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第2章

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私としてはこのまま直接マザーのいるところまで行ってしまいたかったのだけど、『レジスタンスの同志たちも同行させてくれ』というケイトの要望で、深い森の中にあるレジスタンスたちの村に一度戻ることになった。

エンドマイルの街外れの広場に停めていた反重力モビリティに乗り込んで、私たちは森に向かって空をビューンと飛んでいく。

私がその乗り物の中で、底なしの棺フィニスアルカで仕舞っていたアイソレーターポッドを出すと、アンズとセリナが中心となってそれに反陽子キューブを装着した。
人間の胴体くらいの大きさの箱が、ところどころ部品を光らせて宙に浮かぶ。

「…オハヨウゴザイマス。使用者ノ登録ヲ実行シテクダサイ」

傍らで見ていたライラが「わ、喋った!」と驚く。
その横でアンズが「このポッドは機械装甲兵のパオランたちの協力も得て作ったのよ」と説明する。

「さて、セリナ。ポッドに使用者としてあなたを登録して頂戴」

セリナは「オッケー」と言ってポッドの前に立ち、目をつぶった。
セリナとポッドの間でキィイィィン…と甲高い音が響き、通信を始めたようだ。

「セリナ様ヲ使用者トシテ登録シマシタ」

登録が完了すると、マザーとの対決までの間に敵の攻撃でポッドが破壊されたりしないよう、再び私の底なしの棺フィニスアルカで仕舞って持ち運ぶことになった。

「ところでボスのその能力、どのくらいの大きさまで運べるんだ?」

セリナにそう訊かれて私は答える。

「う~ん…たぶん私の身体の大きさくらいまでかな。アルミラ、あ、元の能力の持ち主はもっと大きな馬車とかも運べたんだけど。きっと吸血の量で能力の強さが変わるのね」

その会話を聞いていたローザが「リリアス様」と入ってくる。

「やはり、わたくしの血を少しお飲みください」

私は一瞬わけがわからなくなって「は!?」という声が出る。

「ななな何言ってるの!?ダメよそんなの!ていうかなんで!?なんでそんなこと急に言い出すの!?」
「マザーを倒すためですわ」
「へ!?なんで!?関係なくない!?」
「大ありですわ。マザーとの戦いの前に、またあのクライブとかいう吸血鬼ヴァンパイアが出たらどうするのです?」

私はローザに言われて思い出す。
ハルバラムの手下の闇騎士、クライブ・ウルフなんとか。
変な固有能力で私を眠らせて、私の胸を触ったあのクソ野郎…!

「その場にわたくしがいれば即座に滅してやりますが、そうとも限りません。むしろ、リリアス様を確実に仕留めるためにはお一人の時を狙う可能性のほうが高いでしょう。そうなったらどうするのです?また胸を触られて大泣きするのですか?」

私の前に踏み出していつもより強い口調で言うローザに、私は「う…」とのけぞる。

「先ほどのアニーとサリーとの戦いを見て確信しましたわ。リリアス様は普通に戦えれば飛び抜けてお強い。ただ、普通に戦わせてくれる相手なんて、油断しているか経験不足か思考不能かのいずれかでしかありませんわ。そしてリリアス様の戦闘は力と感情に任せて突撃するのみ。それではいいカモですわ。あのクライブに勝つことはできず、マザーに辿り着くこともできないでしょう」
「で、でもだからって、どうすれば…」
「本来なら、戦闘における分析力と考察力を徹底的に叩き込みたいところですが、今は時間がありませんわ。そこで、わたくしの血を飲むことで、聖術を一部でも扱えるようになって頂きたいのです」
「聖術を…?吸血鬼ヴァンパイアの私が…?」
「ええ、もちろん完全な習得は不可能だと思いますが、魔力の一部を聖なる力に変換できるようになる可能性は充分にありますわ。あのクライブの固有能力も性質は聖術に近いものでしたからね」

私は話が見えなくて「そ、そうなると、どうなるの…?」と訊く。

「例えば、アイナ様セリナ様から得たバリアですわ。あれに少しでも聖属性の力を混ぜることができたら、クライブの放つ固有能力、偽りの夜明けファルーレアウローラの光も無効化できるはずですわ。おそらく、他の吸血鬼ヴァンパイアが放つ搦め手の能力も。つまり、リリアス様が本来の強さを発揮できる可能性が高まりますわ」

ライラが横から言う。

「でも、リリアスがローザの血を吸っちゃったら、人間に戻れなくなっちゃうんじゃない?」

私はマリーゴールドに言われたことを思い出す。

吸血鬼ヴァンパイアが人間に戻るためには、完全に愛し合った人間と唇と唇でキスをすること。
そして、その人間は誰からも一度も吸血されていない人間に限るということ。

ローザはライラの言葉に首を振る。

「要するに吸血されなければ、噛み付かれなければいいのですわ。リリアス様、座ってくださいまし」

私はローザに押し倒されるようにして尻餅をつく。
事態が今ひとつ飲み込めなくて「え?え?」と言う私の前で、ローザは鋭い光を纏った指先で自分の腕の皮膚を斬り裂いた。そこから真っ赤な血があふれる。

「わ!ローザ!」
「ほら、上を向いて、口を開けるのですわ…」

ローザの腕から指先へと流れる血が、私の口の中に滴り落ちる。

「――は…っ!あっ…!」

私はそれを飢えた乳飲み子のように飲む。
甘い香りが口の中いっぱいに広がって、頭の奥まで痺れてしまう。

「あ!リリアス様…!歯は立てないでくださいね…!」

いつの間にか私はローザの指にしゃぶりついてしまっている。

「うふふ…やっとわたくしの血を飲んでくださいましたね、リリアス様…」

そう言って恍惚とした表情で私を見下ろすローザの視線に射抜かれて、私は身悶える。
腰を屈めたライラが横から私の顔を覗き込んで「うわぁ…お顔トロトロだねぇ、リリアス…」と囁く。

やめて…!そんなこと言わないで…!他のみんなも見てるのに…!

歯を立ててしまわないように必死に自分を抑えながら、私はローザの指に唇で吸い付き、舌を絡ませ、次から次へ流れ落ちてくるあたたかい血を一滴もこぼさないように大切に大切に飲む。

「あむ…っ!はぅ…!ふっ…!」

私の下品な吐息と、ちゅぱちゅぱという湿った音が響く中で、私は恥ずかしさと快感で激しく震えた。


******


激しく震えて脳の奥深くがとろけるように甘美。

腹の底から食道、喉を通ってローザの血の蠱惑的で甘い香りが鼻に抜けて目の前がチカチカして、これで私も聖術?よくわからないけど魔力を聖なる力に変換、とやらができるようになったのかしら、試してみないことにはわかりませんわ。などと、ローザの心がわずかに私の中に入り込んで混濁した意識を抱えて、ぼんやりと起きているんだか眠っているんだかわからない時間をどれくらい過ごしたのだろう。

「燃えている…」

レジスタンスの村がある森の上空にそろそろ到着という頃、窓から外を眺めていたたケイトがポツリとそう呟いた。

「え!何が!?」

そう言って慌ただしく窓に駆け寄ったライラたちの後ろによろよろと続いた私の視界に広がったのは、眼下一面に広がっているはずの森の緑ではなく、轟々と燃え盛る炎の赤だった。
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