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031 音楽会

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音楽会の会場準備は急ピッチで進められた。
なるべく遠くのお客さんでも大きな音で聞こえるよう、大型の音声通信用水晶を会場のいたるところに多数、設置することにした。
あわせて、本来は文字や図版を送受信するための石版を特別に改造し、舞台上の映像を大きく映し出せる巨大な石版も設置する。
開演後には会場内の照明は落とし、代わりに舞台を魔導具の強烈な光で照らす。
これらはすべてレミーの発案であった。

各種装置の設置や調整などの作業は、カーライル王国で宮廷通信魔術師を務める一族から、若手のエース候補との呼び声高い3人も手伝ってくれた。

トーマス、ジェイコブ、マットの3兄弟だ。

ただ、俺が水晶に魔力を込めて起動していく様子を見て、長男のトーマスは「ぼ、僕でも10分はかかるのに…数秒で…」などと驚いていた。
ジェイコブとマットも俺の作業を唖然とした様子で見つめていた。
こんなんで驚いてたらラノアールじゃ働けないぞ。働かないほうがいいけど。

音楽会の会場となるカーライルの街で一番大きな劇場は、本来は歌劇や吹奏楽などの公演を行うことが主だが、今回は話の発端であり、すでにこの街の人気者となっているマリアたち3姉妹の音楽を公演することとなった。
そういった世俗的な音楽を広く一般市民に楽しんでもらう催しは、先進的なカーライル王国でも初めての試みだそうだ。

マリアは「それなら今回は新しい編成でやらせて頂きますね」と、何やらひとつチャレンジをするという。
何をどうするのかはわからないけど。

そしてマリアたちの音楽を堪能してもらったあとに、レミーによる新しい魔導具のプレゼンテーション。

音楽を録音・再生するための魔導具だ。
レミーの命名によると、その名は録音再生装置アウディオマキナとのことだった。
音声通信用水晶をベースに、ピグナタイトを中心に様々な素材を用いて加工した箱型の魔導具だ。
ピグナタイトを主な素材として作られたカードを交換すれば、別の音楽を録音・再生することができるらしい。

事前の宣伝もバッチリで、音楽会開催の趣旨や場所・日程は王宮から全国民に対して大々的に告知され、開催を待たずして音楽会、そしてレミーによる新しい魔導具のプレゼンテーションの予定は、街中の噂の種になっていた。

あとは音楽会の開催を待つばかり。

ただ、開催前に自宅で寝込みを襲われることも考えられる。

ある時ふいに、すごく怖いので誰か一緒に寝て欲しいと弱音を吐いたところ、「子供じゃないんですから!まあいいですけども!」と言うレミーや、「アタシと地下のお部屋にいるのが一番安全じゃない?」というシシリーや、「わ、わた、私が…」とどもるシェリルと、どれも大変ありがたい返答ではあったのだが、俺の「女の人と一緒だとドキドキして寝られないからやっぱ無理」という理由によって、バーグルーラの<では我が一緒にいてやろう>という申し出を採用することとなった。

バーグルーラは布団の中にいると大変あたたかく、竜というよりまるで猫のようであった。


…………………………………………


結局、ラノアール王国の暗部による襲撃はないままに、音楽会の開催日となった。
開場は夜の19時。音楽会の開演が20時で、21時からはレミーによるプレゼンテーションが始まる予定だ。

俺とシェリルは窓から舞台を見ることができる観覧室にいた。
その室内にはシシリーとバーグルーラもいる。
音楽会というものは初めてだとのことで、二人は朝からずっとソワソワしていた。

さらにこの観覧室には係員に扮した数人のカーライル王国の精鋭も警備についてくれている。
トーマス、ジェイコブ、マットの通信魔術師3兄弟も同室におり、もし通信装置に問題が発生したら即座に対応できるようになっている。

ちなみにレミーはプレゼンテーションの準備があるということで、別の観覧室だそうだ。

観覧室の窓から見える会場内には、たくさんの人が続々と集まっている。
入場券は当日券もすでに完売とのことだ。

開演を待ちながら、俺がシェリルに「やっぱラノアールが暗部なんか送ってないってことはないのかな?」と尋ねたところ、「それはないわね。必ず奴らは差し向けられているはずよ」ということだそうだ。

窓から会場を見下ろしながら俺が言う。

「じゃあ、もしかしたらこのお客さんの中に暗部の3人がいるのかな」
「その可能性はあるわね」

俺はレミーから渡された障壁探知機バリアセンサーの受信端末である薄い石版を手に持っている。

しかし反応は何もない。
そうなると暗部はまだこの会場にはいないのか、または、いても魔力障壁である黒装束を着ずに一般客に紛れているかということになる。

俺は開場前から記憶探知マインドディテクションを発動し、会場内にやって来る人間たちの意識に「ラノアール」「暗殺」などの言葉への反応がないか探っている。
さすがに一気に全員というわけにはいかないので入ってくる客を少しずつ。

もし暗部のメンバーが紛れていれば何かそれらしい反応があるはずだが、返ってくる反応は「ラノアールの軍から流れてきたロングソードが刃こぼれだらけだった」とか「この間ラノアールに行ったら腹を壊した」とか「ラノアールの売春宿イマイチだった」などといったものばかりだった。
やっぱ悪評が多いな、あの国は。
街の人たちは良い人も多いと思うんだけど。


…………………………………………


開演時間となり、舞台にマリアたち3姉妹が登場した。
会場に割れんばかりの拍手と歓声が響き渡る。

長女のマリアはキラキラしたロングドレスにいつもの弦楽器を抱え、次女のエレンはゆったりしたビロードのドレスで横笛を手にしている。
踊り子と歌手を兼ねる三女のバーバラは褐色の肌が映えるビキニスタイルに薄いショール姿で、その手にはタンバリンを持っている。
さらに、3姉妹に加えて見たことのない女性が2人。
マリアが言っていた「新しい編成」の新メンバーだろう。
1人は様々な大きさの太鼓が並ぶ前に立ち、もう1人は大きな鍵盤楽器の前に座った。

「始まるね!」とシシリー。

その手には小型の音声通信用水晶を持っている。

「コレからも音楽が流れてくるんでしょ?」

俺が頷く。

「そうだよ。観覧室の中でも音はちゃんと聴こえるんだけど、せっかくだから直接手に持って聴けるようなものも部屋の中には用意したんだ」

会場のどこかにはカーライル王も来ているとのことだった。

さすがに王の部屋は音響よりも安全を最優先にしたことで少し聴こえにくくなるかもしれないと思い、いくつか小型の通信用水晶も用意した。
シシリーが持っているのもそのひとつだ。

やがて会場の照明が落とされ、大型の映像石版に数字が映る。

「…3!…2!…1!」

観客がひとつになってカウントダウンを行う。

ゼロになるとともに舞台は魔導具による強烈な光が照らされ、演奏の大音量とともに歓声が爆発する。

「行っくよ~ッ!!!」

バーバラの明るい声が会場中に響き渡り、音楽会が始まった。
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