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第1章

11 侯爵令嬢は墓地が怖い

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やだやだ、もう、お墓で死体が蘇ってくるところなんて見たくもないしホントにお化け出てきたら私どう考えても泣いちゃうに決まってるし、ねえ、帰ろうよもう。とまごまごしている私を構うこともなくアルミラとローザはふわりと鉄の柵を飛び越えてお墓の敷地の中に入っていく。

アルミラはさておきローザまでよくこんな高い柵を飛び越えられるわねと柵の手前で立ち止まっている私に気付いてやっと二人は振り返り「どうかなさいましたの?」「さっさと来い」と声をかける。

「いや、ちょっとその、お墓、勝手に入っていいの?管理人さん、そうよ、管理人さんに怒られちゃうわよ。ダメなんでしょ、目立っちゃ」

そう言った私に「はは~ん」と言いながらローザが戻ってくる。

「リリアス様、お墓が怖いのでしょう?ご自分だってもう吸血鬼ヴァンパイアですのに」
「…だ、だってそんな、吸血鬼ヴァンパイアになったからって急に苦手なものが平気になるわけないじゃない!大体、ローザは怖くないわけ?お化けとかゾンビとか」
「アンデッドが怖くて聖女なんかやってられませんわよ。度重なる討伐ですっかり慣れたものですわ」

鉄柵の向こうで自信満々に微笑むローザを見て、やっぱり私なんかじゃ婚約者を取られても仕方なかったのかな、なんてついつい思ってしまう。だからってジェラルドのバカは許さないけど。きっとしょんぼりしていた私の顔を見てだろう、ローザが鉄柵の隙間から白くて細い腕を伸ばして「ほら、わたくしが守って差し上げますから、一緒に行きましょう」と私の手を握ってくれた。あたたかい。

それでようやく私もお墓の敷地に入ることを決意して、でもこんな高い鉄柵飛び越えられるかな、最近お嬢様らしくということであんまり走ったり飛んだりしてなかったし、と少し躊躇したが、何歩か後ろに下がって助走をつけて力強くジャンプすると、鉄柵なんか悠々と飛び越えてローザどころかアルミラよりもずっと先、広い広いお墓の敷地のなんと真ん中あたりまで飛んで着地してしまう。

ひいぃぃぃ!ちょっと一人にしないで!

叫び出しそうなのをなんとか堪えて私は二人のいるところまで今度はもう少し弱めにもう一度ジャンプ。空中で《そういえば柵なんて影になってすり抜けちゃえばよかったわ》なんて気付いたせいか怖くて焦っていたせいか、着地を失敗してアルミラとローザの間でズルッと滑って尻餅をつく。

「何をやってるんだ貴様は…」

呆れ返ったアルミラの呟きが背後から聞こえてくるけど、もう、仕方ないでしょ。怖いものは怖いんだから。


******


「さあ、まずはやってみろ」

今度はちゃんと三人で墓地の真ん中あたりまで来るとアルミラがそう言った。

「え?お手本見せてくれないの?」
「ないな。魔力を放って地中の死体を起こして地上に這い出させる。それだけだ」

何それ、もう…雑だなあ。と私は思ったが仕方ない。やってみるしかない。私はまず精神を集中させて頭の中にイメージを思い描いてみる。

死霊魔術ネクロマンシーに詠唱はありませんの?」
「人間の魔女が行う際には必要なようだが闇の眷属の頂点である吸血鬼ヴァンパイアには不要だ」

私は二人の会話を聞きながらも頭の中にイメージを描いていくが、土の中からモコモコってゾンビが出てくるのを想像しただけでダメ、もう、怖くて。

「うう…」
「どうした、早くやってみろ」
「…なんかもう、泣きそう」
「気のせいだ。吸血鬼ヴァンパイアの目から涙は流れない」
「ホントにぃ?なんか、ほら、出てない?」

そう言って振り返った私を見てローザが短く「きゃっ!」と叫んだ。

「ちょっとリリアス様、血の涙!ゾンビなんかよりよっぽど怖いですわよ!」
「もったいない、無駄に血を流すな」
「だってぇ…」

私は懐から黒いハンカチを出して血の涙を拭う。

「リリアスよ」

アルミラに呼びかけられて顔を上げると、なんとアルミラがローザを背後から抱き抱え、ローザの白い首筋に噛みつきそうに鋭い犬歯を剥き出しにしている。

「ローザ!」
「動くな!動けばこいつを屍食鬼グールにしてしまうぞ」

私は拳を握りしめて踏み止まる。

「リリアス様…」
「貴様も余計な抵抗はするなよ。いいか、リリアスよ。今から二度目のテストだ。アタシの牙がローザの首筋に突き立てられる前に死霊魔術ネクロマンシーを成功させろ。上位の吸血鬼ヴァンパイアほど多くの死者を操るが、まあ一匹でも蘇らせることができれば合格としてやる。さあ早くやれ。この女を永遠に彷徨う死体にしたくなければな」

ひどい…アルミラ…。
私は悔しいやら悲しいやら憤懣やるかたないやらでいろんな感情がぐちゃぐちゃになりそうだったが、目に涙を滲ませるローザを見て決意を固めた。

いいじゃない、やってやるわよ。
もうどうなったって知らないからね。

私は身体の奥底から魔力を沸き上がらせる。
もともとは魔術なんて苦手な私は全力で魔力を放出してもほんの小さな火種みたいなものしか出せなかったのが、今は轟々と山火事のような真っ黒い炎が私を中心に燃え上がる。

「起きなさい!お墓で眠る死者たちよ!」

私がそう言うと、手前のお墓の土がボコボコッと動く。やった!成功したわ!と私は拳を握りしめたが、出てきた手は小さく、土を掻き分けて這い出てきたのは赤ちゃんのゾンビだった。

赤ちゃんゾンビは頭を振って土を落とし「な゛ー!」と猫のように鳴いた。

「合格…よね?」

私がアルミラを振り返ると、なんとも納得のいかなそうな表情で「まあ、な…」と言っている。

「何よその顔は!一匹でも出せばいいって言ったのはアルミラでしょ!早くローザを離しなさいよ!」

アルミラは無言でローザを離す。
ローザが私のほうに駆けてきて「リリアス様!」と叫んで私に抱きつく。私は抱き留めるが、私より背が高いローザの豊かな胸に私の顔が埋まってしまう。何これ柔らか!

「やはり半人ではこの程度か…」

アルミラの呟きは無視して、私はローザから離れると赤ちゃんゾンビに「ごめんね起こして、もうお墓にお帰り」と言う。赤ちゃんゾンビは自分が出てきた穴に頭から入って帰っていく。

その時だった。

時間差だったのだ。

きっと、赤ちゃんゾンビは棺が簡易だったとか浅く埋葬されていたとかそういう理由で目覚めが早かっただけで、私の死霊魔術ネクロマンシーはもう少し広い範囲に効果を及ぼしていたようだ。

周囲からボコボコボコッという音が一気に響き、お墓というお墓から死体が這い出てきた。

泥にまみれて肉が腐り落ち内臓がこぼれ出て骨が見えて眼球もとろけたゾンビが次から次へと起き上がる。

広大な敷地の、すべての墓から。
100匹や200匹じゃきかない数のゾンビの大群。

私が気を失いそうになりながら「お、おかおかお帰りくださいっ!!!」と叫ぶと、ゾンビたちは一瞬の間を置いて再び寝床へと帰っていく。《ええ?来たばっかりですよ?》という声が聞こえたような気がするが気のせいだろう。

「…す、素晴らしい」

アルミラからそんな呟きが漏れた。

私はイヤよ、こんな分野で素晴らしいの…。
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