と俺の背中をポンと叩いて駆け出し、バーグルーラは<だらしないぞ、ティモシーよ>と羽ばたいていく。
シシリーは唇をぎゅっと結び、俺の横を無言ですり抜けていった。
遠くなっていくみんなの背中に追いすがるように、俺はよろめきながら歩いた。
…………………………………………
里の外れではまばらだった木小屋は、奥に進むほどその間隔を縮めていった。
小道の脇で戯れていたエルフの子供たちは、俺たちの姿を見るなり木小屋の中へとその身を隠し、窓から恐る恐る顔を覗かせて通り過ぎる俺たちの様子を窺った。
木小屋の前で何か作業をしていたエルフの大人たちは、隠れることはないまでも、小道を歩いていく俺たちを言葉もなくじっと見つめていた。
「やっぱり、警戒されてますかね…?」
レミーのその呟きに、モモとネネは申し訳なさそうに黙って頷く。
「仕方ないわね…人間が来ることなんてないのでしょうから」
シェリルがそう言って周囲を見回す。
「あちらです」
モモとネネが口を揃えてそう言うと、小道を進んだ奥、石垣で一段高くなったところにひときわ大きな木造の屋敷があった。
入り口の階段の先には、色とりどりの花が咲き誇り、丁寧に草木が刈り揃えられた立派な庭園があった。
モモとネネの後ろについて庭園を抜け、分厚い木の扉を開くと2階まで吹き抜けになった広々としたエントランスロビー。
その2階に続く階段の下には、凛とした風貌のエルフの女性が立っている。
背が高く、まっすぐな金色の長い髪から尖った耳が覗いている。切れ長の目に薄い唇。
モモとネネに続いて俺たちの姿を確認すると、彼女はその薄い唇を開いた。
「どういうつもりだ」
モモとネネが身をたじろがせる。
「み、ミミアさん!おばあちゃんの薬を持ってきました!この人たちは、私たちを助けてくれたんです!」
その言葉を聞いて、ミミアと呼ばれたエルフの女性が温度の低い声を返す。
「…恩人、ということか。ならば立ち入りは許可するが、少しでもおかしな真似をすれば、すぐにでも森の外に送り返すぞ」
ミミアはそれだけ言うと、金色の長い髪をなびかせて階段を登っていく。
「ついてこい。女王陛下はこちらだ」
女王陛下。
モモとネネのおばあちゃんって、エルフの女王だったのか。
ほうほうのていになりながら、湿った落ち葉に足を滑らせ、盛り上がった木の根に足を引っ掛けて転び、ふいに手をかけた樹の幹に巨大な蜘蛛を見つけて「キャッ!」と婦女のような悲鳴を上げたりしながらも、俺は森の中を歩きに歩いた。
膝をガクガクと震わせ、腰は折れ老人のような姿勢になりつつも、なんとか前を行くレミーやシェリル、シシリー、バーグルーラ、モモとネネについていった。
途中、これ自力で歩くより魔導兵装を装着して飛んでいったほうがラクなんじゃない?と思い至り、胸のペンダントトップを指でトントンと叩いたが反応がない。
おかしいな故障か?と首を傾げ、もうひとつの起動方法である合言葉、「兵装起動」と呟いてみても反応がない。
声が小さいせいだろうかと思い大声で「兵装起動ッ!」と叫ぶも同じく無反応。
何度となく試してみても、俺の「兵装起動ッ!」という力強い叫びは、森の静寂の中に虚しく、その叫びの力強さを頭の悪さに変えるかのように響き渡るだけだった。
大体10回は叫んだだろうか。
もうこうなったらこれでどうだと、なかばヤケクソ気味に俺の最大声量で「スーツ、ゥオォオォォォォオオォオォォォォンッ!!!!!!!」と絶叫した時、モモがこちらを振り返り、「あ、この森の中では魔導具も魔術も使えませんよ」と言った。
言ってよ。先に。
最初に叫んだ時に。
せめて何度目かの叫びの時にでも。
一体どういう気持ちで聞いてたのよ。
俺の頭の悪い「兵装起動ッ!」を。
そんなこんなで心も身体もボロボロになり、本当の本当に限界が訪れたと思ったその時、森は突如ひらけた。
「着きましたよ!」
モモとネネはこちらを振り返って笑顔を見せた。
森を抜けた先は、足首まで届かないくらいの背の低い草が生い茂る草原だった。
そこかしこに赤や黄色、ピンクに水色と、いくつもの可憐な花が咲いていて、無数の綿毛がそよ風に乗って舞い踊っている。
草原を少し歩くと清廉な水の流れる小川があらわれ、少し上流のほうで水車がギイギイと音を立てて回っている。
小川にかかる飛び石を踏みしめて渡ると、その先は石が敷き詰められた簡素な小道がずっと奥のほうまで続いており、その向こうにはいくつもの木小屋がまばらに並んでいる。
「…キレイなところね」
短いため息の後、シェリルが誰に言うでもなく呟いた。
「この奥です!行きましょう!」
モモとネネは、やはり病気のおばあちゃんが気になるのだろう、いくつかの木小屋が集まっている奥のほうに向かって石の小道を小走りで駆けていった。
「ちょっ…もう、走れないよ…」と息を切らす俺の尻をレミーがペチンッ!と叩き、「あと少しですよ!根性根性!」と手を叩きながら走っていく。
シェリルも「行くわよ」と俺の背中をポンと叩いて駆け出し、バーグルーラは<だらしないぞ、ティモシーよ>と羽ばたいていく。
シシリーは唇をぎゅっと結び、俺の横を無言ですり抜けていった。
遠くなっていくみんなの背中に追いすがるように、俺はよろめきながら歩いた。
…………………………………………
里の外れではまばらだった木小屋は、奥に進むほどその間隔を縮めていった。
小道の脇で戯れていたエルフの子供たちは、俺たちの姿を見るなり木小屋の中へとその身を隠し、窓から恐る恐る顔を覗かせて通り過ぎる俺たちの様子を窺った。
木小屋の前で何か作業をしていたエルフの大人たちは、隠れることはないまでも、小道を歩いていく俺たちを言葉もなくじっと見つめていた。
「やっぱり、警戒されてますかね…?」
レミーのその呟きに、モモとネネは申し訳なさそうに黙って頷く。
「仕方ないわね…人間が来ることなんてないのでしょうから」
シェリルがそう言って周囲を見回す。
「あちらです」
モモとネネが口を揃えてそう言うと、小道を進んだ奥、石垣で一段高くなったところにひときわ大きな木造の屋敷があった。
入り口の階段の先には、色とりどりの花が咲き誇り、丁寧に草木が刈り揃えられた立派な庭園があった。
モモとネネの後ろについて庭園を抜け、分厚い木の扉を開くと2階まで吹き抜けになった広々としたエントランスロビー。
その2階に続く階段の下には、凛とした風貌のエルフの女性が立っている。
背が高く、まっすぐな金色の長い髪から尖った耳が覗いている。切れ長の目に薄い唇。
モモとネネに続いて俺たちの姿を確認すると、彼女はその薄い唇を開いた。
「どういうつもりだ」
モモとネネが身をたじろがせる。
「み、ミミアさん!おばあちゃんの薬を持ってきました!この人たちは、私たちを助けてくれたんです!」
その言葉を聞いて、ミミアと呼ばれたエルフの女性が温度の低い声を返す。
「…恩人、ということか。ならば立ち入りは許可するが、少しでもおかしな真似をすれば、すぐにでも森の外に送り返すぞ」
ミミアはそれだけ言うと、金色の長い髪をなびかせて階段を登っていく。
「ついてこい。女王陛下はこちらだ」
女王陛下。
モモとネネのおばあちゃんって、エルフの女王だったのか。
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