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019 追跡

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一方、時はほんの少し、1週間ほど遡り、フランネル財務大臣の「ティモシー・スティーブンソンの連行」という命を受け、第一秘書のシェリル・クローネンはラノアール王国の城下町、王宮にほど近いティモシーの自宅がもぬけの殻になっていることを確認した。

そうよね。

シェリルは財務大臣の命令を受ける前から、ティモシーがすでにここを発っていることを知っていた。

ずっと見ていたもの。知っているわ。

ずっと。

そう。言葉の通りそのままに、シェリルは「ずっと」ティモシー・スティーブンソンを見続けていたのだった。

王宮で通信魔術師として毎日毎日、昼も夜もなく何時間も働き続ける彼の姿を、家路をとぼとぼ歩く姿を、人知れず眺め続ける日々。

彼の必死な横顔や後ろ姿を眺め続けているとそのあまりの激務ぶりに、かわいそう、という気持ちもなくはなかったが、それ以上に何とも形容し難い甘い衝動がおなかの下のあたりから湧き上がり、身をよじってはもだえ続ける日々を送っていた。

第一秘書としての自分の仕事などそっちのけではあったが、それでも神がかり的な速度で業務をこなし、彼を眺めるための時間を作る。誰にも気付かれることなく。故に、シェリルは王宮の誰から見ても仕事のできる完璧超人そのものであった。

シェリルはティモシーが住んでいた家の前に立ち、ほんのわずかでもまだ残り香がその場にないか深く空気を吸い込んで心を満たし、冒険者ギルドへと向かい、彼がカーライル王国へと旅立ったという情報を得た。

すぐさま早馬を手配し、シェリルはたった1人、カーライル王国へと向かった。


…………………………………………


ラノアール王国からカーライル王国への道中に出現する魔物など、シェリル1人の相手にもならない。

ゴブリンやコボルトなどの脆弱な魔物たちは彼女の魔術で次々と氷漬けにされ研ぎ澄まされたレイピアで斬り伏せられ、彼女の通る道に死体の山を築いていた。

カーライル王国に到着すると、シェリルはさっそく聞き込みを始めた。

するとすぐに彼が大通りから歩いて10分ほどの場所に「ティモシー・スティーブンソン探偵事務所」を構えていることを知り、魔導具店の横の階段を昇った2F、事務所の看板が掲げられた玄関ドアの前に立った。

探偵。

シェリルにとってそれは予想外のことであった。

あの人なら、簡単にこのカーライル王国の宮廷通信魔術師にだってなれるはずなのに。

確かにカーライル王国の通信魔術師は世襲制を主に採用しており、複数人の優秀な魔術師たちがいるとは聞いているが、いくら優秀とはいえ、それはあくまでもしょせん常人と比べてのこと。
彼が本気を出せばそんな通信魔術師たちを追い出して君臨することなど造作もないことのはずなのに。

でも、そうか。

優しい彼はそういった争いを好まない。
それに、彼ほどの力があれば王宮仕えなどしなくても、どうやったって暮らしていくことができる。

確かに探偵という仕事も、彼の能力を持ってすれば簡単にこなせてしまうのだろう。
そんな彼にとって王宮など窮屈すぎるのだ。
圧倒的な実力を持った者だけが享受できる一切誰にも縛られない自由。
彼はそれを手にして、今ここで探偵として暮らしているのだ。ああ。今まさにこの扉の向こうに。彼の匂いが扉の隙間から漂って…来ない。
おかしい。
これは1日や2日、留守にしているという程度ではない。これは、そう、1週間。1週間は前にここを発っている。
そうか。
1週間前と言えば私がちょうどラノアール王国を出発した時だ。
彼は私の追跡の気配を感じ取り、動きを先読みしてすでにここを出て、ああ、なんという凄まじい予見力だろう。追いかけても追いかけても届かない。こんな人はどこにもいない。この世界で1人だけ、私だけの、あの人。

などとシェリルが激しく妄想を展開し、よだれを垂らして玄関ドアにもたれかかっているまさにその時、階下から声がかかった。

「我が探偵事務所に、何か御用ですかね?」

シェリルがハッ!として正気に帰り、声のしたほうに目を向けると、そこにはティモシー・スティーブンソンが立っていた。

肩に黒いトカゲを乗せて、若く美しい女を二人も連れて。
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